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事の始まりは、今から数十年前。
草薙衣弦が魔王フィオニステールとして異世界へ転生したことから始まる。
ある日目を覚ますと、衣弦は真っ白な世界にいた。
「‥‥夢か?」
衣弦は普通の大学生。
この間も新入生歓迎会で羽目を外して飲みすぎたばかりだ。
「“衣弦くん”」
男とも女とも取れない声だった。
衣弦はキョロリと辺りを見回す。
「“草薙衣弦くん”」
再び声が落ちる。声は空から降ってくるような響き方をしていた。
「え、マジで何‥?」
衣弦はその柔らかな髪をガシガシと掻きながら、再び辺りに視線を巡らせた。
何も無い、真っ白な世界。暑くもなく、寒くもない。壁も天井もないせいで、衣弦の平衡感覚はぐらりと揺らいだ。
「なん、だこれ‥気持ち悪‥」
衣弦は思わず、口を抑えた。
「”急に呼び立ててしまってすまないね、衣弦くん。“」
3度降ってきた声で、衣弦は視線をあげた。
「どうせ夢なんだろうけど、一応聞こう。ここはどこで、あんたは誰だ?」
その問いを投げた瞬間、何も無い空間から巨大な影が8体降ってきた。まるで巨像。しかしよく見ればそれは人の形をしているのが分かった。容姿も多様で、しかしどれも人離れした美しさがある。衣弦は思わず見惚れた。
『ここはお前(貴方)がいた世界とは別の世界。我々は神と呼ばれる者。この世界の管理者。』
幾重にも重なって声が響く。
老若男女様々なそれは、不思議と心地良さを感じる。
「よくできた夢だな‥。」
衣弦は独りごちる。
そしてその8体の影を見上げて口を開く。
「それで?異世界の神様が俺になんの用?」
夢だと思っている衣弦に遠慮はない。むしろこの状況を楽しむ余裕すらある。
すると嫋やかな女性が言う。
「“貴方にはこの世界を滅ぼして貰いたい。”」
突拍子もない言葉に、衣弦は思わず固まった。
ちょっと待て、これは何の夢だ?
「”我々はこの世界の人間にほとほと呆れ果ててしまった。”」
猛々しい鎧を纏った逞しい男性が言う。
「”何度諭しても愚行は止まず。人々は破壊と殺戮を繰り返すばかり。“」
ふくよかな女性が言う。
「”終いに人は信仰を捨てた。“」
双子の男女が口を揃えて言う。
「”我々の声は届かず、蛮行は加速するばかり。“」
美しい長髪の男性が言う。
「“正しき者は淘汰され、弱き者は搾取される。”」
幼い少女が鈴の音のような声で言う。
そして最後に壮年の男性が厳かに口を開く。
「“故に我々は、人を捨てる。”」
その言葉がずしりと衣弦の頭上に落ちた。
衣弦は言いようのない緊張感に襲われる。神々の表情はいっそ穏やかですらあるのに、息をするのもはばかられるような重苦しい空気が辺りを漂う。そのまま平伏して頭を下げたい、そんな欲求に駆られて衣弦は膝を着いた。
「人を、捨てる‥?」
衣弦はそう口にして、初めて恐怖を覚えた。
衣弦自身、信仰が深い訳では無い。だがここぞと言う時、自然と神に祈る。最後のよすがである神が人を捨ててしまったら、一体どうなると言うのだろう?
たかが夢。されど夢。だがもし選択を誤って、何か重大な事件に繋がってしまったら‥?
そんな考えが過ぎって、衣弦はゴクリと唾を飲み込んだ。
「”安心したまえ、衣弦くん。我々は、君の世界の神では無い。“」
幼女が言う。
「いやいや、安心できねぇよ‥。」
衣弦は顔が引き攣るのを感じた。
声音から察するに、最初声をかけて来たのは彼女のようだ。パンッと光が弾けて、幼女は人並みの大きさに縮む。見れば、他の巨像もいつの間にか衣弦の視線の高さまで縮んでいた。
「”我々は地球の神々から、君の魂を借り受けた。この世界に最後の審判を下すために。“」
壮年の男性が言う。
「借り‥? ってか、なんで俺‥?」
衣弦が聞き返すと、幼女がニヤリと口角をあげた。
「“あの日、君は願っただろう?『世界征服』を。”」
「‥‥はぁ!?」
衣弦は思わず声を上げた。
「なんだそれ!? 一体いつー‥っ!!」
そこまで言って、1つ思い当たる出来事があった。
まさかそんな‥衣弦は顔が青ざめていくのが分かる。
「“心当たり、あったようだね?”」
幼女はニンマリと笑った。
「いや、あれは悪ふざけって言うか‥っ!! いやいや、俺以外にもいるだろ!? 七夕の短冊に『世界征服』って書くやつ!!」
「”あぁ、いたとも。だがね?選ばれたんだよ。他でもない君が。“」
幼女が言う。
「なんで‥‥っ」
冗談じゃない、と衣弦は思う。
勉強も部活も順調。可愛い恋人もいる。なのに何が悲しくて、異世界で世界征服なぞせにゃならんのだ。
「断る!!」
衣弦は言う。
「俺は今の生活に満足している。希望の研究室に入れたばかりだし、部活だって可愛い後輩が入ってきたばかりだ。恋人だっている。異世界で世界征服してる暇なんて、俺にはないんだよ。」
衣弦がそう捲したてると、幼女の神は少し悲しそうな顔をした。
「“覚えていないのかい?”」
「‥?」
幼女だけでは無い。
他の神々も、何処か悲痛な表情を隠せずにいる。
一体なんだって言うんだ。
「”草薙衣弦。君は死んだんだ。かくも儚く、そして無情に。“」
壮年の男神が言う。
その瞬間、カチンと記憶の扉が開いた。
「ぁ‥?」
眼裏に映像が弾ける。
「あっ‥あっ‥」
刃物を持った男。
真っ赤に染まった体に、血走った目。30センチはあろうかという柳刃包丁の切っ先には赤い雫が滴っている。飛び交う怒声と悲鳴。逃げ惑う人々。遠くから駆けてくる警官。
ダメだ間に合わない。
男が包丁を振り上げる。警察官が怒声を上げながら、男を取り抑えようと手を伸ばす。だが、まだ届かない。その全てが、スローモーションのようにゆっくりと流れていった。
「あぁあぁあぁああぁあぁああぁ!!!!」
衣弦は叫びながら、頭を抱えて腹這う。
見開いた瞳からボロボロと涙が溢れ、真っ白な床へと落ちていく。ストレスで急激に胃が収縮するような感覚を覚えて、えづいた。
「ぐ‥ぅ‥っ、ゲホッ‥ゴホッ‥」
胃から出るものはなく。ただ、だらしなく開いた唇から涎がしだる。
「なん‥‥俺が‥っ」
無理やり吐こうとして、カハッと乾いた咳が漏れた。
分かっている。嘆いた所でもう、戻らない。
納得はしていないが、不思議とそれだけは理解出来た。
草薙衣弦が魔王フィオニステールとして異世界へ転生したことから始まる。
ある日目を覚ますと、衣弦は真っ白な世界にいた。
「‥‥夢か?」
衣弦は普通の大学生。
この間も新入生歓迎会で羽目を外して飲みすぎたばかりだ。
「“衣弦くん”」
男とも女とも取れない声だった。
衣弦はキョロリと辺りを見回す。
「“草薙衣弦くん”」
再び声が落ちる。声は空から降ってくるような響き方をしていた。
「え、マジで何‥?」
衣弦はその柔らかな髪をガシガシと掻きながら、再び辺りに視線を巡らせた。
何も無い、真っ白な世界。暑くもなく、寒くもない。壁も天井もないせいで、衣弦の平衡感覚はぐらりと揺らいだ。
「なん、だこれ‥気持ち悪‥」
衣弦は思わず、口を抑えた。
「”急に呼び立ててしまってすまないね、衣弦くん。“」
3度降ってきた声で、衣弦は視線をあげた。
「どうせ夢なんだろうけど、一応聞こう。ここはどこで、あんたは誰だ?」
その問いを投げた瞬間、何も無い空間から巨大な影が8体降ってきた。まるで巨像。しかしよく見ればそれは人の形をしているのが分かった。容姿も多様で、しかしどれも人離れした美しさがある。衣弦は思わず見惚れた。
『ここはお前(貴方)がいた世界とは別の世界。我々は神と呼ばれる者。この世界の管理者。』
幾重にも重なって声が響く。
老若男女様々なそれは、不思議と心地良さを感じる。
「よくできた夢だな‥。」
衣弦は独りごちる。
そしてその8体の影を見上げて口を開く。
「それで?異世界の神様が俺になんの用?」
夢だと思っている衣弦に遠慮はない。むしろこの状況を楽しむ余裕すらある。
すると嫋やかな女性が言う。
「“貴方にはこの世界を滅ぼして貰いたい。”」
突拍子もない言葉に、衣弦は思わず固まった。
ちょっと待て、これは何の夢だ?
「”我々はこの世界の人間にほとほと呆れ果ててしまった。”」
猛々しい鎧を纏った逞しい男性が言う。
「”何度諭しても愚行は止まず。人々は破壊と殺戮を繰り返すばかり。“」
ふくよかな女性が言う。
「”終いに人は信仰を捨てた。“」
双子の男女が口を揃えて言う。
「”我々の声は届かず、蛮行は加速するばかり。“」
美しい長髪の男性が言う。
「“正しき者は淘汰され、弱き者は搾取される。”」
幼い少女が鈴の音のような声で言う。
そして最後に壮年の男性が厳かに口を開く。
「“故に我々は、人を捨てる。”」
その言葉がずしりと衣弦の頭上に落ちた。
衣弦は言いようのない緊張感に襲われる。神々の表情はいっそ穏やかですらあるのに、息をするのもはばかられるような重苦しい空気が辺りを漂う。そのまま平伏して頭を下げたい、そんな欲求に駆られて衣弦は膝を着いた。
「人を、捨てる‥?」
衣弦はそう口にして、初めて恐怖を覚えた。
衣弦自身、信仰が深い訳では無い。だがここぞと言う時、自然と神に祈る。最後のよすがである神が人を捨ててしまったら、一体どうなると言うのだろう?
たかが夢。されど夢。だがもし選択を誤って、何か重大な事件に繋がってしまったら‥?
そんな考えが過ぎって、衣弦はゴクリと唾を飲み込んだ。
「”安心したまえ、衣弦くん。我々は、君の世界の神では無い。“」
幼女が言う。
「いやいや、安心できねぇよ‥。」
衣弦は顔が引き攣るのを感じた。
声音から察するに、最初声をかけて来たのは彼女のようだ。パンッと光が弾けて、幼女は人並みの大きさに縮む。見れば、他の巨像もいつの間にか衣弦の視線の高さまで縮んでいた。
「”我々は地球の神々から、君の魂を借り受けた。この世界に最後の審判を下すために。“」
壮年の男性が言う。
「借り‥? ってか、なんで俺‥?」
衣弦が聞き返すと、幼女がニヤリと口角をあげた。
「“あの日、君は願っただろう?『世界征服』を。”」
「‥‥はぁ!?」
衣弦は思わず声を上げた。
「なんだそれ!? 一体いつー‥っ!!」
そこまで言って、1つ思い当たる出来事があった。
まさかそんな‥衣弦は顔が青ざめていくのが分かる。
「“心当たり、あったようだね?”」
幼女はニンマリと笑った。
「いや、あれは悪ふざけって言うか‥っ!! いやいや、俺以外にもいるだろ!? 七夕の短冊に『世界征服』って書くやつ!!」
「”あぁ、いたとも。だがね?選ばれたんだよ。他でもない君が。“」
幼女が言う。
「なんで‥‥っ」
冗談じゃない、と衣弦は思う。
勉強も部活も順調。可愛い恋人もいる。なのに何が悲しくて、異世界で世界征服なぞせにゃならんのだ。
「断る!!」
衣弦は言う。
「俺は今の生活に満足している。希望の研究室に入れたばかりだし、部活だって可愛い後輩が入ってきたばかりだ。恋人だっている。異世界で世界征服してる暇なんて、俺にはないんだよ。」
衣弦がそう捲したてると、幼女の神は少し悲しそうな顔をした。
「“覚えていないのかい?”」
「‥?」
幼女だけでは無い。
他の神々も、何処か悲痛な表情を隠せずにいる。
一体なんだって言うんだ。
「”草薙衣弦。君は死んだんだ。かくも儚く、そして無情に。“」
壮年の男神が言う。
その瞬間、カチンと記憶の扉が開いた。
「ぁ‥?」
眼裏に映像が弾ける。
「あっ‥あっ‥」
刃物を持った男。
真っ赤に染まった体に、血走った目。30センチはあろうかという柳刃包丁の切っ先には赤い雫が滴っている。飛び交う怒声と悲鳴。逃げ惑う人々。遠くから駆けてくる警官。
ダメだ間に合わない。
男が包丁を振り上げる。警察官が怒声を上げながら、男を取り抑えようと手を伸ばす。だが、まだ届かない。その全てが、スローモーションのようにゆっくりと流れていった。
「あぁあぁあぁああぁあぁああぁ!!!!」
衣弦は叫びながら、頭を抱えて腹這う。
見開いた瞳からボロボロと涙が溢れ、真っ白な床へと落ちていく。ストレスで急激に胃が収縮するような感覚を覚えて、えづいた。
「ぐ‥ぅ‥っ、ゲホッ‥ゴホッ‥」
胃から出るものはなく。ただ、だらしなく開いた唇から涎がしだる。
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