クローントクローン

近衛瞬

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出逢い編

それぞれの決意

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 いつ終わるかわからないレースを少年はずっと続けていた。体力が尽き、壁に寄りかかっている少年のもとへ、黒いジャケットに身を包んだ茶髪の女性が近づいてきた。馴染みの命の恩人の顔だった。不安でいっぱいだった少年の目には涙が浮かんでいた。

「ごめんね、お待たせ」

 息切れをしていない彼女を見て、さすがはカーラだ、元軍人は鍛え方が違うんだ、と少年は思った。

「じゃあいこうか」

 そう言って差し出した彼女の手には拳銃が握られており、禍々しい殺気を放った銃口が少年の額に向けられていた。

「え? どうして……」



 その蒼の瞳は彼のよく知る女性と瓜二つのものであったが、その眼差しは全くもって異なっていた。それは彼を殺そうとした軍人たちの眼であった。

「ごめんなさいね、あのがとんだ迷惑をかけて。けれど、あなたは何十人もいるから大した問題じゃないわよね」

(そうか、この人はカーラの……。けど、これがこの世界の秩序の保ち方なんだろうな)

 目の前の女性は引き金に力をこめた。

「銃を捨てなさい! ユーリ!」

 息を荒げた馴染みのある声が、聞こえた。

「カーラ!」

 声を震わせて自分の名前を呼ぶ少年に、カーラは笑顔で応えた。

「お待たせ」

「あら? 思ったより早かったのね。アインズは?」

 カーラに銃を向けられても、ユーリはその不敵な笑みを崩さなかった。

「死んだわ。あなたらしい手ね。私がこの子をかくまっていることがばれたら、クローンのあなたの首までもが飛びかねない。けど、私の前でこの子を殺すことは難しいから部下で私を足止め。そして私がその部下を殺せば同時に証人も消える。仮に殺せなくても後でとどめを刺すつもりだったのでしょう。いずれにせよ、あなたの負けよ。早く銃をおろして」

 その発言を聞いても、ユーリは銃をおろそうとしなかった。それどころか、不利な状況に関わらず嬉々として話を始めた。

「さすがに私が直接アインズを殺すつもりはなかったのよ。その時はその時。それに私は自分の為じゃなくて、あなたを含めたの為にこの子を殺すの。それに対してあなたは、人の忠告を無視して、私たちを危険に晒し、挙句の果てには私に対して銃を向けている。それであなた、今日出会った赤の他人のために、を撃てるの?」

「私は私よ。あなたを含む社会全体が、クローン体を含めて自分と認識をしているけど、生憎私は、その感性を持ち合わせていないわ」

 素早く切り返すカーラに、ユーリは一呼吸おいて話を続けた。

「分かってるでしょう? 私たちは単なるクローン体という生易しい言葉じゃ表せない間柄なの。軍人としての才を見込まれていた私たちは、12歳までの時を国の厳しい監視の下で共に過ごした。一般的に人の人格形成は3歳から10歳までに行われるとされる。つまり、私たちは文字通り一心同体なのよ」

 その言葉に、カーラは言葉を詰まらせる。ユーリは同時に『自分なら打たない。だから、あなたも打たないことは分かっている』ということを暗に仄めかしていた。

「もっとも、あなたはあの事件以来落ちぶれていって、軍隊にもいられなくなったけどね。けれど、本質は変わらないから分かるわ。あなた、この子を孤児院に預けようとしていたでしょ?」

 カーラは目を見開いた。

「既に親しみの沸いたものに、危害を加えられない。けれど、他所でそれが事故にあっても私にはどうすることも出来ない。私がアインズを殺さない理由もそれよ」

 カーラは動揺しながらも、反論しようとした。

「ち、違……」

「それは違うよ!」

 さっきまで怯えていた少年が、威風堂々とユーリに立ち向かった。

「確かに、あなたの言う通り、カーラは僕を孤児院に預けようとしていた。けれど、あなたとカーラは違う。カーラは一人の人間として僕を見てくれた。いっぱい色んなことを教えてくれたし、一緒にゲームもしてくれた。それに、最初にあった時も、カーラは僕が殺されそうなのを身を挺して守ってくれた。そして僕が技能クローンと知ってもなお、家で匿ってくれた。本当なら、近くにいた兵士に引き渡せば、少なくても表面上はそれで解決したのに。僕は昔のカーラを知らないけど、少なくても、最近のカーラはあなたより知っている。自分の理屈を他人に重ねて、僕のカーラを侮辱しないで!」

 穏やかな少年から発せられたとは思われない怒号に、二人は釘付けになった。カーラは自分の胸が徐々に熱くなっていくのを感じた。しばしの沈黙の後、ユーリが静かに笑い出した。

「こんなアクの強い技能クローンは初めて見たわ。脱走したのも納得ね。それともカーラの影響かしら。ごめんなさいね、あなたは唯一無二よ」

 しかし、その手に握られた拳銃を下す様子は無く、その姿勢のまま、カーラに向き直った。

「口下手なあなたに代わって、この子がこんなにも心温まることを言ってくれたのよ。あなたはどう答えるのかしら?」

 二人の視線が、カーラを貫く。高まる鼓動を抑えながら、少年との出会いを思い出していた。カーラを見つめるその純朴な瞳は、彼女の先にある遺伝子には目もくれず、ただその人自身を見据えていた。そんな彼をどうするべきか。それは彼女がずっと考えていた疑問だった。自身で一応の解決策を出しても、頭の中ではそうではないと、迷いの声が反響する。カーラには既に分かっていた。この少年にとってカーラはもう単なる命の恩人では無いことに。

 彼女の脳内でここ数時間の記憶がフラッシュバックされる。

『半端に同情すれば両方が不幸になる』

『でも僕、カーラと暮らしたい』

『中身はきっと赤ん坊なのね』

 そして、旧き記憶が、ある少年の顔と共に再生される。

『お前のおかげで俺は人になれたよ』

 そう、これは単なる”願望”ではない。これは”義務”なのだ。

 カーラはゆっくりと口を開いた。

「私は……例えあなた達を犠牲にしても、この子を守り通す!」

 少年はそれを聞き、溢れだした涙を止めることが出来ず、声を殺して泣いた。ユーリはその返答を予想はしていたが、期待はしていなかったようだった。

「そう、やっぱりあなたは変わったのね」

 ユーリは銃を下し、それを自身のホルスターへしまった。そして、無表情でカーラの方へ向かい、すれ違いざま声をかける。

「けれど覚えといて。もし、その子の素性がバレたなら、その時は私があなたを殺す」

 カーラは何も言い返さなかった。自らが犯した罪は自らが償わないといけない。他の彼女たちの為にも。それこそが彼女の“義務”なのだから。ユーリは広がっていた長い髪をヘアゴムで纏め、そのままカーラが走ってきた方向へ歩いていった。カーラがその姿を眺めていると後ろから声が聞こえた。

「カーラ!!」

 少年がカーラのもとに駆け寄り、カーラを思いっきり抱きしめた。涙と鼻水で覆われた顔には、恐怖からの解放感、安心感、幸福感などがとめどなく溢れている。

「ほら、泣かない。そんな顔で歩いたらカメラに見つかるでしょ」

 涙を拭いながら頷いた少年は、顔を上げ、人生一番の笑顔をこの世で一番自分のことを思ってくれている人に見せる。

「ありがとう! カーラ」





-----



 美容整形医院でカーラは少年の施術を待っていた。高くはないと言い張っていた施術代は色々とオプションを付ければ、どんどんと高くなっていき、残高がほとんどゼロになっていた。今月の節約をどうしようかと考えていると、手術終了を告げるアナウンスが流れ、カーラは誘導されるまま小部屋に入った。するとそこには見たことのない少年が一人佇んでいた。黒色の髪に、緑の瞳、そしてほっそりとした輪郭は美少年といって差し支えない。



「お姉さん、部屋間違っているよ」

 とぼけた表情で彼女をあしらおうとする少年にカーラは笑みを浮かべる。

「あーあ、折角ご馳走でも食べに行こうと思ってたのに残念だわ」

「行く行く~」

 病院を出た二人に、一人の男が近づいてきた。

「カーラ、こんなところで何してるんだ?」

 同僚のヒロトであった。背が高くスラっとしており、異性からモテそうな顔だちをしているが、一日中歩き回ったせいか、げっそりとした顔つきをしている。カーラは予想外の彼の登場に驚き、思わず声が上ずってしまった。



「え?あー、ちょっと鼻を高くしたくて」

「任務中にか? 確かにその鼻はコンプレックスだろうが……」

 少年はカーラから明らかな殺気を感じた。そんな彼女にはお構いなしに、ヒロトは近くにいた少年の方に顔を向ける。

「いつこさえたんだ?」

「親戚の子よ」

 嘘が得意でないカーラの目は終始泳いでいる。子供慣れしている様子のヒロトは少年の目線の高さにかがみこみ、笑顔で質問をした。

「そうか、僕名前は?」

 少年は笑顔のまま、溌剌とした声で答える。

「X253型R9-03です」

 少年を除く周りにいたすべての大人の表情が固まった。

「か、変わった名前だね」

 ヒロトが咄嗟に笑顔を取り繕う。そして、その顔にはその聞き覚えのある名前を思い出そうとする疑惑の感情も混ざっていた。

「さ、最近のキラキラネームらしいの」

「キラキラしているのはこの子の表情だけだろ」

 カーラがフォローを入れるが、全く役には立たなかった。



-----



 ヒロトと別れた後、二人は手を繋ぎながら帰路についた。

「あなたの名前、決めないとね」

「レオンとかがいいなー」

 少年は嬉しそうに体を左右に揺らしている。

「あまり目立つ名前は避けましょう。あなたはこの社会で暮らす、最初の技能クローンだから“レイ”とかはどう?」

「最初なら“ハジメ”じゃないの?」

「あなたはまだスタートラインに立ったばかりなの。ハジメなんておこがましいわ」

「そういうものかなー。でもその名前、何だか響きがいいね」

 二人は顔を見合わせて笑い、また太陽に向かい、歩を進める。夕暮れの日差しが二人の今後を祝福するように優しく微笑みかけていた。

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