【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

文字の大きさ
42 / 49

40. 待ちぼうけ


「──朔埜は、来ないわね」
 三芳の淹れた緑茶を覗き込めば、口元にだけ笑みを作った自分の顔が写っていた。
「……お嬢様」
「いいのよ」
 言いにくいだろうに、毅然とした姿勢を崩さない三芳に乃々夏は笑みを返す。
「来ないならそれで、いいの」
 四ノ宮はずっと東郷に付き従ってきた。
 けれど、これが変化の兆しだとしても、恐らく東郷家に止める術はない。

 同じ年頃の男女が産まれれば情が湧くように。両家の子女は必ず近くで育てられたそうだ。身分が違えども、粛々と縁付いていく期待を込めて。
 それは東郷の思惑だ。四ノ宮が近くにいて、都合がいいのは東郷の方だから……

 だから今この時、乃々夏が彼の心を繋ぎ止められない事を、彼らは責めるかもしれない。それを乃々夏は許さないけれど。

 乃々夏は努力した。朔埜に好かれるように振る舞ったし、彼の付き合ってきた女性たちを真似て自分らしさすら殺して。母の機嫌を取り、父の期待にも応えるべく当主代理となる為に勉強をし、警察でキャリアも積んでいる。自分の全てを以って家に尽くしてきた。
 それが結実をしなくても、これが乃々夏の出来る全てだった。
 ただ……
 
(朔埜は優しいから、もし子供の時から知り合えていたら……)
 自分に情を掛けてくれたかもしれないけれど。
 その偶像の朔埜はもういない。

 四ノ宮の本来の当主の朔埜に、仮初の当主である水葉が圧力を掛けようと。東郷が権力を振るい朔埜を追い詰めようと。彼は何にも囚われず逃げていくだろう。見つけてしまった自分だけの宝物だけを抱えて──

「……もう行くわ」
 立ち上がる乃々夏に三芳がらしくもなく呆けたような顔で見上げてくる。
「もう、よろしいのですか?」
「そうね、気は済んだから」

「……あの、」
 襖へ振り返る乃々夏に三芳が声を掛ける。
 振り向いた先の三芳はどこか気まずそうで、何かを躊躇うように身動いだ。
「何?」
 短く告げれば、彼女は一つ頷き、意を決したように口を開いた。
「東郷はんの使命は、知っているつもりです。お家は大事でしょう。ここにいれば家を繁栄させる事も、存続させる事も大変なのが良く分かります。……ですが、お嬢様が、その大海の中で自分の人生全てを犠牲にするのは間違いですわ。たった一人で全てを背負うのなんて、私らには無理なんです。……実際やってる人が目の前におりますから、誤解しそうになりますけど。普通は無理な事です。だから……幸せを、望んで下さい」
 真っ直ぐな三芳の眼差しに乃々夏はぼんやりと口を開く。

「……全てを一人で背負う事と、全てを捨てて一人で幸せになるのと、何が違うの」
 いずれにしても、一人。
「他の誰かの期待から目を逸らすのは、大事ですよ。ちゃんと自分の心が望んだものを、選んで下さい」
 真剣な顔で、引く気配もない三芳に苦笑する。
 辻口も同じ事を言っていた。

「分かったわ……」
 一人は寂しい。
 父に突き離される母を見ていたから、放られるのが怖かった。
 本当は、まだ努力する余地があると思っているのだけれど……もうそれは違う方向に尽くした方がいいかもしれない。

 幕引きだ。
 自分を大事に思ってくれる人……
 その人がこんなところにいた。
 そしてその思いにくすぐったく感じる自分がいる。

「あたしは馬鹿ね……」
 朔埜にそう言われるより、ずっと嬉しい。
 
 彼らがもう、自分の一部で、大事にしなければならないものだったのだと。急にすとんと、腑に落ちた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※本編完結済(全26話+後日談1話)、小話追加中 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (完結済ー全8話)

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?