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噂
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およそ二千万あるシチコの中で、欲しい力の系統を挙げれば間違いなく心理系である。
手早く言えば催眠術の強力版で、個人ないし複数に向かって任意に心を操ることが出来る。相手の本音が自在に分かり、逆に相手が思っていない考えを植えつけることも出来る。真偽がはっきりと出来れば黙秘権が不要となり、人権に関わるが冤罪が発生しない利点があるが、弁護士の立場が低くなる点も少なからずあるが。
しかし最強級が悪に走れば社会秩序は崩壊する。当然だ。日本全土を覆う道徳が破壊され、教育によって育んできた様々な概念も書き換えられてはまともな社会なんて保てない。歴史上では大規模テロが幾度か起こり、例を挙げると東京多摩地方のある市の住人全員が記憶喪失状態となって大混乱したことがある。その際は『神通力を無力化する神通力』を所有していた警察官の手によって二日間で終わった。
次いで人気が高いのが治癒系だ。
その言葉通り対象の怪我や病気を治す神通力。その手順や規模は個々によるが、最強級では未だ人類が医学や技術で治療できない怪我や病気を瞬時に治してしまう。
当然ながら医療には金が絡む。そんな力があれば不治の病や障害を持った金持ちが真っ先に飛んで来て治してくれと言って大金を置いていく。その金や力を求めて人々が殺到し、暴力団やテロリストが来て、人を幸せにするはずの力が依巫を含めて周囲を不幸へと導いてしまう。実証として神経を健全な状態に無傷で治せる力が現れると、世界中から外人が来日して治してほしいと大騒ぎになった。末には拉致未遂まであって隔離保護をするハメにもなったほどである。
そして心理系、治癒系に限らず、人が神通力を使うことは神霊法第五条によって規制の一切が掛からない。これは憲法零条に関わるためであり、そのため使うのは合法だが報酬を受け取ると違法となった。
そんな幸か不幸か断言できない力が一本の万年筆に宿ってしまったかもしれない。かもしれないのははっきりとしないからだが、治癒は神通力と神自身が認めているし、心理は古川の言動を見ればまず間違いなかろう。
ゆえにこうなる。
「月宮、今日一緒に帰らないか? なんか食ってこうぜ」
「面白いゲーム買ったから家に来いよ」
「おい、俺が先に声を掛けてるんだぞ」
「うっせ!」
まるで大人気芸能人が突然転校してきたような状況だ。
月筆乃命が熟考をしてかは知らないが、人前で神通力を示唆する行動をしたことによって、移動時間になると真相を確かめに近寄ってくる生徒が相次いだ。友達から一度として話をしたこともない下級生を含めて数十人はいるだろうか。
神通力を使ってくれなんて直球を言う馬鹿はいない。でもさり気なく頼みごとをして使わせようと言う腹が見え見えで、そこで月筆乃命の警告。
「なんだか全裸のタコ踊りが見たくなったな。それとも殺し合いをさせるのも面白そうじゃ」
噂に尾びれがつき始めているとはいえ、まだ広がりつつある情報は事実のままだ。怒り心頭の人を強制的に土下座させられるだけの力がある心理系ならば、全裸にしてタコ踊りをさせることは不可能とは言いがたい。
後半は明らかに嘘っぱちだとしても貫之以外の人は過去の例もあって信じる。
途端、小さな悲鳴を響き渡らせながら生徒たちは逃げ去り、静寂が訪れた。
「少し考えが甘かったかの。まさかここまで群がるとは思いもしなかった。これは困ったぞ」
「それは僕の台詞だ。あの言葉を聞いて怒ったとしても人前でやるべきじゃなかったろ」
「小さいやチビは許せるがあれだけは許せん」
「おかげでこれからの生活大変だよ。絶対に家に押しかけてくる人出るよ。ご近所付き合いも大変になるよきっと」
ここで厄介なのが信頼関係を攻撃してくることだ。常に拒み続けていると、その間柄に対して脅迫に似た近寄りをしてきて勝手に軋轢が生まれてくる。友達に限らずご近所同士でも同じことだ。月宮家は持ち家だから関係が崩壊したからと言って引っ越すわけにも行かない。貫之が家を離れれば収まるとしてもまだ中三だ。あと三年以上は家にいる。
「迷惑をかける責任は取るよ」
「噂が広まったら多分父さんたちも僕らを見る目が変わるぞ。全員を忘れさせることって出来ないの?」
「出来たとしてもいずれまた洩れるぞ。秘密と言うのは存在する時点で隠しきれんからな」
どんな機密も存在すれば当人の意図しないところから露呈してしまうところがある。どれだけ気をつけていても、一切言わず使わない選択肢をしない限りは不可能だ。
「なに、妾が悪役をすれば済む話よ。すぐに吼えて噛み付く番犬になれば力目当てに近づく者もおるまいて」
ただの番犬は噛み付けば飼い主を非難できる。しかし神であれば噛み殺したとしても自業自得で非難はされない。実際に殺さなくとも、恐怖を植えつけられれば安易に近づくことはなかろう。
「でもそれだとフミが嫌われ者になるよ?」
「気にするな。周りにどんな評価をされても貴様さえ妾を大事にしてくれればどうでもよい」
とことん依存する宣言をして、机に置く左腕を椅子代わりに腰を下ろした。
貫之は背中を無防備にさらす月筆乃命の頭を指で撫でる。
撫でて周りを見渡す。まだ土下座の真相がはっきりとしていないため、知りたいと貫之たちを意識する男女は多い。その当事者である古川も女子たちの取調べを受けていて、げんなりしてうつ伏せてしまっていた。数十人もいる中で無理矢理土下座をさせられれば消えたいくらいに恥ずかしいだろう。禁句である『人形』を意図的に言ったのだから自業自得だが、あの辱めを想像すると同情してしまう。放課後ならまだしも朝なら逃げ場もない。
古川が顔を上げて貫之のほうに向けると目を真っ赤にしながら睨みつけてきた。噛み締める歯が見えて、この状況でどうやって仲良くなれと言うのだ。
しかも、あまり話さない人が近づいてくると間違いなく心理系の力が目当てだから知り合いを十人増やす目的も達成できないし、まだ秘密のままである治癒系まで知られればどんなふざけた提言が出るか恐れるばかりだ。
きっとこの流れが学生四十三人を虐殺した天災に繋がったのだ。
どうすれば穏便に落ち着くことが出来るのかを考えると、やはり一番は放置だろう。災害然り、芸能人の騒動然り、大きな問題が起きてもその後さらに追加騒動を起こさなければ風化していずれ忘れていく。
問題は風化しかかったところに新たに見せて再点火させてしまうことだ。月筆乃命には沸点を著しく低くさせる『人形』の言葉がある。仕置き覚悟でその言葉を出せば再点火するだろう。そうするといつまで経っても風化しない。
そもそもどうして人形の言葉が嫌いなのだ。褒め言葉として「お人形みたいにかわいいね」と定型文があるのに怒り、その逆にチビや小さいは許してしまう。
聞けば早いのだが、直感的に怒るかはぐらかす考えが浮かんでやめた。
「フミ、一度依り代に戻ったらどう? 僕は力のことまだ知らないから教えようもないし」
眉を吊り上げ、眉間にしわが出来ている。ほほも引きつっていることから堪忍袋は限界まで膨れ上がっているはずだ。だからその予防策として貫之は提案する。
「それでは逃げたことになるではないか。そんな弱腰は神として見せたくはないし威嚇もできん」
人形の言葉で憤激するのに弱腰云々を語る資格があるのか疑問である。
「そう意固地にならずにさ。僕のためと思って、ね?」
会話だけを聞くと本当に恋人同士にしか聞こえず、頭の中がむずかゆくなる。
顕現前では友人程度の会話をするのだろうと思ったのに、異性の神が生まれた途端に崩壊してしまった。むしろ同性でこんな会話をすれば気持ち悪い。
「……分かった。依り代に戻るよ」
見聞を広めたい月筆乃命にとっては苦渋の選択だ。蓋を取らなければ外を見ることが出来ない都合上、出来れば貫之には万年筆を常に使って欲しいがそうも行かない。かといって使わず、ただ蓋を取るだけだとインクが乾いて道具としての真価が発揮できない。
それでも月筆乃命は先のことを考えて了承してくれて、腕に座る小さき神は瞬きをした瞬間に消えた。
依り代に戻っただけだというのに、ほんのわずか心の一部が欠ける印象を覚える。
依り代に戻っている間、脈が起こる以前と同じように意思の疎通は不可能だ。例えれば依り代側は送受信のうちの受信しか機能せず、依巫側は送信しか働かないようなものだ。
だから寂しさを覚えてしまう。昨日顕現したばかりだと言うのに現金と自分で自分を自嘲するが、その気持ちの制御を新米依巫である貫之はまだ知らない。
鐘が鳴り、この時間の緊張がようやく緩んだ。
手早く言えば催眠術の強力版で、個人ないし複数に向かって任意に心を操ることが出来る。相手の本音が自在に分かり、逆に相手が思っていない考えを植えつけることも出来る。真偽がはっきりと出来れば黙秘権が不要となり、人権に関わるが冤罪が発生しない利点があるが、弁護士の立場が低くなる点も少なからずあるが。
しかし最強級が悪に走れば社会秩序は崩壊する。当然だ。日本全土を覆う道徳が破壊され、教育によって育んできた様々な概念も書き換えられてはまともな社会なんて保てない。歴史上では大規模テロが幾度か起こり、例を挙げると東京多摩地方のある市の住人全員が記憶喪失状態となって大混乱したことがある。その際は『神通力を無力化する神通力』を所有していた警察官の手によって二日間で終わった。
次いで人気が高いのが治癒系だ。
その言葉通り対象の怪我や病気を治す神通力。その手順や規模は個々によるが、最強級では未だ人類が医学や技術で治療できない怪我や病気を瞬時に治してしまう。
当然ながら医療には金が絡む。そんな力があれば不治の病や障害を持った金持ちが真っ先に飛んで来て治してくれと言って大金を置いていく。その金や力を求めて人々が殺到し、暴力団やテロリストが来て、人を幸せにするはずの力が依巫を含めて周囲を不幸へと導いてしまう。実証として神経を健全な状態に無傷で治せる力が現れると、世界中から外人が来日して治してほしいと大騒ぎになった。末には拉致未遂まであって隔離保護をするハメにもなったほどである。
そして心理系、治癒系に限らず、人が神通力を使うことは神霊法第五条によって規制の一切が掛からない。これは憲法零条に関わるためであり、そのため使うのは合法だが報酬を受け取ると違法となった。
そんな幸か不幸か断言できない力が一本の万年筆に宿ってしまったかもしれない。かもしれないのははっきりとしないからだが、治癒は神通力と神自身が認めているし、心理は古川の言動を見ればまず間違いなかろう。
ゆえにこうなる。
「月宮、今日一緒に帰らないか? なんか食ってこうぜ」
「面白いゲーム買ったから家に来いよ」
「おい、俺が先に声を掛けてるんだぞ」
「うっせ!」
まるで大人気芸能人が突然転校してきたような状況だ。
月筆乃命が熟考をしてかは知らないが、人前で神通力を示唆する行動をしたことによって、移動時間になると真相を確かめに近寄ってくる生徒が相次いだ。友達から一度として話をしたこともない下級生を含めて数十人はいるだろうか。
神通力を使ってくれなんて直球を言う馬鹿はいない。でもさり気なく頼みごとをして使わせようと言う腹が見え見えで、そこで月筆乃命の警告。
「なんだか全裸のタコ踊りが見たくなったな。それとも殺し合いをさせるのも面白そうじゃ」
噂に尾びれがつき始めているとはいえ、まだ広がりつつある情報は事実のままだ。怒り心頭の人を強制的に土下座させられるだけの力がある心理系ならば、全裸にしてタコ踊りをさせることは不可能とは言いがたい。
後半は明らかに嘘っぱちだとしても貫之以外の人は過去の例もあって信じる。
途端、小さな悲鳴を響き渡らせながら生徒たちは逃げ去り、静寂が訪れた。
「少し考えが甘かったかの。まさかここまで群がるとは思いもしなかった。これは困ったぞ」
「それは僕の台詞だ。あの言葉を聞いて怒ったとしても人前でやるべきじゃなかったろ」
「小さいやチビは許せるがあれだけは許せん」
「おかげでこれからの生活大変だよ。絶対に家に押しかけてくる人出るよ。ご近所付き合いも大変になるよきっと」
ここで厄介なのが信頼関係を攻撃してくることだ。常に拒み続けていると、その間柄に対して脅迫に似た近寄りをしてきて勝手に軋轢が生まれてくる。友達に限らずご近所同士でも同じことだ。月宮家は持ち家だから関係が崩壊したからと言って引っ越すわけにも行かない。貫之が家を離れれば収まるとしてもまだ中三だ。あと三年以上は家にいる。
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「噂が広まったら多分父さんたちも僕らを見る目が変わるぞ。全員を忘れさせることって出来ないの?」
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「なに、妾が悪役をすれば済む話よ。すぐに吼えて噛み付く番犬になれば力目当てに近づく者もおるまいて」
ただの番犬は噛み付けば飼い主を非難できる。しかし神であれば噛み殺したとしても自業自得で非難はされない。実際に殺さなくとも、恐怖を植えつけられれば安易に近づくことはなかろう。
「でもそれだとフミが嫌われ者になるよ?」
「気にするな。周りにどんな評価をされても貴様さえ妾を大事にしてくれればどうでもよい」
とことん依存する宣言をして、机に置く左腕を椅子代わりに腰を下ろした。
貫之は背中を無防備にさらす月筆乃命の頭を指で撫でる。
撫でて周りを見渡す。まだ土下座の真相がはっきりとしていないため、知りたいと貫之たちを意識する男女は多い。その当事者である古川も女子たちの取調べを受けていて、げんなりしてうつ伏せてしまっていた。数十人もいる中で無理矢理土下座をさせられれば消えたいくらいに恥ずかしいだろう。禁句である『人形』を意図的に言ったのだから自業自得だが、あの辱めを想像すると同情してしまう。放課後ならまだしも朝なら逃げ場もない。
古川が顔を上げて貫之のほうに向けると目を真っ赤にしながら睨みつけてきた。噛み締める歯が見えて、この状況でどうやって仲良くなれと言うのだ。
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そもそもどうして人形の言葉が嫌いなのだ。褒め言葉として「お人形みたいにかわいいね」と定型文があるのに怒り、その逆にチビや小さいは許してしまう。
聞けば早いのだが、直感的に怒るかはぐらかす考えが浮かんでやめた。
「フミ、一度依り代に戻ったらどう? 僕は力のことまだ知らないから教えようもないし」
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「それでは逃げたことになるではないか。そんな弱腰は神として見せたくはないし威嚇もできん」
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「そう意固地にならずにさ。僕のためと思って、ね?」
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顕現前では友人程度の会話をするのだろうと思ったのに、異性の神が生まれた途端に崩壊してしまった。むしろ同性でこんな会話をすれば気持ち悪い。
「……分かった。依り代に戻るよ」
見聞を広めたい月筆乃命にとっては苦渋の選択だ。蓋を取らなければ外を見ることが出来ない都合上、出来れば貫之には万年筆を常に使って欲しいがそうも行かない。かといって使わず、ただ蓋を取るだけだとインクが乾いて道具としての真価が発揮できない。
それでも月筆乃命は先のことを考えて了承してくれて、腕に座る小さき神は瞬きをした瞬間に消えた。
依り代に戻っただけだというのに、ほんのわずか心の一部が欠ける印象を覚える。
依り代に戻っている間、脈が起こる以前と同じように意思の疎通は不可能だ。例えれば依り代側は送受信のうちの受信しか機能せず、依巫側は送信しか働かないようなものだ。
だから寂しさを覚えてしまう。昨日顕現したばかりだと言うのに現金と自分で自分を自嘲するが、その気持ちの制御を新米依巫である貫之はまだ知らない。
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