26 / 200
1878ー1913 吉澤識
11-(7/8)
しおりを挟む
加藤は伏したままの私を抱き起こすと、背広の汚れを手で払って回った。
背も胸も痛む。息が苦しい。
加藤の胸に頭をもたれかけたまま肩で息をする私に、加藤は苛立つように言った。
「状況はわかっているだろう? どこにでもいい。逃げろ」
そうか。加藤は、私が逃げないことに怒っているのか。骨董商が警告をしてきた後も変わらずここにいる私に苛立っているのか。それほど状況は切迫しているということか。
はあと溜息をつこうとして、胸に激痛が走った。
これはかなり重症だな。
「ククッ、私を心配しておいて、私を散々痛めつけるのか。酷いやつだな」
私の身体を支える加藤の手にそっと手を重ねた瞬間、加藤が身体を固くした。
「手を……離せ」
手の甲から爪の先まで静かに指を這わせる私の戯れを加藤は無視し続ける。
お前の言うとおり、私は何でも利用する。お前が他の使用人に言いふらしている劣情とやらが本物かどうかは知らないが、少なくとも今触れた指を意識しているのは確かだ。それもありがたく使わせてもらうぞ。
お前は長らく護衛として暴漢から私を守ってきた。私は弱いが立場は上だ。その私を今のお前は自らの暴力で完全に支配した。
さぞや満たされたことであろうな。私はかわいそうで哀れな存在だろう? 今なら少しくらいはお前の知る情報をおねだりしても、気前良く答えてくれるのではないか?
さて、お前はどこまで知っている?
「なあ、私がここにいては危険か?」
加藤の厚い胸にさらに身体を預ける。
「離れろ。貴様は本当に嫌なやつだ。色仕掛けのような真似で人の心に入り込む。鬱陶しい」
お前にとってこれは色仕掛けか。
指先を握ると、加藤が緊張するのがわかった。
「私は、何に狙われているのだ?」
「手を離せ」
はぐらかしたか。
「お前は、何から逃げろと言うのだ? 誰が、私を消すと言い出したのだ?」
わずかに顔を上げた瞬間、目が合った加藤に動揺する気配を感じた。
何を思い出していた?
それを隠すように、私から目を逸らそうともせず睨み返してくる。私が指を絡めていることには気づいていない。
「私は、いつ消される?」
「触れるな!」
手を振り払った加藤は、ハッとした。私の質問に態度で答えていたことに気づいたらしい。
気づいて、その瞬間に感情が消えた。気配を消すように、心を隠したのだ。
馬鹿だな。それでは、今まで心を読まれていたと認めたことになる。
「加藤、お前は私に逃げろと言う。ならば知らないのか? 私には、本国から警告も退避勧告も来ていない」
組織再編で用済みになるにせよ、第二部の情報が漏れて危険にさらされる可能性のある協力者に何の連絡もないのは不可解だ。
「もうひとつ。宮田が消えた時点で私は帰国申請を出した。お前に言われるまでもなく、私はできることはやっている。……だが、許可が下りない。何度問い合わせても、手続き中だと言うばかりだ。同時に申請してみた会社の人間には、すぐに許可が下りたのにな。大陸の事務所では埒があかないからと本国に送った帰国申請の依頼も、この分だと届いてはいないだろう。ならば密航すればいいのか? 私が不在になった途端、港が警察や憲兵で溢れそうだな。なあ、加藤。私は、どこの都合で大陸に留め置かれているのだ?」
「……」
加藤は無言だ。知らない、いや、言えないのだろう。
背も胸も痛む。息が苦しい。
加藤の胸に頭をもたれかけたまま肩で息をする私に、加藤は苛立つように言った。
「状況はわかっているだろう? どこにでもいい。逃げろ」
そうか。加藤は、私が逃げないことに怒っているのか。骨董商が警告をしてきた後も変わらずここにいる私に苛立っているのか。それほど状況は切迫しているということか。
はあと溜息をつこうとして、胸に激痛が走った。
これはかなり重症だな。
「ククッ、私を心配しておいて、私を散々痛めつけるのか。酷いやつだな」
私の身体を支える加藤の手にそっと手を重ねた瞬間、加藤が身体を固くした。
「手を……離せ」
手の甲から爪の先まで静かに指を這わせる私の戯れを加藤は無視し続ける。
お前の言うとおり、私は何でも利用する。お前が他の使用人に言いふらしている劣情とやらが本物かどうかは知らないが、少なくとも今触れた指を意識しているのは確かだ。それもありがたく使わせてもらうぞ。
お前は長らく護衛として暴漢から私を守ってきた。私は弱いが立場は上だ。その私を今のお前は自らの暴力で完全に支配した。
さぞや満たされたことであろうな。私はかわいそうで哀れな存在だろう? 今なら少しくらいはお前の知る情報をおねだりしても、気前良く答えてくれるのではないか?
さて、お前はどこまで知っている?
「なあ、私がここにいては危険か?」
加藤の厚い胸にさらに身体を預ける。
「離れろ。貴様は本当に嫌なやつだ。色仕掛けのような真似で人の心に入り込む。鬱陶しい」
お前にとってこれは色仕掛けか。
指先を握ると、加藤が緊張するのがわかった。
「私は、何に狙われているのだ?」
「手を離せ」
はぐらかしたか。
「お前は、何から逃げろと言うのだ? 誰が、私を消すと言い出したのだ?」
わずかに顔を上げた瞬間、目が合った加藤に動揺する気配を感じた。
何を思い出していた?
それを隠すように、私から目を逸らそうともせず睨み返してくる。私が指を絡めていることには気づいていない。
「私は、いつ消される?」
「触れるな!」
手を振り払った加藤は、ハッとした。私の質問に態度で答えていたことに気づいたらしい。
気づいて、その瞬間に感情が消えた。気配を消すように、心を隠したのだ。
馬鹿だな。それでは、今まで心を読まれていたと認めたことになる。
「加藤、お前は私に逃げろと言う。ならば知らないのか? 私には、本国から警告も退避勧告も来ていない」
組織再編で用済みになるにせよ、第二部の情報が漏れて危険にさらされる可能性のある協力者に何の連絡もないのは不可解だ。
「もうひとつ。宮田が消えた時点で私は帰国申請を出した。お前に言われるまでもなく、私はできることはやっている。……だが、許可が下りない。何度問い合わせても、手続き中だと言うばかりだ。同時に申請してみた会社の人間には、すぐに許可が下りたのにな。大陸の事務所では埒があかないからと本国に送った帰国申請の依頼も、この分だと届いてはいないだろう。ならば密航すればいいのか? 私が不在になった途端、港が警察や憲兵で溢れそうだな。なあ、加藤。私は、どこの都合で大陸に留め置かれているのだ?」
「……」
加藤は無言だ。知らない、いや、言えないのだろう。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎
山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。
(表紙絵/山碕田鶴)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
アララギ兄妹の現代怪異事件簿
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる