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今は幼い見た目の魔神も、かつては壮年の女性だったのだという。しかし世界が堕落していくにつれ、汚れた魂が増えていく。そしてついに、その罪と欲とで重くなり、輪廻に帰れぬ魂が現れ始めたのだ。
最初こそ、そういった魂も焼き清め地上に返していたのだが、魂の核に刻まれてしまった淀みまでは浄化する事が出来なかったのだ。そこまで堕ちてしまった魂は、千々に引き裂いても、塵すら残さず焼き尽くしても、どこからともなく散って行って、より深い淀みを世界へと拡げた。
そうこうしているうちに信仰は廃れ、神々は世界へと干渉出来なくなっていく。しかし、魔神だけは違った。魔神は唯一信仰を持たぬ神。故に、彼女だけは世界に干渉する事が出来たのだ。
彼女は堕ちた魂を拾い上げ、喰らった。噛み砕き、飲み下し、消化する。そうする事で、ようやく魂を屠る事が出来た。しかし問題もあった。1つ消滅させる度に、彼女の神性が失われていくのだ。
それに気づいたクレアシオンは、当然彼女を止めた。しかしその時には既に、手に負えぬ獣が3体、この世界に現れていたのだ。これ以上、堕落した魂を放っておくことは出来ないと、彼女は魂を喰らい続けた。そうしてここまで、彼女の身は縮んでしまったのだ。
「消滅するつもりか?」
フィオニスが問う。
「“僕が消滅することは無いよ。ただ少しの間、眠るだけさ。”」
「私を置いて?」
「“ははっ、そこまで柔じゃないさ。確かに君に寿命は無い。だけど、この魂を喰らったくらいじゃそこまで力は失われない。”」
そう言って魔神は笑う。
だが、フィオニスは納得出来なかった。
「他に方法はないのか‥?」
「“さてね。ただこれが1番いい方法なのさ。”」
その言葉に、フィオニスは引っかかった。
明確な否定がない。ということは、他にも方法があると言うことだ。
神は嘘をつかない。ただ不都合な真実を話さないだけ。今までも、フィオニスが問えば魔神は答えをくれていた。しかし今回、明言を避けたのだ。という事は。
「他に方法があるなら教えくれ。」
フィオニスは真っ直ぐに問う。すると魔神もふざけた調子をやめ、真摯にフィオニスに向き直った。しかしそのうえで。
「“出来ない。”」
そう、回答した。
フィオニスは考える。
魔神は答えられないと言った。彼女が隠す、もうひとつの方法とはなんだ?
フィオニスは地面に転がる魂を見つめる。見ているだけで不快になるそれは、相変わらず粘着質な淀みを虚空に落とし続けていた。
「‥‥そうか。」
そう言ってフィオニスは、その魂をつまみ上げた。
「“‥‥”」
その様子を魔神は何も言わずに見つめている。しかし僅かに様子が変わったのが、フィオニスにも分かった。
「私が喰らえばいいのか。」
そう結論付けると、フィオニスは魔神を見た。
「“優秀な生徒で、僕は嬉しいよ。”」
そう皮肉って、魔神は微かないらだちを滲ませた。
「“確かに、それもひとつの方法だ。見事に導き出したな。だがな、フィオニス。我々は賛成しない。”」
諌めるように魔神が言う。
「だが、他に方法がないのだろう?」
「“私が喰らえばいい。”」
「あんたが眠る間、誰があんたの穴を埋めるんだ?」
「“それでも。君が犠牲になるよりは余程いい。”」
魔神は引かない。
それもそうだ。ただでさえフィオニスには世界の命運を背負わせてしまっている。これ以上彼に何を望むと言うのか。
だがフィオニスも引くことが出来なかった。自分に出来る事だと分かってしまったから。
「私の魂に何か影響が出るのかな?」
フィオニスが問う。
「“‥‥君の魂は、君の世界の神に守られている。”」
「なら影響は出ない?」
「“‥‥‥”」
魔神は明言を避けた。
出ないと言い切ってしまえば、フィオニスはこの魂を喰らうだろうと分かっているから。
「好きにしていいんだよな?」
フィオニスが問う。
彼の中で、魂を喰らう事は決定しているようだった。
「“‥‥魂には影響は出ない。かの世界の神々の方が、我々よりも神格が上だからな。だがな。”」
魔神は続ける。
「“体には確実に影響が出る。”」
「どんな?」
「“‥‥分からない。確かにその体は、我々が自ら作り、加護を与えた。そこらの器とは比べ物にならぬほど、不浄への耐性もある。だが、その魂を取り込むようには出来ていない。どんな影響が出るのかは分からない。”」
「問題の先送りにならなければ、それでいい。私でも、魂を消化できるな?」
フィオニスがそう問えば、魔神から戸惑う気配を感じた。
「“我々は、そこまで君に求めていない。君には、この世界の選定をー‥”」
「これも、選定のひとつだと思うが。」
そう言ってフィオニスが魂の表面を舐めあげれば、酷い腐臭が口腔内に拡がった。
「‥‥っ‥確かに酷い味だ。」
「“君を止めることは出来ないんだね?”」
今度は魔神が問う。
「あぁ。目の前に最善があるなら、私はそれを選ぶ。」
フィオニスが喰らっても、フィオニスの魂には傷がつかない。さらに、魔神を犠牲にする事なく魂を消滅出来るのだ。これが最善と言わずになんとする。
「それでも納得出来ないと言うなら、ひとつ“お願い”だ。」
「“‥‥何かな?”」
未だに承諾しかねる雰囲気を漂わせて、魔神が返す。
「この体に問題が生じたら、直ぐに別の体を用意して欲しい。」
「“‥‥‥それくらいなら、お易い御用だよ。”」
魔神が渋々そう返すのを聞き届けると、フィオニスは魂を喰らった。
最初こそ、そういった魂も焼き清め地上に返していたのだが、魂の核に刻まれてしまった淀みまでは浄化する事が出来なかったのだ。そこまで堕ちてしまった魂は、千々に引き裂いても、塵すら残さず焼き尽くしても、どこからともなく散って行って、より深い淀みを世界へと拡げた。
そうこうしているうちに信仰は廃れ、神々は世界へと干渉出来なくなっていく。しかし、魔神だけは違った。魔神は唯一信仰を持たぬ神。故に、彼女だけは世界に干渉する事が出来たのだ。
彼女は堕ちた魂を拾い上げ、喰らった。噛み砕き、飲み下し、消化する。そうする事で、ようやく魂を屠る事が出来た。しかし問題もあった。1つ消滅させる度に、彼女の神性が失われていくのだ。
それに気づいたクレアシオンは、当然彼女を止めた。しかしその時には既に、手に負えぬ獣が3体、この世界に現れていたのだ。これ以上、堕落した魂を放っておくことは出来ないと、彼女は魂を喰らい続けた。そうしてここまで、彼女の身は縮んでしまったのだ。
「消滅するつもりか?」
フィオニスが問う。
「“僕が消滅することは無いよ。ただ少しの間、眠るだけさ。”」
「私を置いて?」
「“ははっ、そこまで柔じゃないさ。確かに君に寿命は無い。だけど、この魂を喰らったくらいじゃそこまで力は失われない。”」
そう言って魔神は笑う。
だが、フィオニスは納得出来なかった。
「他に方法はないのか‥?」
「“さてね。ただこれが1番いい方法なのさ。”」
その言葉に、フィオニスは引っかかった。
明確な否定がない。ということは、他にも方法があると言うことだ。
神は嘘をつかない。ただ不都合な真実を話さないだけ。今までも、フィオニスが問えば魔神は答えをくれていた。しかし今回、明言を避けたのだ。という事は。
「他に方法があるなら教えくれ。」
フィオニスは真っ直ぐに問う。すると魔神もふざけた調子をやめ、真摯にフィオニスに向き直った。しかしそのうえで。
「“出来ない。”」
そう、回答した。
フィオニスは考える。
魔神は答えられないと言った。彼女が隠す、もうひとつの方法とはなんだ?
フィオニスは地面に転がる魂を見つめる。見ているだけで不快になるそれは、相変わらず粘着質な淀みを虚空に落とし続けていた。
「‥‥そうか。」
そう言ってフィオニスは、その魂をつまみ上げた。
「“‥‥”」
その様子を魔神は何も言わずに見つめている。しかし僅かに様子が変わったのが、フィオニスにも分かった。
「私が喰らえばいいのか。」
そう結論付けると、フィオニスは魔神を見た。
「“優秀な生徒で、僕は嬉しいよ。”」
そう皮肉って、魔神は微かないらだちを滲ませた。
「“確かに、それもひとつの方法だ。見事に導き出したな。だがな、フィオニス。我々は賛成しない。”」
諌めるように魔神が言う。
「だが、他に方法がないのだろう?」
「“私が喰らえばいい。”」
「あんたが眠る間、誰があんたの穴を埋めるんだ?」
「“それでも。君が犠牲になるよりは余程いい。”」
魔神は引かない。
それもそうだ。ただでさえフィオニスには世界の命運を背負わせてしまっている。これ以上彼に何を望むと言うのか。
だがフィオニスも引くことが出来なかった。自分に出来る事だと分かってしまったから。
「私の魂に何か影響が出るのかな?」
フィオニスが問う。
「“‥‥君の魂は、君の世界の神に守られている。”」
「なら影響は出ない?」
「“‥‥‥”」
魔神は明言を避けた。
出ないと言い切ってしまえば、フィオニスはこの魂を喰らうだろうと分かっているから。
「好きにしていいんだよな?」
フィオニスが問う。
彼の中で、魂を喰らう事は決定しているようだった。
「“‥‥魂には影響は出ない。かの世界の神々の方が、我々よりも神格が上だからな。だがな。”」
魔神は続ける。
「“体には確実に影響が出る。”」
「どんな?」
「“‥‥分からない。確かにその体は、我々が自ら作り、加護を与えた。そこらの器とは比べ物にならぬほど、不浄への耐性もある。だが、その魂を取り込むようには出来ていない。どんな影響が出るのかは分からない。”」
「問題の先送りにならなければ、それでいい。私でも、魂を消化できるな?」
フィオニスがそう問えば、魔神から戸惑う気配を感じた。
「“我々は、そこまで君に求めていない。君には、この世界の選定をー‥”」
「これも、選定のひとつだと思うが。」
そう言ってフィオニスが魂の表面を舐めあげれば、酷い腐臭が口腔内に拡がった。
「‥‥っ‥確かに酷い味だ。」
「“君を止めることは出来ないんだね?”」
今度は魔神が問う。
「あぁ。目の前に最善があるなら、私はそれを選ぶ。」
フィオニスが喰らっても、フィオニスの魂には傷がつかない。さらに、魔神を犠牲にする事なく魂を消滅出来るのだ。これが最善と言わずになんとする。
「それでも納得出来ないと言うなら、ひとつ“お願い”だ。」
「“‥‥何かな?”」
未だに承諾しかねる雰囲気を漂わせて、魔神が返す。
「この体に問題が生じたら、直ぐに別の体を用意して欲しい。」
「“‥‥‥それくらいなら、お易い御用だよ。”」
魔神が渋々そう返すのを聞き届けると、フィオニスは魂を喰らった。
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