【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗

文字の大きさ
48 / 49

46. エピローグ

しおりを挟む

「──で、来年の五月だって? 何だかトントン拍子に進んだなあ……」

 久しぶりに帰った実家で、八つ橋を頬張りながら弟の直樹が口にする。どうやら急に史織が京都にいき、そのまま嫁に行くという事に、現実味が無いようだ。……まあ史織も同じようなものだけど……

 母もまた相当驚いていたが、丁度SHAPと握手をしてきたタイミングだった為、暫く夢と現実を行き来しており、質問攻めは免れた。

 麻弥子もまた良縁に恵まれたらしく、お見合い相手と結婚に向けて順調に交際を進めているらしい。


 そうしてこうして、いつの間にやら──
 師走、大晦日である。
 最後だから盆と正月は実家で過ごして来いと朔埜から帰省を勧められた。本当は年末年始、旅館は忙しそうで、手伝うというか、現場を知りたかったのだけれど。
 来年からは帰れないと言われ、頷いた。

 あれから──
 紅葉が盛んな秋から三ヵ月以上が経った。

 京都での生活は目まぐるしい。
 花嫁修行というよりは旅館業の勉強に近いような日々だけど、とても充実していた。
 そしてこの話を決めた時、仕事は退職した。

 休職という言葉が頭を過ったが。戻るつもりは無かった。
 それを意を決して上司に話に行った時、寿退社だと伝えたら喜んでくれた事が意外だった。

 辞めざるを得ない状況を惜しんでくれたのも嬉しく思った。引き継ぎをしながら、自分は京都でやっていけるのか不安で仕方が無かったくらいだ。

「それで朔埜さんて、どんな人? 明後日の新年会に顔を出すんだろ? うちの祖父さんが反応するなんて珍しいからさ。俺も楽しみ」
「……」

 朔埜とは一週間前に先に入籍を済ませてしまった。
 だから直樹が義兄と呼ぶのもおかしくないし、夫を紹介するのも当然だ。

 入籍ついでに四ノ宮家の事情は聞いた。
 けれど家名より、史織には朔埜の方が大事で大好きなのだ。
 だから頬が緩むのは止められない。

「どうって……」


 三ヵ月前……
 京都、四ノ宮家で開催されたパーティーに史織は急遽朔埜のパートナーとして立席する事となった。
 一応千田家の令嬢の端くれ。最低限のマナーは身につけてはいるが、家ではいつも会場の端で壇上を見上げるだけだったものだから、こうして人前に立つのは恐ろしく緊張する……

 しかも和装なんて成人式以来で、着崩れが怖くて仕方ない。そんな隙を見せれば三芳の叱責が飛んでくるだろう事は明白で、史織は必死に笑顔を貼り付けていた。

「……史織さん」

 振り返れば良家の令息然とした昂良が、いつもの笑顔で立っていた。
 身構える史織の肩を抱き、朔埜が笑顔で牽制する。

「ようこそ、こんな遠くの会場をわざわざ選んで貰って嬉しいわ」
「謙遜しないで下さい兄さん。別にこの旅館が交通の便が悪い上に古臭いなんて事はありませんから。ほら、参加客も珍しそうな顔をしているでしょう?」

「……ああ?」
 びきりと朔埜の笑顔にヒビが入る。

「ああ、嫌だ。ちょっと挑発すればすぐ本性を表して。史織さんも兄さんに愛想が尽きたらすぐに僕に相談してくださいね。あくせく働く必要も、有閑に押し潰される事も無くしてあげますから」
 そういうと昂良はすかさず手の甲に唇を触れさせ、朔埜の怒りが届く前にひらりと躱す。

「振られた奴は引っ込んでろ!」
「振られてませんもん、縁が無かっただけです」
「一緒や!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す二人に、けれど不穏なものは感じない。それはきっと昂良の雰囲気が変わったからのように感じる。
 貼り付けた笑顔から垣間見える素の表情からは、憑き物が落ちたような、何かを吹っ切れたような顔をしていた。

「落とし物が見つかったのですか?」
 思わず口にすれば昂良は一瞬驚いた顔をしてから、気まずそうに笑ってみせた。
 ……朔埜も時々見せる、隙のある表情。
「いえ、それはまだ……だけど、もう少し頑張ってみようかなあと思ってね」
 
 あの後、昂良が旅館に来るという噂が聞こえて来たけれど。結局は立ち消えになったらしい。……本人の意思なら間違いは無いと思う。
 今の昂良からは、悩んで間違えても、今度はやり直してでも行きたい道が見えているような、そんな真っ直ぐな決意が感じられたから。史織もほっと息を吐いた。

「誰かを求める前に、自分がなりたい者になるのが先ですよね。結局はそれが、選んで貰える秘訣となる訳ですから」
「そうですかね……?」
 ふふと忍び笑いをする昂良に再び緊張感が込み上げる。すると朔埜の不機嫌な声が落ちてきた。
「おい、もういいやろ。学生は黙って勉強だけしてりゃええんや。未練がましい真似は止めや」
「はいはい、分かったよ。じゃ、またね。史織さん」
「あ、はい……失礼します」

 明るく手を振り背を向ける昂良に頭を下げれば、隣で朔埜が昂良の背を追いかけているのに気付いた。
 その先に二人の父、そして母が昂良を待っている。
 彼らがこちらに向ける眼差しは、険しい。
 兄弟間の隔たりに胸が詰まり、史織はぎゅっと朔埜の手を握った。

 困ったように笑う朔埜と視線が絡む。
「すまんな」
「いえ……」
「家族の事……家の事では、きっと迷惑を掛ける事になると思う」
「はい、望むところです。あなたとなら、乗り越えてみせます」
「……うん」
 いつも強気な朔埜の自信の無さそうな顔。
 腰に添えられた手に自らのものを重ねて、大丈夫だと大好きな人を見上げる。

 この人の言葉で変わりたいと思った。
 努力は楽しいばかりじゃ無かったけれど、成長している自分に満足していた。でも、自分の欲しい未来がどこにあるか分かっていなかった。……だからもしかしたら、一歩違えば自分も昂良のように過去を悔やみ嫌悪していたかもしれない。

 ……でも、

 こうして手を繋いで見る先は、今から満たされている。
「良かった」
「……何が?」

 変わりたいと思った事。
 あなたに会えた事。

「一緒に未来が見れる事」

 そう言って振り仰ぎ、同じように顔を綻ばせた朔埜と一緒に笑う──


「素敵な人よ」

 呆れ顔を返す弟に胸を張る。
 自分もまた同じように誇って貰いたい。その為にできる限りの努力をする。きっと困難も乗り越えてみせる。

 そう頬を緩めていると、玄関からぴんぽんとチャイム音が聞こえた。

「義兄さんじゃない?」
「そうかも!」

 一足先に家族に挨拶に来てくれると言っていた。
 インターホンを除けば朔埜がいる。
 逸る気持ちを抑え鏡を見てから。一番の笑顔で大好きな人を迎えた。

【おしまい】

お読み頂きありがとうございます。
おまけ一本用意しました。お付き合い頂けると嬉しいです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

セイレーンの家

まへばらよし
恋愛
 病気のせいで結婚を諦めていた桐島柊子は、叔母の紹介で建築士の松井卓朗とお見合いをすることになった。卓朗は柊子の憧れの人物であり、柊子は彼に会えると喜ぶも、緊張でお見合いは微妙な雰囲気で終えてしまう。一方で卓朗もまた柊子に惹かれていく。ぎこちなくも順調に交際を重ね、二人は見合いから半年後に結婚をする。しかし、お互いに抱えていた傷と葛藤のせいで、結婚生活は微妙にすれ違っていく。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

処理中です...