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寿司を捧げよ
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バイトを終え、斜め向かいのカフェに入ると、窓際の席に座っていた溝口さんが小さく手を上げた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、こちらこそ無理言ってすみません!」
向かい合って座り、
「とりあえず注文だけ先に……」
と、俺は店員さんにアイスティーを頼んだ。
「えっと、何があったんですか?」
「はい……実は……」
溝口さんはアイスカフェラテのストローを触りながら話し始めた。
* * *
「……というわけで、もうシルフィさんに帰ってもらいたいんです」
「……」
――なんてこった。
あのエルフには遠慮というものがないのか。
にしても、溝口さんも断ればすむ話だと思うのだが……。
「なぜ、断らなかったんです?」
「それは……その……」
溝口さんが言いにくそうに目線を泳がせた。
んー、何かワケがありそうだな。
「僕としては、もう少し一人暮らしを満喫したいと思っていたんですけどねぇ……」
「そ、そんな! 困ります!」と声を上げた後、「あ、ご、ごめんなさい、つい……」と溝口さんが謝る。
「何か言えない理由でも?」
「え⁉ あ、そのぉ……」
溝口さんは意を決したように、俺にスマホの画面を見せてきた。
「これは……⁉」
画面にはシルフィと溝口さんが楽しそうにごはんを食べている写真が映っていた。
しかも驚くべきはそのバズり方だ。
「いいね80万……?」
「そ、そうなんです! もう一度知ってしまうと普通のバズじゃ満足できなくて……それでシルフィさんをついつい引き留めるようになってしまったんです」
「じゃあ、初めからシルフィ目的ってこと?」
「あ、それが……半々というか、確かにクローゼットからは毎晩のように変な音が聞こえてたんです。でも、私……昔から幽霊とか全然平気っていうか……気にしない性格なので……」
気まずそうに頬を掻き、溝口さんは目を背ける。
「なるほど、わかりました。まあ、クローゼットの異音についてはおおよそ見当が付いていたんですが、そういうことならシルフィを連れて帰りますよ」
「え? 森田さん、原因がわかるんですか?」
「確証はありませんが、部屋のゴミを出している時に引っ越し業者が出入りしているのを見ました。恐らく原因は下の階でしょう。音は上に響きますから――」
「上に……?」
「はい、それとクローゼットの中を調べた際、右隅に鉄骨の柱が通っていました。鉄骨は各階に繋がっていますので、他の階の音が伝わる可能性が高い。これらを踏まえると、引っ越してきた入居者、もしくは業者が壁を叩いた音で柱の位置を確認していたのではないでしょうか? まあ、継続的に聞こえていたのなら、リフォーム業者や清掃業者の可能性が高いですね」
「森田さん、す、凄いです……探偵さんみたい」
溝口さんがじっと俺を見つめている。
こ、これは……尊敬のまなざし⁉
ついに俺に好意を寄せる女性が現れたのか⁉
「い、いやぁ、ただの素人推理ですからね、間違ってるかも知れないし……」
「いえ、すごく腑に落ちました! そっか、他の階の音だったんですね!」
ニッと歯を見せて笑う溝口さん。
今日、初めてネコ科っぽいなと胸がときめいた。
* * *
――翌日。
俺は溝口さんのマンションにシルフィを迎えに来た。
よし、さっさと連れて帰ろう。
部屋の扉を開けると同時に一発かます。
「おい! ク○エルフ! 遊びは終わりだ、帰るぞ……って何やってんだ⁉」
見ると、クローゼット自体がシルフィの部屋になっていた。
ソファの前に巨大なモニターが設置され、それを囲むように蝋燭が立てられている。
壁にはA4用紙にコピーされた魔方陣が所狭しと貼られていて、異様な雰囲気を醸し出していた。
「おぉ、森田か。見ての通りだ、いまは手が離せない」
モニターの中でオンゲのキャラがモンスターと戦っている。
当然、操作しているのはこのエルフだ。
溝口さんを見ると、懇願するような目で俺に連れて帰れと訴えていた。
「いいから帰るぞ」
「まだ結界が完成しておらん」
「結界なんて必要ねぇ! さっさと帰るぞ!」
「な……っ⁉ 我はどうなっても知らんぞ⁉ いいのか溝口!」
溝口さんは黙って小さく頷く。
「やれやれ……仕方あるまい。では帰るか」
「お、おぅ……さぁ、行くぞ」
珍しく素直なシルフィに驚きつつ、その手を取ってソファから引き起こした。
「じゃあ、溝口さん、これで失礼しますね」
「溝口よ、お前には随分と世話になったな。困ったことがあれば、この大魔道士シルフィ・アイリスヴェルダが特別に力を貸してやろう。いつでも連絡するがよい」
「シルフィさん……ありがとうございます!」
* * *
帰り道、久しぶりのシルフィに俺は少しドキドキしていた。
こいつこんなに綺麗だっけ……ヤバい、また耐性をつけねば。
叶わぬ恋ほど辛いものはないからな……。
「しかし、なかなか面白い体験だった」
「随分無茶したらしいな、ちょっとは遠慮しろよ……」
「何の話だ? 我はアレを塞ぐのにかなり苦労したのだが」
「アレ? アレって何だよ?」
「見えて無かったのか?」
「え……」
「我がいた世界では、魔窟と呼ばれる瘴気溜まりで良く見かけたが……」
「ちょ、待てよ、あのクローゼットに何か居たのか?」
「……居たというよりは、あの壁全面が『奈落』に繋がっていた。ちゃんと塞いでいただろ?」
「え、あの魔方陣が……」
てっきりこいつの趣味かと思ってたぞ!
「まあ、あの魔方陣を剥がさなければ、早々『悪意』は入ってこれない。一応、部屋も『陽』の気で満たしておいたからな」
「ど、どういうこと?」
「だから、ピザ職人を呼んだり、中華の料理人を呼んだり……要は楽しい『気』で部屋を満たすのだ。お陰で我も楽しめた。役得というやつだ、ははは」
「……」
ってことは……本当にあの部屋、出るのか⁉
「ちょ⁉ 大丈夫なんだろうな⁉ 溝口さんに何かあったら……」
「大丈夫大丈夫、さっきも言っただろ、魔方陣さえ剥がさなきゃ大丈夫だ」
あっけらかんと笑うシルフィ。
どうする? 何かあってからじゃ遅いもんな。
よし、一応、連絡しておくか……。
俺は溝口さんに直電した。
* * *
「ぷはぁ~! やっと解放されたぁ~……」
私は散乱した部屋の中、キッチンカウンターに座って缶ビールを飲む。
スマホでSNSを眺めて、大きくため息をついた。
「勿体ないけど……仕方ないよね」
スマホをカウンターに置き、シルフィさんが置いていった変な道具を足で部屋の端に寄せる。
「もう、邪魔だなぁ……。あーあ、またパパ活してお金貯めないと……」
クローゼットからソファを引きずり出す。
そしてそのまま身を預けた。
「ふぅ……あー、何もやる気出ないなぁ……」
ふと、クローゼットの中の壁に目が行く。
無数に貼られた魔方陣の紙。
うわ~ダサッ……。
まあ、もう呼ぶつもりも無いし、剥がしちゃっても良いか。
私は魔方陣の紙を剥がし始める。
半分くらい剥がし終わった時、カウンターの上でスマホが震えた。
「誰だろ?」
* * *
「寝てるんじゃないのか?」
「さっきのさっきだぞ? 普通起きてるだろ」
「ふぅん、そんなもんか」
シルフィは興味なさそうに夕焼け空の雲を眺めている。
何事も無きゃいいんだけど……。
数十回目のコールで、溝口さんが電話に出た。
「はーい、どうかしましたか?」
「あ、溝口さん⁉ 良かった、あの実は――」
その時、電話の向こうで『コンコン』と壁を叩く音が聞こえた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、こちらこそ無理言ってすみません!」
向かい合って座り、
「とりあえず注文だけ先に……」
と、俺は店員さんにアイスティーを頼んだ。
「えっと、何があったんですか?」
「はい……実は……」
溝口さんはアイスカフェラテのストローを触りながら話し始めた。
* * *
「……というわけで、もうシルフィさんに帰ってもらいたいんです」
「……」
――なんてこった。
あのエルフには遠慮というものがないのか。
にしても、溝口さんも断ればすむ話だと思うのだが……。
「なぜ、断らなかったんです?」
「それは……その……」
溝口さんが言いにくそうに目線を泳がせた。
んー、何かワケがありそうだな。
「僕としては、もう少し一人暮らしを満喫したいと思っていたんですけどねぇ……」
「そ、そんな! 困ります!」と声を上げた後、「あ、ご、ごめんなさい、つい……」と溝口さんが謝る。
「何か言えない理由でも?」
「え⁉ あ、そのぉ……」
溝口さんは意を決したように、俺にスマホの画面を見せてきた。
「これは……⁉」
画面にはシルフィと溝口さんが楽しそうにごはんを食べている写真が映っていた。
しかも驚くべきはそのバズり方だ。
「いいね80万……?」
「そ、そうなんです! もう一度知ってしまうと普通のバズじゃ満足できなくて……それでシルフィさんをついつい引き留めるようになってしまったんです」
「じゃあ、初めからシルフィ目的ってこと?」
「あ、それが……半々というか、確かにクローゼットからは毎晩のように変な音が聞こえてたんです。でも、私……昔から幽霊とか全然平気っていうか……気にしない性格なので……」
気まずそうに頬を掻き、溝口さんは目を背ける。
「なるほど、わかりました。まあ、クローゼットの異音についてはおおよそ見当が付いていたんですが、そういうことならシルフィを連れて帰りますよ」
「え? 森田さん、原因がわかるんですか?」
「確証はありませんが、部屋のゴミを出している時に引っ越し業者が出入りしているのを見ました。恐らく原因は下の階でしょう。音は上に響きますから――」
「上に……?」
「はい、それとクローゼットの中を調べた際、右隅に鉄骨の柱が通っていました。鉄骨は各階に繋がっていますので、他の階の音が伝わる可能性が高い。これらを踏まえると、引っ越してきた入居者、もしくは業者が壁を叩いた音で柱の位置を確認していたのではないでしょうか? まあ、継続的に聞こえていたのなら、リフォーム業者や清掃業者の可能性が高いですね」
「森田さん、す、凄いです……探偵さんみたい」
溝口さんがじっと俺を見つめている。
こ、これは……尊敬のまなざし⁉
ついに俺に好意を寄せる女性が現れたのか⁉
「い、いやぁ、ただの素人推理ですからね、間違ってるかも知れないし……」
「いえ、すごく腑に落ちました! そっか、他の階の音だったんですね!」
ニッと歯を見せて笑う溝口さん。
今日、初めてネコ科っぽいなと胸がときめいた。
* * *
――翌日。
俺は溝口さんのマンションにシルフィを迎えに来た。
よし、さっさと連れて帰ろう。
部屋の扉を開けると同時に一発かます。
「おい! ク○エルフ! 遊びは終わりだ、帰るぞ……って何やってんだ⁉」
見ると、クローゼット自体がシルフィの部屋になっていた。
ソファの前に巨大なモニターが設置され、それを囲むように蝋燭が立てられている。
壁にはA4用紙にコピーされた魔方陣が所狭しと貼られていて、異様な雰囲気を醸し出していた。
「おぉ、森田か。見ての通りだ、いまは手が離せない」
モニターの中でオンゲのキャラがモンスターと戦っている。
当然、操作しているのはこのエルフだ。
溝口さんを見ると、懇願するような目で俺に連れて帰れと訴えていた。
「いいから帰るぞ」
「まだ結界が完成しておらん」
「結界なんて必要ねぇ! さっさと帰るぞ!」
「な……っ⁉ 我はどうなっても知らんぞ⁉ いいのか溝口!」
溝口さんは黙って小さく頷く。
「やれやれ……仕方あるまい。では帰るか」
「お、おぅ……さぁ、行くぞ」
珍しく素直なシルフィに驚きつつ、その手を取ってソファから引き起こした。
「じゃあ、溝口さん、これで失礼しますね」
「溝口よ、お前には随分と世話になったな。困ったことがあれば、この大魔道士シルフィ・アイリスヴェルダが特別に力を貸してやろう。いつでも連絡するがよい」
「シルフィさん……ありがとうございます!」
* * *
帰り道、久しぶりのシルフィに俺は少しドキドキしていた。
こいつこんなに綺麗だっけ……ヤバい、また耐性をつけねば。
叶わぬ恋ほど辛いものはないからな……。
「しかし、なかなか面白い体験だった」
「随分無茶したらしいな、ちょっとは遠慮しろよ……」
「何の話だ? 我はアレを塞ぐのにかなり苦労したのだが」
「アレ? アレって何だよ?」
「見えて無かったのか?」
「え……」
「我がいた世界では、魔窟と呼ばれる瘴気溜まりで良く見かけたが……」
「ちょ、待てよ、あのクローゼットに何か居たのか?」
「……居たというよりは、あの壁全面が『奈落』に繋がっていた。ちゃんと塞いでいただろ?」
「え、あの魔方陣が……」
てっきりこいつの趣味かと思ってたぞ!
「まあ、あの魔方陣を剥がさなければ、早々『悪意』は入ってこれない。一応、部屋も『陽』の気で満たしておいたからな」
「ど、どういうこと?」
「だから、ピザ職人を呼んだり、中華の料理人を呼んだり……要は楽しい『気』で部屋を満たすのだ。お陰で我も楽しめた。役得というやつだ、ははは」
「……」
ってことは……本当にあの部屋、出るのか⁉
「ちょ⁉ 大丈夫なんだろうな⁉ 溝口さんに何かあったら……」
「大丈夫大丈夫、さっきも言っただろ、魔方陣さえ剥がさなきゃ大丈夫だ」
あっけらかんと笑うシルフィ。
どうする? 何かあってからじゃ遅いもんな。
よし、一応、連絡しておくか……。
俺は溝口さんに直電した。
* * *
「ぷはぁ~! やっと解放されたぁ~……」
私は散乱した部屋の中、キッチンカウンターに座って缶ビールを飲む。
スマホでSNSを眺めて、大きくため息をついた。
「勿体ないけど……仕方ないよね」
スマホをカウンターに置き、シルフィさんが置いていった変な道具を足で部屋の端に寄せる。
「もう、邪魔だなぁ……。あーあ、またパパ活してお金貯めないと……」
クローゼットからソファを引きずり出す。
そしてそのまま身を預けた。
「ふぅ……あー、何もやる気出ないなぁ……」
ふと、クローゼットの中の壁に目が行く。
無数に貼られた魔方陣の紙。
うわ~ダサッ……。
まあ、もう呼ぶつもりも無いし、剥がしちゃっても良いか。
私は魔方陣の紙を剥がし始める。
半分くらい剥がし終わった時、カウンターの上でスマホが震えた。
「誰だろ?」
* * *
「寝てるんじゃないのか?」
「さっきのさっきだぞ? 普通起きてるだろ」
「ふぅん、そんなもんか」
シルフィは興味なさそうに夕焼け空の雲を眺めている。
何事も無きゃいいんだけど……。
数十回目のコールで、溝口さんが電話に出た。
「はーい、どうかしましたか?」
「あ、溝口さん⁉ 良かった、あの実は――」
その時、電話の向こうで『コンコン』と壁を叩く音が聞こえた。
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