異世界の聖杯を拾ったら後輩系彼女ができた件

三色ライト

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3話 可愛いすぎるリディアさん

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 築40年のアパートはその数字の大きさに恥じない年季を感じさせる。軋む階段、錆びた手すり、剥がれた壁紙。

 文句のつけようがない、ボロアパートだ。

 家賃35000円。風呂トイレ別、6畳でこれだ。悪くない条件だと個人的には思う。

「ここが俺の家、メゾングレイル201号室だ」

「お、趣を感じますね」

「褒めるの下手かよ。顔に出てるぞ」

 指摘するとリディアはすぐに顔を手で隠した。その仕草、可愛いがすぎるだろ。

 鍵を開けて部屋の中が見えた瞬間、リディアは引き攣った顔になった。

「こ、こんなところに住んでいるんですか?」

「住めば都だぞ」

「……お邪魔します」

 牛歩。

 そう表現せざるを得ないほどに重い足取りで、リディアは俺の部屋に上がった。

 まさか彼女ができて家に来るだなんて、バイト前の俺は思ってもいない。だから部屋はある程度散らかっている。

 初めてできた彼女に負の面を見せたいわけではないので、とりあえず脱ぎ散らかしてある服などは片付け始める。

 手伝ってくれたリディアが唐突に甲高い艶やかな声を出した。バカな、その系統のグッズは買っていないはずだ。

「ま、正輝さん。何ですかこの本は」

「あー……グラビア雑誌だ」

 男なら持っていても不自然ではない。むしろ持っていない方が不健全かもしれない。

 だがリディアには汚物にしか見えないようで、端っこを摘んで部屋の隅に置いた。本やグラビアに罪はないのに。

「不潔です」

 何度なじられればいいのだろう。自尊心が壊れる音がする。

 服を片したらようやく金庫が見つかった。ただの通帳入れになっていたが、買っておいて正解だったな。

 リディアに見つからないように金庫の中に聖杯を入れ、ロックした。4ケタの暗証番号だ。バレることはないだろう。

 金庫のドアを閉めた瞬間、どこからともなくぐぅ、という音が聞こえてきた。

 リディアはまた、顔を手で隠している。

「……飯、食うか?」

 彼女は無言で頷いた。

 男性一人暮らしの飯なんてコンビニ弁当だと相場が決まっている。

 今日もバイト終わりにコンビニ弁当を買っていたので、例に漏れずそれだ。

「若鶏のチキンステーキ弁当大盛り」

「異世界の食べ物、初めてです」

「腹の虫が鳴るくらいに楽しみか?」

「意地悪な彼氏は嫌いです」

「ごめんって」

 リディアは頬を膨らませてしまった。

 部屋には電子レンジの音が響く。600Wで4分。意外とこれが長い。

 沈黙を破ったのはリディアだった。

「正輝さんはどうしてそんなに彼女を欲していたんですか?」

「去年親が死んでな、1人は寂しいんだよ」

 重い話題にしたくないが、避けては通れなかったので正直に答えた。

「それなら女性にアプローチすればいいじゃないですか。正輝さんに彼女がいたら聖杯は返してもらえたのに」

 意外にも、リディアはあっけらかんとしていた。異世界は死との距離が近いのかもしれない。

 アプローチねぇ、そんなことできたら、聖杯に縋ったりしないよ。

 重苦しい話は嫌いなので、逆にリディアに振ってみることにした。

「リディアは恋愛経験豊富なのか?」

「そ、そんなことありません。その、正輝さんが初めてです」

「へぇ、俺が初めての相手か」

「気持ち悪い言い方しないでください」

「逆にどんな男がタイプだ? 理想像に近づけるように頑張ってみるからさ」

「考えたこともありませんでしたが、優しくて誠実で、気兼ねなくお話しできる男性だと嬉しいです」

 意外と理想は低かった。

 もっと身長や収入、顔の形、果ては長男か次男かまで指定してくるかと思った。俺はインターネットに毒され過ぎているようだ。

 感心しているとキッチンからピーピーと音が鳴った。温めが終わったな。

「くんくん、いい匂いがします」

「犬かよ。弁当が温め終わったんだ」

「魔法も使っていないのにですか?」

「そういうものなの。原理理論は知らん」

 小皿とフォークとコンビニ弁当をリディアの前に置いた。

 すると再びぐぅ、と可愛らしい腹の虫が鳴いた。

「うぅ、どうして私は……」

「可愛いから気にするなって」

「か、かか……もう、あなたという人は!」

「うぷっ!」

 その辺のクッションを押し付けられた。世界一可愛い暴力だ。

「んじゃ手を合わせてください」

「手を、ですか?」

「こっちでは食べる前にこうやるんだ。食材と生産者への感謝的な?」

「なるほど。はい、合わせました」

「いただきます」

「いただきます」

 食べる前の挨拶を済ませると、リディアの小皿にカットされたチキンステーキを乗せた。

 リディアはフォークを持って、チキンステーキに食らいついた。きっと今ごろ、リディアの口の中ではバターの風味が爆発しているだろう。

 異世界もののライトノベルでは日本の飯は絶賛されるのが常。どんな賛辞が飛び出すか、少しワクワクしている自分がいた。

 咀嚼を終え、チキンステーキを飲み込んだリディアはひと言。

「味が濃いですね」

「え、そんな感想?」

 虚を突かれた。

 リディアは拗ねたような表情になる。

「逆にどんな感想を期待していたのですか」

「そりゃもう、美味しーい! この世のものじゃないみたーい! みたいな?」

「バカにしています?」

 ちょっとしていたかもしれない。

 なぜか俺の中に、異世界は何においても日本より下という偏見がある。彼女のルーツを下に見るのは良くないな、改めよう。

 食後、俺は風呂のスイッチを押した。

 さて、これからが問題だ。

 当然ではあるが、俺の家に女子が来たことなどない。

 だから女子の部屋着などない。逆にあったら通報ものだ。
 いやそもそも。

「なぁ、異世界に風呂の文化はあるのか?」

「風呂?」

「えっと、お湯に浸かって身を清めるやつ」

「あ、はい。水浴びならありますよ。こちらの世界ではお湯なんですね」

 向こうでは水だったのか。欧米のシャワー文化に近いのかもしれない。

「どうする? シャワー、つまり水が出てくる装置もあるが」

「せっかくなので風呂? をいただきます」

「おう、中で眠って溺れないようにな」

「もう、またバカにして……」

 リディアは口を尖らせる。反応が可愛いから、ついつい意地悪したくなってしまうな。

 風呂が沸いた音にもまたビクッとしていた。俺の初彼女、可愛いが過ぎる。全人類に自慢したい。

「どうする? 先に入るか?」

「いいんですか? 先にいただいて」

「おう。着替えは……まぁリディアが入っている間に洗面所に置いておくよ」

「……覗かないでくださいよ?」

「うーんそれは保証できな」

「[ホワイトフレア……」

「絶対に覗いたりしません! 許してください!」

 何の魔法を使ったのかは知らないが、死にかけたのかもしれない。

 リディアは「バカですね」とだけつぶやいて、洗面所へと消えていった。
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