異世界の聖杯を拾ったら後輩系彼女ができた件

三色ライト

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10話 可愛い×可愛い=萌え

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 食後に俺たちが向かったのは触れ合い広場だ。

 ここには多くの羊やヤギがいて、頭などを撫でることができる。今日もこの時間になるとヤギ達がウロウロと散歩していた。

「可愛いです! 正輝さん、可愛いです!」

「ありがとう」

「正輝さんのことを言っているわけではありません」

 日本語、難しいね。

 そういえばとふと思った。

「なぁ、俺たちって使う言語一緒だよな。何でだ?」

「言語は違いますよ」

「え」

 あっけらかんと否定したリディアに、俺は面食らった。

「私たちは言語の違いで争いが起きぬよう、常に翻訳される魔法を使っているのです」

「へ、へー。そうなんだ」

 いきなりファンタジーだ。やはりそこは異世界なんだな。

 どうもリディアといると安心しきってしまうから、ファンタジー世界に巻き込まれていることを忘れてしまう。気を引き締めねば……

「にゃあ、可愛いですー!」

「……可愛いな」

 リディアが。

 気を引き締めるなんて無理だ。こんな癒し系美少女系後輩系彼女がいたら気など緩むに決まっている。

 リディアは寄ってきたヤギの頭を撫でていた。俺も撫でられたいって言ったらたぶん軽蔑の目を向けられるのでやめておこう。興奮するが、今日の目的は刹那的な快楽ではない。

 ふと視界の端にヤギの餌が100円で売られているのを見つけたので、お金を入れて買ってみた。

 ガチャガチャみたいにカプセルが出てきて、その中にドッグフードみたいなものが入っていた。たぶん草か何かを加工したやつだろう。

「おーいリディア、手出してみろ」

「セクハラしたら怒りますよ」

「俺を何だと思っているんだ」

 差し出されたリディアの手の上でカプセルを開け、ヤギの餌を半分ほど乗せた。

 その瞬間、俺はリディアから離れた。

「え、ちょっと正輝さん?」

 困惑するリディアだったが、そうしていられるのも今のうち。

 ヤギたちが目の色を変えて、リディアを囲むように猛アタックを始めたのだ。

「きゃ! えっ、何ですか何ですかこれ!」

「ヤギの餌だ。みんなに均等にあげてくれ」

「えー!?」

 気がつけばリディアはヤギ8頭に囲まれていた。

 八方塞がりとはよく言ったもので、リディアに逃げ道はもうなかった。手のひらに乗る餌をすべて差し出すまで、ヤギ達はアピールを続けるだろう。

 これぞ、日本の伝統文化だよな。奈良の東大寺でせんべいを買ってシカに囲まれる。日本にルーツのない人に一度はやってみたいことだ。

 あたふたしながらも動物の扱いが上手なリディアはヤギ達に不満を溜めないよう、均等に餌を配っていた。中には小さい子もいて餌に届かないが、そこはリディアの方から寄って行ってあげている。

「優しい子だ」

「そう、その通りだ」

 ぞくっと、背筋に汗が通る。

 いつのまに俺の後ろに? というか誰だ、虚を疲れて振り返ることすらできない。

 菜々緒先輩の悪戯かと思ったが、声質がまったく違う。女性の声だが凛々しく、いくつもの死線を潜り抜けたような声だ。

「振り返らずに答えろ。なぜお前があの子と一緒にいる?」

「俺の恋人だからだ。悪いか」

「バカも休み休み言え」

「本人に聞いてみたらどうだよ、一応首を縦に振ると思うぞ」

「どんな洗脳をした」

「答える義務はないね」

「ふん」

 どうやら俺じゃなく、リディアに用があるみたいだな。

 なら本人を呼ぶのが手っ取り早い。

「おーいリディアー!」

「ちっ」

 声の主は去ったようだ。

 何者かはわからないが、いまリディアと顔を合わせるつもりはないらしいな。

「正輝さんどうしたのですか?」

 俺に呼びかけられたリディアは当然のように不思議そうな顔を浮かべていた。

 ここは黙っておくか。特に危害を加えようという感じでもなかったし。むしろ俺に対する警戒心の方が強く感じた。

「いや、何でもないよ」

 だから俺は黙っておくことにした。

 今回のデートの目的は、リディアを惚れさせること。それに関係ないことは極力避けたい。

 数分後、リディアはヤギに餌をあげ終わったようだ。

 抗議してくるかと思ったが、意外と楽しげな表情だった。

「やはり動物は可愛いですね」

「顔、ニヤけているしな」

「な、なな、見ないでください!」

「あー、可愛い顔が隠れちゃった」

 さて次はどこへ行こう。そう思った時、モルモットを膝に乗せる体験コーナーが目についた。

 モルモットは可愛い。

 リディアも当然可愛い。

 可愛いと可愛いの掛け算だ。それはもはや、萌え。

「なぁリディア、モルモットの膝乗せ体験やってみないか?」

「モルモット?」

「小さくてふわふわの可愛い動物だよ」

「やってみたいです! 行きましょう!」

 リディアはスカイブルーの瞳をキラキラと輝かせた。

 改めて、聖杯拾って良かったなと思った。

 モルモットの膝乗せ体験は平日昼間にも関わらずかなりの人が並んでいた。

 モルモットは小さくて、子どもにもハードルが低いからだろう。そんな中並ぶのは少し恥ずかしいが、萌えるリディアを見るためだと割り切った。

 ふと、リディアが唐突に質問を投げてきた。

「正輝さん、楽しんでいますか?」

「え?」

「私のことばっかりで、正輝さんが楽しめていないのではないかと思いまして」

「気にするな。楽しそうなリディアを見るのが、俺の一番の楽しみだ」

「なっ、ほ、本当におバカな人ですね」

「あ、また顔隠した」

「うるさいです!」

 ウブな子だ。

「俺はここに何度も来ているんだ。幼稚園の遠足だろ、小学校の遠足だろ、家族と何回も来たし、7回くらい来ている」

 指を折って、記憶を呼び起こして数えた。

 そのどれもが楽しかったが、今日以上の思い出になることはないだろう。

「だから色々と詳しいのですね」

「正直リディアが動物園を選んでくれて助かったよ。俺のテリトリーならリディアを惚れさせやすい」

「お、思い上がらないでください!」

 リディアはそっぽを向いた。せっかく顔が見れたのに。もったいない。

 列は進んでいき、やがて俺たちの番になった。

 モルモットの膝乗せ体験はお姉さんスタッフが管理しているらしく、子ども達にも好評なようだ。

 茶髪で胸が大きくて、キッズ達の初恋を奪っていきそうなお姉さんだ。

「……正輝さん、あの女性を見過ぎではないですか?」

「そんなことはない。断じて」

「私のことが好きだと言っておきながら、正反対のタイプの女性にもうつつを抜かすのですね。不潔です」

「うつつを抜かしてはいないぞ。俺はリディア一筋だ」

 綺麗なお姉さんがいたら見てしまうのは男の性ってやつだ。
 だがしかし、それが俺の性癖と一致するかと言えばそうではない。

 リディアは唇を尖らせた。

「信用できません」

「なら証明のために抱きしめてやろうか?」

「ななっ、外で破廉恥です!!」

 怒られた。そりゃそうだ。

 ただリディアが照れて顔を隠しているところを見るに、満更でもない感じだな。もし惚れていただいた時は遠慮なく抱きしめさせていただこう。

「お次の方……あ、外国の方ですか?」

「日本語で大丈夫です」

 リディアを見て外国人だと思ったらしい。

 無理もない。金髪、碧眼、この世のものとは思えないレベルの美少女だからな。

「ではモルモットちゃんと仲良くなりましょうね。撫でてあげてください!」

「ふ、ふわぁぁ!」

 モルモットに触れたリディアの顔がとろけた。気に入ったみたいだな。

「にゃんですかこれは!」

「落ち着け、それは猫じゃない」

「もちもちふわふわ、ぴくぴく動いています!」

「リディアの手が気持ちいいのかもな」

「ふふ、モルモットさーん」

 いい絵だ。予想通り萌える。

「それではお膝に乗せてみましょう」

「はい!」

 リディアは満面の笑みだ。

 それ、俺にも向けて欲しいなぁ。

 リディアの膝に、茶色と白色の毛色が混ざったモルモットが乗っかった。ついに可愛いと可愛いの掛け算が誕生したのである。

「あ、少し動いてる」

「リディア、こっち向いてくれ」

「な、何ですか? 今はモルモットさんで忙しいのですが」

「写真だよ。リディアとモルモットの時間を切り取って保存しておくんだ」

「そ、そんな!」

 パシャリと、一枚撮らせてもらった。

 リディアの顔はとろけている。対照的にモルモットは何食わぬ顔だ。乗ってきた膝の数が違うと言わんばかり。貫禄のある表情だな。

 撮った写真はすぐにお気に入り保存しておいた。俺のスマホに入っている中で、唯一のお気に入りだ。これから先増えていけばと願うのは贅沢だろうか。

「お、お嬢さんそろそろ次が控えていますので」

「はっ、す、すみません!」

 リディアは時間も忘れてモルモットと戯れていたようだ。

 頬を染めたリディアは一目散に去って行った。たぶん恥ずかしがっているな。

「リディアも時間を忘れるなんてことあるんだな」

「わ、忘れてください。あれはその、何かの間違いです」

「あんなに顔をとろけさせていたのに?」

「とろけてなどいません!」

「はい証拠」

「にゃ……」

 リディアにスマホで撮った写真を見せつけた。途端に借りてきた猫のように静かになった。
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