私が世界を壊す前に

seto

文字の大きさ
22 / 60

22

しおりを挟む
今は幼い見た目の魔神も、かつては壮年の女性だったのだという。しかし世界が堕落していくにつれ、汚れた魂が増えていく。そしてついに、その罪と欲とで重くなり、輪廻に帰れぬ魂が現れ始めたのだ。
最初こそ、そういった魂も焼き清め地上に返していたのだが、魂の核に刻まれてしまった淀みまでは浄化する事が出来なかったのだ。そこまで堕ちてしまった魂は、千々に引き裂いても、塵すら残さず焼き尽くしても、どこからともなく散って行って、より深い淀みを世界へと拡げた。

そうこうしているうちに信仰は廃れ、神々は世界へと干渉出来なくなっていく。しかし、魔神だけは違った。魔神は唯一信仰を持たぬ神。故に、彼女だけは世界に干渉する事が出来たのだ。
彼女は堕ちた魂を拾い上げ、喰らった。噛み砕き、飲み下し、消化する。そうする事で、ようやく魂を屠る事が出来た。しかし問題もあった。1つ消滅させる度に、彼女の神性が失われていくのだ。
それに気づいたクレアシオンは、当然彼女を止めた。しかしその時には既に、手に負えぬ獣が3体、この世界に現れていたのだ。これ以上、堕落した魂を放っておくことは出来ないと、彼女は魂を喰らい続けた。そうしてここまで、彼女の身は縮んでしまったのだ。

「消滅するつもりか?」
フィオニスが問う。
「“僕が消滅することは無いよ。ただ少しの間、眠るだけさ。”」
「私を置いて?」
「“ははっ、そこまで柔じゃないさ。確かに君に寿命は無い。だけど、この魂を喰らったくらいじゃそこまで力は失われない。”」
そう言って魔神は笑う。
だが、フィオニスは納得出来なかった。
「他に方法はないのか‥?」
「“さてね。ただこれが1番いい方法なのさ。”」
その言葉に、フィオニスは引っかかった。
明確な否定がない。ということは、他にも方法があると言うことだ。
神は嘘をつかない。ただ不都合な真実を話さないだけ。今までも、フィオニスが問えば魔神は答えをくれていた。しかし今回、明言を避けたのだ。という事は。
「他に方法があるなら教えくれ。」
フィオニスは真っ直ぐに問う。すると魔神もふざけた調子をやめ、真摯にフィオニスに向き直った。しかしそのうえで。
「“出来ない。”」
そう、回答した。

フィオニスは考える。
魔神は答えられないと言った。彼女が隠す、もうひとつの方法とはなんだ?
フィオニスは地面に転がる魂を見つめる。見ているだけで不快になるそれは、相変わらず粘着質な淀みを虚空に落とし続けていた。
「‥‥そうか。」
そう言ってフィオニスは、その魂をつまみ上げた。
「“‥‥”」
その様子を魔神は何も言わずに見つめている。しかし僅かに様子が変わったのが、フィオニスにも分かった。
「私が喰らえばいいのか。」
そう結論付けると、フィオニスは魔神を見た。
「“優秀な生徒で、僕は嬉しいよ。”」
そう皮肉って、魔神は微かないらだちを滲ませた。
「“確かに、それもひとつの方法だ。見事に導き出したな。だがな、フィオニス。我々は賛成しない。”」
諌めるように魔神が言う。
「だが、他に方法がないのだろう?」
「“私が喰らえばいい。”」
「あんたが眠る間、誰があんたの穴を埋めるんだ?」
「“それでも。君が犠牲になるよりは余程いい。”」
魔神は引かない。
それもそうだ。ただでさえフィオニスには世界の命運を背負わせてしまっている。これ以上彼に何を望むと言うのか。
だがフィオニスも引くことが出来なかった。自分に出来る事だと分かってしまったから。
「私の魂に何か影響が出るのかな?」
フィオニスが問う。
「“‥‥君の魂は、君の世界の神に守られている。”」
「なら影響は出ない?」
「“‥‥‥”」
魔神は明言を避けた。
出ないと言い切ってしまえば、フィオニスはこの魂を喰らうだろうと分かっているから。
「好きにしていいんだよな?」
フィオニスが問う。
彼の中で、魂を喰らう事は決定しているようだった。
「“‥‥魂には影響は出ない。かの世界の神々の方が、我々よりも神格が上だからな。だがな。”」
魔神は続ける。
「“体には確実に影響が出る。”」
「どんな?」
「“‥‥分からない。確かにその体は、我々が自ら作り、加護を与えた。そこらの器とは比べ物にならぬほど、不浄への耐性もある。だが、その魂を取り込むようには出来ていない。どんな影響が出るのかは分からない。”」
「問題の先送りにならなければ、それでいい。私でも、魂を消化できるな?」
フィオニスがそう問えば、魔神から戸惑う気配を感じた。
「“我々は、そこまで君に求めていない。君には、この世界の選定をー‥”」
「これも、選定のひとつだと思うが。」
そう言ってフィオニスが魂の表面を舐めあげれば、酷い腐臭が口腔内に拡がった。
「‥‥っ‥確かに酷い味だ。」
「“君を止めることは出来ないんだね?”」
今度は魔神が問う。
「あぁ。目の前に最善があるなら、私はそれを選ぶ。」
フィオニスが喰らっても、フィオニスの魂には傷がつかない。さらに、魔神を犠牲にする事なく魂を消滅出来るのだ。これが最善と言わずになんとする。
「それでも納得出来ないと言うなら、ひとつ“お願い”だ。」
「“‥‥何かな?”」
未だに承諾しかねる雰囲気を漂わせて、魔神が返す。
「このに問題が生じたら、直ぐに別の体を用意して欲しい。」
「“‥‥‥それくらいなら、お易い御用だよ。”」
魔神が渋々そう返すのを聞き届けると、フィオニスは魂を喰らった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

処理中です...