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1878ー1913 吉澤識
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宮田が消えた。
宴席を設けた後、すぐに江西へ発ったのは確かだ。ふた月。み月。江西で何度もそれらしき人物が目撃されていた。
その後の情報が、入って来ない。
私は道楽旅行で知り合った現地の商人などから常に近況をもらっている。宮田に絞った情報ではないので正確とは言えないが、それでもどこからも宮田らしき本国人の目撃談がなくなった。
一度公使館に問い合わせたが、長期の仕事で出ているとしか返事がない。
私は何をこだわっている?
忘れろ。知ってどうする。宮田には宮田の仕事がある。私の任務は終わったのだ。あれの人生に私などが関わってはいけない。
気にかけるべきは加藤だ。
宮田の情報が途絶えたのと同じ時期から、加藤の様子がおかしい。長年そばにいると、意識せずともわずかな差異に不自然を感じる。
変わらず影としてつき従っているが、監視の目がさらに強く絡みつくように私を縛る。
間合いは変わらないはずなのに、ふとした瞬間、体が触れるほど近くに立っている。そこまで気配を消せるのなら、お前はなぜ始めからそうしないのか。
なにより不可解なのは、他の使用人との会話で私に対する劣情を口にし始めたことだ。経の嫌悪は甚だしく、父宛に加藤の解雇を要求する手紙を連投するほどだった。
加藤の意図がわからない。加藤の行動は、第二部の意向に沿ったものではないのか。
組織改編。人事移動。
国情だけでなく、第二部の中も大きく動いている。大陸部署の長官が五年ぶりに代わることと何か関係があるのか。
「旦那様、着きましたが?」
馬車の外から加藤の声がした。屋敷の玄関前だ。
船会社との連絡会議の後、軽い懇親会を済ませて帰って来たところだ。考えごとをしていて到着に気づかなかったのか。良くない兆候だ。
扉を開けて待っていた加藤の前を過ぎようとした瞬間、腕を組むような格好で加藤に二の腕を掴まれた。とっさのことで、よろけて加藤に体重がかかる。
「なっ……⁉︎」
「何をお考えでしたか」
低い声が耳元に響く。加藤が力を入れているとは思えないのに、私は離れることができなかった。
「……」
睨み合うだけで言葉はない。相手を探る目が暴力となって、互いの心の奥底にある精神の塊みたいなものが掴み合いの喧嘩でもしているようだった。
「兄上」
玄関に経が出ていた。怒りと嫌悪を露わにして加藤を見ている。
加藤は何事もなかったように経を見返してから、私の腕を解いた。
「兄上」
経はもう一度私を呼んだ。踵を返し、足速に屋敷へ戻っていく。私も加藤を振り払うようにして後に続いた。
加藤はその場で頭を下げたまま、私たちを見送った。
わざとか。経がいることをわかって、わざと見せつけたのか。
経は気が収まらない様子で拳を固く握りしめていた。
「父に再三加藤の解雇を願い出ておりますが、返事が来ないのです。兄上を辱めるようなことは、できれば書いて送りたくない」
「すまない、経」
「兄上は、それでも見過ごせと仰いますか?」
そうだ。見過ごせ。
言葉にはできなかった。
曖昧に笑って、経の肩を叩いて、私は自室へ向かった。
加藤の処遇は第二部の範疇だ。解雇の判断も第二部だ。こちらでは誰も決められない。
だが、経が父に苦情を送り続ければ、あるいは人員交代を検討してもらえるかもしれない。
加藤は強制解雇を望んでいるのか?
第二部の意向に背いて、私から離れようとしているのか?
宴席を設けた後、すぐに江西へ発ったのは確かだ。ふた月。み月。江西で何度もそれらしき人物が目撃されていた。
その後の情報が、入って来ない。
私は道楽旅行で知り合った現地の商人などから常に近況をもらっている。宮田に絞った情報ではないので正確とは言えないが、それでもどこからも宮田らしき本国人の目撃談がなくなった。
一度公使館に問い合わせたが、長期の仕事で出ているとしか返事がない。
私は何をこだわっている?
忘れろ。知ってどうする。宮田には宮田の仕事がある。私の任務は終わったのだ。あれの人生に私などが関わってはいけない。
気にかけるべきは加藤だ。
宮田の情報が途絶えたのと同じ時期から、加藤の様子がおかしい。長年そばにいると、意識せずともわずかな差異に不自然を感じる。
変わらず影としてつき従っているが、監視の目がさらに強く絡みつくように私を縛る。
間合いは変わらないはずなのに、ふとした瞬間、体が触れるほど近くに立っている。そこまで気配を消せるのなら、お前はなぜ始めからそうしないのか。
なにより不可解なのは、他の使用人との会話で私に対する劣情を口にし始めたことだ。経の嫌悪は甚だしく、父宛に加藤の解雇を要求する手紙を連投するほどだった。
加藤の意図がわからない。加藤の行動は、第二部の意向に沿ったものではないのか。
組織改編。人事移動。
国情だけでなく、第二部の中も大きく動いている。大陸部署の長官が五年ぶりに代わることと何か関係があるのか。
「旦那様、着きましたが?」
馬車の外から加藤の声がした。屋敷の玄関前だ。
船会社との連絡会議の後、軽い懇親会を済ませて帰って来たところだ。考えごとをしていて到着に気づかなかったのか。良くない兆候だ。
扉を開けて待っていた加藤の前を過ぎようとした瞬間、腕を組むような格好で加藤に二の腕を掴まれた。とっさのことで、よろけて加藤に体重がかかる。
「なっ……⁉︎」
「何をお考えでしたか」
低い声が耳元に響く。加藤が力を入れているとは思えないのに、私は離れることができなかった。
「……」
睨み合うだけで言葉はない。相手を探る目が暴力となって、互いの心の奥底にある精神の塊みたいなものが掴み合いの喧嘩でもしているようだった。
「兄上」
玄関に経が出ていた。怒りと嫌悪を露わにして加藤を見ている。
加藤は何事もなかったように経を見返してから、私の腕を解いた。
「兄上」
経はもう一度私を呼んだ。踵を返し、足速に屋敷へ戻っていく。私も加藤を振り払うようにして後に続いた。
加藤はその場で頭を下げたまま、私たちを見送った。
わざとか。経がいることをわかって、わざと見せつけたのか。
経は気が収まらない様子で拳を固く握りしめていた。
「父に再三加藤の解雇を願い出ておりますが、返事が来ないのです。兄上を辱めるようなことは、できれば書いて送りたくない」
「すまない、経」
「兄上は、それでも見過ごせと仰いますか?」
そうだ。見過ごせ。
言葉にはできなかった。
曖昧に笑って、経の肩を叩いて、私は自室へ向かった。
加藤の処遇は第二部の範疇だ。解雇の判断も第二部だ。こちらでは誰も決められない。
だが、経が父に苦情を送り続ければ、あるいは人員交代を検討してもらえるかもしれない。
加藤は強制解雇を望んでいるのか?
第二部の意向に背いて、私から離れようとしているのか?
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