竜王の花嫁

桜月雪兎

文字の大きさ
51 / 118
第一章

41、披露宴前の嵐⑥

しおりを挟む
 アリシアはだいぶ落ち着き、ルドワードの胸に顔を埋めながら言った。
「お帰り下さい、私はあなたたちを許しなどできませんので」
「アリシア」
「もう、私の前に現れないでください。私は誰も憎みたくないんです……平和に暮らしたいだけなんです、人として」
 アリシアの言葉は全員に刺さった。
 リンたちも人として生きていなかった、生きれなかった。だがそれは第三者によっての行為でアリシアにすでに救われた。
 そんなアリシア自身が身内、しかも父親によって同じような目に合っているなど考えれもしない。
 アリシアは彼らを許せない、許すことはできない。それでもその許せない気持ちや憎む心に蓋をし、前に進もうとしている。忘れることもできない過去や仕打ちに耐えて、新しい人生を踏み出そうとしているのだ。
 誰にそんなことができるだろうか、この場にいる面々はアリシアのその強さを理解した。
「ミナ、彼女を解放してください」
「アリシア様?!」
「私はもう関わりたくないのです。このことは不問にして二度と私の前に現れないでください」
「アリシア嬢が望むのなら俺はそれでいいが」
 シリウスは戸惑いつつ、ルドワードとスカルディアを見た。
 この先、アリシアと共に人生を歩むのはこの二人だ、自分より彼らの意見の方が重要である。
 ルドワードもスカルディアもシリウスの考えを理解し、頷いた。
「俺もシアがそう望むのなら……だが、我が国に足を踏み入れることは許さないぞ」
「ああ、お前たち三名の入国は今後一切認められることはない」
「……はい」
 ミナはアリシアやルドワードたちの判断を聞き、ラティアの拘束を解いた。
 それを見届けたシリウスが国王としてルークに命令した。
「ルーク、三名をウィザルド領に転送しろ」
「了解しました。座標ウィザルド領内領主館……転送ワープ
 ルークは三人に向かって魔方陣を向けた。この転送ワープは指定した場所に相手を送り届けるものだ。術者が一度でも向かい、場所を把握している場合に仕える。
 ルークも何度かウィザルド領に視察に向かっているので転送可能だった。
 三人の姿が完全に消えるのを見届けてシリウスはため息をついた。
「行ったか。ルド、アリシア嬢にかけられた術を解く」
「ああ」
「それではアリシア嬢良いですか?」
「お願いします」
 シリウスはまたフォレンドたちが来ないようにアリシアにかけられた魔法を解くことにした。
 それを理解したルドワードはアリシアを優しくベッドに寝かせ、数歩離れた。
 アリシアもベッドにうつ伏せの体勢へ変えた。ルークが近づき、確認され、アリシアは了承した。
 ルークは服の上から手をかざし、魔力を込めた。
隠蔽ジャミング確認、探索サークルポイント確認……魔法解除マジックリセット
「これで今後あの者たちが容易にアリシア嬢の前に現れることはないでしょう。国内に三名の入国禁止令を発令していればほぼ確実に表れないでしょう」
「ありがとうございます」
 アリシアは仰向けに体勢を変え、疲れたような顔をしている。
 ルドワードはそれに気づき、優しくその頭を撫ぜながら休むように促した。
「シア、疲れただろう。披露宴までまだ時間があるゆっくり寝るといい」
「ルド様、傍にいてください」
「しかし」
 アリシアは離れていこうとするルドワードの裾を掴んで引きとめた。さっきの今で心細く、怖いのだ。
 本来この披露宴までの時間は新郎・新婦共に別々の場所で休むようになっている、ルドワードはそれを気にしたがシリウスに肩を叩かれ、言われた。
「いてやれ、さっきの今だ。心が落ち着かないんだろう」
「俺もジャックスやアルと一緒に扉の前で待機している。だからいてやれよ、兄貴」
「私共も侍女部屋に控えていますので」
「俺たちは姉さんと一緒にいるよ、竜王様が一緒なら大丈夫だろうし」
「そうですね。私たちも用意された部屋で待っていますので」
「ああ、分かった」
 全員に促されてルドワードは苦笑しながら留まることにした。
 それを確認した面々はそれぞれの場所に向かい始めた。
 アリシアがゆっくりと休めるように。
「では、アリシア嬢。ゆっくりお休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
 全員が扉の外に出るとルドワードは布団の上にいたアリシアを布団の中に入れた。
 ルドワード自身も一緒に布団の中に入り、その背中を優しく撫ぜた。
「シア」
「ルド様…ルド様~」
「もう大丈夫だ。俺がそばにいるから、ゆっくり眠れ」
「はい」
「……眠ったか。思った以上にシアの心の闇は深いなぁ……だが、もうそれもおしまいだ。ここからだ、ここから幸せになろう、アリシア」
 ルドワードにしがみつきながらアリシアは眠りについた。
 このほんの一時だけでアリシアはとても疲れている、顔に疲労感が出ているのだ。
 それもそうだろう、向き合いたくもなく、忘れたい過去と向き合ったのだ。
 それでもこれでやっとアリシアが抱えていたものはなくなった。ユーザリア国内でのことはシリウスやルークが解決させることだ。
 アリシアは本当にここで何も憂いなく幸せになれるのだ。
 ルドワードは眠っているアリシアに対して幸せにしていくことを誓い、その額に軽くキスをして目を閉じた。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

処理中です...