海の覇王は人魚を愛す

槇村焔

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船長と僕

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叶わない、恋をしている。
もうずっと、前から。
あの人に拾われてから、ずっと…。

僕は、あの人に恋をしている。
叶わない、恋を。






 雲一つない青空、快晴。
南南西より南風が緩やかに吹いている。
今日も海は絶好の航海日よりで、波は穏やかに揺らいでいた。
揺れる水面は規則ただしく、左右にリズムを打っている。

くぅくぅ…と 海鳥うみどりたちは れをなして船の周りを 旋回せんかいしている。
マストに掲げられた僕らの海賊船のトレードマークでもある、海賊旗はぱたぱたと風にはためいていた。


 黒地に白のドクロ。ドクロの左端には描かれているのは船長こだわりのカオークスの華。

海賊にしては、お洒落な華のマークは僕たちの海賊旗。
カオークスは華やかな赤い華であるのだけれど、海賊旗に描かれているのは、ドクロと同じ白色で彩られていた。
カオークスの美しい花弁は、白いろの塗料で描かれているのに、特徴を捉えた絵はすぐにカオークスの花だとわかる。


この海賊旗は僕がこの船に船医として乗り込む前から存在している。
なんでも、海賊団を立ち上げたときからこの絵柄は変わっていないらしい。



 今日も我らが偉大なる船長は、船首におり、目の前に延々と広がる海を見つめていた。
明け方だからか、船長の他にだれも甲板にはいない。

僕と船長の2人きり
静かに、船長は遠くを見据えるような眼差しで海を見つめていた。
朝の風でマントを靡かせながら、遠くを見つめる船長は近くに僕がいても全く気づいていないようだ。


豪快で暴れるのが好きな船長の、普段は僕ら仲間に見せない真剣な眼差し。
悔しいかな、船長が好きな僕の心臓は、そんな普段と違う一面を見ただけでバクバク…とコマネズミのように心臓が動いた。


敵船に責める時ですら、こんなに心臓が動き回ることはない。
こんな胸が激しく動いて、苦しくなって、目を奪われる…なんて現象は船長にだけだ。

他の人にこんな症状、おこったことはない。
世界中、船長ただ一人だけ。

それが少し悔しくもあり、悲しくもある。
僕がどれだけ思ってもけして、この朴念仁な船長の瞳に僕が映ることはないのだから…。



「船長」
「んあ?」

船長が間抜けな声を出して、声をかけた僕の方へ振り返る。


「ああ、フェリアか…」

なんだ…おまえか…というような口振り。
まったく、僕だから…って気を抜きすぎやしないだろうか。

こんなんじゃ、敵が味方のふりをして近づいたら、わからないんじゃないの…。
むすーと頬を膨らませて船長に近づけば、人の気持ちに疎い船長はニッと近づいた僕に笑む。



「おお、おはようさん…」
「おはようさん、じゃありませんよ!船長…
ぼけーっと海眺めて…!」
「ん~、いいじゃねぇか…。暇だし…。やることないしな…」

確かに、いまは波は緩やかで船を移動させる手間も、敵船もまったく見えないですけどね。

でも、だからって気を抜きすぎじゃないか。
いつ誰が船長の寝首をかくかわからないのに。
船長が身に付けている武器は、腰にある帯刀のみでだいぶ軽装である。


「やることないなら、今後の軍資金のことでも考えていただきたいんですけど…!」
「軍資金ねぇ…そうだねぇ…」

のびーっと、船長は体を上に伸ばしながらのほほんという。
戦いじゃないときは、ほんとのんびりというか、自由というか…。

戦っているときは何者にも負けないその気迫に、敵はおそれをなして戦う前から戦意喪失するものもいるというのに、今はのほほん、とせっかくの男前の顔も間延びした感じになっている。

鬼神の戦闘狂な顔に、かたやのんびりでのほほんとしている顔。
そのギャップにこの船に乗ったばかりのときは驚かされっぱなしだったっっけ…。


無鉄砲で、無茶ばかり。
戦うのが好きで、食べるのも寝るのも好き。
豪快に戦う様は、海の生き物であり海の王者シャルとも似ている。
かと思えば、戦わない時は非常に温厚でのんびりしていたり、部下とのくだらない話に盛り上がったりする自由奔放な人だった。



「この西の海を制覇したからって気が緩んでいるんじゃありませんか?」
「ん~、そうかぁ?
いや、そんなことないぞ。うんうん。
フェリアの気のせいだ気のせいだ」

カラカラ、と笑う船長。
笑えばいいってわけじゃないんだからな…!


「そんなことありません。緩んでます!」
「そうかぁ?」」
「そ、う、で、す…!髭もぼさぼさじゃないですか!」

いつもそんなに整えていないけど…!
今日はご自慢の焦げ茶色の髪はアホ毛がたっていて、とてもおかしなことになっていた。
こんなの敵の海賊に見られたら…恥なんてもんじゃない。

この海で最強と噂される海賊団の船長が、アホ毛をたたせたまま、のへら~としているなんて…!

僕がキャンキャンと食いつけば船長は苦笑いし、
「堅いこと言うなよ…」と情けない声を出した。

戦闘では最強な船長。
でも、戦闘以外ではそんなことは微塵も感じさせない。
今も部下である僕に小言を言われているのに、怒りもせずに、参ったなぁ…といったふうに頬をかいていた。


「別の海賊船に襲われたらどうするんです…?」
「ここいら海域は俺たちのもんだろ…?
そうそう襲うことはないって…」

そういう船長の口調はどこまでものんき。


船長がいうとおり、ここいらの海域は僕らの海域テリトリーだった。
この海にいるものであるなら、そうそう僕らを襲ってくることはない。

それほどに僕ら、海賊一味はここいらでは有名だった。
僕ら海賊団は、この西側の海は制圧している。

何隊ともいえる海賊団が海にはいるが、その頂点に今、立っているのが僕らのジャック船長だった。
配下にいる海賊団は、100は超える。


 ジャック海賊団の船長・ジャック船長。
このジャックというのは、船長の本当の名前じゃない。
船長の本当の名前は僕は知らない。
この船の中でも知っているのは数えるほどらしい。

船長はわずか12歳の時にこの船の副船長である、ロズリー副船長ととある国から逃げて大海賊シシリィに拾われて以来、ずっと海賊をしているらしい。

シシリィといえば、略奪ばかりしていた海賊や、傲慢な貴族が乗った商船ばかりを襲う義賊の海賊であり、一部の人間には大変人気があるお人だった。

半ば英雄的存在で無類の強さを誇っていたシシリィだったのだが、これまた名が通った大海賊・プレジア海賊団という海賊に殺されてしまった。


プレジア海賊団の船長、プレジアは強い男であり、人とは違う邪悪な力を持つ男だった
プレジアのせいで、何人もの平和な市民が虐殺された過去がある。

僕の両親を殺したのも、このプレジア海賊団だった。
僕は船長に拾われるまでは長い間、プレジア海賊団にいた。

いた…というか、無理矢理監禁に近い状態で船に乗せられていたのだけれど。
船にいる間は、それは理不尽な扱いも受けた。
時には、船員たち全員の性欲処理として何日も寝ずに抱かれ続けたことがある。
かろうじて、死なない程度の餌のような食事に、寝ることも許されない毎日。

あのときは毎日が本当に苦しくて、つらくて。

僕は何度この身をを海に投げ出そうとしたかわからない。
今、こうして僕がここにいられるのは、あの日船長たちが助けてくれたから…だ。

あの船にいたことは本当にいやな思い出だけれど…船長が僕を助けたあの瞬間だけは、とても大事な思い出になっている。


『もう…大丈夫だ…よく頑張ったな…』

あの日、あのとき、あの瞬間。
真っ暗だった世界が、一気に開かれた気がした。真っ暗で絶望しかない、海という牢獄から、船長は僕を救いだしてくれた。

頑張ったな…そんな優しい言葉。
そして片腕で僕を抱きしめ、もう片方の腕で頭を撫でてくれた。

あのときから、僕はずっと船長が好きなのだ。
頑張ったな…と抱きしめてくれた、あの日から。

大きな腕で、僕を守るように抱きしめてくれた、あの日から。
ずっと、ずっと好きだった。
もう何年も。
船にいる間中。
船長を恋する瞳で見続けていた。


『俺にはさ…すっごい大事な宝物があるんだ…。
誰よりも、大切な宝物が…。
そのためには誰よりも強くならなきゃいけない。
あの人を、この腕で抱けるよう…誰よりも、強く…誰よりもあの人の力になれるよう…』


船長が、別の誰かを好きだとしっても、なお。
この気持ちが揺るぐことはなかった。

何年も何年も船長をすきな、ぼく。

そして、何年も何年も、あの人をすきな船長。


『この広い海を見ていると思うんだ。
あの人もこうして海を見ているのかって…俺を待っているんじゃないか…って。ずっと…』

船長は毎朝、海をじっと見つめる時間がある。
それは、心に思う人を恋しく思っているから、ついつい海を見つめてしまうのかもしれない。
この広い海をずっといった先、そこにいるいとおしい人を切なく思いながら、海を見続けてしまうのかもしれない。



船長が好きなのは、どこの誰だろう。
どこかの令嬢なのだろうか?
どうして、好きだと言っているのに会いにいかないのか?
好きで好きでたまらないといっているのに。

聞きたい。
けど、聞けない。
会えるのなら、会いに行きなよ…。そう言いたくないから。
だから聞けない。
そんな状態で、もう何年も船長と一緒にいる。


 船長はいつも自信満々で、並みいる敵を引き倒す。
一味にはいつも頼れる船長であった。
でも、僕は知っている。

船長も、本当は弱音を吐いてしまうことがあることを…。



『ざまあねぇよな…、こんなんじゃ…』
あの日。

僕らがあの大悪党である海の覇者プレジアを倒した日。
この海は僕らのものになった。
と、同時に船長はプレジアとの戦闘で、片腕を失った。

仲間には腕一本くらい、命があればいいんだよ…って笑っていたけれど。

僕は知っている。
あの日、船長がやけ酒していたことを。
船長が、もうあの人をこの腕で抱けないかもしれないな…と寂しげにつぶやいていたことを。

僕は知っている。


『…この海の秘宝…それを手にしたら…俺には帰る場所があるんだ。帰らなくては行けない場所が…』

プレジアを倒してから、船長はよくそうつぶやいていた。
秘宝を手にしたら、船長には帰らなくてはいけない場所があるらしい。

絶対に帰らなくてはいけない場所が。


船長は、無茶ばかりする。
どうしてこれまで生きてこれたのか…と疑問に思うほど船長の行動は破天荒で。

あまりに無鉄砲で自身が傷つくのも厭わない船長にこの船の船医として、僕は船長に無茶はするな…と何度と忠告をしている。

でも、船長はいつも僕の言うことを聞いてくれたためしはなかった。


船長曰く、

無茶をしないとあの人は手に入らないらしい。
あの人を手に入れることができるなら、こんな無茶は苦とも思わないといっていた。


『それに、俺はあの人ともう一度会うまでは死ぬわけにはいかないからな…』

自信満々にいう船長。

船長が《あの人》の話をするとき、船長はとても幸せそうな顔をする。
僕じゃない、別の人のことをはなしているのに…おかしなものだが、僕はその船長の幸せそうな顔が大好きだった。

けして、僕のものにはならない…。
そんな笑顔なのに。
船長があの人のことを思っている顔が、僕が一番好きな船長の顔だった。


「船長…」
「んあ?」

好きです…。あなたが。
僕を助けてくれたあなたを、僕はずっと思っています。

あなたが、別の人を好きでいても。
あなただけが…。
ぼくは、好きなんです。



「…早く顔洗ってきてください。
みんなもうすぐ目覚まします。船長がそんな間抜け面してたら、新入りにしめしがつかないんですからね!」

いいたい言葉はいつだって、言えない。

だけど、これでいいとすら、思う。

この関係が。
あなたの特別にはなれない。
だけど、あなたが別の人に恋する姿を一番近くで見られる。
それでいい。

あなたの笑顔が曇らないなら。
あなたが幸せでいるのなら。


「はいはい…っとに。てきびしーな。
我が船の船医殿は」
「そう思うならしっかりしてください」
「へぇへぇ…っと…。じゃ、しっかりしますかね…っと」

船長は相変わらずのんびりとした口調で、船内に入っていった。



今日も船は穏やかに進んでいく。
カオークスを左下に描いた海賊旗をはためかせながら。
ゆっくりと、波に乗り大海を渡っていく。


カオークス…

この華はある国では求婚するときに用いられる愛の華、らしい。

そして…花言葉は…


ーーーーあなたに、あいたくてたまらない
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