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40. 待ちぼうけ
「──朔埜は、来ないわね」
三芳の淹れた緑茶を覗き込めば、口元にだけ笑みを作った自分の顔が写っていた。
「……お嬢様」
「いいのよ」
言いにくいだろうに、毅然とした姿勢を崩さない三芳に乃々夏は笑みを返す。
「来ないならそれで、いいの」
四ノ宮はずっと東郷に付き従ってきた。
けれど、これが変化の兆しだとしても、恐らく東郷家に止める術はない。
同じ年頃の男女が産まれれば情が湧くように。両家の子女は必ず近くで育てられたそうだ。身分が違えども、粛々と縁付いていく期待を込めて。
それは東郷の思惑だ。四ノ宮が近くにいて、都合がいいのは東郷の方だから……
だから今この時、乃々夏が彼の心を繋ぎ止められない事を、彼らは責めるかもしれない。それを乃々夏は許さないけれど。
乃々夏は努力した。朔埜に好かれるように振る舞ったし、彼の付き合ってきた女性たちを真似て自分らしさすら殺して。母の機嫌を取り、父の期待にも応えるべく当主代理となる為に勉強をし、警察でキャリアも積んでいる。自分の全てを以って家に尽くしてきた。
それが結実をしなくても、これが乃々夏の出来る全てだった。
ただ……
(朔埜は優しいから、もし子供の時から知り合えていたら……)
自分に情を掛けてくれたかもしれないけれど。
その偶像の朔埜はもういない。
四ノ宮の本来の当主の朔埜に、仮初の当主である水葉が圧力を掛けようと。東郷が権力を振るい朔埜を追い詰めようと。彼は何にも囚われず逃げていくだろう。見つけてしまった自分だけの宝物だけを抱えて──
「……もう行くわ」
立ち上がる乃々夏に三芳がらしくもなく呆けたような顔で見上げてくる。
「もう、よろしいのですか?」
「そうね、気は済んだから」
「……あの、」
襖へ振り返る乃々夏に三芳が声を掛ける。
振り向いた先の三芳はどこか気まずそうで、何かを躊躇うように身動いだ。
「何?」
短く告げれば、彼女は一つ頷き、意を決したように口を開いた。
「東郷はんの使命は、知っているつもりです。お家は大事でしょう。ここにいれば家を繁栄させる事も、存続させる事も大変なのが良く分かります。……ですが、お嬢様が、その大海の中で自分の人生全てを犠牲にするのは間違いですわ。たった一人で全てを背負うのなんて、私らには無理なんです。……実際やってる人が目の前におりますから、誤解しそうになりますけど。普通は無理な事です。だから……幸せを、望んで下さい」
真っ直ぐな三芳の眼差しに乃々夏はぼんやりと口を開く。
「……全てを一人で背負う事と、全てを捨てて一人で幸せになるのと、何が違うの」
いずれにしても、一人。
「他の誰かの期待から目を逸らすのは、大事ですよ。ちゃんと自分の心が望んだものを、選んで下さい」
真剣な顔で、引く気配もない三芳に苦笑する。
辻口も同じ事を言っていた。
「分かったわ……」
一人は寂しい。
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本当は、まだ努力する余地があると思っているのだけれど……もうそれは違う方向に尽くした方がいいかもしれない。
幕引きだ。
自分を大事に思ってくれる人……
その人がこんなところにいた。
そしてその思いにくすぐったく感じる自分がいる。
「あたしは馬鹿ね……」
朔埜にそう言われるより、ずっと嬉しい。
彼らがもう、自分の一部で、大事にしなければならないものだったのだと。急にすとんと、腑に落ちた。
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