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「よし来た! 貫之はお面をやれ。妾は水晶玉をやる」
木刀相手ではフミは一撃必殺で依り代へと戻されてしまう。貫之が相手をしても十二分に脅威だが、一撃必殺とそうでないなら後者しかない。
「分かった」
「お巡りさんは他の人を頼みます!」
「これだから力を持った子供は困る。木島! お前たちは操られてる人を抑えろ! 神隠しは俺たちがやる!」
「了解です!」
日本で生を受け、十五年と暮らしていればこの手の警察の苦慮は貫之も理解できる。
警察が困るのは何もシチコを使って犯罪をする人だけでなく、権能も知識もないのに犯罪に立ち向かおうとする一般の人も当てはまるのだ。有り体に言えば余計なお世話で、警察なら多少の損害を出しても免責になるが、一般人にはないから損害賠償を請求されてしまう。しかも大抵は余計なことしかせず、返って警察の仕事の邪魔をしてしまうのだ。
今の貫之は警察から見てまさに正義感を抱いたと錯覚した子供になっていて、月筆乃命の言う浅薄な感情論そのままと言えるだろう。
しかし神隠しは貫之のシチコを狙っている。そして奪われないために戦うのは依巫として最低限の義務だ。強かろうと怖かろうと立ち向かうしかない。
それに今まで貫之は略取を続けていた佐一に『強くなったら一矢向いてやる』と言い聞かせて、前を向くふりをして後ろに進んでしまっていた。情けないと思いながらも逃げられるなら逃げ続けた。だが今回は逃げ切るには後ろに進む訳には行かない。逃げ切るためにも前に進むのだ。
【強】によって肉体を強化したおかげでスタートダッシュは平時の数倍と速かった。それだけに経験との違いに畏怖を起こすも、構わず木刀を掴む寸前の神隠しへ加速を続ける。
「やああああああ!」
貫之は木刀よりお面の神隠しを標的とし、格好良さも何もない体当たりを決めた。当てた右肩に未経験の衝撃が走るものの【強】の強さは文字に恥じるものではなかった。衝撃に比例してくるはずの痛みは皆無で、逆に神隠しからは苦しみの声が一瞬上がる。
それでも神隠しは木刀の柄を掴んでいて、ぶつかった衝撃で地面から足が離れた貫之のわき腹に、不安定な体勢にもかかわらず木刀を叩き付けた。
さすが警察から散々逃げ続けている依巫だ。機転の速さと戦いに慣れている。
どれだけ【陣】で防御力を上げようと、それを無視する木刀を相手では貫之が圧倒的に不利だ。
神隠しは他人から奪った神通力に頼っても警察から逃げるのは己の気持ちだ。拳を交えた喧嘩すらしたことのない貫之とでは、その心構えや経験とあらゆる意味で劣る。
「い、たいんだよ!」
わき腹を殴打されてもすぐに木刀を腕で抱え込み、神隠しの腕に【強】の足を蹴り上げた。今度は神隠しの腕から骨が折れる音が発せられ、本来ありえない方向へと折れ曲がる。
「…………っ……っっ……!!」
悲鳴こそ上げないが骨が折られればどんな屈強でも身動きが止まる。【強】によって反応速度も上がり、貫之が地面に倒れきる前に神隠しから木刀を分捕った。
「お巡りさん!」
地面に倒れると同時に柔道の受け身をして体を起こし、操られる客を止める機動隊に向けて木刀を投げた。
依り代の出し入れが自在でも神のように消すことが出来ないのは昨日の水鉄砲で把握済みだ。それすら裏をかく伏線なら見事に騙されたがそこは見たままを信じる。
と、お面の神隠しの姿が消え始めた。
「逃がすか!」
おそらくお面か隠し持っている依り代で消えようとしている。【耳】はもう使えないから、見えなくなる前に止めなければと神隠しの腹に握りこぶしを叩き付けた。
「ごほっ!」
腕の痛みに合わせて腹への殴打に、消えかけていた神隠しはまた見え始める。
「おまわ――」
「……なんてな」
当然ながら逮捕権の無い貫之は警察に頼るしかない。呼ぼうとした矢先に腹に打ちつけた腕を神隠しに掴まれ、【強】で強くなった貫之よりも遥かに強い腕力で放り投げられた。
今の体をもってすれば着地は可能のはずが、不意打ちに体が固まってしまって顔面から地面に落ちて転がる。
ハードとソフトの違いが大きすぎるのだ。元来人間はハードである体の成長に合わせてソフトである経験も成長する。それが強制的にハードだけを強めたから脆弱なソフトが足かせになってしまったのだ。
次に体を強める時は自分の中にある経験も底上げするようにしなければ鬼に麺棒だ。
「思いっきり打ったのになんで……」
顔面から落ちても体の頑丈さが幸いして大した傷みもなく起き上がれた。神隠しも同様で平然と起き上がる。
「このお面のお陰さ。これは見た目の通りにヒーローにさせてくれるんだ」
「正義の味方が犯罪なんかすんな!」
「一本取っても何も出ないぜ」
「いや、お前たちに取られた神様たちを出させてやる」
「……月宮クンは揚げ足取るのうまいな」
お面の神隠しの折れたはずの腕が元通りになっている。お面の力であっても治癒や透明は『ヒーロー』の枠からは外れるから、お面の他に二つ以上の依り代を隠し持っているかもしれない。
ただ、真偽はどうあれお面の依り代をしていることから顔面への殴打は絶対に出来ない。犯罪者同士ならどうでもいいが、貫之や警察相手では非常に有効な盾だ。依り代を壊してしまうと神殺しの大罪を背負わなければならなくなる。
月筆乃命のほうでは機動隊と共に水晶玉と接戦を繰り広げていた。奪い続けた依り代をまとめて所持しているだけあって次から次に依り代を出しては一人ずつ倒している。地面には放置される依り代の数々と血を流しながら倒れている機動隊もいて、さながら戦場だった。
「よそ見してる余裕あるのか?」
「ガキ相手に大人げねーぞ!」
よそ見をしてしまった隙にお面の神隠しの腕が伸びる。反射的に後ろに跳ぼうとすると同時に、機動隊のであろう警棒が貫之の側面を通過して神隠しの喉下に直撃した。
「げひゃっ!」
「お巡りさん」
「坊主! お前は後で拳骨だ。子供が悪党と戦うんじゃねぇ!」
「だったら僕らが危なくなる前に捕まえてくださいよ!」
貫之とお面の神隠しの間に機動隊が割り込む。
「取り押さえろ!」
「それは駄目だ!」
腹部への殴打や骨折すら瞬時に回復する治癒系神通力を持ち、尚且つ軽量とはいえ貫之を片手で持ち上げられるだけの腕力を出せるのだ。取り押さえ程度で抑えられる相手ではない。
一人の機動隊が後ろに吹っ飛ばされた。
「言っとくけど、今の俺の腕力は普通の二十倍だぞ」
さらに一人吹っ飛ばされ、貫之は考える間もなく手を伸ばして神隠しの両手を掴んだ。他の機動隊に肉体強化関連の神通力を持っているのか分からない以上、余計なお世話であろうと貫之が止めるしかなかった。
「いだだだだだだだだだ!」
悲痛の悲鳴を上げるのは貫之である。【強】によって肉体強化しているはずが、自己申告である二十倍の腕力に負けているのだ。手首が限界に曲げられ、骨のきしみに合わせて痛みも来る。
「俺の半分ってところだな」
どうやら『強い体』と曖昧な想像だったがためにその程度しか強化されなかったらしい。
「その仮面だな!」
だがその隙にそこそこ地位があろう機動隊の一人が神隠しの背後に回りこんでお面の顎に手を掛けた。
「ちっ」
力比べから逃げようとする神隠しの手を、今すぐ手放したい気持ちに逆らって放さない。二倍の腕力差でも一瞬の時間を延ばすくらいは我慢出来て、機動隊は神隠しから特撮ヒーローもののお面を壊さないように剥ぎ取った。
顔を隠す神隠しの姿が露になる瞬間、姿が消えて地面にぽとぽとと何かが落ちた。同時に貫之の両手から圧力も消え去り、虚空を掴んで四つんばいとなる。
目の前にどうやって製造したのか分からない水の入った切れ目の無いガラス球があった。他に針の無い注射器にビー玉を発射する玩具もあり、単純に考えてお面の神隠しは神隠しの神様のようだ。何度も月筆乃命の顕現と解除を見ていれば分かる。
「消えた?」
「奴の神が顕現をやめただけだ。依り代をすぐに確保して外に出せ。また顕現してくるぞ」
ヒーローの仮面がどこにも転がっていない。ということは、あのお面を含めて神。依り代とよくも虚勢を張ってくれた。
「やめたって、これも奴の奇策ですか高菜さん」
「奇策でも咄嗟でも身構えとけ。坊主! お前は今度こそ外に出ろ」
「僕は、あいつが捕まるところを見ないと安心できません!」
貫之の判断に関係なく、神隠しが逃げてしまうとまた襲われ、今度は時間稼ぎすら出来ないかもしれない。それを防ぐには【心】で神隠し本人と自白させて、警察に捕まえる瞬間をこの目で見るしかないのだ。手品師級に先を読ませない相手ではそこまでしないと安心して眠ることも出来ない。
「おい貴様ら! 駄弁ってる暇があるならこっちに手を貸せい!」
月筆乃命の怒号に貫之と警備隊は首をそちらに向ける。地面に転がる依り代はさらに増え、戦っている機動隊は残り一人となって持っているアクリル製の盾は半分砕けていた。
「向こうが依巫か。依り代を使い捨てのように使いやがって」
「でも使い捨てならいずれ弾切れを起こすんじゃありません?」
貫之の中にある神隠しされたシチコの数はニュースで言っていた八十七。それから数日を経てどれだけ増減したのか分からないが、すでに二十近くはこの短時間で放棄している。まだまだ強力な神通力はもっても、数が減ればそれだけ笑顔を出す被害者も出るのだ。
使い捨てることに損は無い。
「……応援をありったけ呼べ。どうせ警察の威信なんざ散々逃がして落としてんだ。一般警官も依巫なら呼び出すように現場からの指示と要請しろ」
「了解」
「僕はフミを」
「いい加減英雄気取りはやめろ! お前は偶然力を手に入れただけの中学生だ! 危ない仕事は大人に任せろ!」
月筆乃命が戦っている。依巫として参戦しなければと動こうとしたがそれを高菜に止められた。ヘルメット越しで顔は見えないが気迫は伝わる。
「外に連れ出せ。奴の神の顕現を解除させたんだ。それで十分だろ」
今度ばかりは貫之に反論をさせてはくれないようで、一人の機動隊が貫之の腕を掴んだ。
「……この人が神隠しの息がかかってない保障ってありますか?」
貫之の腕を掴む機動隊を、他の機動隊が見る。
「そんなことあるわけないでしょ! 一緒に署を出たじゃないですか!」
「依巫には掛からない心理系だって、そうだって思いこまされてるんじゃありませんか?」
腕を掴む手が緩み、まだ持続する【強】の腕力で逃げると月筆乃命に向かって駆け出した。
「あ、おい!」
もちろん動揺を誘わせる台詞ではなく、可能性から出る危惧を言ったまでに過ぎない。警察も奴の言動の不一致は知って当然だろうが、その前提だからこそ不信感を出す事は出来た。
水晶の神隠しで戦っていた最後の機動隊が玩具の拳銃で打ち抜かれて倒れる。玩具だろうが本物だろうが拳銃であれば殺傷能力の高い神通力はありえた。
月筆乃命に銃口が向けられる。
「フミ! 伏せろ!」
貫之は走りながら叫び、地面に落ちているアクリルの盾を掴んで投げた。
拳銃の銃口が月筆乃命から盾に向く。元々鎮圧用だけあって防弾効果は高く、ヒビどころか跡すらつかずに神隠しの向こう脛に直撃した。
「いってえええええええええ!」
弁慶の泣き所は万人に対して脆弱だ。しかし骨折の痛みを耐える神隠しの神霊と違って我慢強さはないらしく、しゃがみこんで向こう脛を押さえだす。
「吹っ飛べ!」
その大きな隙に月筆乃命は距離を縮め、手の平が神隠しの腹に触れる。体が小さくなると同時に神隠しはフロントの奥へと弾き飛ばされた。
「フミ、大丈夫か?」
「妾の心配より、貴様の身と依り代の心配をしろ。それさえ無事なら妾は不死身じゃ」
「水晶玉のほうは依り代を使い捨てで使ってるの?」
「一発使えばすぐ別のを出してな。使い切らせようかと思うたがやはり数が多い」
「ならあいつの水晶玉に【無】を叩きつけるしかないってわけか」
「それも囮なら終わるまで続けるまでじゃ」
お面側で交戦していた機動隊は水晶側で倒れた機動隊の救助に当たり、高菜と呼ばれる隊長らしい人が隣に立つ。
「お前らみたいのが本当に困るんだ。子供なら子供らしく逃げろ」
「妾は原則我が依巫が大事で面倒事は逃げるが、自尊心を傷つけられてまで逃げたくはない」
「僕だって逃げたいですけど、逃げて終わらないなら立ち向かう方が早いと思って」
「そういうのがこっちは困るんだっての」
「ともかく今は同僚程度の仲と思え。捕まればそれはこちらの責任じゃ。神の独断であればそもそも責任自体出ないのだろう?」
憲法零条は、なにも神に責任が及ばないだけでなく、他人にも責任を負わせない解釈もある。責任を外に出さず、外からも入れない。故に零条を総括する一言は『神の自己責任』。
「法律はそうでも人情がそれをゆるさねぇんだよ」
「ならそっちも神を顕現させて協力させろ。この場にいると言うことは依巫であろう」
「生憎と俺の神は顕現嫌いでな。神通力も戦闘向きじゃねぇ」
「それで機動隊か」
「シチコで職業が決まるわけじゃないんでな。来るぞ」
フロントの奥から銀色の曲線が一本。依り代であり前科がなければ帯刀することを許可される日本刀の抜き身が現れ、容姿は今のところ変わらない水晶玉の神隠しが現れた。単に復活したよりは仕込みを済ませたと思うべきだろう。
「フミ、あと何回体大きく出来る?」
「今ある妾の語彙ではあと数回じゃ。今夜から国語の勉強をせねばな」
「僕もがんばるよ」
「タカツミのやつ戻ったのか。四つも依り代渡せば楽勝と思ったのにな」
日本刀をゆったりと揺らしながら神隠しは呟き、カウンターの上へと上る。
「やっぱり思い通り行かなくて面白いな」
そしてへらっとした笑みを見せた。
「神隠し、妾は貴様の思想も動機も身を固める云々も一切興味がない。それは警察ないし法廷で叫び散らせ。こちらは唯一つ、貴様に土下座させて襲ったことを後悔させたいだけじゃ」
負けじと月筆乃命はカウンターの上に立つ神隠しに指差し、拍手を送りたい口上を述べる。
「ご立派な口上をどうも。でも一から十まで自己中丸出しじゃねーか」
「貴様と論争するつもりはないと言ったはずじゃ」
右側から一人、スーツを着た女が靴下でカウンターへと地面から飛び乗った。キョウだ。
「つもりと言うより暇がないよな!」
いくら靴下で足音を消しても人間の視野は百八十度よりも広く、野生動物に劣っても動く影には鋭敏に反応できる。警察から神通力を使って逃げても一切合切を依存しているわけではないだろうから、当然分かりやすい奇襲に神隠しは反応を示した。
依り代に違いない日本刀を両手で持ち、横から来るキョウに向けて下から上に向けて振り上げたのだ。何をするにしても間に合わず、だが馬鹿な行為と言う言葉と貫之は思わなかった。
いくら猪突猛進の馬鹿であっても、日本刀を持っている相手に策なく挑むはずがないからだ。
しかしカウンターの上を走るキョウの動きに変化は起こらず、刃と女の肉が、触れた。
くの字に曲がったソレが宙を舞う。ソレの先端からは液体が噴出し、カウンターや床を紅く染めていく。
「キョウさんっ!」
「貫之! 妾をあいつに投げろ!」
ソレ――左腕が地面に落ち、断裂部から血が円形に広がるのを見て吐き気を催してしまった。元来体から離れることのない人体の一部だ。同体と繋がってこそ見慣れていても、単体を見るだけでそれが人体から物へ変わり、生理的な拒絶が起きてしまったのだ。
「あいつは神だ! 腕が斬られようと胴体を斬られようとすぐに元に戻る。早く投げろ!」
それは薄々思ってはいたことであった。キョウの供述と古川の供述。そして昨日と比べて明らかに歳を取っていることから人の形をした神ではないかと。神同士だからかは分からないが、月筆乃命ははっきりとキョウは神と言った。それならば覚悟の上で行ける道理も立つ。
合わせて口の中に夕飯に食べた物があふれ出てくる。口から飛び出るよりも前に月筆乃命を掴むと下手投げで神隠しへと投げ、地面へ吐いた。
投げられた月筆乃命は不規則な回転をしながらも神隠しへと飛び、腕を斬られたキョウは腕から大量の血を流しながらも顕現を解くことなく神隠しに抱きついた。
「チビ神! 俺ごとやれ!」
「任せろ!」
「こいつ神か!」
神隠しもキョウが神であることに気づかなかったようだ。速く動かなければキョウごとやられてしまう。それを避けるため、神隠しは手に持つ日本刀を逆に持ってキョウの腹に切っ先をつきたてた。
「死ななくてもいってぇんだよ!」
常人であれば左腕どころか、浅く斬られるだけでも身動きも出来ないと言うのに、腕を斬られ、腹を刺されてもキョウは逆に大声を発して右手で神隠しの首を掴んだ。
もちろん顕現した神の肉体構成は既存の生物と変わらないし、Ⅹ線写真を撮っても大差がない。心臓が動けば血も流れる。それでも食も脳も心臓も命に直結せず、あくまで依り代と依巫に限られ、顕現した神単体では実質的な不死と言えるのだ。まさに神と称するに相応しい生態で、キョウは血の池を作ろうとも死ぬ気配を見せない。
「離せこのクソアマ!」
「残念。アマじゃなくてカミだゴラ。俺にゃ性別はねーんだよ」
「……あんまり女の顔に手は出したくないんだけどな」
「なに――」
キョウの体が腹部から顔に掛けて縦に割れた。
「神なら死なないんだろ!」
どうして斬れたのかは考えず、斬れてしまった結果だけを貫之は重視した。人が横に斬れるのは漫画の中ではたまにあるが、縦に斬れることは滅多にない。そして全部と言えるだけの大量の血液も噴水のように湧き出し、神隠しは全身に神の血を浴びながら切っ先を月筆乃命へと向けた。
同時に貫之は駆け出した。キョウを見たことである策を思いついたからだ。
ただ、その策を月筆乃命に伝える方法はない。目線も交わせず、手や仕草で合図も送れない。可能性としては偏に同じ策を考えてくれることを信じるだけだ。
キョウが消えると同時に大量の血液もまた消え、貫之を襲う怖気も一気に無くなる。
「そぉらもういっちょ!」
いかに万能系でも手順まで万能ではない。通じるか否かはさておくも神隠しは全力で、空中では自分以外に【陣】が使えない月筆乃命を討ち取ろうと刀を振る。
鈍くて高音な、金属と石が接触したような音が響き、月筆乃命は野球ボールのように打たれてとんだ。
「あれ、当たった?」
「お返しだ!」
それはまるで手順が逆の野球であった。フルスイングをしてヒットを決めた神隠しに向けて、貫之は投手のようにボールを投げる体制に入ったのである。
そして貫之の右手に重みが来る。柔らかく暖かい、安心する重さ。
生物を投げるなんて持っての他だが、同じ考えをしてくれたからこそ右手に来てくれた。
貫之は全力で、右手に再顕現した月筆乃命を神隠しに向けて投げる。
てっきり刃に触れる寸前に顕現を解いて振り出しに戻ると思ったのだろう。この短時間で神隠しの言動を見てきた貫之と月筆乃命だからこそ、裏をかくことが出来た。
万が一この策に気づいていたとしても、振り出しに戻って不利にはならない。
【強】によって強化されたため、普段の何倍もの速さで投げ出された月筆乃命は、元々助走をしていたのも合わさって一瞬の間すら与えなかった。
生きた弾丸となった月筆乃命は神隠しの胸に直撃し、バランスを崩してカウンターの奥へと倒れていった。
「お巡りさん! すぐにあいつは無防備になるから捕まえに行ってください!」
まるで噴水のように数多の道具が四方へと噴出した。
【無】や【解】等の【陣】が神隠しの依り代に通用した証だ。
「突っ込め!」
間髪いれずに高菜は叫び、お面神隠しと戦った機動隊が一斉にカウンターに向けて駆け出す。
「こ、こりゃまずいぞ。さすがにまずいぞ!」
「あいつ、まだ動けるのっ!?」
機動隊がカウンターに向かうよりも前に、月筆乃命の直撃を受けてもまだ神隠しは動けてカウンターから飛び出た。
「もうあいつには依り代は無い。一気に確保だ!」
神隠しは胸に左手を押さえつけ、右手で水晶玉を持って非常階段のほうへと走っていく。
「……やった……」
これでひとまずお役御免と思い、貫之はその場にへたり込んだ。
「おい貫之、まだ終わっとらんぞ」
貫之の横に瞬間移動と大差ない用途で月筆乃命が再顕現する。
「いや終わりでしょ。もうあいつは丸裸なんだし」
「まだあいつを土下座させとらん」
そういえばそんなことを言っていたし、逃げるのをやめるきっかけにもなっていたか。
「それに逃げる際にいくつか依り代を持っていったのを見た。移動用の力なら逃げられるぞ」
「いい加減諦めろよ…………って秋雪たちは?」
無我夢中で動いていて完璧に忘れていた。一応離れるようにはしても、戦いに夢中になって機動隊に助けられたのかも見てはいなかった。
見つけると入り口付近で古川と救急隊員が秋雪の介抱をしていた。キョウも再顕現をしていてあのおぞましい傷は見られない。
「古川、秋雪は?」
月筆乃命を水平の腕に座らせて貫之は駆け足で古川のところへと走る。
と古川は伏せた顔のまま立ち上がり、食いしばる歯を見せながら貫之の顔面を殴った。
痛みは【強】によってそれ程ではなくてもやはり経験と体のバランスが悪く、貫之は後頭部から地面に倒れた。
「アンタ! ゆゆになにをしたの! 全然起きないのよ!」
「だ、だからっていきなり殴るか!?」
「ちと強く考えすぎたかの。なに、起きないとしても単に麻酔のように眠りが強いだけよ。また操られてこられても困るでな。少し深く眠るように考えてしまったようじゃ」
貫之と一緒に地面に落ちた月筆乃命はすぐに立ち上がり、横になったまま規則的な寝息を立てる秋雪に近づくと、小さな手を押し付けた。
木刀相手ではフミは一撃必殺で依り代へと戻されてしまう。貫之が相手をしても十二分に脅威だが、一撃必殺とそうでないなら後者しかない。
「分かった」
「お巡りさんは他の人を頼みます!」
「これだから力を持った子供は困る。木島! お前たちは操られてる人を抑えろ! 神隠しは俺たちがやる!」
「了解です!」
日本で生を受け、十五年と暮らしていればこの手の警察の苦慮は貫之も理解できる。
警察が困るのは何もシチコを使って犯罪をする人だけでなく、権能も知識もないのに犯罪に立ち向かおうとする一般の人も当てはまるのだ。有り体に言えば余計なお世話で、警察なら多少の損害を出しても免責になるが、一般人にはないから損害賠償を請求されてしまう。しかも大抵は余計なことしかせず、返って警察の仕事の邪魔をしてしまうのだ。
今の貫之は警察から見てまさに正義感を抱いたと錯覚した子供になっていて、月筆乃命の言う浅薄な感情論そのままと言えるだろう。
しかし神隠しは貫之のシチコを狙っている。そして奪われないために戦うのは依巫として最低限の義務だ。強かろうと怖かろうと立ち向かうしかない。
それに今まで貫之は略取を続けていた佐一に『強くなったら一矢向いてやる』と言い聞かせて、前を向くふりをして後ろに進んでしまっていた。情けないと思いながらも逃げられるなら逃げ続けた。だが今回は逃げ切るには後ろに進む訳には行かない。逃げ切るためにも前に進むのだ。
【強】によって肉体を強化したおかげでスタートダッシュは平時の数倍と速かった。それだけに経験との違いに畏怖を起こすも、構わず木刀を掴む寸前の神隠しへ加速を続ける。
「やああああああ!」
貫之は木刀よりお面の神隠しを標的とし、格好良さも何もない体当たりを決めた。当てた右肩に未経験の衝撃が走るものの【強】の強さは文字に恥じるものではなかった。衝撃に比例してくるはずの痛みは皆無で、逆に神隠しからは苦しみの声が一瞬上がる。
それでも神隠しは木刀の柄を掴んでいて、ぶつかった衝撃で地面から足が離れた貫之のわき腹に、不安定な体勢にもかかわらず木刀を叩き付けた。
さすが警察から散々逃げ続けている依巫だ。機転の速さと戦いに慣れている。
どれだけ【陣】で防御力を上げようと、それを無視する木刀を相手では貫之が圧倒的に不利だ。
神隠しは他人から奪った神通力に頼っても警察から逃げるのは己の気持ちだ。拳を交えた喧嘩すらしたことのない貫之とでは、その心構えや経験とあらゆる意味で劣る。
「い、たいんだよ!」
わき腹を殴打されてもすぐに木刀を腕で抱え込み、神隠しの腕に【強】の足を蹴り上げた。今度は神隠しの腕から骨が折れる音が発せられ、本来ありえない方向へと折れ曲がる。
「…………っ……っっ……!!」
悲鳴こそ上げないが骨が折られればどんな屈強でも身動きが止まる。【強】によって反応速度も上がり、貫之が地面に倒れきる前に神隠しから木刀を分捕った。
「お巡りさん!」
地面に倒れると同時に柔道の受け身をして体を起こし、操られる客を止める機動隊に向けて木刀を投げた。
依り代の出し入れが自在でも神のように消すことが出来ないのは昨日の水鉄砲で把握済みだ。それすら裏をかく伏線なら見事に騙されたがそこは見たままを信じる。
と、お面の神隠しの姿が消え始めた。
「逃がすか!」
おそらくお面か隠し持っている依り代で消えようとしている。【耳】はもう使えないから、見えなくなる前に止めなければと神隠しの腹に握りこぶしを叩き付けた。
「ごほっ!」
腕の痛みに合わせて腹への殴打に、消えかけていた神隠しはまた見え始める。
「おまわ――」
「……なんてな」
当然ながら逮捕権の無い貫之は警察に頼るしかない。呼ぼうとした矢先に腹に打ちつけた腕を神隠しに掴まれ、【強】で強くなった貫之よりも遥かに強い腕力で放り投げられた。
今の体をもってすれば着地は可能のはずが、不意打ちに体が固まってしまって顔面から地面に落ちて転がる。
ハードとソフトの違いが大きすぎるのだ。元来人間はハードである体の成長に合わせてソフトである経験も成長する。それが強制的にハードだけを強めたから脆弱なソフトが足かせになってしまったのだ。
次に体を強める時は自分の中にある経験も底上げするようにしなければ鬼に麺棒だ。
「思いっきり打ったのになんで……」
顔面から落ちても体の頑丈さが幸いして大した傷みもなく起き上がれた。神隠しも同様で平然と起き上がる。
「このお面のお陰さ。これは見た目の通りにヒーローにさせてくれるんだ」
「正義の味方が犯罪なんかすんな!」
「一本取っても何も出ないぜ」
「いや、お前たちに取られた神様たちを出させてやる」
「……月宮クンは揚げ足取るのうまいな」
お面の神隠しの折れたはずの腕が元通りになっている。お面の力であっても治癒や透明は『ヒーロー』の枠からは外れるから、お面の他に二つ以上の依り代を隠し持っているかもしれない。
ただ、真偽はどうあれお面の依り代をしていることから顔面への殴打は絶対に出来ない。犯罪者同士ならどうでもいいが、貫之や警察相手では非常に有効な盾だ。依り代を壊してしまうと神殺しの大罪を背負わなければならなくなる。
月筆乃命のほうでは機動隊と共に水晶玉と接戦を繰り広げていた。奪い続けた依り代をまとめて所持しているだけあって次から次に依り代を出しては一人ずつ倒している。地面には放置される依り代の数々と血を流しながら倒れている機動隊もいて、さながら戦場だった。
「よそ見してる余裕あるのか?」
「ガキ相手に大人げねーぞ!」
よそ見をしてしまった隙にお面の神隠しの腕が伸びる。反射的に後ろに跳ぼうとすると同時に、機動隊のであろう警棒が貫之の側面を通過して神隠しの喉下に直撃した。
「げひゃっ!」
「お巡りさん」
「坊主! お前は後で拳骨だ。子供が悪党と戦うんじゃねぇ!」
「だったら僕らが危なくなる前に捕まえてくださいよ!」
貫之とお面の神隠しの間に機動隊が割り込む。
「取り押さえろ!」
「それは駄目だ!」
腹部への殴打や骨折すら瞬時に回復する治癒系神通力を持ち、尚且つ軽量とはいえ貫之を片手で持ち上げられるだけの腕力を出せるのだ。取り押さえ程度で抑えられる相手ではない。
一人の機動隊が後ろに吹っ飛ばされた。
「言っとくけど、今の俺の腕力は普通の二十倍だぞ」
さらに一人吹っ飛ばされ、貫之は考える間もなく手を伸ばして神隠しの両手を掴んだ。他の機動隊に肉体強化関連の神通力を持っているのか分からない以上、余計なお世話であろうと貫之が止めるしかなかった。
「いだだだだだだだだだ!」
悲痛の悲鳴を上げるのは貫之である。【強】によって肉体強化しているはずが、自己申告である二十倍の腕力に負けているのだ。手首が限界に曲げられ、骨のきしみに合わせて痛みも来る。
「俺の半分ってところだな」
どうやら『強い体』と曖昧な想像だったがためにその程度しか強化されなかったらしい。
「その仮面だな!」
だがその隙にそこそこ地位があろう機動隊の一人が神隠しの背後に回りこんでお面の顎に手を掛けた。
「ちっ」
力比べから逃げようとする神隠しの手を、今すぐ手放したい気持ちに逆らって放さない。二倍の腕力差でも一瞬の時間を延ばすくらいは我慢出来て、機動隊は神隠しから特撮ヒーローもののお面を壊さないように剥ぎ取った。
顔を隠す神隠しの姿が露になる瞬間、姿が消えて地面にぽとぽとと何かが落ちた。同時に貫之の両手から圧力も消え去り、虚空を掴んで四つんばいとなる。
目の前にどうやって製造したのか分からない水の入った切れ目の無いガラス球があった。他に針の無い注射器にビー玉を発射する玩具もあり、単純に考えてお面の神隠しは神隠しの神様のようだ。何度も月筆乃命の顕現と解除を見ていれば分かる。
「消えた?」
「奴の神が顕現をやめただけだ。依り代をすぐに確保して外に出せ。また顕現してくるぞ」
ヒーローの仮面がどこにも転がっていない。ということは、あのお面を含めて神。依り代とよくも虚勢を張ってくれた。
「やめたって、これも奴の奇策ですか高菜さん」
「奇策でも咄嗟でも身構えとけ。坊主! お前は今度こそ外に出ろ」
「僕は、あいつが捕まるところを見ないと安心できません!」
貫之の判断に関係なく、神隠しが逃げてしまうとまた襲われ、今度は時間稼ぎすら出来ないかもしれない。それを防ぐには【心】で神隠し本人と自白させて、警察に捕まえる瞬間をこの目で見るしかないのだ。手品師級に先を読ませない相手ではそこまでしないと安心して眠ることも出来ない。
「おい貴様ら! 駄弁ってる暇があるならこっちに手を貸せい!」
月筆乃命の怒号に貫之と警備隊は首をそちらに向ける。地面に転がる依り代はさらに増え、戦っている機動隊は残り一人となって持っているアクリル製の盾は半分砕けていた。
「向こうが依巫か。依り代を使い捨てのように使いやがって」
「でも使い捨てならいずれ弾切れを起こすんじゃありません?」
貫之の中にある神隠しされたシチコの数はニュースで言っていた八十七。それから数日を経てどれだけ増減したのか分からないが、すでに二十近くはこの短時間で放棄している。まだまだ強力な神通力はもっても、数が減ればそれだけ笑顔を出す被害者も出るのだ。
使い捨てることに損は無い。
「……応援をありったけ呼べ。どうせ警察の威信なんざ散々逃がして落としてんだ。一般警官も依巫なら呼び出すように現場からの指示と要請しろ」
「了解」
「僕はフミを」
「いい加減英雄気取りはやめろ! お前は偶然力を手に入れただけの中学生だ! 危ない仕事は大人に任せろ!」
月筆乃命が戦っている。依巫として参戦しなければと動こうとしたがそれを高菜に止められた。ヘルメット越しで顔は見えないが気迫は伝わる。
「外に連れ出せ。奴の神の顕現を解除させたんだ。それで十分だろ」
今度ばかりは貫之に反論をさせてはくれないようで、一人の機動隊が貫之の腕を掴んだ。
「……この人が神隠しの息がかかってない保障ってありますか?」
貫之の腕を掴む機動隊を、他の機動隊が見る。
「そんなことあるわけないでしょ! 一緒に署を出たじゃないですか!」
「依巫には掛からない心理系だって、そうだって思いこまされてるんじゃありませんか?」
腕を掴む手が緩み、まだ持続する【強】の腕力で逃げると月筆乃命に向かって駆け出した。
「あ、おい!」
もちろん動揺を誘わせる台詞ではなく、可能性から出る危惧を言ったまでに過ぎない。警察も奴の言動の不一致は知って当然だろうが、その前提だからこそ不信感を出す事は出来た。
水晶の神隠しで戦っていた最後の機動隊が玩具の拳銃で打ち抜かれて倒れる。玩具だろうが本物だろうが拳銃であれば殺傷能力の高い神通力はありえた。
月筆乃命に銃口が向けられる。
「フミ! 伏せろ!」
貫之は走りながら叫び、地面に落ちているアクリルの盾を掴んで投げた。
拳銃の銃口が月筆乃命から盾に向く。元々鎮圧用だけあって防弾効果は高く、ヒビどころか跡すらつかずに神隠しの向こう脛に直撃した。
「いってえええええええええ!」
弁慶の泣き所は万人に対して脆弱だ。しかし骨折の痛みを耐える神隠しの神霊と違って我慢強さはないらしく、しゃがみこんで向こう脛を押さえだす。
「吹っ飛べ!」
その大きな隙に月筆乃命は距離を縮め、手の平が神隠しの腹に触れる。体が小さくなると同時に神隠しはフロントの奥へと弾き飛ばされた。
「フミ、大丈夫か?」
「妾の心配より、貴様の身と依り代の心配をしろ。それさえ無事なら妾は不死身じゃ」
「水晶玉のほうは依り代を使い捨てで使ってるの?」
「一発使えばすぐ別のを出してな。使い切らせようかと思うたがやはり数が多い」
「ならあいつの水晶玉に【無】を叩きつけるしかないってわけか」
「それも囮なら終わるまで続けるまでじゃ」
お面側で交戦していた機動隊は水晶側で倒れた機動隊の救助に当たり、高菜と呼ばれる隊長らしい人が隣に立つ。
「お前らみたいのが本当に困るんだ。子供なら子供らしく逃げろ」
「妾は原則我が依巫が大事で面倒事は逃げるが、自尊心を傷つけられてまで逃げたくはない」
「僕だって逃げたいですけど、逃げて終わらないなら立ち向かう方が早いと思って」
「そういうのがこっちは困るんだっての」
「ともかく今は同僚程度の仲と思え。捕まればそれはこちらの責任じゃ。神の独断であればそもそも責任自体出ないのだろう?」
憲法零条は、なにも神に責任が及ばないだけでなく、他人にも責任を負わせない解釈もある。責任を外に出さず、外からも入れない。故に零条を総括する一言は『神の自己責任』。
「法律はそうでも人情がそれをゆるさねぇんだよ」
「ならそっちも神を顕現させて協力させろ。この場にいると言うことは依巫であろう」
「生憎と俺の神は顕現嫌いでな。神通力も戦闘向きじゃねぇ」
「それで機動隊か」
「シチコで職業が決まるわけじゃないんでな。来るぞ」
フロントの奥から銀色の曲線が一本。依り代であり前科がなければ帯刀することを許可される日本刀の抜き身が現れ、容姿は今のところ変わらない水晶玉の神隠しが現れた。単に復活したよりは仕込みを済ませたと思うべきだろう。
「フミ、あと何回体大きく出来る?」
「今ある妾の語彙ではあと数回じゃ。今夜から国語の勉強をせねばな」
「僕もがんばるよ」
「タカツミのやつ戻ったのか。四つも依り代渡せば楽勝と思ったのにな」
日本刀をゆったりと揺らしながら神隠しは呟き、カウンターの上へと上る。
「やっぱり思い通り行かなくて面白いな」
そしてへらっとした笑みを見せた。
「神隠し、妾は貴様の思想も動機も身を固める云々も一切興味がない。それは警察ないし法廷で叫び散らせ。こちらは唯一つ、貴様に土下座させて襲ったことを後悔させたいだけじゃ」
負けじと月筆乃命はカウンターの上に立つ神隠しに指差し、拍手を送りたい口上を述べる。
「ご立派な口上をどうも。でも一から十まで自己中丸出しじゃねーか」
「貴様と論争するつもりはないと言ったはずじゃ」
右側から一人、スーツを着た女が靴下でカウンターへと地面から飛び乗った。キョウだ。
「つもりと言うより暇がないよな!」
いくら靴下で足音を消しても人間の視野は百八十度よりも広く、野生動物に劣っても動く影には鋭敏に反応できる。警察から神通力を使って逃げても一切合切を依存しているわけではないだろうから、当然分かりやすい奇襲に神隠しは反応を示した。
依り代に違いない日本刀を両手で持ち、横から来るキョウに向けて下から上に向けて振り上げたのだ。何をするにしても間に合わず、だが馬鹿な行為と言う言葉と貫之は思わなかった。
いくら猪突猛進の馬鹿であっても、日本刀を持っている相手に策なく挑むはずがないからだ。
しかしカウンターの上を走るキョウの動きに変化は起こらず、刃と女の肉が、触れた。
くの字に曲がったソレが宙を舞う。ソレの先端からは液体が噴出し、カウンターや床を紅く染めていく。
「キョウさんっ!」
「貫之! 妾をあいつに投げろ!」
ソレ――左腕が地面に落ち、断裂部から血が円形に広がるのを見て吐き気を催してしまった。元来体から離れることのない人体の一部だ。同体と繋がってこそ見慣れていても、単体を見るだけでそれが人体から物へ変わり、生理的な拒絶が起きてしまったのだ。
「あいつは神だ! 腕が斬られようと胴体を斬られようとすぐに元に戻る。早く投げろ!」
それは薄々思ってはいたことであった。キョウの供述と古川の供述。そして昨日と比べて明らかに歳を取っていることから人の形をした神ではないかと。神同士だからかは分からないが、月筆乃命ははっきりとキョウは神と言った。それならば覚悟の上で行ける道理も立つ。
合わせて口の中に夕飯に食べた物があふれ出てくる。口から飛び出るよりも前に月筆乃命を掴むと下手投げで神隠しへと投げ、地面へ吐いた。
投げられた月筆乃命は不規則な回転をしながらも神隠しへと飛び、腕を斬られたキョウは腕から大量の血を流しながらも顕現を解くことなく神隠しに抱きついた。
「チビ神! 俺ごとやれ!」
「任せろ!」
「こいつ神か!」
神隠しもキョウが神であることに気づかなかったようだ。速く動かなければキョウごとやられてしまう。それを避けるため、神隠しは手に持つ日本刀を逆に持ってキョウの腹に切っ先をつきたてた。
「死ななくてもいってぇんだよ!」
常人であれば左腕どころか、浅く斬られるだけでも身動きも出来ないと言うのに、腕を斬られ、腹を刺されてもキョウは逆に大声を発して右手で神隠しの首を掴んだ。
もちろん顕現した神の肉体構成は既存の生物と変わらないし、Ⅹ線写真を撮っても大差がない。心臓が動けば血も流れる。それでも食も脳も心臓も命に直結せず、あくまで依り代と依巫に限られ、顕現した神単体では実質的な不死と言えるのだ。まさに神と称するに相応しい生態で、キョウは血の池を作ろうとも死ぬ気配を見せない。
「離せこのクソアマ!」
「残念。アマじゃなくてカミだゴラ。俺にゃ性別はねーんだよ」
「……あんまり女の顔に手は出したくないんだけどな」
「なに――」
キョウの体が腹部から顔に掛けて縦に割れた。
「神なら死なないんだろ!」
どうして斬れたのかは考えず、斬れてしまった結果だけを貫之は重視した。人が横に斬れるのは漫画の中ではたまにあるが、縦に斬れることは滅多にない。そして全部と言えるだけの大量の血液も噴水のように湧き出し、神隠しは全身に神の血を浴びながら切っ先を月筆乃命へと向けた。
同時に貫之は駆け出した。キョウを見たことである策を思いついたからだ。
ただ、その策を月筆乃命に伝える方法はない。目線も交わせず、手や仕草で合図も送れない。可能性としては偏に同じ策を考えてくれることを信じるだけだ。
キョウが消えると同時に大量の血液もまた消え、貫之を襲う怖気も一気に無くなる。
「そぉらもういっちょ!」
いかに万能系でも手順まで万能ではない。通じるか否かはさておくも神隠しは全力で、空中では自分以外に【陣】が使えない月筆乃命を討ち取ろうと刀を振る。
鈍くて高音な、金属と石が接触したような音が響き、月筆乃命は野球ボールのように打たれてとんだ。
「あれ、当たった?」
「お返しだ!」
それはまるで手順が逆の野球であった。フルスイングをしてヒットを決めた神隠しに向けて、貫之は投手のようにボールを投げる体制に入ったのである。
そして貫之の右手に重みが来る。柔らかく暖かい、安心する重さ。
生物を投げるなんて持っての他だが、同じ考えをしてくれたからこそ右手に来てくれた。
貫之は全力で、右手に再顕現した月筆乃命を神隠しに向けて投げる。
てっきり刃に触れる寸前に顕現を解いて振り出しに戻ると思ったのだろう。この短時間で神隠しの言動を見てきた貫之と月筆乃命だからこそ、裏をかくことが出来た。
万が一この策に気づいていたとしても、振り出しに戻って不利にはならない。
【強】によって強化されたため、普段の何倍もの速さで投げ出された月筆乃命は、元々助走をしていたのも合わさって一瞬の間すら与えなかった。
生きた弾丸となった月筆乃命は神隠しの胸に直撃し、バランスを崩してカウンターの奥へと倒れていった。
「お巡りさん! すぐにあいつは無防備になるから捕まえに行ってください!」
まるで噴水のように数多の道具が四方へと噴出した。
【無】や【解】等の【陣】が神隠しの依り代に通用した証だ。
「突っ込め!」
間髪いれずに高菜は叫び、お面神隠しと戦った機動隊が一斉にカウンターに向けて駆け出す。
「こ、こりゃまずいぞ。さすがにまずいぞ!」
「あいつ、まだ動けるのっ!?」
機動隊がカウンターに向かうよりも前に、月筆乃命の直撃を受けてもまだ神隠しは動けてカウンターから飛び出た。
「もうあいつには依り代は無い。一気に確保だ!」
神隠しは胸に左手を押さえつけ、右手で水晶玉を持って非常階段のほうへと走っていく。
「……やった……」
これでひとまずお役御免と思い、貫之はその場にへたり込んだ。
「おい貫之、まだ終わっとらんぞ」
貫之の横に瞬間移動と大差ない用途で月筆乃命が再顕現する。
「いや終わりでしょ。もうあいつは丸裸なんだし」
「まだあいつを土下座させとらん」
そういえばそんなことを言っていたし、逃げるのをやめるきっかけにもなっていたか。
「それに逃げる際にいくつか依り代を持っていったのを見た。移動用の力なら逃げられるぞ」
「いい加減諦めろよ…………って秋雪たちは?」
無我夢中で動いていて完璧に忘れていた。一応離れるようにはしても、戦いに夢中になって機動隊に助けられたのかも見てはいなかった。
見つけると入り口付近で古川と救急隊員が秋雪の介抱をしていた。キョウも再顕現をしていてあのおぞましい傷は見られない。
「古川、秋雪は?」
月筆乃命を水平の腕に座らせて貫之は駆け足で古川のところへと走る。
と古川は伏せた顔のまま立ち上がり、食いしばる歯を見せながら貫之の顔面を殴った。
痛みは【強】によってそれ程ではなくてもやはり経験と体のバランスが悪く、貫之は後頭部から地面に倒れた。
「アンタ! ゆゆになにをしたの! 全然起きないのよ!」
「だ、だからっていきなり殴るか!?」
「ちと強く考えすぎたかの。なに、起きないとしても単に麻酔のように眠りが強いだけよ。また操られてこられても困るでな。少し深く眠るように考えてしまったようじゃ」
貫之と一緒に地面に落ちた月筆乃命はすぐに立ち上がり、横になったまま規則的な寝息を立てる秋雪に近づくと、小さな手を押し付けた。
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