21 / 200
1878ー1913 吉澤識
11-(2/8)
しおりを挟む
加藤の手がゆっくりと伸びてきて、私のランプを奪った。足元の後方に置いたのか、視界がかなり悪くなる。
暗闇は恐怖を増大させる。お前は知ってやっている。
背後から回った加藤の右手が胸元から迫り上がり、私の首を正面から押さえた。
身体が加藤を恐れて震える。落ち着け。頭はまだ冷静だ。最善を考えろ。次善をみつけろ。
手の力が強くなった。だが、加藤は首ではなく顎を押し上げ、私に天を仰がせた。喉元の指はなおもすぐに締められる位置にある。
加藤は私の耳元に口を寄せて訊いた。
「なぜ逃げない?」
この体勢で逃げられるわけがなかろう。
加藤に押さえ込まれた私は、声を出すこともできなかった。
「宴席で老人に警告されただろう? 貴様は消される。第二部は貴様を見限った。誰も貴様を助けない」
なんだ、お前はとうとう正体を明かすのか? そして、私は用済みか。
「か……とう……」
私は目を閉じて、かすれる息にようやく声を乗せた。
この薄明かりで、お前からは私が良く見えているか? 加藤、私を見ろ。
ワタシヲミロ。
唇を動かすが、伝える言葉などない。ただ注意を引くだけだ。
わずかに加藤の首が動いた。私の口元に視線をやるのがわかった。
その一瞬の隙に、肘を振り上げた。
ドッ
加藤のみぞおちを思いきり突き、振り返りざま足を払って加藤から逃れた。
加藤はよろめき姿勢を崩す。
走りきる自信などない。だが、加藤の恐怖を払い、冷静な頭に戻れると確信した。
厩舎からはわずかに離れた。屋敷には全く近づいていない。
私はそれこそ一瞬で背後から組みつき倒された。
ひんやりとした土からカビた匂いが広がる。
「クククッ。どうやったらお前のような馬鹿力になれるのだろうな? 全く理解に苦しむ」
地に伏した私の背に、立ち上がった加藤の足が踏み下ろされた。
「がはっ……」
肩甲骨の間を圧迫されて息ができない。
すぐに足の力を抜いたのはわかったが、私は身動きが取れないままだった。加藤が体重をかければ、心臓と肺が押しつぶされるだろう。
「……加藤、愉快だな。それがお前の本性か? そっちの方がいい。お前といて、こんなに愉快なのは初めてだ。……生きていると実感できる」
私はなおも話し続けた。加藤の反応をうかがっていた。なぜこの状況になっているのかがわからない。
「そうだ。貴様は生きている。あれは死んだのにな」
宮田のことか? それとも、同じ第二部に所属していた山本か……?
加藤に向き直ろうと身体を動かした途端、加藤の足が私を強く押しつけた。
「うぐっ……」
「貴様がいくら探っても、あれの死は表に出ない。真相は残されない」
加藤は怒っている。
私に怒っているのだ。宮田たちの件だ。
何を……私の何を怒っている?
「お前は……何を知っているのだ?」
加藤が足を上げた。
「あがっ!……」
再度踏みつけられた瞬間、喉の奥に衝撃が走った。
加藤はこれでも手加減しているに違いない。背に足が当たったと同時に、動きを止めたのがわかる。息の根を止めるまでの衝動に駆られるのを理性で抑えつけているのがわかる。
遠くに揺れるランプの灯りを見ながら、遠ざかる意識を必死に留めた。
「宮田は、現地協力者を守ろうとして山本と口論になった」
「現地協力者……」
「山本は、宮田が南京の活動拠点を探し当てたことに驚いていたようだぞ。情報提供者を割り出して消そうと考えたらしい。宮田はそれを阻止しようと説得を試みた」
宮田の死の原因は私だというのか?
暗闇は恐怖を増大させる。お前は知ってやっている。
背後から回った加藤の右手が胸元から迫り上がり、私の首を正面から押さえた。
身体が加藤を恐れて震える。落ち着け。頭はまだ冷静だ。最善を考えろ。次善をみつけろ。
手の力が強くなった。だが、加藤は首ではなく顎を押し上げ、私に天を仰がせた。喉元の指はなおもすぐに締められる位置にある。
加藤は私の耳元に口を寄せて訊いた。
「なぜ逃げない?」
この体勢で逃げられるわけがなかろう。
加藤に押さえ込まれた私は、声を出すこともできなかった。
「宴席で老人に警告されただろう? 貴様は消される。第二部は貴様を見限った。誰も貴様を助けない」
なんだ、お前はとうとう正体を明かすのか? そして、私は用済みか。
「か……とう……」
私は目を閉じて、かすれる息にようやく声を乗せた。
この薄明かりで、お前からは私が良く見えているか? 加藤、私を見ろ。
ワタシヲミロ。
唇を動かすが、伝える言葉などない。ただ注意を引くだけだ。
わずかに加藤の首が動いた。私の口元に視線をやるのがわかった。
その一瞬の隙に、肘を振り上げた。
ドッ
加藤のみぞおちを思いきり突き、振り返りざま足を払って加藤から逃れた。
加藤はよろめき姿勢を崩す。
走りきる自信などない。だが、加藤の恐怖を払い、冷静な頭に戻れると確信した。
厩舎からはわずかに離れた。屋敷には全く近づいていない。
私はそれこそ一瞬で背後から組みつき倒された。
ひんやりとした土からカビた匂いが広がる。
「クククッ。どうやったらお前のような馬鹿力になれるのだろうな? 全く理解に苦しむ」
地に伏した私の背に、立ち上がった加藤の足が踏み下ろされた。
「がはっ……」
肩甲骨の間を圧迫されて息ができない。
すぐに足の力を抜いたのはわかったが、私は身動きが取れないままだった。加藤が体重をかければ、心臓と肺が押しつぶされるだろう。
「……加藤、愉快だな。それがお前の本性か? そっちの方がいい。お前といて、こんなに愉快なのは初めてだ。……生きていると実感できる」
私はなおも話し続けた。加藤の反応をうかがっていた。なぜこの状況になっているのかがわからない。
「そうだ。貴様は生きている。あれは死んだのにな」
宮田のことか? それとも、同じ第二部に所属していた山本か……?
加藤に向き直ろうと身体を動かした途端、加藤の足が私を強く押しつけた。
「うぐっ……」
「貴様がいくら探っても、あれの死は表に出ない。真相は残されない」
加藤は怒っている。
私に怒っているのだ。宮田たちの件だ。
何を……私の何を怒っている?
「お前は……何を知っているのだ?」
加藤が足を上げた。
「あがっ!……」
再度踏みつけられた瞬間、喉の奥に衝撃が走った。
加藤はこれでも手加減しているに違いない。背に足が当たったと同時に、動きを止めたのがわかる。息の根を止めるまでの衝動に駆られるのを理性で抑えつけているのがわかる。
遠くに揺れるランプの灯りを見ながら、遠ざかる意識を必死に留めた。
「宮田は、現地協力者を守ろうとして山本と口論になった」
「現地協力者……」
「山本は、宮田が南京の活動拠点を探し当てたことに驚いていたようだぞ。情報提供者を割り出して消そうと考えたらしい。宮田はそれを阻止しようと説得を試みた」
宮田の死の原因は私だというのか?
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎
山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。
(表紙絵/山碕田鶴)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
アララギ兄妹の現代怪異事件簿
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる