人形神

龍乃光輝

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 そこに、四人と一柱のうち誰にも該当をしない五人目の男の声が会話に加わった。四人は同時にその声の方向に顔を向ける。
「やっ」
 真っ先に反応したのは月筆乃命だった。
 あたかも知り合いに話しかけるような態度を取る初対面の男に、肩から飛び降りた月筆乃命は地面に着地する前に体を大人にして拳を繰り出した。
 貫之と男までの距離は二メートルもない。しかし俊敏な反応で繰り出した拳は男に当たることはなかった。
 拳が届く前に男の膝蹴りを受けて横へと飛ばされたからだ。
「がぐっ!」
「フミちゃん!」
 秋雪の叫びに、周辺の人々が気づく。
「おいおい、普通声を掛けただけで襲うなよ。神は無罪だからって道徳は守って欲しいな」
「っ、道徳どころか重罪を繰り返す貴様が何を言うか、神隠し!」
 神隠しの名前に反応したのは貫之とキョウである。
 累計十分に至るかどうかの接点であるが、神隠しの顔は昨日と大きく違っているのは見間違いようもない。歳は三十台で無精ひげを生やし、背は佐一よりも高い一九〇もあってピアスはせずにサングラスを掛けていた。しかし、腰には皮製のホルスターなのか水晶玉を収納できる装着具を身に付け、神隠しであることを証明していた。
「テレビで顔を変えるとは言ってたけど、変装とかのレベルじゃなくて別人だな」
「そういう君も中々に化けるね。昨日と違って美しくなったな」
「犯罪者に褒められても嬉かねーな」
 言いつつキョウは古川と秋雪の前に立ち、いよいよもって古川の従姉妹説は胡散臭くなる。
 月筆乃命も蹴られたわき腹を押さえながら貫之の前へと駆け寄って自ら盾となった。
「神隠し、貴様は一体何をしたい。力が欲しいのに貫之を殺そうとした上に、不意打ちで連れてきては堂々と顔を出しおって。一体何が狙いだ」
「そうだな……強いて言えば面白さかな」
 神隠しは照れくさそうに疑問符を思い浮かべる動機を話し、堂々と右手を腰へと回す。
 素っ頓狂な神隠しの動機は聞き流して貫之はその挙動を注視していると、腕から走る衝撃と同時に体が浮いた。
「な、へ?」
 浮いた原因は神隠しではない。月筆乃命である。
「逃げるが勝ちじゃ!」
 と小悪党が言いそうな捨て台詞を吐き、完璧なまでに秋雪たちを見捨てて月筆乃命は出口へと直行する。
「おいフミ! 秋雪たちは!?」
「自分すら危うくて何人も守れるか!」
「だけど!」
 それでは絶縁になってしまう。警察が来るまで逃げ切れても、同級生を見捨てた薄情な男が広まってその後の学校生活は悲惨を極まる。
 だが万年筆すら守りきる確証がもてないのに、三人の女性を守る確証もまたない。
 戦場では時に切捨てが必要と聞く。一人を見捨てて隊を守るか、一人を見捨てずに隊を危険にさらすかを隊長は即座に判断するらしい。軍艦の艦長級に位置する貫之はまさに、国民を見捨てるか艦を守るかの判断に立たされることになる。
 月筆乃命は防衛機能として自艦を守る考えしかしない。では艦長の貫之は何を守る。
 まだ事情を知らない客の横を横切り、待ち合いのソファーセットを飛び越えたところで、一瞬だけ天井の明かりが落ちた。
 瞬きの倍程度の長さで、その程度の明滅では月筆乃命の足に揺らぎは起こらない。
 振り向く余裕さえない小悪党よろしくの逃走だが、回転扉に届くことはなかった。
 大人月筆乃命と回転扉の間に人々が割り込んだからだ。
「どけっ!」
 月筆乃命は叫ぶが、両手を広げて壁になる男女四人は微塵も反応を見せない。間違いなく神隠しが手にした力の一つであろう。それも接触して初めて発現する月筆乃命のとは違って神隠しは遠距離で発現することが出来るようだ。
「神隠し! アンタ僕らのより良い力持っててなんで狙うんだ!」
 同系統の力では射程の長い方が優勢なのは常識だ。それ以前に神隠しのシチコは実質万能系になっているのに、なぜ真正万能系を求める。
「……昨日キョウさんが言ってた身を固めるのと関係があるのか!?」
 僅かばかりの間で逡巡し、導き出した疑問を叫ぶと神隠しの反応は激烈だった。
 左腕を腰へと回すと、手品で出すように何もないところから木刀を引き抜き、人質に出来る古川たちを無視して駆け出してきたのだ。
「それが奴の禁句みたいだな」
 貫之の右手から圧力が消える。
 それによって自由を得た貫之は神隠しに前面を向き、背中に人肌の暖かさと感触が来る。
「仕方ない、やるぞ」
「や、やる!?」
 強引に逃げる手もありながらの抗いの手に、貫之は間がないのに復唱してしまう。
「激怒した奴から逃げるのは悪手だ」
 悪手の内容までは説明をしている暇はなかった。神隠しの動きに合わせ、進路妨害をする人々の他に操られていると思われる一般客ら十人近くが駆け出してきたのだ。
 背中から月筆乃命の感触が消え、策を考える間も無いままとにかく貫之も駆け出す。
「うわっ!」
 いくら体を鋼鉄にしても殴られる恐怖は変わらない。殴りかかろうと来る男性客の拳を、貫之は悲鳴を挙げながら全力で避けてしまう。そして戦った経験のない体捌きは素人丸出しで、当然バランスを崩して転んでしまった。
 迫ってきた神隠しによる木刀の一振りが来る。
 貫之は咄嗟に右腕を上げて盾代わりにした。水晶玉から取り出した木刀なら依り代で間違いない。木刀の神通力は様々で、切れ味を持たせるのもあるだろう。だが、『真剣で切れ味倍増』と『木刀で切れ味付与』では前者の方が鋼鉄の体には脅威だ。なら守れるはず――
 力任せの木刀の一振りが貫之の腕に触れる。
 何か硬い物が折れる音が響いた。
「ぎ、あああああああああああああああああ!」
 生まれてこの方十五年。貫之にとって生まれて初めての大絶叫が迸った。
 さらにもう一打をわき腹に貰い、二度目の絶叫は声にもならない。
「なにっ!? まだ【陣】は有効のはずだぞ!」
 十五年の人生に於いてここまでの痛みを伴ったことがない貫之の目に、大粒の涙が浮かんでは流れ出る。痛みで涙を流すのは小学生の時に自転車で転んで股を打ったとき以来だ。
 痛みに耐えかねていると、横たわる体が宙に浮く。神隠しが貫之の服を掴んだのだ。
「貫之を放せ!」
 声の先では神隠しに操られている一般人を月筆乃命が蹴り飛ばしていた。その飛ばし方は弾き出すではなくぶっ飛ばす表現が正しいほどで、蹴り終るとすぐさま踵を返して貫之へと駆る。
 神隠しに焦りの挙動がないどころか、木刀を斜めに持ち上げて返り討ちにしようとしている。
 木刀で打たれた際の月筆乃命の驚きの台詞を痛みの中で思い出す。
『有効』の言葉だけがはっきりと脳裏に張り付き、だからこそ月筆乃命は守ることをしなかった。つまり体を鋼鉄にする作用はまだ継続しているはずなのだ。それを神隠しの持つ木刀は無視して殴打し、右腕と肋骨に衝撃を与えた。
 恐らくその正体は、有名にして欲求性が限定的な神通力を無効にする『無効系』であろう。
「く、くる」
 来るなと叫びたかった。触れるだけで神通力を無効に出来るなら、それまた神通力の一種によって顕現している神相手では最悪の相性だからだ。
 しかし最愛の依巫が危機に晒され、ただでさえ依存している神にその意図は届かなかった。
 跳びかかり、もう方向転換が出来ない月筆乃命の胴体を、神に対して最強の一振りが襲う。
 月筆乃命が姿を消した。
 瞬間、神隠しは貫之を手放して吹っ飛ばされた。
「…………え?」
 胸に軽い衝撃が走る。子供が軽く叩く程度の衝撃を受けた途端、瞬く間に腕とわき腹の痛みが消えた。
「……フミ」
 残痛とでも言うべきか、激痛が一瞬でなくなったがために脳が錯覚してまだ痛みが残っている気がする。
「貴様の策略に誰が乗るか馬鹿」
 貫之よりも高い背丈になっていた月筆乃命は二十センチの背丈となって吼えた。
「フミ、気づいてたの?」
「木刀で鋼鉄が折れるわけないからな」
 なのに通じるのなら無効が頭に出てくるわけだ。それ以上なら断絶させる。
「だが寸でのところで踏みとどまったまでだ。あともう一打あれば止まれなかった」
 背丈が戻ったのは、当たる寸前に依り代に戻って顕現をし直したのだろう。どうやって吹っ飛ばしたのかはさすがに分からない。
「……力は解除されてない。触れるところだけ無視するみたいだ」
 指先で地面を突くと、金属が当たる音が響いて木刀の神通力を予測する。なんにせよ対依巫・対神相手では有益な力だ。
「でも神通力を無視できるのに神通力で奪えるの?」
「常時発現でないのなら可能だろう」
 そして隠される八百万の神が一切顕現しないのは、神隠しの神通力によって身動きが取れないようにされているから。いかに歯向かおうと、一度でも神隠しの依り代に捕まれば逃げられないというわけだ。
「なんにしても僕らには天敵だ」
「真剣でないだけ幸いと思え。真剣で無視なら今頃腕ないぞ」
 果たして月筆乃命の力でくっ付けることは可能だろうか。理論上出来なくはなく、だが実験なんて生涯に渡って行いたくもない。
「……弾き飛ばすしかないか」
 流れ的に逃走の選択肢は消えて対抗に切り替わってしまっている。月筆乃命にとってこの流れは嫌であろうが、悪手と認定した手前貫之としても腹を括るしかない。
 幸い、遠くでサイレンの音が聞こえ、客らも逃げ出していて状況整理は整いだしていた。
「そう言えば古川たちは?」
 ふと見捨ててしまった知り合いのことを思い出して、起き上がろうとしている神隠しを気にしつつ古川たちを捜す。
 古川とキョウは壁際で見つけたものの、秋雪の姿がどこにも見えなかった。
 どこかに逃げたと思うも、親友を残して逃げる性格ではないはずだ。ではどこにとさらに周囲を見渡そうとしたら、わきの下から腕が伸びて持ち上げられた。
「わっ!」
 そして背中に柔らかい物が押し付けられる。
「ゆゆ、なにやっとる!」
「ゆ……秋雪なの!?」
 後ろを見られない貫之は月筆乃命の言葉に驚きを持つ。
「秋雪なんで!」
 気が動転し、神隠しに操られていることに数秒気づくのが遅れた。
 その数秒で神隠しは貫之へと再び駆け出す。
「ちょ、待って待って!」
 無論神隠しは構わず、貫之の顔面に向けて水平で振りぬいてくる。このままでは秋雪の顔にも傷をつけてしまう。
「……っあああああ!」
 貫之は自分の肩を掴んで放さない秋雪の手を掴み、わずかに触れる足で地面を最大限で蹴り、腹筋のアシストもあって水平に来る木刀を足裏で防いだ。運動靴で父を出迎えようとしたのが幸いし、痛みはあっても激痛までは至らない。
 その足で受け止めたわずかな隙に月筆乃命が神隠しの腕を殴打して手放させた。下半身が落ちる前に腰を捻って木刀を弾き飛ばす荒業を決める。
「すまんゆゆ」
 月筆乃命は方向を貫之へと向け、伸ばす手は秋雪の頭を掴んだ。てっきり力で元に戻すのかと思えば、そのまま地面に押し倒す力技をしたのだった。
 当然二人と一柱は共に倒れ、背中の感触を味わう暇なく貫之は秋雪から離れる。
「フミ、なんで押し倒すんだ。力を使えば戻せるだろ!」
「元を絶たんと戻してもまた掛かるだけじゃ」
 元を断つ。なら【解】や【消】で、操っている依り代に触れて無効化させることになる。
 しかしシチコはそれぞれが独立した形容をしている。万年筆が万能系、木刀が無効であるように神通力と依り代が密接でなければ探るのは難しい。まだ自分の力の名前すら分からない貫之にできることではなかった。
「……チッ、未熟でも万能系か。さっさとやられりゃいいものを」
 そこで神隠しは黙り込んでいた口を開いた。だが逆鱗に触れる質問をしたせいか最初と比べて機嫌が悪くなっている。
「真正と仮性じゃ真正が勝つに決まっとるだろドアホ」
 本当に月筆乃命の肝っ玉の大きさを羨む貫之である。この状況でさらに火に油を注ぐような言葉は絶対に言えない。
「そうかよ。じゃあ殺す気でちょうどいいよなぁ、人形神!」
 神隠しは木刀を拾いに行こうともせず不敵に笑い、油どころか天然ガス入りの容器を苛烈に燃える炎に放り込んだ。
 月筆乃命の雰囲気ががらりと変わる。
「貫之」
 もう何十回と呼ばれている自分の名前が、これほどまでに寒く感じたのは初めてだ。
「は、はい」
「聞かずとも妾が何を考えてるか分かるな?」
 間違いなく最大で殺すから最低で殺しだ。そして警察が来るまでの時間稼ぎも逃げの手もする気がない。完璧に月筆乃命の闘争心と敵愾心に火がついた。
「分かりたくないけど、なんかこうなる気がしたよ」
 気がした、は県立公園で月筆乃命が神隠しに向かって駆け出した時からだ。
「だけど、万能系の力任せ――」
「【陣】。陣形の【陣】。それが妾たちの力の名前よ」
「そう言えばさっきも……」
 と、話し込んでいるほど余裕な状況ではなかった。
 貫之と月筆乃命が話しこんでいる間に、神隠しは新たな依り代を取り出して行動に移していたからだ。新たに取り出した依り代は子供用のピンク色をしたカラオケマイクで、音関連の力であることが推測される。ただ、神隠しであることを考えると例外の可能性が高い。
「貫之、あれはなんじゃ?」
「マイク知らないの?」
「生憎と万年筆を使っている間にそれを見ることはなかったからな。簡潔に言え」
「歌用のおもちゃ……かな。本物は声を大きくするけどおもちゃにはないと思う」
「音か……」
 月筆乃命がぼやく傍らで神隠しは容姿と似つかないおもちゃを口元へと持っていく。一体どんな力を発現するのか、貫之は耳元に手を持って言って構えた。
 だが、音は衝撃音だけが響いた。
「古川!」「ひぃ子!」
 貫之と月筆乃命がそれぞれ古川の呼び名を叫ぶ。
 古川が放置されたアタッシュケースで神隠しの後頭部を殴打したのだ。
 完璧に決まった不意打ちに、神隠しは声を上げる間も無く地面に倒れ、不発に終わった玩具のマイクが地を滑る。
「あたしの親友を勝手に操るな! 死ねっ!」
 どうやら古川は神隠しが行った心理系神通力の影響は受けなかったようだ。キョウも受けなかったらしく、視線だけ後ろに向けると仰向けに倒れている秋雪の介抱をしていた。
「ひぃ子でかした!」
 まだマイクが転がっている最中で月筆乃命は駆け出し、一直線で神隠しへと向かう。
 そこで貫之は月筆乃命の狙いに気づいた。
 月筆乃命が言った『元を断つ』は心理系神通力の依り代を指していると思っていたが、それではまだ持っているかもしれない他の心理系には対処が出来ない。
 元とは元でも大元。月筆乃命は神隠しの依り代を断つことを狙っていたのだ。
 そうすれば心理系だけでなく八十以上のシチコを解放することもできる。
 神隠しは後頭部を討たれたことでうつ伏せに倒れ、それによって腰にある水晶玉があらわになっている。触れれば戦況は大きく貫之側に傾くはずだ。
 月筆乃命が跳んだ。
 神隠しへではなく真横に。
 さすがにこうも何度も意味不明の現象が起これば虚は突かれても真っ白にはならない。また神隠しが貫之たちの予想を上回る何かをして、倒れているにも拘わらず月筆乃命を吹っ飛ばしたのだ。
 今度は再顕現をしなかった。
 横に飛ばされるがすぐに月筆乃命は起き上がって、どうして吹き飛ばされたのか周辺を見渡す。古川が操られた可能性はあっても動いていないし、やはり何もない。
 何も、ない。
「フミ! 多分姿を消してるんだ!」
 ないのに起きればそこに何かがあった証拠だ。そして日本でそれはありえる。
「ならこやつはなんじゃ!」
 月筆乃命は頭を押さえてもがく神隠しを指差す。現時点でそれがなんなのか、確信を得るのは難しく、考えられる答えも奇行を前提すると四つも五つも出てしまう。
「分からないけど、もう全部疑わなきゃ駄目なんだ!」
 貫之は歯を噛み締め、傍観しているキョウに向いてある意味見捨てる宣言をする。
「キョウさん、すみませんけど今の状況じゃキョウさんたちも疑わないとならないんで、古川と秋雪のことお願いします!」
「おう! 俺たちのことは気にすんな!」
 キョウからはそれだけの返事が来て、秋雪を抱きかかえると入り口方面へと迂回するように逃げた。貫之は落ち着いたら二人に謝ろうと決意して万年筆をポケットから取り出す。
 とにかく逃げないのなら、逃げなくていいところまでがんばる。
 貫之は素早く、少し痛みを覚えるくらいの筆圧で【耳】を左手に書いてそれを眉間に押し付けた。考えるのはイルカやコウモリのように音によって周辺を『視える』ようになること。生物学的理論をぶっ飛ばし、結果的に音で周辺が視えるイメージを最大限に強める。
 すると、脳裏に詳細にではないが障害物のような白いもやが見え始めた。さすが万能系といえるだけのことはあり、目を見開いて白いもやと実物を区別する。
 その中で、ある場所だけ白いもやはあっても何もないところがあった。
「フミ! あそこ!」
 貫之はある一点を指差すと、膝をつく月筆乃命は跳ぶようにして駆け出した。
 と、白いもやも距離を取るように逃げ始める。
 しかし、それよりも速く、月筆乃命の手の平が空間に隠れた何かに触れ、月筆乃命の背丈が小さくなると同時にそれは現れた。
 透明マントを剥ぎ取るように、一瞬前には何もなかった所に一瞬後には一人の人間が現れたのだ。背格好は男の大人と同じで中肉中背で、服装は白地のワイシャツにスラックスでネクタイもジャケットも無い。ただ、その顔にはヒーロー特撮物のお面を身につけていた。
 空間に隠れて奇襲をかけていた人物。それだけでも本当の神隠しと確信したいところだが、裏の上限が不明である限りお面の人すら騙しのカードと思わなければならない。
 そこにようやくロビーの入り口から何人もの機動隊が突入してきた。アクリル製の盾を持ち、重々しいベストを着用してその顔にはフルフェイスのヘルメットをした出で立ちである。
「警察だ! 神隠し! 今すぐ動きを止めろ!」
「君、大丈夫か?」
 一人の機動隊が警棒と盾を構えながら叫び、もう一人が貫之の前に盾を置きながら声を掛けてきた。普通なら助けが来たと安堵するところだが、全般を疑うと決めた貫之にしては神隠しの息がかかっているのではないかと心配してしまう。一応【硬】によって不意打ちには問題ないから、とにかく緊張の糸を図太くして切らせないのが肝要だ。
「例の少年を確保。木島、神隠しから目ぇ離すなよ!」
「わーってるよ! そこの小さな神様、神隠しから離れてください!」
「君、さぁ早く逃げるぞ。あとは俺たちの仕事だ」
「僕よりもあの子たちを先に助けてください。同級生なんです」
 貫之は現在位置と入り口の中間にいる女性三人を指差す。
「もちろん。けどまずは狙われてる君からだ」
「なら奴を捕まえるほうに専念しろ! いま奴を逃がせばまた今日の繰り返しだぞ!」
「それと知ってると思いますけど、神隠しは人を操ります。大丈夫ですか?」
「大丈夫。あいつは依巫以外の一般人を操るんだ。今ここにいるのは全員依巫だから操られる心配はないよ」
「ふん、どうかな。依巫は操れないと思い込ませてるだけかも知れんぞ」
 全てを懐疑的に見ているため、神隠しの説明に納得できても受け入れるわけにはいかない。
 ただ、【心】や【正】といった自白剤的な【陣】をお面と水晶、どちらでも構わないから使えれば、少なくとも敵の言葉よりは信用は上がるだろう。
 そのためには直接触れなければならず、今の貫之の心身では困難を極める。
 姿を消した神隠しを出すと同時に何故か元の大きさになった月筆乃命は、再び手を胸に押し付けると貫之と同じ程度の背丈まで体を大きくした。ただ、今までと比べると一割以上小さい。
 ふと貫之はあることに気づいて、自分の腕を手で叩いてみる。さっきまでした甲高い金属音がせず、柔らかい肉の感触だけがした。
 その事を受け、貫之は姿を隠していた神隠しを表に出すと同時に背丈を小さくした月筆乃命を思い浮かべる。
 もしかして、【陣】は同時に二つ以上の力を発現することは出来ないのではないだろうか。だから姿を見せるための【陣】を使ったことで、大人化する【陣】をかき消してしまった。
 貫之は最初に【硬】を使い、その後で【耳】を使っていて現在進行形で発現している状態だ。考えてみれば栞日記で二字を連ねて連想する使い方はしていない。
 そして月筆乃命が大人化している時に貫之も発現出来ていたから、貫之と月筆乃命の【陣】はそれぞれ独立していると見ていい。
【陣】は貫之が長年使い続けてきた栞日記を流用していて、その前提とするならもう一つ問題が浮上する。
 簡易的に一字を書き、その後に清書する栞日記は原則一日で同じ字を使わない。同じ字を書いてしまうと込める内容が混在してしまうからで、栞日記の法則通りなら次の日までは今日使った字は使えないはずだ。
 大きな失敗が万年筆を奪われる要因になりかねない今、確証はなくともその前提で【陣】を使っていかないとならない。しでかす前に気づけたのは縛りであっても幸運と言える。
 万能系と冠だけはよいが中々に厳しい取り扱いだ。そして名前が【栞】ではなく普段から使わない【陣】とする意図も読めない。
「警察よ、貴様らは援護しろ。神隠しは妾たちが再起不能にしてくれる」
「馬鹿いうな! 神隠しは俺たち警察が相手をする。お前たちは逃げろ!」
「奴の狙いは妾じゃ! 逃げたところで向こうも逃げてまたこの場面になるだけよ」
 その逆に負けそうになって逃げて日を改める可能性もあるが、考えてもせん無いことだ。
「……やりましょう。ここで神隠し事件を終わらせるんです」
「いくら万能系だろうと君は中学生だぞ。これは大人の仕事だ」
「女に迷惑を掛けた挙句に逃げたら末代までの恥だ」
 貫之は警官の返事を待つよりも前に【強】と左手に書いて胸に押し付けた。【耳】を上書きし、格闘漫画の主人公のような強い体を想像する。
 それに合わせてか、二人の神隠しもそれぞれ動き出した。
 水晶玉は腰に手を伸ばして新たな依り代を出そうとし、お面は神通力を無力化する木刀へと走り出したのである。さらに秋雪を含め巻き込まれ操られる人々も貫之たちへと向かってくる。
「フミ、やるぞ!」
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