【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

文字の大きさ
47 / 49

45. 向き合う方向


「お嬢様」
 乃々夏は木陰に隠れる辻口にふと笑みを返した。
「もうお前のお嬢様ではないわ。お前は四ノ宮に帰るのでしょう?」
 つい、いつものように笑ってしまう。
 乃々夏は視線を逸らし、辻口の前で立ち止まる。
「……はい」
「そう、迷惑を掛けたわ。結局ここに嫁がなかった女に仕わせてしまってごめんなさいね」
 その言葉に辻口はぎゅっと眉間し皺を寄せた。
 珍しい、彼はあまり感情を表さない。

「乃々夏……さん、は素晴らしい女性です」
「そ、ありがとう」
 例え万人に褒められたところで、当人に認められなければその言葉は虚しいだけだ。
「……結婚、されるのですか?」

 乃々夏は思わず顔を上げる。
「お母様を止める術は無くなったもの……きっと私の縁談を用意して待ってると思うけれど、誰でも一緒よ……」
 心を通わす努力が必要な人。
 また同じ事を最初からしなければならないのは億劫だけど。

「乃々夏さん」
 辻口は膝をついて乃々夏の手を掬い上げた。
 突然の事に驚いてしまう。
「俺があなたを迎えに行きます」
「お前……何を言ってるの」

 真っ直ぐな眼差しに乃々夏は怯んだ。
「狡いのは分かっています。若旦那様があなたを放した今、捕まえようとしているのですから。ですが……」
 口ごもる辻口に乃々夏は察してしまう。
 辻口が本気で乃々夏を迎えに来たとして、攫うくらいしか思い浮かばない。
「それはきっと、上手く行かなかったでしょうね」
 乃々夏もまた、朔埜のように家に囚われているのだから。本気で決別する事は出来ない。

 ……でも
「あなたをお守りする誓いは、今も変わりません。東郷家からも、例え四ノ宮家だろうと必ずあなたを幸せにします。だから、私を、選んでください」

 その眼差しから確固たる意思が揺らぎ、切実なものが溢れ出す。
 いつも見てきた顔。
 時々滲ませた彼の本心。
 ずっとそこから目を背けてきたけれど、気付かなかった訳ではない。お互いの立場をちゃんと理解して、使命を果たそうとしてきた。だから、彼の真面目な人柄はよく分かる。
 同情で人に寄り添おうとできるような人ではないのだ。

「嬉しいわ」

 辻口の言葉に偽りを感じない。
 義務だとか、正義感だとか、もしそれが彼の中にあったとしても……彼はそれを愛として貫き、全うすると思った。

 それなのに、彼の見せる誠意を信じられないのに、涙が零れる。
 嬉しいと口にした言葉に、自身にも偽りは無いと痛感する。

「待ってるから、必ず迎えに来て頂戴」

 頷いて、乃々夏は辻口の手に自らのものを重ねた。
 
 ◇

「それで、結局、どうするんです?」

 目の前の威圧感に史織は平伏しそうになる。
 自室に戻れば何故かそこには三芳がいた。

 目を丸くする史織を他所に、三芳の圧力は変わらない。
 彼女は史織が偽名を使って忍び込んだ事も、朔埜を好きな事も、……朔埜から交際を申し込まれた事も知っているようだ。ついでに昂良との見合い話も耳に入っているのかもしれない。
 朔埜にとっては母親代わりの女性──
 史織はごくりと喉を鳴らした。

「私は、朔埜さんが好きです。彼からも気持ちを返して頂きました。……し、真剣に交際したいと思っています」

 ぎゅ、と膝の上で拳をつくり、史織は三芳を真っ直ぐに見つめ返した。

「……本当に」

 三芳は、はあと息を吐く。
 ……ここにきて、参っているような彼女は初めて見る。
 やはり望まれないのだろうか。
 どきどきと鳴る胸の音を聞きながら、史織はぐっと奥歯を噛んだ。
(それでも、引きたくない)

「も、申し訳ありません。納得いかないと思われます。でも、この気持ちに偽りはありません。朔埜さんに寄り添い、生きていきたいんです。どうか認めて下さい」

 史織は手をついて頭を下げた。
「それは……私に言う事ではありまへんわ。私らはただの使用人ですさかいに……ここで認められるには、あなたがあなたの役割を果たす事しかありまへん」
「はい……その、出来ればそれを……教えて頂けますでしょうか……三芳さん……」
 緊張の中答えを待てば、落ち着いた三芳の声が頭の上から聞こえてきた。

「……若旦那様がお認めになったのです。そうなった以上、誰がなんと言おうと、あなたが凛嶺旅館の次期女将ですよ。覚える事が沢山あります。今以上に精進して貰いますからね」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 厳しい口調は相変わらずだけれど。
 受け入れて貰える一歩を、そのきっかけを掴み、史織はほっと息を吐いた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※本編完結済(全26話+後日談1話)、小話追加中 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (完結済ー全8話)

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。