【完結】転生後宮録―花毒と禁符の記憶―

@あおはる

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エピローグ

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 秋の終わり、清華宮の木々はすっかり紅に染まり、空気は澄んで冷たい。

 葉擦れの音が微かに響く中、いつもと変わらず、二人の姉妹が並んで歩いている。

 翠薇スイビ姉さまは、淡桃色の厚手の羽織に、牡丹の刺繍が施された衣を重ねている。
柔らかな色合いが、彼女の穏やかな雰囲気によく似合っていた。

 その隣を歩く翠玲スイレイは、濃紺の練絹に銀の糸で雲紋が織られた短袍をまとい、すっきりとした装い。小柄な体に凛とした気配を宿していた。

「……あの香炉、今は北の倉庫に保管されているそうです」

 翠玲が、ぽつりと口を開く。

「花毒も、やはり術の補助成分として極めて微量だったとか。正式な記録には、残らないかもしれません」

「でも、それに気付けたのは、翠玲だけだったのよね」

 翠薇姉さまの声は、どこか誇らしげで、それが翠玲には嬉しい。

「姉さまを守るのが、私の役目ですから」

 翠玲は、照れくさそうに笑った。

 朱に染まった落葉の絨毯を踏みしめながら、二人は東屋へと足を運ぶ。
 
 事件の余韻は、まだ完全には消えていないが、確かな静けさが戻りつつあった。

「術士たちの背後にいた高官の影、王宮の秘文に似た符の構造……まだ、見えない部分は多いです」

「ええ、きっとこの件は、まだ終わっていない。けれど──」

 翠薇姉さまは、翠玲の手をそっと取った。

「今はただ、翠玲がいてくれることに感謝したいの」

「私も、姉さまが無事でよかったです」

 お互いに笑顔のまま、並んで腰を下ろすと、東屋からは庭全体が見渡せた。
 紅葉が風に乗り、くるりと舞っては地に落ちる。

 幽閉された美琳 メイリン美人は、何も多くを語らなかった。

 琳琅 リンランは、術補助の罪により処罰されたが、花毒と禁符の影響が認められ、軽い処遇で済んでいる。

 残された謎はある。
 けれど、命は守られた。
 後宮は平穏を取り戻し、翠玲の知識と行動力は、人々に認められた。

「……取り敢えず、これで一区切りですね」

 翠玲が呟くと、翠薇姉さまがふっと微笑む。

「そうね。秋の終わりに、少しだけ深呼吸ができた気がするわ」

「でもきっと、また風は吹きます」

「そのときも、隣にいてくれるのでしょう?」

「もちろんです。姉さまを守るのは、ずっと、私の天命ですから」

 そして、またお互いに、ふふふと笑い合う。

 笑いながら、二人は肩を並べて空を見上げた。

 高く澄んだ空に、どこからか風が流れ、枯れ葉をふわりと巻き上げる。

 終わりではないけれど、今はここまで。

 風を断ち、夜を越えた少女は、また新たな朝へと歩き出す。
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