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1974ー2039 大村修一
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死神が消えた。
毎晩私の夢に現れていた死神が姿を見せなくなって二週間が過ぎた。死神のエネルギーを間近で浴び続けて過剰な刺激に浸かりきっていた私の離脱症状は、ようやく治まりつつあった。
たった一日会えないだけで始まった虚無感、焦燥感、倦怠感、頭痛、吐き気は日中の活動に支障が出るほどだった。
これまで死神との逢瀬を楽しみながら昼間は研究所でアンドロイドの開発に勤しみ、何ら問題なく日常を送っていた。死神の語る全てが私を満たし、生き続ける支えと希望となって人生を充実させた。
私は死神に生かされていたのか。
職場で重い身体を引きずり何度も洗面所へ向かい、顔を洗って鏡を見るたび、まだ生きていることを確認して安堵した。
まるで廃人だ。だが、廃人がこれほど楽しそうに笑みを浮かべるか?
鏡に映るやつれた顔をにらみながら、頰と唇を静かに指でなぞった。死神の感触を身体の記憶から引き出そうとしていることに気づき、手が止まる。
ああ、相当に重症だな。ククッ、身も心も死神に捧げてしまいそうだ。
だが、ここまでした甲斐はあった。
私はこの世の規則とやらを知った。死神と会話をする中で、魂が機械の身体を持つことは可能だと確信した。
死神は汎用性がないと言っただけだ。
自らの意思で魂を移動させることさえできれば、容れ物は機械でも肉体でも同じだということではないのか。アンドロイドは魂の器となりうるはずだ。
「大村君、大丈夫かい?」
NH社本社勤務の役員が私を訪ねて郊外の研究所までわざわざ来たのは、ようやく私の具合が落ち着いてすぐの頃だった。
かつて松川会長の秘書のひとりだった佐久間だ。既に七十歳を越えたかつての同僚は、来春には完全に引退するという。
「いやあ、最近君の様子を心配する声が上がっていてね。君ほどの研究者がその……周囲の話によると精神疾患を疑われる状態……になっては、我が社のみならず世界の損失だと」
「佐久間常務にまでご心配をおかけして申し訳ございません。私は大丈夫です」
「その……やっぱり、アレか。君の事件。生前の松川会長は君のことをずっと気にかけていたから、僕もニュースを見て心配になったんだよ。嫌なことを思い出して辛いんじゃないのか?」
遠藤寛治の刑の執行はニュースになっていた。新聞の端に数行という小さな記事だった。二十年も前の事件だ。当時あれだけ騒がれようとも、今さら関心を持つ者はいない。
当事者でもあるNH社でこの事件と大村の関係を知るのは、たぶん佐久間の他にはいない。松川は事件当時子供だった大村に最大限の配慮をして、他の社員に知られないよう慎重に扱ってくれていた。
「佐久間常務、入社当初から支えて下さってありがとうございました。松川会長に、NH社に恩返しができるよう努めます」
死神は解放された。
再び私の前に現れるまでの猶予は十数年か。
また会える。そう考えただけで、なぜこうも神経が騒ぎ出すのか。ぞくりと緊張がはしる。
次に会う時には、魂の器が完成しているだろうか。お前はそれを見て何を思うか。自我を持つアンドロイドに紛れる機械の私を見つけたら、お前はナイフではなくチェーンソーでも持ち出すか?
私がやろうとしていることは、決して神への挑戦ではない。
そう。お前だ、死神。これは死神への挑戦なのだ。
毎晩私の夢に現れていた死神が姿を見せなくなって二週間が過ぎた。死神のエネルギーを間近で浴び続けて過剰な刺激に浸かりきっていた私の離脱症状は、ようやく治まりつつあった。
たった一日会えないだけで始まった虚無感、焦燥感、倦怠感、頭痛、吐き気は日中の活動に支障が出るほどだった。
これまで死神との逢瀬を楽しみながら昼間は研究所でアンドロイドの開発に勤しみ、何ら問題なく日常を送っていた。死神の語る全てが私を満たし、生き続ける支えと希望となって人生を充実させた。
私は死神に生かされていたのか。
職場で重い身体を引きずり何度も洗面所へ向かい、顔を洗って鏡を見るたび、まだ生きていることを確認して安堵した。
まるで廃人だ。だが、廃人がこれほど楽しそうに笑みを浮かべるか?
鏡に映るやつれた顔をにらみながら、頰と唇を静かに指でなぞった。死神の感触を身体の記憶から引き出そうとしていることに気づき、手が止まる。
ああ、相当に重症だな。ククッ、身も心も死神に捧げてしまいそうだ。
だが、ここまでした甲斐はあった。
私はこの世の規則とやらを知った。死神と会話をする中で、魂が機械の身体を持つことは可能だと確信した。
死神は汎用性がないと言っただけだ。
自らの意思で魂を移動させることさえできれば、容れ物は機械でも肉体でも同じだということではないのか。アンドロイドは魂の器となりうるはずだ。
「大村君、大丈夫かい?」
NH社本社勤務の役員が私を訪ねて郊外の研究所までわざわざ来たのは、ようやく私の具合が落ち着いてすぐの頃だった。
かつて松川会長の秘書のひとりだった佐久間だ。既に七十歳を越えたかつての同僚は、来春には完全に引退するという。
「いやあ、最近君の様子を心配する声が上がっていてね。君ほどの研究者がその……周囲の話によると精神疾患を疑われる状態……になっては、我が社のみならず世界の損失だと」
「佐久間常務にまでご心配をおかけして申し訳ございません。私は大丈夫です」
「その……やっぱり、アレか。君の事件。生前の松川会長は君のことをずっと気にかけていたから、僕もニュースを見て心配になったんだよ。嫌なことを思い出して辛いんじゃないのか?」
遠藤寛治の刑の執行はニュースになっていた。新聞の端に数行という小さな記事だった。二十年も前の事件だ。当時あれだけ騒がれようとも、今さら関心を持つ者はいない。
当事者でもあるNH社でこの事件と大村の関係を知るのは、たぶん佐久間の他にはいない。松川は事件当時子供だった大村に最大限の配慮をして、他の社員に知られないよう慎重に扱ってくれていた。
「佐久間常務、入社当初から支えて下さってありがとうございました。松川会長に、NH社に恩返しができるよう努めます」
死神は解放された。
再び私の前に現れるまでの猶予は十数年か。
また会える。そう考えただけで、なぜこうも神経が騒ぎ出すのか。ぞくりと緊張がはしる。
次に会う時には、魂の器が完成しているだろうか。お前はそれを見て何を思うか。自我を持つアンドロイドに紛れる機械の私を見つけたら、お前はナイフではなくチェーンソーでも持ち出すか?
私がやろうとしていることは、決して神への挑戦ではない。
そう。お前だ、死神。これは死神への挑戦なのだ。
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