私が世界を壊す前に

seto

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灯の消えた室内に、不規則に揺れる光が差し込む。窓の外に揺れるは大火。街を焼くその炎だけが、静まり返ったこの屋敷の唯一の光源だ。
「‥‥」
醜くひしゃげた窓枠から吹き込む風が、生臭い鉄の匂いを巻き上げる。鼻を突くその匂いを顔色ひとつ変えずに吸い込みながら、フィオニスは無感情に床に拡がる血溜まりを見下ろした。
「‥魔神よ。」
フィオニスが問う。
血溜まりの中心に首のない死体。豪奢な衣服はひと目で1級品だと分かる。薄暗い部屋には様々な調度品が溢れ、窓の外を揺れる炎の光をチラチラと弾いた。

侵攻は、瞬く間に完了した。
懸念されていた防衛機構は、沈黙を貫いたまま。酷い肩透かしだ。
フィオニスのよく聞こえる耳で拾えた言葉は、なんともお粗末なものだった。
古代ドワーフの作りし防衛機構。起動したのは遥か昔に数回だけ。しかしその圧倒的な力に諸国は恐れ戦いた。そしてそれから数百、数千と月日が過ぎ去る。不落の城として名を残したまま。
起動の仕方など、忘れ去られていたのだ。
説明の書かれた石碑は古代ドワーフ語で、読める者はいない。当てずっぽうにボタンを叩いた所で、防衛機構を起こすことは出来なかった。
そうこうしている間に魔物がなだれ込み、怠惰で脆弱な軍を噛みちぎったのだ。

フィオニスが1番驚いたのは、誰一人として侵攻があるなど思っていなかった所だ。魔物が眼前に迫るその時まで、誰もが普通に暮らし、生活していた。
フィオニスは確かに国の長に、街の代表に、侵攻をする旨を伝えた。準備をする猶予も与えた。だと言うのにこの体たらく。呆れてため息すらも出ない。

フィオニスはこの街の代表だった物を無造作に踏みつけた。今は血溜まりに沈む、首なしの死体。フィオニスの姿を捉えた瞬間その顔に浮かべた好色な表情に、一瞬思考が止まる程だった。確かにフィオニスは美しい見目をしている。男女問わず魅了するほどに。だが剣を携え、血にまみれたそのフィオニスの姿に、何故欲情できるというのだろう。フィオニスは、同じ人間にすら思えなかった。

一息で命を奪えば、醜悪な魂が体から抜けた。罪と欲で重くなった魂は、浮かぶことすら出来ずに地面へと転がっている。粘着質なヘドロのようなものを全身に纏い、虚空へとそれを滴らせている。見るものを不快にさせるような色合いのそれは、フィオニスが見てきたどの魂とも違うものだった。
「“まっさきにこの魂を引くとは。さすがだねぇ、フィオニス。”」
魔神が楽しげに言う。
否、楽しいとは少し違う。声色は楽しげだが、その声の奥に嫌悪が滲んでいるのだ。
「これは?」
フィオニスが問う。
「“見ての通り、救えないものさ。”」
魔神が答える。
「救えない。」
フィオニスはその言葉を反芻すると、再びその魂を見下ろした。
「“これだけ堕ちてしまうと、浄化の炎でもその芯まで焼き切ることは出来ないんだ。残った淀みは再び新たな淀みを呼び、より深く堕ちていく。そうして人では無い別の何か、世界を害する獣になってしまうんだよ。”」
「それが魔物か?」
「“いやぁ、もっと酷い。”」
魔神の言葉に、フィオニスは眉間のシワを深くした。
「‥‥‥いるのか、この世界に。」
「“あぁ。僕ら神の、罪の証さ。”」
フィオニスは、深く息を吐き出した。
「“世界に数体。封じてある。消滅させることすら出来なかったんだ。不甲斐ない我らを、どうか笑ってくれ。”」
その魔神の言葉に、いつものふざけた調子はなかった。
「だから、全て壊して作り直そうとしたのか。」
フィオニスが問えば、カメラの奥の主神クレアシオンが応と答えた。

魔神曰く、その獣を滅する事自体は難しい事ではないという。元々が神々の手で作られたもの達だ。壊すこと自体は簡単だという。だがその獣を滅しようとすれば、この世界にも多大なダメージを与えてしまうのだと言う。それが一体ならばまだしも、既に数体。世界が耐えられるレベルではないのだと言う。
もしかしたら、この世界の運命は既に決まっていたのかもしれない。だがそれでも、神々は自らの手で作り出し、愛したこの世界を捨てきれなかったのだ。
「‥どうするのだ。」
フィオニスが問う。
「“この程度なら、僕が食らい、消化する。”」
魔神が答える。
「大丈夫なのか?」
「“全く問題ないかと問われれば、
否と答えざるをえないな。当然、影響はある。”」
だけどね、と魔神が続ける。
「“僕は魔神だから。”」
その言葉に、フィオニスは違和感を覚えた。
「‥‥魔神だから、どうだと言うんだ? 魔物とそれは別物だとさっき言っていただろう。もっと酷いと。それを取り込んで、問題がないなどー‥」
そこまで続けて、フィオニスははたと気づく。神々の中で1柱だけ、幼い子供の姿をした魔神。そういうものだと思っていたが、もしそれが、この魂を取り込み続けた影響なのだとしたら。
バッと神々を有する玉を振り返れば、その奥でバツが悪そうな魔神の気配がした。
「“君は本当に察しがいいねぇ。”」
そう言って、魔神は笑った。
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