忘れられた聖女とひとりぼっちの薬師 ~薬草農家を営んでいた僕が、禁忌の森で出会った記憶喪失少女と共同生活する話~

雉子鳥 幸太郎

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 渡船場を訪れたミレイとモーレスが、コーエン夫妻の住居を調べていた。

「モーレス、何かあったかい?」
「いや、そっちは?」

「うーん、特に変わったものはないんだけどねぇ……」
 ミレイは含みを持たせるように言う。

「どうした?」
「何て言うのか、こう……違和感があるんだよ」

「違和感? こざっぱりとして良い部屋だと思うが」
 言いながらマーカスは、壁に掛けられた絵画の額の位置を直した。

「そうなのさ、やけに片付いてるっていうか……こう、生活感を感じないのさ」
「そうか?」

「ほら、見てみな。テーブルにある食べ残しのパスタ」
「それがどうかしたのか?」

「パスタは減ってる」
「はは、そりゃそうだろ」

「よーく、見な」
 ミレイは腕組みをしたまま、パスタの盛られた皿を見下ろしている。

「え? んー……なんだ、まったくわからんが……」
「ったく、あんた、良くそんなのでアタシに大きな口叩いてたもんだね」

「あー、わかったよ、悪かったから。で、何だってんだ?」
「フォークだよ、フォークを見な」

「ん? あ……」
「料理の方は減ってるってのに、なんでフォークが汚れていないのさ」

 モーレスは口元を片手で覆うようにして無精髭を撫でた。

「おいおい……誰かに連れ去られたのか、それとも……」
「ああ、良くないことが起きてるよ。恐らくコーエン夫妻は手遅れだね……」

「チッ……いったい、何だってんだ」
「問題は犯人がまだオルディナの町にいるってことさ」

「クソッ! 何か手がかりはねぇのか⁉ 見つけたらぶん殴ってやるのによぉ!」
 憤り、壁を殴るモーレス。

「よしな! 騒いだってどうにもならないよ。それより、犯人の目的は何だろうね……」
 部屋の中を歩きながら、ミレイが言うと、

「大方、気が触れた野郎の仕業さ、決まってる」とモーレスが投げやりに返した。
「そうさねぇ、それならまだ、諦めがつくかも知れないね……」

 ミレイが呟くように言った、その時――。
 家のドアを誰かがノックする音が聞こえた。

 二人の動きが止まる。
 ミレイは手ぬぐいを拳に巻き付け、モーレスに扉を開けに行くよう目で合図を送った。

 小さく頷いた後、モーレスはわざと大声を出して扉に向かった。

「誰だー? いまは取り込み中なんだが――」

 扉を開けると、黒い大きな鍔のある帽子を被った祭司が立っていた。

「えっと……祭司様?」

 祭司は笑みを浮かべたまま、帽子を取った。

「こんにちは、私は大聖堂の祭司を務めております、ミハイル・ウォーカーと申します。渡し船を利用しようとしたところ、誰もいらっしゃらないようでしたので、こちらにお邪魔してみたのですが……」
「ああ、えーと、残念ですが、船は当分休みなんですよ」

 扉の死角にはミレイが息を潜めている。

「そうですか……残念ですが仕方がありません」
「祭司さ……」

「――伏せな!」
 ミレイがモーレスを押しのけた。

 その瞬間、派手な音と共にミハイルの拳が壁にめり込んだ。

「なっ⁉ なにしやがる!」
「逃げるよ!」

 ミレイがモーレスの襟首を掴み、部屋の反対側にある窓に向かって走った。

「ちょ……ま、待て待て」
「いいから来な! アレとはまともに戦っても勝ち目はないよ!」

 窓硝子に体当たりをして外に転がり出る。

「走りな!」

 ミレイの背中をモーレスが必死に追いかける。
 だが、すぐ先にある茂みから、いつの間にか回り込んだミハイルが姿を現した。

「申し訳ありません。残念ですが、このまま帰すわけにはいかないのです……」

 黒縁眼鏡の位置を気にしながら、ミハイルは笑みを浮かべた。

「クッ……こりゃマズいね」
「おいミレイ、あいつは何なんだ?」
 モーレスが小声で訊ねる。

「フンッ……加護持ちさ」
「加護持ち⁉」

「わたしにゃわかるのさ、戦争で散々見てきたからねぇ……」
「じょ、上等だ……やってやろうじゃねぇか」

 モーレスは拳を握り、構えた。

「いいかい、あいつらは特別な力を持ってる、パッとしないものから、化け物みたいな力まで、それこそピンきりさ」
「ハッ、じゃあ、あいつがパッとしないことを祈ろうぜ!」

 モーレスが飛び出し、ミハイルに向かって殴りかかった。

「この馬鹿!」

 慌てたミレイがフォローに回る。
 モーレスの拳がミハイルの頬を打ち抜こうとした瞬間、ミハイルの瞳が紫色に輝いた。

『――戒めの楔――』

「がっ――⁉」
「くっ――な、何を……」

 モーレスとミレイはその場で固まっていた。
 まるで体が鉄にでもなったように、指一本動かすことができなかった。

「なるほどなるほど、あなたは加護の存在をご存じでしたか。今はもう随分と珍しくなりましたからねぇ……」

 ミハイルはゆっくりとミレイの髪に触れた。

「さ……さわ……るな……」
「ほほぅ、驚いた。まだ言葉が出せるのですねぇ! 素晴らしい! あなたのような方を浄化するのは惜しいですが……これも私に課せられた使命、悪く思わないでいただきたい」
「ミ……レイ……」

 モーレスから声が漏れる。
 ミハイルは驚いたように目を大きく開き、

「おや、あなたもですか……これは少し興味が湧いてきましたねぇ。どうでしょう、少し話をしませんか?」と二人を交互に見た。
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