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第一章「セフレとの別れと新たな出逢い」

第03話 聞かれたくない人もいるんだよ

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 買い物に出かけると、好奇心が抑えきれなくて周りが見えなくなってしまう。

 ママとパパの叱る声が遠くに聞こえているにも関わらず、私は好奇心のまま店内を走り回っていた。そして気になる人を見つけると、知らない人とか関係なしに話しかけてしまうのだ。

「こんにちは、鈴木明日花です。何歳ですか?」

 ママとパパは「世の中には優しい人ばかりじゃないから、誰にでも声を掛けたらダメだよ」と言っていたけれど、そんなことない。
 おともだちのお父さんお母さんは良い人ばかりだ。優しくかまってくれるのが嬉しくて、つい声を掛けてしまう。
 だからこの時も——いつのものように声を掛けたんだ。

 その子は顔に傷があって、とても痛々そうに見えた。目の近くに大きなガーゼ、それに引っ掻き傷や、擦り傷。
 ママはよく転んでいる子供とか泣いている子供がいたら「大丈夫?」って声を掛けて心配していたから、私も同じように話しかけた。

「このケガ痛い? 何でケガをしたの?」

 すると、その男の子の近くにいたお母さんが、眉をひそめて怪訝な顔で私に答えた。

「あのね、人には聞かれたくないこともあるの。この子のケガはアナタに関係ないでしょう? 嫌な気持ちになることもあるから、聞かないでくれる?」

 その表情は他のお母さんとは違う、強張った恐ろしい形相。冷たい目で射抜かれた私の身体はすくみ上がって動かなくなっていた。涙を浮かべながら俯いていると、ママが駆け寄ってきて私の肩を掴んで引き寄せてくれた。

「うちの子が申し訳ございませんでした。本当にスミマセン……!」

 そう言っておともだち達が去っていくのを見届けてから、私の身体を包むように抱き締めて小さく怒った。

「ダメでしょう……! 皆が皆、優しい人ばかりじゃないの! 必要以上に声を掛けて明日花が傷つくこともあるんだから、知らない人に声を掛けたらダメなの!」

 でも、だって……私は心配して声を掛けただけなのに?

 何が悪かったか分からない。
 でも恐かった。ママ達が言っていた優しい人ばかりじゃないことは分かった気がした。

「ママ、ごめんなさい……ごめんなさい」
「——ううん、ママもごめんね。明日花を守れなくてごめんね。本当は明日花は悪くないのにね……。でもね、優しい人が必ず正しい世界じゃないから。優しいから傷つくこともあるから、ね? 不必要に知らない人に声を掛けたらダメだよ」

 失敗したその時は「分かった」と反省するけれど、すぐ忘れてしまう。
 だから私はこの先、同じ間違いを何度も繰り返してしまうのだけれども。

 それでも恐い時、悲しい時……いつもママがそばにいてくれて、私を抱き締めてくれたのが嬉しかった。

 その頃の思い出が、私の大切な宝物だ。

 ———……★

 そして何度も何度も同じ失敗を繰り返して、流石の私も学習して成長したはずだ。
 でも、優しい人が相手の場合はどうしたらいいのだろう?

「あ、ありがとう……」

 小銭を拾ってくれた彼は、落とさないように丁寧に両手を使って渡してくれた。私の手を挟むように、上下で支えて。

「——ケガもしてる。立てる? ほら、通行人の邪魔になるから向こうで休もうか?」

 そう言って彼が指差したのは、腰掛けることができる石造りの花壇。
 言われて気付いたのだが、確かに膝が擦りむいてヒリヒリする。ついでに靴擦れした踵も痛くて、一人でうまく立てなかった。

「あ……大丈夫です。自分でなんとかします」
「——いいよ、気を遣わなくて。、慣れてるから」

 彼は私の手を取ると、そのまま肩に手を添えて支えるように歩いてくれた。無関心な人が多い世の中、どうやらこの人は特別にお人よしのようだ。

 どんな顔をしていいのか分からず逸らすように俯いたまま前へ進んだが、触れられた場所に熱がこもり恥ずかしくなった。目頭も熱くなる。涙が溢れそうになる。

「これは思ったよりも派手に転んだね……。あとにはならないと思うけど、こんなことならあのオジサンを引き止めておけば良かった」

 両膝に滲んだ真っ赤な血。こんな擦り傷、日常茶飯事だから気にしていないのに。跪いて手際よく消毒していく彼を見て、私はカッと顔が熱くなった。

「い、いいです! そんなしなくても!」
「遠慮しなくていいよ。俺もよく母親の手当てをしてるから」

 違う。手当て自体もだが、この体勢が恥ずかしい。
 生脚に膝丈のワンピース。しっかり足を閉じているとはいえ、女性にとっては抵抗のあるアングルだ。
 彼にやましい気持ちがないのは分かっているけれど、素直に人為として受け取るには羞恥心が邪魔をする。

「ここまでくる時、足を引きずっているように見えたけど、もしかして足首を捻った?」

 この人、よく見てる。
 だが足首ではない。靴擦れが痛くて歩けないだけなので、私は首を横に振ってお礼を述べた。

「あの、親切にありがとうございました。もう大丈夫なので、気にしないでください」

 これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
 そう思って告げたけど、彼はジッと顔を覗き込むだけで、なかなか帰ろうとしなかった。もしかして助けた見返りを求めているのだろうか?

 私は謝礼を渡そうと長財布を取り出そうとしたが、不必要なものに埋まって、探すのに時間を要してしまった。
 本当、私のカバンはゴチャゴチャして嫌になる。

「何を探してるん? ゆっくりでいいよ。カバンの中身を出して、一緒に探そうか」

 そう言って、彼は嫌な顔一つせずに私の行動に付き合ってくれた。
 恥ずかしい反面、こんなに親身に優しくしてもらったのが久しくて、思わず涙が溢れそう。
 このゆっくりとした話し方、ずっと誰かに似てると頭の隅に引っかかっていたけれど、やっと思い出した。

 お母さんに似ているんだ。
 私が困った時のお母さんの声掛けだった。

「——お母さん」
「え?」

 母を口にした瞬間、堪えていた感情が一気に溢れて、涙が止まらなかった。
 自分の意思とは関係なく、止めどなく零れる涙に、彼も動揺を隠せないまま慌てて声を掛けてきた。

 違うのに……彼は何も悪くないのに。

 気付けば私は、彼の服の裾を掴んで声を上げて泣いていた。いい年をした大人にも関わらず、一人になりたくなくて縋るように泣いていた。

「——大丈夫だよ、大丈夫。大丈夫……」

 懐かしい声掛け。
 私は彼に母の面影を見ながら、久しぶりに優しさに包まれるように泣いてしまった。

———……★

「今だけだから。少しの間だけでも、お母さんに縋らせて」


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