忘れられた聖女とひとりぼっちの薬師 ~薬草農家を営んでいた僕が、禁忌の森で出会った記憶喪失少女と共同生活する話~

雉子鳥 幸太郎

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 ――一週間後。

 僕はマイカとふたりで畑の拡張作業や、薬の量産スケジュールを相談したりと、慌ただしい日々を過ごしていた。でも、マイカが手伝ってくれているお陰で、作業は順調そのものだった。

「シチリ、これはどこに置きますか?」
「この棚に並べていこう」

「わかりました」
 マイカはてきぱきと薬瓶を棚に並べていく。

 薬瓶の整理を終え、僕達は次の作業に移った。

 練り終えた軟膏を一日寝かせる。
 そして、翌日に練り終えたものと混ぜ合わせていくのだ。

 こうすることで、薬効が3割~4割程度あがる。

 これは、父から教わった方法で、薬師には知らない者も多いが、山に生きる猟師達の間では至極当たり前の技法だった。

「――自然は偉大ですね」
 軟膏を練りながら、マイカが呟くように言った。

「そうだね、薬草ひとつとっても、それぞれに効能があって……自然の中で無駄なものなんて何一つないのかもなぁ……」

 二人で黙々と軟膏を混ぜ合わせていく。
 作業が一段落したところで、僕はマイカに言った。

「ねぇ、マイカ。作業も一旦落ち着きそうだし……そろそろ、モーレスさん達と食事しない?」
「え、あ、はいっ! が、頑張ります!」
「え……?」
 

    *


 食事に行く日、僕は家の前に停めた荷馬車に乗って、マイカを待っていた。
 家の扉が開き、マイカが飛び出してくる。

 あの白いブラウスに水色のスカートを着てくれていた。
 ぱたぱたと走ってくるマイカを見て、あまりの美しさに息がとまりそうになった。
 マイカの周りだけ、空気が澄んで見える。

「す、すみません、お待たせしましたっ!」

 息を弾ませるマイカの頬が、ほんのり朱く染まっていた。
 僕は内心でその可愛さに身悶えそうになりながらも、至って平静を装い、マイカの手を引いて隣の席に座らせた。もちろん、座席にはマイカが痛くないように毛布を敷いてある。

「毛布ありがとうございます」

 にこっとマイカに笑みを向けられ、思わず顔が熱くなった。

「あ、うん……じゃ、じゃあ行こうか」

 ぎこちなく手綱を引くと、ピウスがゆっくりと走り出した。


    *


 モーレスさんの店を訪ねると、アンナさんが出迎えてくれた。
 アンナさんはマイカを見るなり、興奮した様子で色んな角度から彼女を見ようと顔を動かす。

「まぁ、まぁ、まぁ! 何て綺麗な子だよ……まるでお人形みたいじゃないか! シチリ! あんた、どこでこんなお嬢さんを見つけたんだい⁉ まぁー、良く来たねぇ、さ、あがってあがって、もう、汚いところだけど我慢してねぇ」

「そ、そんな……、お招きくださってありがとうございます」
「ちょっと、よしとくれよ~、変な気なんて遣わなくていいんだからさ」

 まるで猫をあやすように、アンナさんはマイカを気遣ってくれている。

 だが、次の瞬間、キッと僕のことを見て、
「ほら、シチリ! さっさと案内しないかい!」といつもの口調に戻った。


 カウンターの裏から居住スペースの方に入ると、モーレスさんがテーブルに料理を並べていた。

「お、来たか、まぁ座って……くれ」

 マイカを見た瞬間、モーレスさんが固まってしまった。
 まずい……もしかして、聖女様と似てることに気付いたのかな……。

「あ、あの、モーレスさん、紹介します、マイカです」
「マイカです、本日はお招きくださってありがとうございます」

「お……おぉ、よく、来てくれたな、そこに座ってくれ」

 ぎこちなく勧められた席に座り、並んだ料理を眺める。
 迫力のある七面鳥の丸焼きにサラダやバゲット、スープ……かなり奮発してくれたんだなぁ。

「豪華ですね……」

 マイカが僕にそっと耳打ちする。

「うん、たのしみだなぁ」

 二人でふふっと笑っていると、アンナさんが部屋に入ってきた。

「さてさて、それじゃ始めましょうかねぇ、あんたも早く座んなさいよ」
「あ、あぁ……」

 四人で向かい合って席に着く。
 モーレスさんはチラチラとマイカを見ている。
 小さく咳払いをして、アンナさんが口を開いた。

「二人とも、今日は集まってくれてありがとうね。初対面だし、私達の紹介をしておくね。私はアンナ、この人はモーレス。私達はシチリの両親と親しくてね、この子がひとりになってから、何かと世話を焼いてるのさ。本人はどう思ってるのか知らないけど、育ての親みたいなもんだね」
「アンナさん……」
 そんな風に思っててくれたなんて……。

「ま、そういうわけで、最近、この子の肌つやも良いし、機嫌も良さそうだし、これは女でも出来たんだろうってピンと来たってわけ。それにしても、こんなに可愛い子だなんて……あんたも中々捨てたもんじゃないねぇ」
「もういいから、料理が冷めちまうぞ? さ、食べよう」
 モーレスさんが横から割って入った。

「それもそうね、さぁ、どんどん食べてちょうだいね」
「ありがとうございます、いただきます」
「いただきまーす」

 スープに口を付けたマイカが目を丸くして、
「おいしい!」と僕を見た。

「あら、気に入ってくれた?」とアンナさん。
「はい! とっても美味しいです。さらっとしているのにコクがあって、香りもいいです!」

「たしかに美味しいなぁ、アンナさんが作ったんですか?」
「この人よ、私は料理できないからね、あっははは!」

 モーレスさんの肩をパシンと叩いて豪快に笑う。
 そうか、モーレスさんは料理も得意だったもんな。

 モーレスさんは恥ずかしそうにしているが、まだ、マイカのことが気になるようだった。
 ふと、僕と目が合ったモーレスさんが、口を開いた。

「その髪……」

 サッと背中に冷たいものが走った。
 どうしよう、やっぱり気付いてたのかも⁉

「地毛なのか?」
「え、あ、はい……出身がエスタニア地方なので」

 マイカの口から聞き慣れない単語が……。
 エスタニア地方ってどこだっけ?

「あぁ、なるほど……あっちは銀髪が多いそうだな」
「はい、こちらではちょっと珍しいみたいですね」

「そうだな、珍しいとは思うが、たまに行商人や旅団の中で見かけることもあるからな」
「え⁉ そうなんですか⁉」

 思わず大きい声が出てしまった。

「なんだシチリ、そんなことも知らないのか?」
「あ、いや……」

「まったく、あんたはもう少し他人と関わりを持った方がいいわね。ずっとウチと家の行き来だけしてたんじゃ、ただの馬鹿になっちまうよ?」

 アンナさんがやれやれとバゲットをちぎった。
 なるほど、じゃあ、マイカを連れて町で買い物したりしても、そこまで目立つことはないのか……。

「――しかし、見惚れるほど美しいな」

 モーレスさんの口からぽろっと出た言葉に、その場の全員が凍り付いた。
 慌ててモーレスさんが否定する。

「ち、違う違うぞ! 髪色のことだ! ったく……変な意味に取るなよ?」
「まったく、紛らわしい! もう少しであんたをこのバゲットで殴り倒すところだったよ!」

「す、すまん……」
「ふふ……」

 笑いを堪えていたマイカが小さく吹き出した。

「あらまぁ、笑うと本当に天使様みたいだねぇ。シチリ! あんたこの子を泣かせたら承知しないよ!」
「ちょ……僕にだけ当たりがきついですよ」

 場が和やかになり、僕達は何気ない会話に花を咲かせた。
 食事も終わり、皆でお茶を飲んでいるとモーレスさんが尋ねてきた。

「そういや、マーカスの件、上手く行ったようだな?」
「そうなんです、お陰様でかなりの受注があったんです! あ、聞こうと思ってたんですけど、マーカスさんって何者なんですか?」

「マーカスは情報屋でもあり、商売人でもあり、用心棒でもあり……ま、何でも屋で、オルディナの町の顔役ってところだな」
「そうなんですね、ちょっと怖い人かなって思ってましたけど」

「まあ、実際、裏にも顔が利くし、怖いってのは間違ってねぇ。でも、昔から町の人間に理不尽な要求はしねぇからな、だからお前に紹介した。マーカスが間に噛めば、他から面倒な嫌がらせを受けることもない」
「あ、そうだったんですね……ありがとうございます」

 モーレスさんは短く鼻で笑って、
「なぁに、気に入られなかったらそれまでの話だった。でも、お前の薬は彼奴のお眼鏡にかなったんだ、自信を持っていいと思うぞ?」
「はい……へへへ」

 モーレスさんに言われると、何だか照れくさいな。
 よぅし、頑張らなきゃ。

「この後はどうするんだい?」
「えっと……」

 アンナさんに聞かれたマイカが、僕の方を見た。

「特に決めてなかったです」
「なら、演劇場でも案内してあげな?」

 その言葉に、マイカの目が期待に満ちたように輝く。

「演劇場ですか……僕も行ったことがないなぁ」
「このお馬鹿っ! だから一緒に行っておいでって言ってんじゃないか!」

「あ……」

「シチリ、気の利かない男は捨てられるよ? 今日はその言葉をよ~く胸に刻んで帰りな」
「わ、わかりました!」

 アンナさんにほらほらと席を立たされる。

「じゃ、じゃあ、モーレスさん、今日はご馳走様でした」
「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」

 二人で頭を下げると、
「いいから早く楽しんでおいで、シチリ、ちゃんとエスコートするんだよ」と、アンナさんが手を振った。

 僕とマイカは何度も頭を下げながら、町の演劇場に向かった。
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