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第零話.始まりの日

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「──なん……だよ……」

 どうしてこうなってしまったのか。俺は手に持っていた鞄を地面に落とす。
 それは、俺が学校の正門を通った時に突如として発生した。

 爆発音と共に、校舎内の窓ガラスが割れる音が聞こえてくる。

 これでもう三回目。

 何が起きているのかも理解出来ずに動けないでいた俺は今度こそハッと意識を取り戻し、慌てて校舎内へと走る。

 中にはまだ俺の幼馴染が居る。まだ授業中の筈だから、間違いなく教室だ。アイツは俺みたいに遅れたり授業をサボるような奴じゃない。

「くそっ!!」

 廊下を走り、階段を駆け上がろうとするが、上から次々と無事だった生徒たちが転がる様に降りてくる。
 恐らく二階の二年達だろう。俺はまだ高校一年で、三階に教室がある。さっきの爆発音と窓ガラスの割れ方から推測するに、さっきの爆発は三階で発生した。

 俺は人混みに揉まれないよう慌てて引き返すと、何故か誰も使っていない非常階段が目に入った。恐らくパニックになりすぎてその存在を忘れていたんだろう。

 だがこれは絶好の機会だ。これで三階に上がることができるだろう。

「頼む……頼む……!!」

 俺は非常階段には繋がる扉を勢い良く開け、三階を目指す。その時にもう一度爆発音。校舎内にいる生徒達の悲鳴がここからでも聞こえてきた。

「あの音は何処からだ……! くそっ!!」

 夢だったら早く覚めてほしい。
 そんな叶わぬ願いを抱きながら、俺は三階の校舎内に繋がる扉を遠慮なくぶち開けた。

「嘘だろ……」

 まさに地獄に相応しい光景だった。
 爆発は教室内で起きたのか、飛び散った肉片に、爆風によって吹き飛ばされた瓦礫やこの学校の生徒達。

 なによりも、この曲がり角を曲がった先は俺のクラスだった場所である。

 俺は震える脚を無理にでも動かし、そんな事は無い、ある筈がないと現実を直視しないままその曲がり角を曲がった。

 教室が無い。いや、壁や床が破壊されて無い様に見えるだけで、元々は小奇麗な教室──俺のクラスだった筈である。

 有り得ない。こんな事がある筈無い。でも今広がっているこの光景は何だ? 分からない。

「そ……うだ……みな……水面みなも……!! 何処だ水面ッ!!」

 『どうしたのー?』いつもならすぐに俺の声に反応してくれる幼馴染の声が聞こえない。

 俺は辺りを見渡す。すると、ただの瓦礫の山である場所に、まるで視線が釘を打たれたかのように固定され、動かなくなっていた。
 そこから微かに声が聞こえたような気がしたのだ。いや、小さくだが、確かに声が聞こえる。

「──水面ッ!!」

 俺はすぐに幼馴染である寺町てらまち水面みなもだと判断すると、すぐにその瓦礫の山へと駆け寄り、瓦礫を退かそうと力を入れる。
 だが大きな瓦礫だ。俺一人では退かすことも出来ない。そして、その下にいる水面は──

「駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ!!」

 信じたくない。俺は諦めることなく瓦礫を退かそうとするが、無情にも瓦礫が動くことは無かった。

「あや……ちゃん……?」

「水面っ!?」

 瓦礫の中から掠れた小さな声が聞こえてくる。俺はそれに反応すると、中から鼻で笑うような音が聞こえた。

「ごめ……んね……」

「おい……! やめろよ……!!」

 まるで今から死ぬかの様な、そんな言葉。
 俺は溢れる汗かも涙かも分からないものを制服で拭うと、諦めずに力を入れ続ける。
 
「大好きだよ……」

 その言葉と共にまた爆発音が鳴り響く。下でもなく外でもなく、それは真上から。

 死を覚悟した。巨大な瓦礫が俺の顔面に目掛けて落下してきている。避けようが無かった。いや、避ける気なんて俺には無かったんだ。

『──待つんだし!』

 カチッ、と時計の秒針の様な音が聞こえたかと思うと、感覚的に時間が止まったのが分かった。

 よく分からない。俺を潰さんとしていた瓦礫は宙で止まっているのに、俺自身は動く事ができる。

『死ぬなんてあたちが許さないし!』

 そんな状況に訳がわからずあたふたとしていると、突然そんな言葉と共に俺の胸ポケットからぬいぐるみの様な物が飛び出してきた。
 その見た目は熊。熊と言ってもリアルよりではなく、随分とデフォルメされたこの場に相応しくない可愛いぬいぐるみである。

『ニシシ、驚いてるし。でもこの状態も長く持たないし。単刀直入に聞くし。皆を助けたいし?』

 何やら質問されたようだが、恐怖やら驚きやらで俺は声を出せなかった。するとそれを肯定と捉えたのか、熊のぬいぐるみは俺の周りを嬉しそうにくるくると飛び回った。

西条さいじょう綾女あやめ。君にあたちの力を与えるし。そして、パパっとあたちらしくこの事件にケリを付けるんだし』

「お、おい待ってくれ。何だよこれ。なんで学校に来たらこんな事になってるんだよ。何で爆発して水面は瓦礫に埋まって……」

『待たないし。さっきも言ったけど時間が無いんだし。さっさとあたちの力を受け取るんだし』

 何とか話す事が出来たかと思えば、途中で言葉を遮られてしまった。
 その事に少し苛立ちを覚えながらも、水面を助ける事が出来るならばと俺は頷いた。

『よろしい』

 表情が無いはずのぬいぐるみが、少しだけ微笑んだような気がした。
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