私が世界を壊す前に

seto

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「“では、フィオニス君。次のチュートリアルだ。”」
街の体制がある程度整った所で、魔神が言う。
「魔王らしく、国を滅ぼせと言った所か?」
フィオニスがそう返すと、魔神の気配が驚いたものに変わった。
「“おや、気づいていたのかい?”」
「当たり前だ。今の所、魔王らしい事は何一つしていない。」
そう言ってフィオニスは執務室の椅子にドカッと腰を下ろす。
今までやった事と言えば、勇者の保護やエルフの救助。街の創作や防衛、制度を整えると言った、およそ魔王らしからぬものばかり。もちろん、それに対して後悔はしていない。だが、このままでは世界は一向に変わらない。そろそろ次の行動を起こすべきだ。
「ベリサリウス。」
「はっ、ここに。」
フィオニスの呼び掛けに、1人の魔族が答える。
カツンと小気味よく靴音を響かせて躍り出たのは、いかにも仕事が出来そうなインテリメガネ。艶やかな黒髪を七三にわけた、長身の男だ。
名をベリサリウス。街の防衛を強化した際に呼び出した魔族の1人だ。
元となった魂は、代々軍の指揮官や軍師として活躍をしていたという英霊。彼自身戦場に出ることもあったといい、1番新しい生では槍の名手としても名を馳せていたという。
「ひとまず近くの国を滅ぼそうと思う。」
そう言ってフィオニスは地図を広げた。
この地図は、神々から託された世界地図だ。国、街、小さな集落から人目を忍んで生活する少数部族まで、事細かに記載されている。さらに国が滅んだり、集落が移動すれば、自動的に更新されるようになっている。
「ベリサリウス、候補をいくつかあげてくれ。」
「かしこまりました。」
そう言ってベリサリウスは、サッと地図へと視線を走らせる。銀で縁取られた硝子の奥で、赤と黒のグラデーションがかかった知性的な瞳が国を、街を撫でていく。
「‥‥名をあげたいのであれば、複数の国を同時に攻撃するのが良いでしょう。」
そう言ってベリサリウスは、白手に包まれたしなやかな指先で複数の都市を指し示す。
「木っ端の集落には、フィオニス様が生み出した魔物を、大きな都市には我々のように戦闘に特化した魔族を複数名派遣する事をお勧めいたします。」
執務室にはジークフリート他、数名の魔族が控えていた。皆一様にベリサリウスの言に耳を傾け、地図を滑る白手の先を追う。
「だが、それでは過剰戦力ではないか?」
ジークフリートが問う。
現在、周辺国に脅威となる国はない。魔族1人いれば、国家滅亡は事足りるのだ。それゆえ、魔族を何人も派遣する意味はないように思える。
「はい、それが狙いです。」
そうベリサリウスは返すと、魔族を模した駒をトントンと地図上に置いていく。
「明確な脅威を示さなければ、国は、世界は動きません。人々はそれほどまでに堕落している。手を抜けば舐められる。慈悲を与えれば付け上がる。やるのならば、徹底的に。」
スっと持ち上げた視線が、ジークフリートの金の瞳とかち合った。
「だが、一夜で滅ぼしてしまえば周知はされまい。」
「ですので、過程が大事なのです。」
ふむ、とジークフリートは思案するようにベリサリウスを見つめる。
「まずは力のあるこちらの三国を同時に侵攻いたします。」
ベリサリウスは地図に示された国名を指先で指し示す。その後、駒を置いた主要都市へと指先を滑らせてから口を開く。
「その中でも首都よりは小さく、ですが影響力のある5つの都市を攻略して頂きます。」
「それぞれの都市の兵力は?」
ディルムッドが問う。
「兵力に関しては脆弱と言わざるを得ません。ですが5つの都市の内2つは、都市内部に強力な防衛機構を持っています。」
そう言ってベリサリウスは2つの都市を指し示した。
「もちろん我々にとっては大した障害にはなりません。ですが、他国にとっては厄介な代物。この機能を有してるおかげで、今まで侵略戦争を免れていたのです。」
ふむ、とディルムッドは考える。
「強度としてはどのくらいだ?」
「そうですね‥、フィオニス様が生み出した魔物でも攻略は難しいかと。」
ディルムッドの問いに、ベリサリウスが答える。フィオニスが生み出した魔物は、1番小さなものでも子馬程の大きさがある。強度としては中級に位置し、現在の兵力に換算すると騎士10名分だ。
その中級の魔物でも攻略が難しいと言うのだ。この世界に置いては、強力と言わざるをえないだろう。
「こちらの都市には3名の魔族を。そしてこちらの1番大きな都市にはフィオニス様直々に出向いて頂きたいと考えております。
‥いかがでしょうか?」
そう言ってベリサリウスの赤黒の瞳がフィオニスを捉えた。
フィオニスは1度視線を地図へと落とし、ベリサリウスが指した国を、都市をその双眸で撫でる。ベリサリウスの作戦に、概ね反対は無い。戦力的にも、大して消耗せずに遂行できるだろう。だが。
「特に否やはない。魔王の存在を周知させるには、最善だろう。だが。」
フィオニスの口から紡がれる逆接に、ベリサリウスが静かに息を飲む。
「‥‥お前達は、それでいいのか?」
ポツリとフィオニスは呟く。
ベリサリウスは質問の意図が読めず困惑したが、ジークフリートはその言葉に眉間のシワを深くした。
「もちろん、お前達のその覚悟を疑っている訳では無い。だが、それでも思う所がない訳ではあるまい。」
フィオニスのその言葉に、集まった魔族達は小さく息を飲んだ。
街を陥落させると言うことは、騎士や兵士の他に非戦闘員、女や子供、老人と言った住民もその手にかけることになる。多少の目こぼしはするにしても、あまり多く残せばベリサリウスの言う通り舐められてしまう。となれば、少なくない数の住民を屠らねばならない。それを魔族に身をやつしたとはいえ、誇り高い騎士や兵士だった彼らに強いらねばならないのだ。フィオニスは、そんな魔族達の心を憂いていた。
「‥‥フィオニス様。」
ジークフリートが静かに口を開く。
「そこまで、貴方様がお心を砕かれる必要はないのです。
本来であれば、この世界の住民である我々こそがその決断を下さなくてはならなかった。神々に見限られる前に、我々の力だけで解決せねばならなかったのです。」
そう言って、ジークフリートは拳を強く握った。その言葉をディルムッドが継ぐ。
「フィオニス様、ありがとうございます。我々のような者にまでお心を下さり。
ですが、どうぞご心配なさらず。このような些細な事にまでお心を砕かれては、この先やっていけませんゆえ。」
ディルムッドの言葉に、集まった魔族達が力強く頷いた。その様子に、フィオニスは僅かに睫毛を伏せた。
「‥‥そうか。ならば、よろしく頼む。」
その日の会議は、その言葉を最後に解散となった。
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