【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

文字の大きさ
30 / 49

29. 四ノ宮 水葉①


 翌日、史織は三芳に呼ばれた。
「警察で事情聴取というのも、あなたには辛いでしょう」
 それに旅館としては、被害者がお客様では無いのなら、可能な限り穏便に済ませたい筈だ。

 ──と、史織は考えていたが、研修を利用している会社の責任者は警察に呼び出され、その他の社員も今朝慌ただしくチェックアウトして行った。
 旅館の対応に不満を口にする者もいたが、自社社員の不祥事だ。怒りは事故を起こした社員に対するものだと、仕方なしと応じる者が殆どだったようだ。

 いずれにしても旅館側がお客様でなく、被害者とはいえ従業員を守った事が意外だった。
「あ、あの……」

 それにずっと気になっていた事がある。
「私、その……」

 名前だ。
 
 昨日朔埜が自分の名前を呼んでから、それが頭に響いてのぼせあがっていたら、はたと気付いた。
 西野 佳寿那と名乗っている筈なのに……
 
 バレて一番困るのは麻弥子だ。お見合い相手の動向を探るなんて品が無いし、当然千田の家に迷惑が掛かる。
 果たしてどう切り出すべきかと口をもごもご動かしていると、目を眇めた三芳が淡々と告げた。

「私は何も知りませんよ、全て若旦那にお任せしていますから」
「……」

 ふいと逃げた三芳の視線に置いてきぼりをくらったような気分になる。
 ……つまり、朔埜の管轄という事なのだろう。

「あなたも昨日の件は他言しないように。誰が関わっているか、旅館で共有する事はありません」

 口が堅く、旅館内での情報は漏洩させない。
 老舗旅館という言葉が頭を駆ける。
 接客業である限り、お客様第一である事に変わりは無いが、線引きはする。従業員の立場としては保護され心強く思うのだから不思議なものだ。

「ありがとうございます……」

 そう頭を下げると三芳は、はあと溜息を吐いた。
「あなたも覚悟を決めておきなさい。今よりもっと仕事に精を出し、よく働くように」

 話は以上と眼鏡を掛け、書類を手に取る三芳に再び頭を下げ、史織は三芳の仕事部屋を退出した。

 音を立てないように、するすると廊下を歩いて行く。
「覚悟、か」
 朔埜の立場では文句を言うのも当然の話だ。
 見合い相手の家の者が、探りを入れに家に入り込んだのだから。
 ……庇って貰ったと、嬉しく思っていた気持ちが消沈していく。
 
 朔埜が知っているなら、自分から謝りに行くべきだろう。昨夜確認しておいた朔埜のスケジュールを思い出し、史織は四ノ宮のパーティーが開かれる会場へと足を向けた。

 ◇

 忙しい中申し訳ないと思いながらも、歩は進む。
 何だかんだで自分は朔埜に会いたいのだ、なんて思いつつ史織は道を急いだ。

「お待ちなさい」

 そこへ低い声に呼び止められ、後ろを振り返る。
(お客様かしら)

 けれどそこには四ノ宮 水葉──朔埜の祖父が立っていた。

「大旦那様」
 慌てて頭を下げる。
 以前来たばかりの時に、三芳と共に遠目に目礼しただけだ。その際見透かすような目が印象的だった。
「すまんな急に。少し話せるかい?」

 穏やかな眼差し。
 優しい口調。
 けれどこの態度がそれだけじゃない事を、史織は知っている。祖父、千田 柳樹りゅうじゅも持つ、明確な線引きを示す態度──

「……はい、勿論です」

 史織は頷き、水葉に従った。

「すまんかったの、怖い目に合わせてしまって」
 開口第一声が謝罪の言葉で驚いて、史織は慌てて手を振り否定した。
「いえ! 旅館のシステムのお陰で助かりました。ご配慮ありがとうございます」

 再び頭を下げるも、水葉は苦笑を返すのみだ。
 まあ確かに怖かったけれど……

 ホールへ向かう道を散歩道代わりに。
 少しばかり回り道を選び、水葉と二人そぞろ歩く。
 
「史織さん」

 ぴくりと身体が反応する。
 史織の名前。やはり気付いていたのだ。

「名前を偽り、申し訳ありません……」
「良い事では無いが、悪くも無かった。実はあなたが来てくれるのではないかと、儂も少し期待していたから」

 その言葉に顔を上げれば、水葉はどこか遠くを眺めているようだ。
「私がですか?」
 その言葉に水葉は微かに頷く。
「儂が思っていたのとは少し違ったけれど……あなたが朔埜に好意を抱いているのなら、あやつの心も少しは動いてくれると思ったんじゃ」
「若旦那様が……?」
 首を傾げる史織に水葉は曖昧に笑ってみせる。

「儂が詳しく言えばあやつに怒られるだろうから、その辺は朔埜に聞くといい……とにかく、あなたの事は知っていた。ここに来てくれてありがとう」
「え……? いえ、そんな」

 どこにも礼を言われるような要素は何もないのに。
 どう返して良いのか分からず史織は首を横に振った。
感想 0

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※本編完結済(全26話+後日談1話)、小話追加中 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (完結済ー全8話)

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?