182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

4ー(2/2)

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   遊興に出かけるなど皆無であろう生真面目そうな男は、ここ東交民巷で一番の待合に圧倒された様子で私の招待宴に戸惑いを隠せなかった。

「宮田様、こちらの酒はお口に合いませんか?」
「いえ、そのようなことは……」

 芸妓に酌をされるだけで固まっている宮田が可笑しかった。加虐心が湧き上がる。

「どなたか、宮田様に優しく流儀を教えてやってくれませんか?  こうして手を触れてみれば、ほら、震えている」

 私は隣で正座を崩さない宮田の膝に手を伸ばし、固く握られた拳を指先でもてあそんでいた。
 芸妓たちはうつむき加減にクスクスと笑っている。

「宮田様、お気をつけなさいませ。吉澤様はお遊びが過ぎますから、はっきり嫌と申し上げないとお手つきになってしまいますよ」

 顔を赤らめながら無表情を貫く姿に、芸妓たちは歓声を上げながら艶っぽい目で笑いかける。

「あまりからかわないでやって下さい。ねえ。宮田様には刺激が強過ぎましたか?」
「いえ、そのようなことは……」

 何食わぬ顔で酒をあおる私に気分を害したのか、握られた拳に力が入る。その甲を私は撫で続けている。
 面白いな。私の手は払いのけないのか。情報が得られないと困るか。よほど切羽詰まっているのか?
 宮田は、はあと息を吐いた。

「自分は、堅物過ぎると、上の者に叱られました。大陸に渡ったら、吉澤識という道楽者がいるから、少しはつきあってみろ、と」
「ほう」
「ただし、真似はするな、と」

 背筋を伸ばし、正面を見たまま話す宮田は明らかに緊張していた。

「あら、やだ。吉澤様の放蕩は、本国でも有名なんですねえ」
「宮田様は、そのままでいらして下さいね。吉澤様も加減なさって下さいよ?」

 芸妓の笑い声など聞こえていない様子で、宮田は遊んでいた私の手を急に掴んだ。ごつごつとして汗ばんだ手が、力の加減も知らない様子で私の指先を握りしめる。

「吉澤さん、自分の上司は尾久の宴席で貴方あなたとご一緒したと申しておりました」
「尾久、ですか」

   宮田は一息に言うと緊張が解けたのか、はあと息を吐いて手を開いた。不安そうに、だが射るような眼差しでこちらを見ている。
   私は居住まいを正すと、宮田を向いて今一度頭を軽く下げた。

「宮田様。今日は挨拶程度です。これから良きおつきあいを賜りますよう」

   宮田がようやく安堵の顔で微笑んだ。

「せっかくこちらに赴任されたのです。治安に不安はありますが、面白い所をいくつかお教えしますよ。これからの任務であちこち視察されるのでしたら、ぜひお立ち寄り下さい。見て損はしませんよ」

   尾久カラ視察ニ来ル客人ニハ、取引可能ナ品ヲ全テ見セヨ。

   本国から私宛の手紙にはそうあった。
   これは私への指令だ。
   宮田は、第二部の特務で大陸に渡って来たのだ。



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