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ヒバナ族編
クローン社会①
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翌日の月曜日、レイは朝早く、カーラに連れられて、彼女のアパートから徒歩20分程のところにある公立の小学校へ向かっていた。学校に指定の制服はないため、レイは昨日エルナ達に選んでもらった新しい服に身を包み、初めての学校に心を躍らせていた。どのような学園生活になるのか、どのような人たちがいるのか、話でしか聞いたことのないその未知の世界に、レイは夢想が止まらなかった。
「給食ってのが出るんだよね」
「そうよ、毎日色んなメニューが食べられるから、私の作るご飯よりよっぽど健康的よ」
「楽しみだな~、友達出来るかな?」
カーラは、レイがそもそもエルナ以外の同年代と会ったことが無いことを思い出した。
「昨日の雰囲気見てたら、出来そうよ。あんまりいつもみたいに失礼なことを言わなければ」
レイがきょとんとする。
「何か言ったっけ?」
カーラは呆れた表情をレイに向けた。
「まぁ、でもその素直さがあんたの良さかもね。自分を貫いてみなさい。そしたら勉強以上に多くの事を学べるわ」
「うん、分かった」
そんな話を続けていると、二人は校門の前に着き、カーラが警備員に要件を伝えた後、二人は校長室に通された。そこには、まるまると太った気のよさそうな中年男性が、デスクを前にした窓際の一人席に大きく腰掛け、その隣には厳しそうな顔をした、20代と思われる男性がこちらを見ていた。初めに中年男性が口を開いた。
「ようこそ、お越しくださいました。私校長の薊タクローと申します」
「いえ、急な要望にお応えいただき、ありがとうございます。私はカーラ。この子はレイです」
丁寧にカーラが答えた。
「おはよう、レイ君」
笑顔で挨拶をする校長にレイも笑顔で返す。
「おはようございます、校長先生」
「元気のいい子ですね」
校長が嬉しそうに微笑んだ後、カーラに向き直した。
「確認なのですが、あなたがこの子をCPAから引き受けたという認識で問題ありませんか?」
「はい、その通りです」
CPAとはクローン育児協会の略で、大量に作られたクローンの子供たちの引受人を探す機関である。通常、新たに性交渉で生む際、又は自身のクローンを作る際も、クローン技術でそれらの受精卵をいくつかに複製する。これは、エリート層のみが、子供を産めることにした故の新生児減少の補填をするために行われている政策である。しかし、産んだ本人及びそのクローン達だけでは、基本的に彼らの面倒は見きることは困難なため、CPAに里親探しを委託する。人々は里親になることで、社会への貢献とみなされ、その働きによって、自身の子供及びクローンを残すことが許されるが、預かる子供に対して愛着が無い場合が多く、途中で放棄する里親も多い。そして、そのような子供は再度、別の家庭に預けられるので、学校は今回のような突然の編入にも対応できる。
「分かりました。それでは書類確認に移らせていただきますので、レイ君はこの人と教室に向かってください」
校長が目をやった方向には、まだカーラ達が入室して一度も話していた男がいた。
「どうも、レイ君のクラスの担任教師の平林カズトです」
短く、ロボットのように自己紹介した彼は、そのままレイを連れて部屋を出ていった。笑顔でカーラに手を振るレイを見て、彼女は不安げな顔をした。
-----
平林の後をついて、レイは廊下を歩いていた。歩くたびに心臓の鼓動が高まるのをレイは感じていた。そして、教室の前に着いた時には、最高潮に達していた。
「ちょうどホームルームの時間だから自己紹介を終えたら、直ぐに授業が始まる」
平林はそういうと、教室の扉を勢いよく開け、悠々と教壇へ闊歩する。その後をレイがその真似をするように教室に入っていった。教室には30名近くの生徒がおり、視線は始め、教師に集まったが、後ろに謎の少年を見かけると、全員が釘付けになった。
「突然だが、今日転校生が来た。自己紹介を」
淡白に話す平林は視線をレイに向け、挨拶を促す。高まる心音をかき消すように、レイは大きな声を発した。
「こんにちは、レイ・ヴァレ…じゃなくて、天音レイです。よ、よろしくお願いします!」
緊張で高まった元気な声で挨拶するレイに対して、クラス全員が熱狂した。そんな様子を見て、平林はなだめるような仕草をした。
「とりあえず、後ろの空いてある席に座ってくれ」
レイは胸を撫でおろしながら、指をさされた席へ歩いていくと、空席が二つあった。
「先生、どっちに座ればいいですか?」
「え?あー左の方だ」
レイが席につくと、何やら周りで話し声が聞こえた。それは、レイについての話ではなく、ここにいない誰かについての会話のようだった。
「それじゃ、一限目の国語を始めるぞ。教科書の56ページからだったな…」
さっと授業に切り替えた平林を見て、レイは焦りながらタブレットを取り出し、指定されたページを開いた。
-----
授業はレイの想定した以上の速さで進んでいき、ついていくのがやっとだった。前方に設置された大きなスクリーンの板書を、書き残すことは出来たが、それを理解するには時間が足りなかった。やっとのことで一限目が終わると、クラスメイト達がレイの下に駆け寄ってきた。
「ねえ、どこから来たの?」
「休みの日は何してるの?」
「好きな食べ物は?」
などなど、雑多な質問の対応にレイは追われた。始めは、和気あいあいとした雰囲気で行われていたが、質問は次第にきな臭くなってきた。
「ねえ、クローンは何人いるの?」
「親はどんな形で社会に貢献したの?」
「君はどこの階級?」
レイは、笑顔こそ崩さなかったが、曖昧な返事しか出来ず、周りの生徒たちに、不信感が募る。このままでは、まずいと思ったレイは、昨日出会った親子のことを思い出した。
「実は最近外国から引っ越してきて、この国の事がよくわからないんだ」
教室中が静まり返った。教室の端で固まっていた生徒たちも一斉にレイの方へ向き直る。それらの瞳には何の感情も持ち合わせていなかった。レイはその異質な様子に言葉を紡ぐことが出来なかった。沈黙の後、レイの周りに集まっていた人々は、散開し、何事もなかったように自分の席に戻る。そして、小声で何かを話し始めていた。
「そういえば最初にファーストネームから言いだして…」
「天音なんて聞いたことも…」
「けど、レイは普通だから、偽名とか…」
レイはどうすればいいのか分からなかった。訂正した方がいいのだろうが、その方法が思いつかない。そんな事を考えていたら、チャイムが鳴り、二限目が始まった。
二限目は算数であり、それはレイの最も得意とする教科だった。指定されたページを開くと、ちょうど映像授業で少しかじっていた『面積』だったので、内心ほくそ笑んだ。一限目と同様、授業は斜め上の速さで進んでいく。最初は何とか食らいつくことが出来たが、中盤になると、全く分からなくなっていた。中林は、そんな彼に目をくれることなく、淡々と問題をスクリーンに書いていく。
「レイ、この問題解いてみろ」
突如、中林がスクリーンを指さしながら、レイを見つめる。レイはその圧に押されながらも、起立をする。そして、問題を注意深く眺めるが、それは余りにもレイの認識を超えていた。
「分かりません…」
素直にそう答えるレイを見て、クラス中が笑ったような気がした。
「そうだな、今日来ていきなりですまなかった」
感情を込めずに謝罪をした中林は、レイの前にいた人物を指名し、彼にその問題を解くように促す。レイは倒れこむように着席した。その後も、ロボットのように授業を続ける中林だったが、レイはただその様子を眺めることしか出来なかった。
休み時間になると、さっきレイを囲っていた生徒とは違う、人物が何人かレイの席に来た。
「やっぱり、外国人は遺伝子的に劣っているんだな」
「折角この国に来たのにお前の代で終わりだな」
「そもそも新しい法案が通ったら、こいつが頑張ってもほとんど意味ないぞ」
好き勝手に言う彼らに、レイは返す言葉がなかった。外国人じゃないにしろ、レイが授業についていけてなかったのは周知の事実だったからだ。それは単純に、今日が初日だからとかそういうのではなく、何か根本的な違いをレイは感じていた。彼が思い浮かべていた幻想が打ち砕かれ、その残骸が彼の身に重くのしかかった。
その調子で三限目、四限目と続いていき、そもそもレイの相手をする人がいなくなっていった。その後は心待ちにしていた給食の時間だったが、工場勤務の時に食べていた無味無臭の物体より、不味く感じた。周りでは、生徒たちが、自分のクローンの凄さや、両親の偉業などの会話を持ち出し、自分たちがどれだけ、凄い存在なのかのマウント合戦が行われていて、レイはとても、話に加わる気にはなれなかった。
その日は午前授業で終わりだった。とぼとぼと校内を歩いていると、校門にカーラの姿があった。レイは思いっきり、地面を蹴り、カーラの胸へ駆け込む。カーラは何も言わずに、レイを抱きしめた。それは、生き別れの親子が再会したような情景を、周りの傍観者に思い浮かばせ、声を発した者は誰もいなかった。
-----
レイが涙を枯らし切った後、二人は手を繋ぎながら帰路についた。
「ごめんね、レイ。最初に言っておくべきだったわ。杞憂であってくれたら嬉しいなと思っていたの」
レイは黙ったまま、カーラの顔を見つめる。
「実は…あなたの脳は他の人より10%小さいの」
「え…」
レイはカーラの予想外な発言に声が出なかった。
「これは技能クローンの特徴じゃなく、あくまであなたが属する作業用の技能クローンの特性。作業用のクローンに一番求められる能力って何か分かる?それは従順さ。昔、体力に優れた人間を集め、その中でも従順な人を次々と交配させていき、それをクローニングし、様々な実験をした結果、人類は自分たちに都合のいい遺伝子を見つけたの。それを何世代にも渡って繰り返し、複製されたのがあなた達作業用クローン。その従順さを獲得する過程であなた達は、大切な脳みそをすり減らしてしまったの。そう、これは一般的に言われる”家畜化”というもの。あなた達は管理者にとって都合のいいように作られた新種なの」
レイは驚きの余り瞬きも出来なかった。そして、昨日見ていた生物のビデオが頭の中にフラッシュバックされた。
『ヤギ、豚、牛などの家畜化された動物たちは今や我々の生活に不可欠な恵みを与えてくれています。そして他にも…』
そして、腹の底から吐き気を催し、さっき食べたばかりのもので口が溢れそうになるのを必死に抑えた。そんな彼の様子を見たカーラは、膝を曲げ、彼の顔を覗き込む。
「けれど、それがどうしたと言うの?」
レイはカーラを見つめる。
「レイ、あなたは間違いなく、この国一哀れな技能クローンよ。何も知らなかったら、ただルーティンをこなし、静かに生涯を終えるだけ。そこにはプラスもマイナスもない、単なる虚空。けれど、あなたはこの国一幸福な技能クローンでもある。あなたは、唯一幸せになることが出来る存在なの。それはあなただけの特権」
カーラの真剣な眼差しを受け、レイは涙目になりながら、震える声を絞り出した。
「けど、幸せになれる気なんてしないよ……。だって、僕は──」
カーラは震えるレイの肩に手を置いた。
「あなたは今後の人生で、間違いなく今回のような困難に何度も遭遇するわ。けど、あなたは、その度に自分の遺伝子や育った環境のせいにして逃げるの? 知っての通り、この世界は理不尽よ。真面目にしていたら、いつか報われるなんて無責任な言い方はしないわ。でも、どんな生まれも、どんな育ちも、あなたが幸せになるのを邪魔する理由にはならないわ。人より優れていなくたっていい。人より秀でていなくたっていい。あなただけが見つけられる幸せは絶対にこの世界に存在するから」
カーラはレイを捉えながら、ほんの少し微笑んだ。
「それに、あなたの凄さはこの私が保証するわ。私は、あの日、あなたが逃げ出してくれて嬉しかった。軍事用クローンでも、学習用クローンでもない、従順さを極めたあなたが、この国がやってきたことを真っ向から否定してくれたの。そこには、あなたの純粋無垢な素直さがあった。それを見た時、あなたを守るのが私の使命だと感じたわ。私は誰が敵になろうとも、あなたが幸せを掴むのを邪魔するものから、あなたを守り通す」
レイは枯れたはずの涙を再び流した。
「ありがとう、カーラ。ありがとう……」
同じように、カーラは静かにレイを抱え、そのまま止まった時の中で、お互いの温もりを感じていた。
「給食ってのが出るんだよね」
「そうよ、毎日色んなメニューが食べられるから、私の作るご飯よりよっぽど健康的よ」
「楽しみだな~、友達出来るかな?」
カーラは、レイがそもそもエルナ以外の同年代と会ったことが無いことを思い出した。
「昨日の雰囲気見てたら、出来そうよ。あんまりいつもみたいに失礼なことを言わなければ」
レイがきょとんとする。
「何か言ったっけ?」
カーラは呆れた表情をレイに向けた。
「まぁ、でもその素直さがあんたの良さかもね。自分を貫いてみなさい。そしたら勉強以上に多くの事を学べるわ」
「うん、分かった」
そんな話を続けていると、二人は校門の前に着き、カーラが警備員に要件を伝えた後、二人は校長室に通された。そこには、まるまると太った気のよさそうな中年男性が、デスクを前にした窓際の一人席に大きく腰掛け、その隣には厳しそうな顔をした、20代と思われる男性がこちらを見ていた。初めに中年男性が口を開いた。
「ようこそ、お越しくださいました。私校長の薊タクローと申します」
「いえ、急な要望にお応えいただき、ありがとうございます。私はカーラ。この子はレイです」
丁寧にカーラが答えた。
「おはよう、レイ君」
笑顔で挨拶をする校長にレイも笑顔で返す。
「おはようございます、校長先生」
「元気のいい子ですね」
校長が嬉しそうに微笑んだ後、カーラに向き直した。
「確認なのですが、あなたがこの子をCPAから引き受けたという認識で問題ありませんか?」
「はい、その通りです」
CPAとはクローン育児協会の略で、大量に作られたクローンの子供たちの引受人を探す機関である。通常、新たに性交渉で生む際、又は自身のクローンを作る際も、クローン技術でそれらの受精卵をいくつかに複製する。これは、エリート層のみが、子供を産めることにした故の新生児減少の補填をするために行われている政策である。しかし、産んだ本人及びそのクローン達だけでは、基本的に彼らの面倒は見きることは困難なため、CPAに里親探しを委託する。人々は里親になることで、社会への貢献とみなされ、その働きによって、自身の子供及びクローンを残すことが許されるが、預かる子供に対して愛着が無い場合が多く、途中で放棄する里親も多い。そして、そのような子供は再度、別の家庭に預けられるので、学校は今回のような突然の編入にも対応できる。
「分かりました。それでは書類確認に移らせていただきますので、レイ君はこの人と教室に向かってください」
校長が目をやった方向には、まだカーラ達が入室して一度も話していた男がいた。
「どうも、レイ君のクラスの担任教師の平林カズトです」
短く、ロボットのように自己紹介した彼は、そのままレイを連れて部屋を出ていった。笑顔でカーラに手を振るレイを見て、彼女は不安げな顔をした。
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平林の後をついて、レイは廊下を歩いていた。歩くたびに心臓の鼓動が高まるのをレイは感じていた。そして、教室の前に着いた時には、最高潮に達していた。
「ちょうどホームルームの時間だから自己紹介を終えたら、直ぐに授業が始まる」
平林はそういうと、教室の扉を勢いよく開け、悠々と教壇へ闊歩する。その後をレイがその真似をするように教室に入っていった。教室には30名近くの生徒がおり、視線は始め、教師に集まったが、後ろに謎の少年を見かけると、全員が釘付けになった。
「突然だが、今日転校生が来た。自己紹介を」
淡白に話す平林は視線をレイに向け、挨拶を促す。高まる心音をかき消すように、レイは大きな声を発した。
「こんにちは、レイ・ヴァレ…じゃなくて、天音レイです。よ、よろしくお願いします!」
緊張で高まった元気な声で挨拶するレイに対して、クラス全員が熱狂した。そんな様子を見て、平林はなだめるような仕草をした。
「とりあえず、後ろの空いてある席に座ってくれ」
レイは胸を撫でおろしながら、指をさされた席へ歩いていくと、空席が二つあった。
「先生、どっちに座ればいいですか?」
「え?あー左の方だ」
レイが席につくと、何やら周りで話し声が聞こえた。それは、レイについての話ではなく、ここにいない誰かについての会話のようだった。
「それじゃ、一限目の国語を始めるぞ。教科書の56ページからだったな…」
さっと授業に切り替えた平林を見て、レイは焦りながらタブレットを取り出し、指定されたページを開いた。
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授業はレイの想定した以上の速さで進んでいき、ついていくのがやっとだった。前方に設置された大きなスクリーンの板書を、書き残すことは出来たが、それを理解するには時間が足りなかった。やっとのことで一限目が終わると、クラスメイト達がレイの下に駆け寄ってきた。
「ねえ、どこから来たの?」
「休みの日は何してるの?」
「好きな食べ物は?」
などなど、雑多な質問の対応にレイは追われた。始めは、和気あいあいとした雰囲気で行われていたが、質問は次第にきな臭くなってきた。
「ねえ、クローンは何人いるの?」
「親はどんな形で社会に貢献したの?」
「君はどこの階級?」
レイは、笑顔こそ崩さなかったが、曖昧な返事しか出来ず、周りの生徒たちに、不信感が募る。このままでは、まずいと思ったレイは、昨日出会った親子のことを思い出した。
「実は最近外国から引っ越してきて、この国の事がよくわからないんだ」
教室中が静まり返った。教室の端で固まっていた生徒たちも一斉にレイの方へ向き直る。それらの瞳には何の感情も持ち合わせていなかった。レイはその異質な様子に言葉を紡ぐことが出来なかった。沈黙の後、レイの周りに集まっていた人々は、散開し、何事もなかったように自分の席に戻る。そして、小声で何かを話し始めていた。
「そういえば最初にファーストネームから言いだして…」
「天音なんて聞いたことも…」
「けど、レイは普通だから、偽名とか…」
レイはどうすればいいのか分からなかった。訂正した方がいいのだろうが、その方法が思いつかない。そんな事を考えていたら、チャイムが鳴り、二限目が始まった。
二限目は算数であり、それはレイの最も得意とする教科だった。指定されたページを開くと、ちょうど映像授業で少しかじっていた『面積』だったので、内心ほくそ笑んだ。一限目と同様、授業は斜め上の速さで進んでいく。最初は何とか食らいつくことが出来たが、中盤になると、全く分からなくなっていた。中林は、そんな彼に目をくれることなく、淡々と問題をスクリーンに書いていく。
「レイ、この問題解いてみろ」
突如、中林がスクリーンを指さしながら、レイを見つめる。レイはその圧に押されながらも、起立をする。そして、問題を注意深く眺めるが、それは余りにもレイの認識を超えていた。
「分かりません…」
素直にそう答えるレイを見て、クラス中が笑ったような気がした。
「そうだな、今日来ていきなりですまなかった」
感情を込めずに謝罪をした中林は、レイの前にいた人物を指名し、彼にその問題を解くように促す。レイは倒れこむように着席した。その後も、ロボットのように授業を続ける中林だったが、レイはただその様子を眺めることしか出来なかった。
休み時間になると、さっきレイを囲っていた生徒とは違う、人物が何人かレイの席に来た。
「やっぱり、外国人は遺伝子的に劣っているんだな」
「折角この国に来たのにお前の代で終わりだな」
「そもそも新しい法案が通ったら、こいつが頑張ってもほとんど意味ないぞ」
好き勝手に言う彼らに、レイは返す言葉がなかった。外国人じゃないにしろ、レイが授業についていけてなかったのは周知の事実だったからだ。それは単純に、今日が初日だからとかそういうのではなく、何か根本的な違いをレイは感じていた。彼が思い浮かべていた幻想が打ち砕かれ、その残骸が彼の身に重くのしかかった。
その調子で三限目、四限目と続いていき、そもそもレイの相手をする人がいなくなっていった。その後は心待ちにしていた給食の時間だったが、工場勤務の時に食べていた無味無臭の物体より、不味く感じた。周りでは、生徒たちが、自分のクローンの凄さや、両親の偉業などの会話を持ち出し、自分たちがどれだけ、凄い存在なのかのマウント合戦が行われていて、レイはとても、話に加わる気にはなれなかった。
その日は午前授業で終わりだった。とぼとぼと校内を歩いていると、校門にカーラの姿があった。レイは思いっきり、地面を蹴り、カーラの胸へ駆け込む。カーラは何も言わずに、レイを抱きしめた。それは、生き別れの親子が再会したような情景を、周りの傍観者に思い浮かばせ、声を発した者は誰もいなかった。
-----
レイが涙を枯らし切った後、二人は手を繋ぎながら帰路についた。
「ごめんね、レイ。最初に言っておくべきだったわ。杞憂であってくれたら嬉しいなと思っていたの」
レイは黙ったまま、カーラの顔を見つめる。
「実は…あなたの脳は他の人より10%小さいの」
「え…」
レイはカーラの予想外な発言に声が出なかった。
「これは技能クローンの特徴じゃなく、あくまであなたが属する作業用の技能クローンの特性。作業用のクローンに一番求められる能力って何か分かる?それは従順さ。昔、体力に優れた人間を集め、その中でも従順な人を次々と交配させていき、それをクローニングし、様々な実験をした結果、人類は自分たちに都合のいい遺伝子を見つけたの。それを何世代にも渡って繰り返し、複製されたのがあなた達作業用クローン。その従順さを獲得する過程であなた達は、大切な脳みそをすり減らしてしまったの。そう、これは一般的に言われる”家畜化”というもの。あなた達は管理者にとって都合のいいように作られた新種なの」
レイは驚きの余り瞬きも出来なかった。そして、昨日見ていた生物のビデオが頭の中にフラッシュバックされた。
『ヤギ、豚、牛などの家畜化された動物たちは今や我々の生活に不可欠な恵みを与えてくれています。そして他にも…』
そして、腹の底から吐き気を催し、さっき食べたばかりのもので口が溢れそうになるのを必死に抑えた。そんな彼の様子を見たカーラは、膝を曲げ、彼の顔を覗き込む。
「けれど、それがどうしたと言うの?」
レイはカーラを見つめる。
「レイ、あなたは間違いなく、この国一哀れな技能クローンよ。何も知らなかったら、ただルーティンをこなし、静かに生涯を終えるだけ。そこにはプラスもマイナスもない、単なる虚空。けれど、あなたはこの国一幸福な技能クローンでもある。あなたは、唯一幸せになることが出来る存在なの。それはあなただけの特権」
カーラの真剣な眼差しを受け、レイは涙目になりながら、震える声を絞り出した。
「けど、幸せになれる気なんてしないよ……。だって、僕は──」
カーラは震えるレイの肩に手を置いた。
「あなたは今後の人生で、間違いなく今回のような困難に何度も遭遇するわ。けど、あなたは、その度に自分の遺伝子や育った環境のせいにして逃げるの? 知っての通り、この世界は理不尽よ。真面目にしていたら、いつか報われるなんて無責任な言い方はしないわ。でも、どんな生まれも、どんな育ちも、あなたが幸せになるのを邪魔する理由にはならないわ。人より優れていなくたっていい。人より秀でていなくたっていい。あなただけが見つけられる幸せは絶対にこの世界に存在するから」
カーラはレイを捉えながら、ほんの少し微笑んだ。
「それに、あなたの凄さはこの私が保証するわ。私は、あの日、あなたが逃げ出してくれて嬉しかった。軍事用クローンでも、学習用クローンでもない、従順さを極めたあなたが、この国がやってきたことを真っ向から否定してくれたの。そこには、あなたの純粋無垢な素直さがあった。それを見た時、あなたを守るのが私の使命だと感じたわ。私は誰が敵になろうとも、あなたが幸せを掴むのを邪魔するものから、あなたを守り通す」
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