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第2章 小満
11.アガパンサス(二)
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バイト帰り、街灯のない暗い道を歩いて家に戻ると、庭は沈みかけた月の薄明かりでわずかに照らされていた。
その日も、縁側には四兄弟が楽しそうに並んでいた。
「ただいま」
僕は声をかけた。
誠には放っておけと言われていたけれど、僕にとっては毎日一緒の同居人で、無視するにはあまりにも人間的過ぎた。半分独り言の感覚で習慣になっていた。
四兄弟に動く気配がして、ふと目が合った。水やりの素ぶりも見せていないのに、みんなこちらを見ていた。
爽やかに穏やかに、ニコニコと僕を見ている。
僕は四兄弟に並んで縁側に座ってみた。草の香りが混じった少し冷たい風が心地よい。遠くから蛙の鳴く声がかすかに聞こえてくる。
「ここは静かだね。ホント、引っ越して来て良かったよ」
四兄弟は相変わらず僕に関係なく空を眺めたりしている。それでも、今日は何となく意識されている気がする。
「イチロウさんは、残念ですか」
突然キクが訊いてきた。
縁側に座る僕の正面に立ち、じっと見つめてくる。
「なっ、何が?」
「消えてなくなることです」
キクは四兄弟を見て言った。
「え? フリージアたち、消えちゃうの?」
「はい」
僕も薄々感じていた。このまま消えていくような気がしながら、確証がないので気のせいにしていた。
「キクちゃんが言うなら……そうなんだね。残念というより寂しいかな。いるのが当たり前だったしね」
「ただ消えるだけです。弱いから消える。自分が消えるのが残念なのは人間だけです」
「うーん、また難しいな。つまり、フリージアたちは自分が消えることを何とも思わないってこと?」
「ただいて、ただ消えます」
花の精であるキクが、人間に意思を伝える。そもそも感性が違うだろうから、かなり難しい気がする。
キクの言葉は難しい。
だから何も考えず、感じるのが一番寄り添える気がした。
ひょっとして、キクは僕を慰めてくれたのだろうか。悲しむ必要はないと。
ただいて、ただ消える。
きっとそうなのだろうけれど、消えるのを見て残される僕はやっぱり寂しいかな。
ふと、以前に誠が花壇をつぶせと言った時のことを思い出した。庭を砂利やコンクリート敷きにしろ。それはキクに消えろと言うのと同じだ。キクは何も反応しなかった。嫌だとか悲しいとか、そんな感情はキクにはないのだろうか。
「キクちゃんも、いつか消えてしまうのかな」
「私は消えません。私は強いから、消えることがありません」
キクは笑顔でそう言うと、ふわふわと薄闇に混じって庭の奥へ行ってしまった。
四兄弟はキクを目で追っていた。それから、隣に座る僕を見て体を左右に揺らした。
俺も同じリズムで真似をしてみる。
別に心が通うようなことはない。
通じ合えた気もしない。
何も変わらない。
隣に座った。それだけ。
月が西の空に沈んで見えなくなっても、僕はしばらく四兄弟の隣に座っていた。
そうしてやっと家に入った時、縁側にはもう誰もいなかった。
その日も、縁側には四兄弟が楽しそうに並んでいた。
「ただいま」
僕は声をかけた。
誠には放っておけと言われていたけれど、僕にとっては毎日一緒の同居人で、無視するにはあまりにも人間的過ぎた。半分独り言の感覚で習慣になっていた。
四兄弟に動く気配がして、ふと目が合った。水やりの素ぶりも見せていないのに、みんなこちらを見ていた。
爽やかに穏やかに、ニコニコと僕を見ている。
僕は四兄弟に並んで縁側に座ってみた。草の香りが混じった少し冷たい風が心地よい。遠くから蛙の鳴く声がかすかに聞こえてくる。
「ここは静かだね。ホント、引っ越して来て良かったよ」
四兄弟は相変わらず僕に関係なく空を眺めたりしている。それでも、今日は何となく意識されている気がする。
「イチロウさんは、残念ですか」
突然キクが訊いてきた。
縁側に座る僕の正面に立ち、じっと見つめてくる。
「なっ、何が?」
「消えてなくなることです」
キクは四兄弟を見て言った。
「え? フリージアたち、消えちゃうの?」
「はい」
僕も薄々感じていた。このまま消えていくような気がしながら、確証がないので気のせいにしていた。
「キクちゃんが言うなら……そうなんだね。残念というより寂しいかな。いるのが当たり前だったしね」
「ただ消えるだけです。弱いから消える。自分が消えるのが残念なのは人間だけです」
「うーん、また難しいな。つまり、フリージアたちは自分が消えることを何とも思わないってこと?」
「ただいて、ただ消えます」
花の精であるキクが、人間に意思を伝える。そもそも感性が違うだろうから、かなり難しい気がする。
キクの言葉は難しい。
だから何も考えず、感じるのが一番寄り添える気がした。
ひょっとして、キクは僕を慰めてくれたのだろうか。悲しむ必要はないと。
ただいて、ただ消える。
きっとそうなのだろうけれど、消えるのを見て残される僕はやっぱり寂しいかな。
ふと、以前に誠が花壇をつぶせと言った時のことを思い出した。庭を砂利やコンクリート敷きにしろ。それはキクに消えろと言うのと同じだ。キクは何も反応しなかった。嫌だとか悲しいとか、そんな感情はキクにはないのだろうか。
「キクちゃんも、いつか消えてしまうのかな」
「私は消えません。私は強いから、消えることがありません」
キクは笑顔でそう言うと、ふわふわと薄闇に混じって庭の奥へ行ってしまった。
四兄弟はキクを目で追っていた。それから、隣に座る僕を見て体を左右に揺らした。
俺も同じリズムで真似をしてみる。
別に心が通うようなことはない。
通じ合えた気もしない。
何も変わらない。
隣に座った。それだけ。
月が西の空に沈んで見えなくなっても、僕はしばらく四兄弟の隣に座っていた。
そうしてやっと家に入った時、縁側にはもう誰もいなかった。
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