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1878ー1913 吉澤識
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寝入った宮田を残して店を出ると、加藤が控えていた。
「遅いお帰りで」
「そうか?」
「宮田様は?」
「泊まらせた」
目も合わせず馬車に乗る。いつものことだ。
必要最低限の会話。これもいつものことだ。
加藤は、私が唯一笑顔を作らなくて済む男だ。
疲れた。今夜は疲れた。
宮田には気がかりなことが多過ぎる。宮田の心の内が、見えるようで見えない。すくっているようで、水のごとくスルスルとこぼれていく。まっすぐで透明であるが、その先に感触だけが残って把握ができない。
何かを隠しているようには見えないのに、本心が掴めない。
物腰が柔らかく紳士的なのは本当であろう。共存共栄の理想も本当であろう。
だが、それだけではない何かがあるはずなのだ。
私は、何をムキになっている?
放っておけば良いのだ。宮田が理想に生き、山本と共に大陸側についたとしても、それは宮田の人生だ。私と敵対する立場になろうとも、宮田の信念であれば仕方のないことだ。
そもそも、私は宮田を本気で心配などしていない。長いつきあいになるとも思っていない。探る必要もない相手の心を覗いて何になる?
私は他人の感情に敏感である。相手の心を読み感情を掴みながら、のらりくらりと世を渡り、放蕩と道楽で多くの知己を得てきた。
宮田の内心を好奇心に駆られて覗いたものの、本心を掴めず悔しかったのか。それで余計に気にかかるのか。
宮田は眩しい。あの情熱と真剣さが羨ましい。
私はただの俗人で、俗物だらけの世の中を楽しく見物できる幸せな男だ。この世を憂うことなく、日々変わり続ける世情に心躍らせ、知り続けることに至上の喜びを感じている。
全てをどこか突き放したような冷めた目で見ているから、宮田のように必死で生きる男が眩しいのか。
ああ、これは嫉妬だ。
そうか、嫉妬か……。
「……⁉︎」
目を開けるより早く、私は目の前の影を払いのけていた。手の甲が、加藤の頰を打った。
「何を、している?」
「屋敷に着きました。お目覚めにならないので、起こして差し上げようかと」
馬車は既に玄関前だった。いつのまに眠っていたのか。加藤の足は半分扉の外だ。たった今、声をかけに入って来たのか。
先に降りて扉を手に頭を下げる加藤が、うつむいたまま言った。
「宮田様は満足されましたか」
「何の話だ」
「宮田様には深入りされませぬよう」
加藤を無視して立ち止まることなく玄関に向かう。
出て来た使用人にだけ挨拶をして、屋敷に入りかけて足を止めた。
我ながら大人げない。なぜこれほどまでに余裕がないのか。
苛立ちを表に出すな。加藤ごときの挑発に乗って心を乱すな。
「加藤、遅くまでご苦労だった。明日は租界の浅野様のところへ行く準備があるから外へは出ない」
「承知致しました」
ちらりと見た加藤は、嫌な笑い方をしていた。余計に苛立ちが募った。
「遅いお帰りで」
「そうか?」
「宮田様は?」
「泊まらせた」
目も合わせず馬車に乗る。いつものことだ。
必要最低限の会話。これもいつものことだ。
加藤は、私が唯一笑顔を作らなくて済む男だ。
疲れた。今夜は疲れた。
宮田には気がかりなことが多過ぎる。宮田の心の内が、見えるようで見えない。すくっているようで、水のごとくスルスルとこぼれていく。まっすぐで透明であるが、その先に感触だけが残って把握ができない。
何かを隠しているようには見えないのに、本心が掴めない。
物腰が柔らかく紳士的なのは本当であろう。共存共栄の理想も本当であろう。
だが、それだけではない何かがあるはずなのだ。
私は、何をムキになっている?
放っておけば良いのだ。宮田が理想に生き、山本と共に大陸側についたとしても、それは宮田の人生だ。私と敵対する立場になろうとも、宮田の信念であれば仕方のないことだ。
そもそも、私は宮田を本気で心配などしていない。長いつきあいになるとも思っていない。探る必要もない相手の心を覗いて何になる?
私は他人の感情に敏感である。相手の心を読み感情を掴みながら、のらりくらりと世を渡り、放蕩と道楽で多くの知己を得てきた。
宮田の内心を好奇心に駆られて覗いたものの、本心を掴めず悔しかったのか。それで余計に気にかかるのか。
宮田は眩しい。あの情熱と真剣さが羨ましい。
私はただの俗人で、俗物だらけの世の中を楽しく見物できる幸せな男だ。この世を憂うことなく、日々変わり続ける世情に心躍らせ、知り続けることに至上の喜びを感じている。
全てをどこか突き放したような冷めた目で見ているから、宮田のように必死で生きる男が眩しいのか。
ああ、これは嫉妬だ。
そうか、嫉妬か……。
「……⁉︎」
目を開けるより早く、私は目の前の影を払いのけていた。手の甲が、加藤の頰を打った。
「何を、している?」
「屋敷に着きました。お目覚めにならないので、起こして差し上げようかと」
馬車は既に玄関前だった。いつのまに眠っていたのか。加藤の足は半分扉の外だ。たった今、声をかけに入って来たのか。
先に降りて扉を手に頭を下げる加藤が、うつむいたまま言った。
「宮田様は満足されましたか」
「何の話だ」
「宮田様には深入りされませぬよう」
加藤を無視して立ち止まることなく玄関に向かう。
出て来た使用人にだけ挨拶をして、屋敷に入りかけて足を止めた。
我ながら大人げない。なぜこれほどまでに余裕がないのか。
苛立ちを表に出すな。加藤ごときの挑発に乗って心を乱すな。
「加藤、遅くまでご苦労だった。明日は租界の浅野様のところへ行く準備があるから外へは出ない」
「承知致しました」
ちらりと見た加藤は、嫌な笑い方をしていた。余計に苛立ちが募った。
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