私が世界を壊す前に

seto

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フィオニスは勇者を小脇に抱えて、城へと入る。堅牢な門は、指先一つでいとも簡単に開閉する事ができた。内部はロココ調で統一し、華美な装飾はできる限り控えた。色も黒を基調とすることで、洗練された美しさを引き出すことに成功している。
「魔王が住む城にしては美しすぎるが、まぁいいだろう。」
フィオニスは満足気に頷くと、そのまま浴室へと足を向ける。
「俺はとりあえずこいつを洗う。女神は好きに城内を散策しているといい。」
「”なるほど、承知した。“」
球体はそう答えると、ふらりとフィオニスの元を離れていった。
「さてと。」
そう言ってフィオニスは勇者のボロ切れのような服を文字通り剥ぎ取る。ボロボロの衣服は、少し引いただけでいとも簡単にちぎれた。
「これはもういらんな?」
フィオニスは勇者に問う。
だが、勇者は濁った瞳でぼーっと地面を見つめるだけ。
反応がないならば、とフィオニスはボロボロの衣服を魔法で焼却した。
その後、パチンと指を弾いて身にまとっていた衣服を消す。衣服はフィオニスの魔力で生成されているため、指先ひとつで着脱可能なのだ。

浴室は大理石でできており、竜の彫像の口から温泉が湧き出ている。すべてフィオニスの魔法で補っているため、原理は不明だ。シャワー台は一台で、温浴施設でよく見るシャワーと蛇口が一つになっているタイプだ。
フィオニスは勇者をシャワー台へ座らせると、石鹸やシャンプーなどのバス用品一式を生成する。巨大な建造物とかでなければ、魔法陣は省略できるらしい。
勇者は相変わらず抜け殻だ。忌々しい、とフィオニスが小さく舌打ちする。すると微かに肩が震えた気がした。全く何も感じていないわけではないようだ。
頭からお湯をかけて、シャンプーを手に頭を洗う。だが垢と油に塗れた髪は、泡さえ立たない。試しにお湯で流せば、真っ黒な水が大理石の上に広がった。二度三度と繰り返し、ようやく白い泡が立ち始めた。垢に塗れて気付かなかったが、その髪は見事な白金だった。
体も同じように数回に分けて洗う。なぜ俺がこんなことを、と思いながらもその柔肌を傷つけぬよう丁寧にスポンジを滑らせた。すると薄汚れて見えにくかった痣が少しずつ鮮明になっていく。肌が白い分、赤黒い痣がよく目立つ。フィオニスは再び小さく舌打ちをした。
「こんな子供にする仕打ちじゃないだろ‥」
思わず言葉が漏れた。
濡れた髪をかき上げれば、整った顔が露になる。だがその頬や額にも、薄く痣が残っている。『“この世界の人間は腐っている”』女神の言葉が脳内を反芻して、フィオニスはクッと目尻を眇めた。無意識にその額を撫でてやれば、勇者の菫色の瞳がゆっくりとフィオニスを捉えた。目が合ったのは、これが初めてかもしれない。

風呂が終われば次は食事だ。
勇者には適当に貴族風の服を生成して、着替えさせた。整った容姿も相まって、どこからどう見てもいい所のお坊ちゃんだ。目立つ痣と、痩せすぎた体が玉に瑕だが。
フィオニスは適当に食事を用意して目の前においてやる。だが勇者は呆然と食事を見つめるだけで、動こうとしない。
「食え。」
フィオニスが言う。
だが、勇者に反応はない。先ほど目が合ったのは気のせいだったのだろうか。
「食わなきゃ捨てるぞ。」
フィオニスがそう吐き捨てると、勇者の肩がビクリと大きく震えた。フィオニスはおや?と思ったが、顔には出さず自身の食事に手を付けた。そのまま一人で食事を始めれば、ソロリと勇者が動いた。緩慢な動きでスプーンを取り、用意されたスープへと沈める。なめらかな黄色い液体が磨かれた銀の楕円を満たし、ゆらりと揺れた。それをゆっくりと口へと運ぶ。
「‥っ‥‥」
微かに息を飲む音。続いて、静かに息を引く音が続く。
「‥‥っ‥ひっ‥」
スプーンを咥えたまま、勇者は泣いていた。大きな菫色の瞳から、大粒の涙をこぼしながら。
フィオニスは気付かないふりで食事を続ける。気付かれない様に勇者の様子を伺えば、その瞳には確かに光が戻っていた。

食事を終えたフィオニスは、勇者を猫の子のようにひっつかむと適当なゲストルームに放り込む。創造したつもりはないのだが、この城には数種類のゲストルームが完備されていた。ちなみにフィオニスの寝室は最上階の角部屋。勇者を放り込んでから、ゆったりとした足取りで向かう。
扉を開くと無駄に贅を凝らした豪奢な寝室に、フィオニスは軽くめまいを覚えた。
「‥ここまで想像したつもりはないのだが?」
そう問うと、魔神の楽しげな声が返ってくる。
「“あぁ、みんな(神々)で色々いじらせてもらったよ。君ってば、風呂と玉座、簡素な寝室以外何も創造してないんだもの。これじゃ魔王としての資質を疑われるよ?”」
その言葉を聞いて、フィオニスは軽くため息をついた。
「だがまぁ、勇者の寝室を考えていなかったから助かったっちゃ助かったか‥。」
「“あぁ、感謝したまえ。”」
魔神がふんぞり返ってる幻想が見える。
フィオニスは、ふっと吐き出すように笑みを零す。
「あぁ。ありがとう、助かったよ。」
「“ふふ、どういたしましてだ。”」
内装が所々凝っている理由が判明した所で、フィオニスはゆったりとしたシルクの寝間着へ着替える。そしてそのままベッドへ向かうと、ボフリと仰向けに転がった。
「女神よ。」
フィオニスが言う。
「“何かな?”」
神々の目である球体は、サイドテーブルの上に腰を落ち着けた所だ。
「‥‥次は俺がやる。」
「“あぁ、期待している。”」
フィオニスがそういうと、魔神は全て承知したという雰囲気でそう言葉を返した。
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