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第63話 涙のお茶会
しおりを挟む「…………お前ら、一体なんの話を」
そう言った誠司は、琥珀が人間界に来てから、過去最大に怪訝な顔をしていた。
「ね、誠司くん。どうして、こんなガサツな子と一緒にいるの? 随分好みが変わったのね?」
嘲笑しながら、田淵はそっと誠司の腕に手を置いた。
「うるせぇ」
「え? なに? 誠司く……」
誠司はぽつりと呟いた言葉を、今度は大きな声で発する。その際に、田淵の手を振り払うのも忘れない。
「うるせぇって」
「きゃっ」
誠司の拒絶に、田淵は目を丸くさせる。
「さっきから、何の話をしてんだお前らは。俺が田淵を好きだった過去なんか一秒たりともねぇ」
そう言い放った誠司に、田淵は笑顔をヒクつかせる。
「え? はい? 誠司くんそんなわけ……」
「おい、泣くのはやめろ」
誠司からの新情報に、琥珀と華もきょとん顔だ。涙はいまだに止まっていない。
「えっと、誠司さんはこの人を好きじゃなかったんですか?」
「んなわけねぇだろ。不愉快な勘違いはやめてくれ」
「嘘でしょ、誠司くん。あんなに私の言うこと聞いてくれたじゃない」
新情報を、最も受け入れられなかったのは、田淵であったらしい。
貼り付けたような笑顔は、口角が歪んで上がっている。
「うるせぇな、黙ってろ。今それどころじゃねぇんだよ」
一瞬だけ田淵に鋭い視線を送ったあと、誠司はすぐに華たちに向き直る。
どうしたら華たちが泣き止むのかと、困り果てているようだ。
「とりあえず戻ろう。飯も食うんだろ」
場所を変えて話そうと、提案する誠司に、華は田淵に視線を向ける。
「あの人は、どうするんですか」
「あれはもう放っとけ。関わると損しかしねぇよ」
「でも、このままじゃ……誠司さんだけが被害を受けてるんですよ」
「何も悪くないのに」と、続けた華に、誠司は少し眉を下げた。
「今日まで、色々思うこともあったんだよ。……ほら、戻るぞ」
行こうと背中を押した誠司に、田淵をこのまま帰すことに納得のいっていない華も、大人しく従った。
「俺は、一回あいつにタックルしてきていいか」
華は強烈な平手を二発、おみまいしてくれた。琥珀としても、田淵に一度お返しをしたいところだ。
「お前も行くぞ。あんましつこいと、飯やらねぇからな」
「……よし、飯は諦める」
それよりも大事な事があると、助走をつけようとしたところで、誠司に抱き上げられてしまった。
「いいから来い」
「うおお、離せ誠司。一回、一回だけでいいから!」
衝突後に地面をゴロゴロと転がるくらいの一撃を、田淵にくれてやろう。
「離せぇぇ」と暴れる琥珀の抵抗も虚しく、誠司はスタスタと歩を進める。
完全に蚊帳の外となった田淵に、誠司は別れの挨拶を告げる。
「田淵」
「え、はい」
「……お前が何も変わってないのはわかった。もう二度と俺に関わるな。視界にも入れたくねぇ。戻ってからも、俺の名前を口にすんな」
虫酸が走ると、言い捨てた誠司の後ろで、田淵は何か文句を言っていたが、誠司が振り向く事はなかった。
*****
神社に戻って来た誠司たちは、もうお馴染みになった準備を進める。
誠司と琥珀で、焚き火の用の木を組み上げる。その間に、華は大判のレジャーシートを敷いて、ふかふかのクッションを三つ設置しておく。
このクッションは、琥珀が寒いと喚いた結果、誠司が購入してくれた戦利品だ。
「すぐホームレスになったわけじゃない。ここも、ふらふらしてたら辿り着いたとこだしな」
食事をしながら、誠司は過去の出来事を話してくれた。
「どこでどうなったのかは知らねぇが、俺が田淵に好意を持った事はねぇよ」
「でも、ならどうして誠司さんは、あの人の頼みを聞いたんですか?」
問題を起こした犯人になってくれなんて、好きな女の子を庇う理由があっても重たい。
食事も終えて、苺タルトを一口食べた誠司は、ごくりとそれを飲み込んだ。
「クラスメイトの女が、襲われたって事を晒されて生きるより……。男の俺がちょっと我慢したら済むもんだと思ってたんだよ」
時間が経てば噂も消えて、そのうち日常が戻ると、まだ十六歳の誠司は思っていたらしい。
野球部も、何人もの問題児が出るより、誠司一人であれば処罰が少ないだろうと。
「ただその代償が、すげぇでかくて……あっという間に退学になったしな」
集団でなければ、誠司が試合に出るのを規制されるぐらいだろうと。
監督に目をかけてもらっていたという甘えもあった。これまで以上に努力することで、いずれ挽回する事は可能だと思っていたのだ。
「ガキって怖ぇよな。精一杯謝りゃどうにかなると思ってたんだよ」
実際に問題を起こした本人ではなかったから、重大性を理解出来ていなかったのもあるだろう。誠司の危機感は、ひどく薄かったのだ。
「せいぜい、周りから白い目を向けられるだけだと思ってたしな」
それぐらいなら我慢出来ると、考えていた。
その白い目も集まると、嫌がらせに発展し、実害が出る事も知らず。両親の精神を疲労させるとも、思っていなかったのだ。
「……親が死んだのは、俺のせいだ」
連日続く悪質な嫌がらせは、夜中に起こることがしょっちゅうある。部屋の窓ガラスに、石を投げられて割られた事もあるのだ。
実害と、息子をどうにかしてあげたいという想いから、両親はずっと頭を抱えていた。
ろくに眠る事も出来ず、青い顔をして仕事に向かった二人の単独事故。その原因に、誠司が絡んでいないとは思えない。
「全部、馬鹿みてぇに考えが浅かった俺が悪い」
若かったあの頃に戻りたい。全てをやり直させてくれと、誠司は何度願ったことか。
「ばかばーか」
「本当に……馬鹿です」
琥珀の言葉は、華に聞こえていないはずなのに、同じ言葉が誠司に向けられる。
「だから……なんで、お前が泣くんだよ。ほら食え」
琥珀の前に、苺タルトが置かれて、琥珀はぱくりとそれを口にする。
それは苺の甘酸っぱさと、涙の味がした。
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