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フィオニスは勇者を連れて広大な魔の森へと向かった。神々と相談し、まだ人の手がつけられていない魔物の楽園、そこを拠点にしようと決めていたのだ。
切り立った崖上に降り立ったフィオニスは、小脇に抱えていた勇者をドサリと降ろした。やや乱暴な扱いを受けた勇者だったが、呻き声1つこぼすことはなかった。
「‥‥」
フィオニスはそのままスタスタと崖上に生えた、僅かな茂みへと向かう。
「‥ぅ‥ぐ‥っ」
フィオニスはそのまま膝を着いて、えづいた。
「“ごめんね、衣弦君。”」
魔神が言う。
「‥いや、女神が正しい。俺の覚悟が足りなかった。」
ひとしきり胃の中の物を吐き出すと、フィオニスが言う。と言っても、出たのは胃酸ぐらいなものだが。
だがさすがは魔王。吐き出した胃酸も驚異的で、しげみがあった場所はシュウシュウと煙をあげて溶けだしている。
「少し、甘く見ていた。神々が投げ出すというその事実を。」
そう続けるフィオニスの言葉を魔神は黙って受け止める。
「女神がやってくれなきゃ、俺は人間達にいいように利用され、結局は自死の道を選んでいただろう。ありがとう。」
そう言ってフィオニスは、目の端に涙を滲ませたままフワリと笑った。
「“‥それでも、謝らせてくれ。君に、こんな役割を押し付けてしまったことを。”」
「謝罪は受けよう。だが、あくまでも俺が決めた事だ。」
フィオニスは口を拭って立ち上がった。
「さて、お前はどうする?」
フィオニスはそのまま背後にいる勇者へ話しかける。
「‥‥」
しかし勇者からの返答はない。
フィオニスはクルリと踵を返すと、地面に膝を着いたままの勇者を見つめる。
やせ細った体にコケた頬。髪はボサボサで、真っ黒に汚れた体には赤黒い痣がいくつも散っている。その瞳は暗く濁り、焦点が合っているのかさえ疑わしい。
「女神よ。」
フィオニスが球体へと声をかける。
魔神はそれだけでフィオニスが何を言いたいのか察して、言葉を紡ぐ。
「“あぁ、お察しの通り。彼にもはや意思はない。ただ息をするだけの人形だ。”」
「なるほど。」
その理不尽に耐えきれず、心を壊したのだろう。
何も望まないように、何も感じないように。
「哀れな。」
フィオニスはそう一言呟くと、創造神クレアシオンから授かった魔法を行使する。
「“何を作るんだい?”」
興味深げに魔神が問う。
「分かっているだろう? 俺に必要な物だ。」
ニィとフィオニスは意味深に笑うと、記憶の中にある荘厳な城を想像する。崖上に立つ、美しくも何処か寂しげな古城。山の頂にひっそりと佇む、ホーエンツォレルン城のような。
城のイメージが固まると、フィオニスは虚空に手をかざす。するとその指先から青紫の光が弾け、建設予定地いっぱいに魔法陣が展開された。
「“なるほど、魔王城か。”」
感心したように魔神が言う。
「あぁ、せっかくなら美しい城に住みたいだろう?」
そういうとフィオニスは、術式を展開していく。
バチバチと光が弾け、フィオニスの望むとおりに城を形成していく。驚くほど魔力を消費していくが、フィオニスの魔力は無尽蔵。数日もすれば回復するだろう。
「“美しい城だな。”」
完成した城を見て魔神が言う。
「だろう? 1度行ってみたいと思っていたんだ。」
そう言ってフィオニスはその眦を細めて笑う。
実際の城とは異なるその城に、それでもフィオニスは前世の思い出を重ねた。いつか行こうね、と無邪気に話す恋人の姿を。
切り立った崖上に降り立ったフィオニスは、小脇に抱えていた勇者をドサリと降ろした。やや乱暴な扱いを受けた勇者だったが、呻き声1つこぼすことはなかった。
「‥‥」
フィオニスはそのままスタスタと崖上に生えた、僅かな茂みへと向かう。
「‥ぅ‥ぐ‥っ」
フィオニスはそのまま膝を着いて、えづいた。
「“ごめんね、衣弦君。”」
魔神が言う。
「‥いや、女神が正しい。俺の覚悟が足りなかった。」
ひとしきり胃の中の物を吐き出すと、フィオニスが言う。と言っても、出たのは胃酸ぐらいなものだが。
だがさすがは魔王。吐き出した胃酸も驚異的で、しげみがあった場所はシュウシュウと煙をあげて溶けだしている。
「少し、甘く見ていた。神々が投げ出すというその事実を。」
そう続けるフィオニスの言葉を魔神は黙って受け止める。
「女神がやってくれなきゃ、俺は人間達にいいように利用され、結局は自死の道を選んでいただろう。ありがとう。」
そう言ってフィオニスは、目の端に涙を滲ませたままフワリと笑った。
「“‥それでも、謝らせてくれ。君に、こんな役割を押し付けてしまったことを。”」
「謝罪は受けよう。だが、あくまでも俺が決めた事だ。」
フィオニスは口を拭って立ち上がった。
「さて、お前はどうする?」
フィオニスはそのまま背後にいる勇者へ話しかける。
「‥‥」
しかし勇者からの返答はない。
フィオニスはクルリと踵を返すと、地面に膝を着いたままの勇者を見つめる。
やせ細った体にコケた頬。髪はボサボサで、真っ黒に汚れた体には赤黒い痣がいくつも散っている。その瞳は暗く濁り、焦点が合っているのかさえ疑わしい。
「女神よ。」
フィオニスが球体へと声をかける。
魔神はそれだけでフィオニスが何を言いたいのか察して、言葉を紡ぐ。
「“あぁ、お察しの通り。彼にもはや意思はない。ただ息をするだけの人形だ。”」
「なるほど。」
その理不尽に耐えきれず、心を壊したのだろう。
何も望まないように、何も感じないように。
「哀れな。」
フィオニスはそう一言呟くと、創造神クレアシオンから授かった魔法を行使する。
「“何を作るんだい?”」
興味深げに魔神が問う。
「分かっているだろう? 俺に必要な物だ。」
ニィとフィオニスは意味深に笑うと、記憶の中にある荘厳な城を想像する。崖上に立つ、美しくも何処か寂しげな古城。山の頂にひっそりと佇む、ホーエンツォレルン城のような。
城のイメージが固まると、フィオニスは虚空に手をかざす。するとその指先から青紫の光が弾け、建設予定地いっぱいに魔法陣が展開された。
「“なるほど、魔王城か。”」
感心したように魔神が言う。
「あぁ、せっかくなら美しい城に住みたいだろう?」
そういうとフィオニスは、術式を展開していく。
バチバチと光が弾け、フィオニスの望むとおりに城を形成していく。驚くほど魔力を消費していくが、フィオニスの魔力は無尽蔵。数日もすれば回復するだろう。
「“美しい城だな。”」
完成した城を見て魔神が言う。
「だろう? 1度行ってみたいと思っていたんだ。」
そう言ってフィオニスはその眦を細めて笑う。
実際の城とは異なるその城に、それでもフィオニスは前世の思い出を重ねた。いつか行こうね、と無邪気に話す恋人の姿を。
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