ホームレスの俺が神の主になりました。

もじねこ。

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第64話 君の過去

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 いつもより笑顔の少ないお茶会を終えたあと、華は長居せずに帰宅した。
 どうしても楽しい雰囲気に出来ないからと、華なりの気遣いからだろう。

(誠司、本当に馬鹿だ)

 もちろん、琥珀も誠司の過去に、納得なんて出来ていない。

 誠司はいつものように、洗濯物を木と木の間に張ったロープに吊るしている。
 琥珀と華を置いて、一人通常運転なのは、全てをもう諦めているからなのか。そう思えば、より琥珀の胸が痛んだ。
 その姿を見つめながら、琥珀は小さな声で不満を漏らす。


「若気の至りって、そういうことかよ」

 以前、誠司は琥珀に、不祥事の理由は若気の至りだったと、説明した。

「……わかりにくい言い方するなよな」

 まだ十六歳だった誠司は、後先考えずに、自分の痛みよりも他人の痛みを優先した。

(そうか、誠司は……もともとそういう奴なんだ)

 琥珀との手違いでの契約だって、誠司は巻き込まれた側だろう。
 何度、他人と関わりたくないと、誠司の口から聞いたことか。
 それでも今こうして琥珀は、琥珀という名前を貰い、一緒に生活をしている。それが全てで。それが、誠司という人なのだ。

 誠司の優しさが、最悪な形で利用された事が何よりも許せなかった。

「誠司」

 シャツのシワを伸ばしていた誠司が、視線だけを琥珀に向ける。

「なんだ」

「野球さ、すげぇ好きだったんじゃねぇの」

 別にと、適当に答えた誠司の本心をこぼさないように、見つめていれば、誠司は観念したように教えてくれた。

「そうだなぁ……」

 少し見上げた誠司の視線の先には、野球少年であった自分がいるのだろうか。

「まあ、将来野球以外の選択肢が見えないぐれぇには、好きだったな」

 きっと、楽しかったのだろう。それが練習漬けな毎日でも。誠司がそれを穏やかな表情で語ったことに、また泣きそうになる。


(なん、で……誠司が)

 騙されて、脳みそすかすかの馬鹿な田淵を守り、人生をかけてやってきた野球を失った。

「友達とかさ、誠司の味方してくれなかったのかよ」

「何人かいたけどな。ただ、田淵のことがあったから、俺も俺がやったっつってたし」

 辻褄が合わないことも、早く事態を収束したくて、やったの一点張りだったらしい。


「うーあああー!! なんなんだよ、あの女とその高橋とかいう男!」

 とことん田淵と高橋に苛立ちが募る。もはや、憎しみに近いかもしれない。
 最も問題を起こした二人は、高校の同窓会に参加できるような生活を送っている。

「……途中でな、気付いたんだよ。あいつらが付き合ってて、俺が馬鹿だったって」

「えっ誠司、知ってたのか?」

「おお。あいつらももっと隠せよな」

 当時、ブログや学校のコミュニティサイトが盛んだった。田淵と高橋の名前は伏せられていたが、明らかにそれを示す特徴が書かれ、誠司は二人が付き合っていた事実を知る。

「知ってたなら、なんで何も言わないんだよ! もう誠司が悪者になる必要ないだろ」

 押し黙ってしまった誠司に、琥珀は問い詰める。本当は、誠司にではなく、元凶に直接物申したいのに、それが出来ないことが歯痒い。

「誠司!」

「……知ったのが、母さんと、父さんが死んだ直後だった」

 思わず、息を飲んだ。
 両親を亡くして、それまで見なかったサイトをたまたま見てしまった。
 みんなが今どうしているのか、ほんの少し覗いたそこで、誠司はさらなる絶望を知る。

「気力がなかった。あれは本当は違うんだって、今更言ってどうなんだって」

「う、ううう……」

「もう親は死んだのに」と、告げた誠司は、やはりいつもと同じ、無愛想な顔だ。
 かわりに琥珀から唸り声と涙声が、混ざったような声が出る。

 両親は俺が殺したようなもんだと言った誠司の傷は、明らかに癒えていない。
 ただ、今泣かずにこうして話せるまで、誠司は一体どれだけの後悔を抱えて、一人で涙を流したのだろう。

(そん時、誰か誠司のそばにいたのかよ)

 誰よりも綺麗な優しさだったはずなのに。誠司の真っ直ぐな気持ちは、歪んだ人間に悪用されてしまった。高校生の誠司を、支えてくれる人間はいたのだろうか。

(でも、多分……)

 この神社で、誰とも関わらずに生きていた誠司だ。期待一つ抱かない無機質な瞳を見ると、誠司を支援してくれた者は、いなかったのではないか。
 
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