2 / 3
2 指先の猛毒、あるいは沈黙の宣戦布告
しおりを挟む
「……大井さん。今日は大胸筋の張りが酷いですね。呼吸、浅くなってませんか?」
週に2回、鷹也が治療院を訪れるようになって一ヶ月が過ぎた。
初診ではトレーニング頻度が多いので「細かにケアできるのが理想です」とやりとりをした。金銭面や、時間の都合などを考えて週に1回来てもらえたら御の字だなと思っていた広だったが、鷹也は広が気になり、高頻度で治療院を訪れるようになった。
広はいつものように、淡々と鷹也の巨躯に指を沈めていた。仰向けに横たわる鷹也の胸筋は、オフ期特有の厚みを増し、まるで装甲板のような弾力を持っている。
「……ああ、ベンチの重量上げたからな。井戸沼さん、指、疲れないか? 俺の身体、相当硬いだろ」
鷹也の声は、以前より少し掠れていた。
広の指先が、鎖骨の下から脇の付け根にかけて、丁寧に筋膜を剥がしていく。広にとっては日常のルーティンだが、鷹也にとっては拷問に近い快楽だった。
「全然平気ですよ。慣れてますから。それに、大井さんの筋肉は質が良いので、触っていて勉強になります。……ここ、響きますか?」
広の親指が、ぐっと深い位置にあるトリガーポイントを捉える。
「っ……あ、あぁ……そこだ……」
思わず漏れた鷹也の声は、およそ治療院に似つかわしくない、低く艶のある響きを含んでいた。
(……やばいな、これ)
鷹也は視界を覆う天井を見つめ、必死に理性を繋ぎ止めていた。
元々、自分でも呆れるほど性欲が強い自覚はある。だが、同性であるはずの広に触れられるたび、下腹部がジリジリと熱を持つのは予想外だった。
広の指は、驚くほど繊細で、それでいて力強い。
スクラブの袖から覗く前腕の筋。集中して少しだけ尖らせた唇。
そして、自分のような「規格外の塊」を、まるでお気に入りの道具をメンテナンスするように愛おしげに扱う、その眼差し。
「井戸沼さんさ」
「はい?」
「あんた、客にそんな顔して触んの? 勘違いする奴、いないか?」
広の手が、一瞬だけ止まった。
「……顔、ですか? なんか変な顔してました?」
思わぬ指摘で広は焦りを見せる。
「いや、変なんじゃなくて。先生、顔が綺麗だからモテるだろ」
「いやいや、私はそんな…大井さんこそ女の子のファンとかたくさんいるんじゃないですか?」
「いるにはいるが、俺のファンはもう長いこと応援してくれてるから妹みたいな子ばっかだな。先生は、綺麗だし治療中の真剣な眼差しがエロい。他のやつにもそうなのか気になったんだよ」
「エロいは初めて言われました…そうですね。あんまり変わらないと思いますよ。でも大井さんの身体はやりがいがありますし、よくお話ししてくださるので特別かもしれません。」
広はふっと、困ったような、だが柔らかい笑みを浮かべた。
鷹也は「大井さんは特別」という言葉に年甲斐もなく嬉しくなってしまった。
広には大学生の時、ノンケの友人に「お前のそういうところが気持ち悪いんだよ」と切り捨てられたことがある。その時から自分の感情を外に出すことを極端に控えるようになった。
だから、鷹也が向けてくる熱い視線も、単なる「身体を預けている信頼」や「プロ選手特有の気性の荒さ」だと処理してしまう。
「大井さんは格好いいですからね。きっと、気づいていらっしゃらないだけで熱烈な方も多いと思いますよ。私にも言葉をかけてくださるし、モテるのがよくわかります。」
「……は?」
鷹也は思わず上体を起こしそうになった。
今、こいつは何と言った?
俺が、誰にでもこんな風に、独占欲を孕んだ視線を向けていると思っているのか。
「……先生、本気で言ってるのか?」
「ええ。大井さんはかっこいいです。女の子たちは大井さんにはお相手がいると思って遠慮しているだけですよ。」
広はあくまで「プロの顔」で、次の治療部位である腰に手を伸ばした。
その無防備な指先が、鷹也の敏感になった肌をなぞる。
広にとっては解剖学的な確認。だが、一日に一度は抜かないと気が済まない、現役バリバリの「性欲お化け」である鷹也にとって、それは最後の一線を越えさせるためのトリガーでしかなかった。
「……井戸沼さん。俺、男相手にこんな風になったの、あんたが初めてなんだよ」
低く、獲物を狙うような声。
だが、広は「初めての鍼治療に感動してくれた」のだと勘違いし、少しだけ誇らしげに目を細めた。
「光栄です。じゃあ、もう少し刺して……響かせますね」
「……あぁ。覚悟しとけよ、井戸沼さん」
鷹也の言葉の意味に、広が気づくことはなかった。
広の指が、鷹也の硬い筋肉の表面をなぞる。
その瞬間、鷹也の瞳に宿ったのは、治療への感謝ではなく、目の前の「静かな職人」を組み敷き、その声を別の意味で上げさせたいという、獰猛な支配欲だった。
週に2回、鷹也が治療院を訪れるようになって一ヶ月が過ぎた。
初診ではトレーニング頻度が多いので「細かにケアできるのが理想です」とやりとりをした。金銭面や、時間の都合などを考えて週に1回来てもらえたら御の字だなと思っていた広だったが、鷹也は広が気になり、高頻度で治療院を訪れるようになった。
広はいつものように、淡々と鷹也の巨躯に指を沈めていた。仰向けに横たわる鷹也の胸筋は、オフ期特有の厚みを増し、まるで装甲板のような弾力を持っている。
「……ああ、ベンチの重量上げたからな。井戸沼さん、指、疲れないか? 俺の身体、相当硬いだろ」
鷹也の声は、以前より少し掠れていた。
広の指先が、鎖骨の下から脇の付け根にかけて、丁寧に筋膜を剥がしていく。広にとっては日常のルーティンだが、鷹也にとっては拷問に近い快楽だった。
「全然平気ですよ。慣れてますから。それに、大井さんの筋肉は質が良いので、触っていて勉強になります。……ここ、響きますか?」
広の親指が、ぐっと深い位置にあるトリガーポイントを捉える。
「っ……あ、あぁ……そこだ……」
思わず漏れた鷹也の声は、およそ治療院に似つかわしくない、低く艶のある響きを含んでいた。
(……やばいな、これ)
鷹也は視界を覆う天井を見つめ、必死に理性を繋ぎ止めていた。
元々、自分でも呆れるほど性欲が強い自覚はある。だが、同性であるはずの広に触れられるたび、下腹部がジリジリと熱を持つのは予想外だった。
広の指は、驚くほど繊細で、それでいて力強い。
スクラブの袖から覗く前腕の筋。集中して少しだけ尖らせた唇。
そして、自分のような「規格外の塊」を、まるでお気に入りの道具をメンテナンスするように愛おしげに扱う、その眼差し。
「井戸沼さんさ」
「はい?」
「あんた、客にそんな顔して触んの? 勘違いする奴、いないか?」
広の手が、一瞬だけ止まった。
「……顔、ですか? なんか変な顔してました?」
思わぬ指摘で広は焦りを見せる。
「いや、変なんじゃなくて。先生、顔が綺麗だからモテるだろ」
「いやいや、私はそんな…大井さんこそ女の子のファンとかたくさんいるんじゃないですか?」
「いるにはいるが、俺のファンはもう長いこと応援してくれてるから妹みたいな子ばっかだな。先生は、綺麗だし治療中の真剣な眼差しがエロい。他のやつにもそうなのか気になったんだよ」
「エロいは初めて言われました…そうですね。あんまり変わらないと思いますよ。でも大井さんの身体はやりがいがありますし、よくお話ししてくださるので特別かもしれません。」
広はふっと、困ったような、だが柔らかい笑みを浮かべた。
鷹也は「大井さんは特別」という言葉に年甲斐もなく嬉しくなってしまった。
広には大学生の時、ノンケの友人に「お前のそういうところが気持ち悪いんだよ」と切り捨てられたことがある。その時から自分の感情を外に出すことを極端に控えるようになった。
だから、鷹也が向けてくる熱い視線も、単なる「身体を預けている信頼」や「プロ選手特有の気性の荒さ」だと処理してしまう。
「大井さんは格好いいですからね。きっと、気づいていらっしゃらないだけで熱烈な方も多いと思いますよ。私にも言葉をかけてくださるし、モテるのがよくわかります。」
「……は?」
鷹也は思わず上体を起こしそうになった。
今、こいつは何と言った?
俺が、誰にでもこんな風に、独占欲を孕んだ視線を向けていると思っているのか。
「……先生、本気で言ってるのか?」
「ええ。大井さんはかっこいいです。女の子たちは大井さんにはお相手がいると思って遠慮しているだけですよ。」
広はあくまで「プロの顔」で、次の治療部位である腰に手を伸ばした。
その無防備な指先が、鷹也の敏感になった肌をなぞる。
広にとっては解剖学的な確認。だが、一日に一度は抜かないと気が済まない、現役バリバリの「性欲お化け」である鷹也にとって、それは最後の一線を越えさせるためのトリガーでしかなかった。
「……井戸沼さん。俺、男相手にこんな風になったの、あんたが初めてなんだよ」
低く、獲物を狙うような声。
だが、広は「初めての鍼治療に感動してくれた」のだと勘違いし、少しだけ誇らしげに目を細めた。
「光栄です。じゃあ、もう少し刺して……響かせますね」
「……あぁ。覚悟しとけよ、井戸沼さん」
鷹也の言葉の意味に、広が気づくことはなかった。
広の指が、鷹也の硬い筋肉の表面をなぞる。
その瞬間、鷹也の瞳に宿ったのは、治療への感謝ではなく、目の前の「静かな職人」を組み敷き、その声を別の意味で上げさせたいという、獰猛な支配欲だった。
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる