それでも女神は続けたい

ikaru_sakae

文字の大きさ
上 下
3 / 7
チャプター 12

緑の護り…?

しおりを挟む
12

「む… いない?」
 視力が戻る。ササカがそこから消えている。
 見回す。いない。視界のどこにも。
「自律転移魔法… でしょうか?」
 ユメが、腕で目をこする。
 魔法光に当てられて、
 ユメは視力回復がまだらしい。
 まあ、そうなるよな。
 あの距離でまともに直視した場合。
「自律転移か…。何なんだ、あの魔法剣。
 ひとりでどっか、行っちまいやがったな。ったく。お騒がせなやつめ」
 おれは言って。疲労を感じ、しゃがみこむ。
 くッ、予想外に、魔力喪失が大きい。
 長距離転移と――
 さっきの女との戦闘で――
 まずいな。かるく魔力切れ、か。
「…大丈夫ですか、レグナ?」
 ユメが言った。心配そうに。
 おれのとなりに、そいつも座って。
「ま、疲労はそれほどでもない。休めば、なんとかなるだろう。しかし――」
「どうしましょう、レグナ? ここでササカを待ちますか?」
「いや。移動すべきだな。可能ならば、すぐにでも」
「移動―― しかし、どこへ…?」
「おまえは無理か、転移は?」
「転移魔法は、使えます。しかし―― このギルデア高原付近で。わたしが飛べる距離内で。可能な位置がないですね。ここはまったく、異郷ですので」
「そうか。ま、それはそうだな。当然だ」
 おれは答えた。
 それからひとつ、息を吐く。
 まいったな。おれも飛べない、
 こいつも飛べない。そうなると――
 徒歩での移動、か。
 しかし、それではあまりにも――

 むッ…?

「レグナ。感じましたか、今のをッ?」
「…ああ。感じた。亜空層の揺らぎ、か。しかもこれは―― 数が多いな」
 おれは言って。予備の短剣をひとつ、すぐさま鞘から抜き放つ。
「…来ますね」
 ユメも、コートのその下から。短い剣をすばやく抜いた。
 構えた。厳しい、悲壮な顔で。 
――ふ。こいつ、あれだな。
 おれは笑った。心の中で。
 ユメか。こいつ、弱弱しそうな、可愛げな顔してて、
 実際かなり魔法が、できるやつだな。 
 あの微弱な亜空層の揺らぎを。すばやく感知したその感受性。
 そうそう、できることじゃない。
 こいつ。自分の口で言ってるより、
 はるかに魔法技術の訓練を――
 むッ? だが――
 おれは思考をいったん止める。

 来た。来やがった。
 ったく、お早いお着きで。

 ザッ、
  ザッ、
   ザッ、

 次々に亜空表層を破って出現してくる。
 敵は堅い金属の靴音をたてて、続々と接地。
 見る間に数が増えていく。
 そいつらは――
 白銀に煌めく、瀟洒な鎧――
 首まで覆う、いかついヘルム。
 数は十五。
 まもなくそれは二十を超えた。
 両手持ちの重剣を縦に構え。
 ガチャガチャと騒がしく、そこに展開しつつあるのは――
 む…?
 なるほど。あの紋章は知っている。

「ディンザニア神聖騎士団である」

 兵士のひとりが、鋭く言った。
 戦闘慣れした、揺るがぬ声で。

「反逆者に告ぐ! 女神の臨時の要請により、これより貴殿らを逮捕・連行する」
「抵抗は無意味。抵抗は即、死を意味する」
「武器を捨てよ。二人、ただちに投降せよ」

 ヘルムの向こうで、そいつらが。鋭く言葉を投げてくる。距離は――
 おれの剣の間合いから、わずかに遠い。
 転移を終えて、展開している兵の数――
 今もう、四十は超えただろう。
 だが、まだ来ている。
 次々に、際限なく、亜空表層を破って。
 ザッ、ザッ、
 岩の地を踏む靴音が。まだ止むことなく、ギルデラの地の空気を震わせて。

 だが――
 俺は今――
 いつ、始めるか。それをただ、探ってる。
 可能な間合いを、相手の配置、戦力を。見極める。

「…レグナ。でも、これはもう――」
 ユメが、隣で。悲壮な声を、絞り出し。
 おれの右腕、ギュッと掴んだ。
 おれはそっちを振り返らずに、今は声だけ、そいつに投げる。
「おいこら。ユメ。心、折るな。まだこれ、始まってすらいないだろ?」
「…レグナ?」
「いいから見とけ。この程度の包囲と兵力で。俺を――
 ウルザンダー正規軍上位者の俺を、すでに負かしたつもりになっている。
 こいつら、そうとう痛いやつらだ。俺がそれ、今きっちりと教えてやるぜ。
 ユメ。おまえは見とけ。今確実に。おれがお前を、ここでも護る。わかったな?」

 おれはすでに底を尽きかけた魔力のさらに、その底層から。
 ありったけの残存魔力、駆り集め。それを腕に。短剣に載せる。
 剣は黒の魔力を帯びて。猛りみなぎる魔力に震え。それは形を、変えていく。
 禍々しいまでの、凶悪なシェイプをもった、巨大な黒の長剣へと――


   ☆   🌜   ☆   🌜   ☆   🌜


 目をひらいたら、森にいた。
 森だ、これ。どう見ても。
 ふさふさ葉の茂った、背の高い木々。
 ここの地面に雪はなくて、   
 足元には土と木の葉がつもって。 
 そして光が。上から降ってくる。
 太陽の光。木洩れ日だ。んでから鳥の声。
 何十羽とか、あるいはもっと? 森の梢で。 
 ふわっと風ふいて、木洩れ日がゆれる。
 そのとき気づいた。なんか向こうに、誰かいる。
 森の向こうの、ちょっと先。 
 ここから走ったら、十歩で届きそうな距離。
 そこにちっさい白い岩がある。
 そこに誰かが、座ってる。座って本を読んでる。
 あたしの方には、ぜんぜん気をとめないで。
 ゆったり長い白ガウン。長い緑のまっすぐな緑髪。
 読んでる本に隠れて、その顔は見えない――
 けど。なんか、女のヒトっぽいよ?
 んでからその、足もと―― 
 岩の下の、森の地面に。
 なんか一匹、ねそべってるし。
 白い、でっかい、ふさふさの。
 ケモノ? オオカミ? 形はなんか、それっぽい。
 けど。サイズ大きい。巨大すぎだよ??
 うちの田舎の白オオカミの――
 三倍とか、いや、もっとあるかも。
 その毛は長くて、ふさふさで。 
 いま、そのケモノが。     
 耳を立て、片目を半分ひらいて。
 ちらっとあたしの方を見た。  
 深い緑の、鋭い目つきで。   
『なんだ、おまえ?』って。   
 オオカミなりに、言ってるっぽい…?

「ん…?」             

 そのヒトが本を下げ、こっち見た。   
 少し眠そうな、緑の瞳。        
 その顔立ちはとても端正。というか―― 
 端正すぎるよ! そのキレイさが、ありえない。
 でもこれ、なんか―― なんだろう?   
 なんだかすごく―― なつかしい?    
 いまここで、始めて出会ったはずなのに。 
「タフーウェル…? そうか。来たんだ。珍しい」
 そのヒトが言って。ごく、かすかに笑った。
 目じりと唇が、ちょっとだけ微笑んで。  
 でもなんか、その微笑みがあたたかい。  
 森の木洩れ日、そのまま笑いにのせたみたい。
「えっと。あの、誰あなた? ここ、どこ?」 
「最初の答え。僕はストラァナ。で、こっちが――」
 そのヒトが、視線を足元に。        
 そこにはその、でっかい白のオオカミが―― 
「こっちはイフリル。ああ、でも、大丈夫だよ。 
 噛みはしない。僕のしもべ、あるいは友人かな?」
 その、毛足の長い白オオカミが、少しだけ顔を上げ、 
 緑の瞳をあたしに向けた。ん。カッコいいケモノ。
 あれだね、でも―― 狩りで、こいつに出会ったら。
 けっこう手ごわい相手かも。かなり脚力、ありそうだ。
 藪の中、追いかけっこになったら――    
 あたしもどこまでついていけるかな…?    
 とか、そんなこと考えたら。        
 そいつがちょっぴり歯をみせて、      
 フゥゥ、って言った。           
 あ、やばッ。こっちの考え読まれてる…?  
「イフリル、やめな。唸らない」      
 女の人が、たしなめた。         
 オオカミが、不服そうにそっちを見上げ――
 それからフウウウ、と息を吐きだす。   
 それからもとの、眠りの姿勢に。     
 耳を倒して、両目も閉じて。       
「ん。じゃ、二つ目の答え。ここはステア界って場所だよ」
「ステア―― 何…? どこ…?」     
「ステア界。人間世界の、上部世界だね。わかりやすく、神界と言っても差しつかえはないけど」     
「シンカイ? どこそれ…? でもでも、なんで…?
 なんでいきなり、こんなとこまであたしは来たの? あなたが魔法で、呼んだりしたの…?」    
「特に呼んだわけではない」         
 小さく眠そうにあくびして、そのヒトが言った。
「君の方から、来たんでしょ。その、宝剣の力だね」
「宝剣って、これ? 村のおばあがくれたやつ…?」
 あたしもそこで、はじめて手元を。  
 あたしが今でも握ってる、その細くて軽い短剣――
「そうだよ。タフーウェルの民」   
「えっと?? なんであたしがタフーウェルって…?」
「それはもちろん知っている。知らないわけがない。
だって、タフーウェルの民は、僕がもともと創ったからね」
「えっと?? つくった?? 何それ…??」
「ん。単純に、僕が創造した。大事な僕の創造物だ。さらに言うと、君たちタフーウェルのすむエンディルキールの森はすべて、僕が―― 僕すべてデザインした。木々のひとつひとつまで。けっこう凝って、細部まできっちり作ったつもり。だから忘れるはずもない。で、その宝剣だね。それは僕が、そのとき民に与えたものだ。森の民に危機があれば、それを使って加護を与えようと。お守り的なものだね。もっとも―― 今までそれが発動したことはなかったし。長い歴史において、今回が初めてのケースだけど。以上。だいたい説明、伝わった?」
  
「えっと。じゃ、あなた神さま、とかなの…?」
 あたしはきいた。小声で。
 なんだかちょっぴり、緊張しながら。
「ん。そういえばそうなるし、違うともいえる」
「…違う? え? どっちなの…?」
「本当の神は、はるかに上部構造の存在だ。僕もそこまでは届かない。でも―― 下層世界にいる君たちからすれば、神かもしれない。そのレベルの力はあるし、それだけの違いはある」
「えっと―― あ。でもでも。レグナはどこなの? ユメどこ?」 
「えっと。それはキミの、仲間かな?」
「そうよ! そうそう。ここ来るまでは、一緒に、あそこで戦って―― どこよ二人は? 今どこに?」
 あたしは見まわす。けど、見えるのは―― 
 木洩れ日のゆるくふる、午後の森。  
 たくさんの木が。   
 森ふく風に、ゆっくりさわいで。
 鳥の声が、ふりやまない。
 でも。どこにも二人の姿は―― 

「おまえ。名前はなんと言ったかな?」

 本を左手に持ったまま、     
 すらりと、そのヒトがそこに立つ。
 立つとなんか―― 光がすごい。 
 あたたかな緑の光が―― あふれる。

「えっと。ササカです。はい、」   

 あたしはちょっぴりビビッて言った。
 ヤバいヤバい。神様オーラ、すっごい感じる!
 なんかむちゃくちゃ、緊張するよ~!!
「こっちへおいで。もう少し近くに」  
「えっと??」
「ははは。怖がることはない。お前はわたしの子供のようなものだ。あるいは孫かな? ともかく味方だ。恐れをいだく理由はない。さ。もっとこっちへおいで」
 そのヒトがかすかに笑って手招きした。
 あたしはそれでもビビりながら。
 二歩、三歩、四歩。近づいた。
 その、白い岩のそば。
 その横で寝てる、
 でっかいオオカミから、三歩の距離まで。
 そのヒトが岩から降りて、あたしのそばに立つ。
 あたしとならぶと、アタマふたつ、背が高い。
 やばい。美人さんだ。
 んでから威厳、ありすぎだよ!
 心臓バクバク、鳴ってる鳴ってる!
「おまえの耳に触れてよい?」
「えっと…? は、はい… ちょっとなら」
「ふむ。いいね。良い手触りだ」  
「えっと。もういいですか…? くすぐったいし」

 そのあとも、モフモフ、ぺたぺた、あたしの耳を、両手でなんだか触ってた。
 触られるたび、くすぐったいし。ほのかなぬくもり伝わってくる。
 なんだかちょっと、照れくさいし。
 神様は―― モフりたい…? 何それ、どういうこと??    
「では。少しだけ、失礼するよ。ササカはそのままで」        
 そう言ってそのヒトが、いきなり、
 あたしのひたいに―― 自分のひたいを、くっつけた。     
 頭と頭が、ふれあって。なにかその――                   
 そのヒトの心の端っこが、風景のはしっこが。                
 あたしのアタマの中に、一瞬しずかに流れこみ。               
 それは長い長い、物語。歴史? それとも――                
 それはあるいは、戦いの…?                        

「なるほど。これはギルデア高原か。キミはそこから跳躍したんだね」                

 両手をあたしのアタマをはなし、                       
 あたしのひたいから、しずかにアタマをはなした。                
「ん。じゃ、ササカもちょっと見てみる? キミの仲間が、いまそこで、どうしてるか」           
「えっと? 見るって何? 何やるの?」                       
「しずかに。では、映すよ?」                            

 そのヒトが、片手を地面にかざし。そこに緑の光を集めて――                      
 まぶしく流れる緑の光が、手からはなれて、落ち葉の地面に流れ落ち――
 それは地面に広がって。そこにいきなり、空白が広がって。

「何これ。嘘…??」

 地面ぜんぶが、なくなって。いきなり空に、投げ出されたみたいで。
 そしてそこに、見えてくる―― あたしはそれを、空から見てる。
 ごろごろ岩の、ひしめく大地。その灰色の地面の底で。レグナが――
 レグナが、誰かと戦っている。レグナは、誰かに囲まれている。
 レグナと―― ユメもだ!
 ユメを、背中のうしろで護るみたいに。レグナが黒の、魔法の剣を大きく振った。
 ユメは、なにかを大きく叫んで。銀の炎を、両手にためて。それをそのまま、正面に撃つ。
 二人を囲む、敵に向かって。二人が戦ってる、その敵は――
 銀の鎧の、いかつい兵士だ。敵の数は―― 見えてるだけでも、四十。五十。いや。もっとだ。まだまだ数が増えている。どんどん来てる。あとからあとから、押しよせて。

「え? 何? これってほんとなの? これってぜんぶ、ほんとの絵なの??」

 でも。ここで足裏に感じるのは、普通の地面の感触だ。
 きっとこれ、魔法? 地面にそれを―― 映し出している…? 
 マボロシの絵、みたいなもの…? 

「ふむ。ディンザニア神聖騎士団、か。おそらく星の女神の命令で、動いているんだね」
「え? 待って待って待って! これってぜんぶ、今のこと? このあと未来とかじゃなく?」
「そうだね。時間軸は今だ。見えてるこれは―― まさに今の、下層の現状だ」
「え、じゃ、やばいよ! 敵、多すぎるし! きりがないよ、あれじゃ! ねえねえ、あなた、神様だか、何かは知らないけど!」
 あたしはそのヒトの、両手を握った。もう全力で。
「ここから二人、助けられない? このままだと、二人が二人が、もうやばいよッ!」
「む。下層世界への干渉は、よほどの何かがない限り、控えているのが現状だ。なので――」
「ねえこれ! これってよほどの何かだよ! やばいよ! もうこれ、死んじゃうよ??」
「ん―― ではまあ、ササカ。ほかならぬ、タフーウェルであるキミの、大事な友と。そういうことなら―― 少しは力を貸すとしようか。イフリル、」
 そのヒトが、名前を呼ぶと。さっきまで寝てた、白のオオカミが。四つの足で、立ちあがり。
 かしこそうな、緑の瞳で。そのヒトの方、見上げた。次の指示を、じっと待つみたいに。
「少し魔力を貸してくれるかな? 二人でやろう。どう? やれるかい?」
 ぐるるるる、と。甘えるみたいに喉を鳴らして。オオカミが―― 背中の毛並み、逆立てた。
 バリバリと逆立つ背中に、緑の魔力が。集まっていく。カミナリみたいに、バチバチ、音をたて。光がみなぎり、そしてそれは―― 
 そのそばに立つ、その女のヒトが、腕から発した緑の魔力とまじりあい――
 緑の稲妻が。いくつも続けて、地上に落ちた。
 見えてるそこの―― 戦う地上の、まんなかに。
 緑の柱が、鋭く立った。それがまともに―― ユメとレグナを撃ちつけた??
 そのあと光が。ようやく引いて、視界が戻り。そこにはもう、地上のシーンは見えなくて。
 緑の森と。木洩れ日と。
 ここでは何もなかったみたいに。平和な午後の、明るい森の景色だけ――

   ☆   🌜   ☆   🌜   ☆   🌜

「ええ?? 嘘ッ! すごいよ? すごい!」
 あたしはその場でとびあがる。
 レグナ! ユメ! ああ嘘、ほんとに…? 二人がそこに!
 木洩れ日の森の、すぐそこに。きょろきょろ、あたりを見回して。
 警戒モードで。手にした剣を、あっちこっち振り向けながら。
「さて。どうやら移動は成功…だね。ありがとうイフリル。協力を感謝する」
 そのヒトが言って。オオカミのアタマ、やさしく上からなでつけた。オオカミは眠たそうにあくびして。また、足元で丸くなる。そしてそのあとそのヒトも―― そこの白い岩の上、優雅な動作で腰かけて。さっき読みかけてた本、また手に取って。そこで読書を再開した。

「ステア界…? んなもん、聞いたこともねぇぞ?」
 あたしが伝えた説明を。レグナはあんまり、信じていない。
「おい。そこのヤツ。今ササカが言ったこと、ホントか? 作り話じゃなく…?」
 でも。それを言われたそのヒトは―― 一瞬たりともレグナを見ないで。岩の上。片手に持って。ひたすら無言で読書をしてる。ちょっぴり眠たそうな表情で。
「おい。無視すんな。ササカの話は本当かと。それをおまえに聞いている」
「…キミねぇ。キミが誰かは知らないし、とくに知りたくもないけど。時間の無駄になるから、そういう質問はよしてほしい」
「ああ? 何ッ?」
「僕が嘘とか創作を、ここで伝える意味がない。僕は意味のないことは言わない。いいかい、警告しておくけれど。僕はタフーウェルの民は好きだし、心から愛している。一種の保護者としての、創造者義務みたいなものは感じてる。だから助ける。必要があれば。けど――」
 はじめてそのヒトが、本からちらりと目をはずし。レグナをまっすぐ見た。表情のない目で。なにか石ころでも見る視線で。
「キミの種族は、僕は知らない。見た目も、それほど美しいとも思えない。僕が保護する義務もない。いま助けたのも、あくまでササカの要請だ。キミがどこで生きようが死のうが。僕にはほとんど興味ない。あまり無駄に時間をとらせるならば――」
 ツツっ、と指を。まっすぐレグナにむけた。きれいな白い、長い指の爪先を。
「ここから君を、消すぐらいのことは、わけはない。でも。できればそれを、させないで欲しい。余分なエネルギーの消費になるから」
「…んだと、この、」

「ちょっとレグナ! あんた、ガキみたいにつっかかるの。それ止めなよ」

 あたしはレグナの服を、ぐいっとひっぱった。
「えっと。ごめんなさい。レグナが無礼なこと、言っちゃったみたいで――」
「ん。それはいい。ササカが謝ることはない。まあでも。では、手短に話をしようか。ここでの時間も限られている。必要な話を、いま、短時間で。僕も正直、地上のことで、あまり時間をとられたくない。さっさと用事は終わらせよう」
 
「なるほど、つまり。星選魔法の発動後、ササカの機転で、星選者を助けたんだね。うん。それは良い判断だ」
 あたしの話をしずかに聞いて。そのあと、さらりとつぶやいた。特にこっちを見てもない。あいかわらず、視線は本に落としたまま。そのかたわらで、白オオカミも、熟睡モード。ぴくりとたまに耳先を動かす以外は。こっちに注意を向けてない。
「さすがは、僕が創ったタフーウェル。とてもいい仕事をしたね。まあだが、僕も前から感じてた。フィルデアーデの―― 自称・星の女神の行いは、誰かがそろそろ止めるべきだと。あれは無意味だ。そして無慈悲で、残酷だ」

「あの、つまり。自称ということは―― あれは神では、ないということ―― ですか…?」
 ユメがきいた。あたしの横から。

「そうだよ、星選者。あれは神ではないし、神に近い者ですらない。神がわざわざ、そんな非効率で残酷な、生贄の儀式を毎年行うわけもない。少し知恵を働かせば見抜けることだ」
「でもでも! じゃ、なんでなの? 神様ですらない、そいつが。毎年、生贄? 星選者?」
 あたしはきいた。いちばん知りたい、その質問。
「なぜか? なぜなら。フィルデアーデは、もともとこの層位の出身者ではないから」
「ソーイ…?」
「そう。つまりあれは、どこかよそから降りてきた。追放されたか、自ら出てきたか。事情は知らない。けど。異界の異物だ、あれは」
 本に目を落としたままで。そのヒトが言った。異界の―― 異物?
「あれがここで、死なないためには。命の補給が必要だ。正確には、魔力。それを毎年、補充する。それをしないと、あれは命をつなげない。つまり身代わりなんだ。自分に足りない、誰かの命を。地上の者から吸い上げる。それだけの理由だ。単なる捕食だ。食事だ。それをあいつはごまかしている。フィルデアーデは」
「そんな―― 単純な、ことなのですか? その―― 星選の儀式の、その理由は――」
 ユメが最初に反応した。声がちょっぴりうわずっている。信じられない… って感じで。
「そう。その程度のものだ。まあ、毎年五万だとか、十万とか―― 特に近頃は、そういう無茶な数ではないものだから。多少は不快に思いながらも、ここまで僕も看過していた。とくに近頃では、特別な選別を受けた1名のみを。1年に1度、だからね。ま、その程度ならば、許容できなくもないかな、と――」
「け、けど。まあそりゃ、その程度の、数だけど。毎年、みんな、苦しんでるよ…? 自分が選ばれたら、どうしよう、とか。自分の娘が、今年は――とか。世界中の、全部の部族が」
 あたしは言った。言ったというか。思わず声が、出てしまった。
「…そうだね。それも事実だ。申し訳なかったね。少なくとも、タフーウェルのおまえたちに関しては―― もう少しはやくに、助力を与えた方が良かったかな? まあでも。今がその―― そのときかもしれないね」
 そのヒトがいって、しずかにそこで本を閉じた。
 
「いいかいササカ。君がやることはシンプルだ。君とユメは、ただ、三日のあいだ、逃げ回れ」
 そのヒトが、あたしの肩に両方の手を置いて。それから言った。耳の近くで。
「えっと。三日、ですか…?」
「そう。よくお聞き。フィルデアーデの星選魔法は、不可逆だ。回りはじめた魔法陣の回転は、もう止まらない。三日のあいだ、それは発動しつづけて。それは熱暴走に転化して―― 三日の間に、魔力と生命力の提供者たる、その星選者を。北星宮内の定位置に、置けないままでいる場合。そのときには――」
「えっと、そ、そのときは――?」
 言ってること難しくて、よくわかなんない。あとでレグナに、教えてもらおう。
 けど、でも、とりあず。三日、って言ったよね? 言ったよね?
「三日後。星選の魔法は弾け飛ぶ。無効化される。そして無効化されるということは。フィルデアーデは、もう―― 彼女は滅びるほかはない」
「えっと。じゃ、とりあえず、三日間。ユメとひたすら、逃げ回ればいいってこと? それで、女神は、力を失う…?」
「その通り。理解が早いね、僕の子よ、」
 そう言ってそのヒトが、あたしのおでこに、おでこをつけた。まるでほんとの母親が―― ちっちゃい娘にそうするみたいに。緑の瞳が。すぐそこで。あたしのことをまっすぐ見てる。
「いままで放置してすまなかった。だからといって、僕が君たちタフーウェルの民を、愛してなかった、気にかけていなかったと。そうは思って欲しくない」
 そのヒトはそう言って。あたしにおでこをくっつけたまま。小さく笑った。ほんのかすかに。
「さて。では。いまこそおまえが、女神を滅ぼすときだね。おそらく宇宙の摂理が君にあたえた―― 歴史的使命、と言うべきかな?」
「え、でもでも。そんなのできないです。できないです! だって、どうやって? 星の女神は、あっちこっち、味方の軍がいるんでしょ? きっと他にも、何万もいますよ?? どうやって、そっから、ユメを護ればいいの??」
「ここにずっと、いればいい。と、言ってあげられたら。良いのだろうと思うのだけど」
「あ、それですそれです! なんでそれ、思いつかなかったんだろ!」
 あたしは思わず手を打った。なんて天才なアイデアだ!
「でも。それはどうやら、できないようだ。ほら、見てごらん。星選者の足を」
「足? なんですか、足って?」
 なにを言ってるの、このヒトは…?
 うしろに立ってるユメの方。ふりかえって―― 
「ええええッ??? なんでなんで??」
 あたしはビビった。驚愕したよ。
 透明なってる?? 消えかけてるよ、ユメの足??
「落ち着いて、ササカ」
 そのヒトが、あたしのアタマ、両手でふれた。ちっちゃい子供、落ち着かせるみたいに。
「彼女の元素は、ここの大気になじまない。それは解消していく。短時間のうちに。次元の違い。世界の違いだ。だから。おまえの友人に、まだ人としての形があるうちに。戻らないと、ダメだろう。残念だね。もう少し長く、僕もお前に、こうして触れていたいのだけど。でもそれは、どうやら長くはできないようだ」
 そのヒトが、ふわりとガウンの袖をひるがえし。あたしの横をすりぬけた。
「おい、そこの者」
 冷たい声で、いきなり言った。あたしに、ではなく。レグナにむかって。
「な、なんだ。俺か?」
「そう、おまえだ。おまえ、転移魔法は使えるね?」
「…使える。だが、それがなんだ?」
 キツい目線で、レグナがこっちに返事した。けど今―― そのレグナも。
え?? 嘘ッ?? あいつもやっぱり、消えかけてる…? 足の先から、じわじわと――
「転移をしろと言っている。そろそろ去るべき時間だ。ササカを連れて。それからそちらの星選の娘もつれて。移れる座標に移りなさい。命令だ。異論はここでは許さない」
「…ちっ。だが。魔力は? おれの魔力は、少なくともあと数時間―― 睡眠含め、休息をとらない限りは戻らない。しかも、」
「なんだ? まだあるのか?」
「ある。いま確認した。計算した。距離だ。厳密に、ここの位置をだ。遠すぎるぜ、あまりにも。おれの知りうる座標位置まで、ここから桁違いの距離だぞ? 桁が19以上、違ってる。どれほどの魔力保持者でも、そんなぶっ飛んだ桁違いの跳躍など――」
「くどい。その程度の魔力の助力は与えよう。すぐに魔力式を組むことだ。そこまでの魔力は、僕から君に付与しよう。今回だけ、特別にね。ほら、何をしている。すぐにも魔力式を」
「おいこら。おまえ。いちいちおれに命令するな」
「いや、命令する」
「てめぇ、」

「レグナ。ここはこの方の言葉に、従う方がいいですよ」
 ユメが。横からレグナの服を、こっそりつかんだ。
「すぐにも転移を。ここはやはり、誰にとっても―― 長くいられる場所ではないようです」
 そう言ったユメの体は。
 今もう、腰より下が、消えかけてる。半透明になって。
 やばいよユメ! さっきよりだいぶ、透明の部分、上がってきてるよ??
「…そうだな。悪い。おれとしたことが、あまり冷静じゃなかったな」
 そういったレグナも。膝の上まで、消えてかけてるし。
 元素がなんとか、言ってたっけ? 二人はここには、長くいられない…?
「来い、ササカ。ユメも。俺の腕を、強く握れ」
 レグナが言って。黒い魔力を練り始める。
 あたしはレグナの左腕を。ユメが、レグナの右腕を。
 しっかりつかんで。ぜったいぜったい、離さないように。
「…組めた。いいぜ。その、魔力の助力とやらを、もらおうか」

「あ、まってまって、待ってください!!」

 あたしは叫んだ。叫んでしまった。
「どうしたササカ? 何かまだ、僕に言い残したことが?」
 そのヒトがこっちに身をかがめ、あたしの顔のそばで、ささやいた。
「またいつか、来ていいですか? またあなたに、会えたりしますか?」
 あたしはなんで、涙ぐんで、いたんだろう。
 なんかあたしも、よくわかんない。けど。
 なにか、やっと、やっと。あたしをまもってくれる、ほんとの神様に。神様みたいなヒトに。
 偽物じゃなく。嘘じゃなく。脅しもなくて。生贄もなくて。
 やっと。ここで会えた、はずなのに。ほんとに助けてくれる、護ってくれるそのヒトに。
 ほんとにほんとに会えたのに。もうそれ、手から、すりぬけていく。それがなんだか、どうしても――
「また会える、と。約束しよう。必要な助力は与えよう。おまえにはその、宝剣がある。それがおまえを護ってくれるよ」
 そのヒトが、ささやいた。
 そのヒトはそれから――
 あたしのほっぺたに、短く自然にキスをした。
                        
「さあ、飛べ!」                
                        
 そのヒトが言い、               
 緑の魔力がほとばしる。   
 うずまく緑のエネルギー。レグナの背中に吸い込まれ、
「ふん、言われなくても行くぜ。転移!! ウィーヴィ・ダ・イリ―ジャズ!!!」
 レグナが叫んだ。           
 世界は、ゆらいだ。          
 そしてレグナとあたしとユメは、     
 どこまでも、どこまでも、        
 文字と文字と文字と光と闇との間を跳躍し――
 そしてその、ひたすらつづく文字列が、 
 あらたな何かに組み変わり――     


   〼〼 〼〼 〼〼 〼〼 〼〼 〼〼 〼〼


  はぁ、はあ、はぁ、
   ぐっ、まさか、なに、
  なんなの、あの短剣は――
  たったのひとかすりで――
  わたしが命を削って届けた、
  わたし自身の分身を――
  わたしの魔力の総結晶を―― 
  無効化?? 無化??
  一瞬で消した??

  まさか。そんな。ありえないわ!
 
  それほどまでに圧倒的な魔力でもって――
  わたしの青の魔力を。すべて消して、
  しまうなどとは――

  はぁ、はぁ、はぁ、くっッ、
  息、息が足りない。息ができない。
  足りないわ。足りない足りない足りない。
  魔力が。足りない―― はぁ、はぁ、
  それにまた―― 座標位置が、見えなくなった。星選の娘、
  おまえはいったいどこへ――
  けれど。これは――

 これは本当にいま、現実に怒こったことなの、かしら。ほんとに信じられないわ。
 だって、なぜなら――
 緑の女神は。わたしも聞き伝えの名前でしか、知ることのできない、その―― 
 異界の異質な存在は。少なくみつもっても、数兆エクミル隔てた、遠い時空のはざまで。
 そこで。過去数万年、あそこの世界への干渉などは。一度たりとも、していなかった。してこなかった。だからわたしは。その存在に、かすかな脅威を感じながらも――
 敵ではないと。おそらく、ただの、傍観者だと―― 思って。忘れて。その存在自体―― 
 もう何千年も。その存在を忘れかけていた。なのにそれが、今なぜ――
 いったいなぜ。なぜ、動きはじめたの。わからない。いろいろなことがわからない。
 ああ、だめ、息が―― げふっ、ぐッ、もたない。これでは――
 いけない。いけない。魔力を。もっと、魔力を。
 誰か。わたしに。届けて。お願い。届けて。魔力。まりょくを。まりょ…く… 

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

移動砲台KOZAKURA

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】放置された令嬢は 辺境伯に過保護に 保護される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:2,553

私は平凡周りは非凡

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,335

「やぁ、久しぶりだね。」

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

ありんこの世界

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

あなたのお口に幸せを

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

転生した先は三国志の糜芳だったわけだが

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:27

女子中学生ロリコン

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...