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1974ー2039 大村修一
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Neo-HCD社。現在の私、大村修一が教授として所属するアンドロイド開発の企業だ。
Human Centered Design。人間中心設計、いわば人間の快適性、安全性を重視したものづくりの意味を冠した会社は、マツカワ電機が半官半民事業に参入して設立された。
松川会長は本当に後世に名を残したのだ。
二十一世紀初頭、AI搭載アンドロイドは社会に普及し始めていた。当時はまだ片言の会話が成立する機械人形という印象だったが、NH社はサービス業種の労働力として、より人間的なアンドロイドを開発すべく研究を続けている。
暗黙の了解としての主目的である軍事政治的利用については、当然ながら表に出ることはない。裏部門で行われている研究のごく一部を数年後に表部門を通して民生転用しているのが実態だ。
研究開発の最先端を担う裏部門は地方の過疎地に広大な研究施設と職員の居住区を有し、立ち入りは厳重管理されている。外部との接触を断つのにこれほど適した場所はない。
配属された職員は社会的にも隔離され、存在自体が隠されたような状態だった。
遠藤の刑が執行されてから四十五年、私は七十五歳になっていた。
いつの日かひたひたと迫り来るであろう死神を想像して長らく怯え続けた私は、遠藤の死後二十数年が経った頃に職員寮から研究棟内の一室に居を移した。イオンの居住区域は管理が最も厳重であり職員の把握もできるので、どこよりも安全であろうと考えたからだ。
以後ほとんど研究棟を出ないまま現在に至っている。
研究棟は正式な居住空間ではないため職員寮の契約は続いているが、元々部屋には何も置いていない。私的な痕跡を残さないのは昔からの癖だった。
死神とは未だ再会していない。
極力意識から死神を追い出し、死神から逃れるために没頭した「魂の器」の研究は、しかし、かえって私に死神を強烈に想起させた。
恋人でもあるまいに、会わない時間に死神を考えるのは馬鹿げている。わかっていながら恐怖の毒が私の心を刺激する。
その名を呼ばずとも、私は十分死神に囚われていた。
この間、イオンは劇的な進化を遂げている。
入院患者の点滴チューブのごとき配線ケーブルから解放され、自在に動けるようになった彼らは、もはや人間と見分けがつかないほどだった。歩行にややぎこちなさは残るものの、挨拶も表情も自然で違和感がない。
外見と動作が「人間にきわめて近い」ロボットから「人間とまったく同じ」ロボットへ進化移行する段階で人間が本能的に抱く嫌悪感、「不気味の谷」は越えたようだ。あくまでアンドロイドに相対した人間の感性による指標であるが、開発の目安ではあった。
自律型AI搭載アンドロイドは、いわば洗脳された奴隷である。私はイオンをどこまでも人間らしく、人間の理想どおりにふるまう機械人形に仕上げていった。
同時に、イオンを「魂の器」とする研究も密かに着実に進んでいた。
イオンに魂を宿らせて私自身がイオンとなり、AIに代わってボディを操る。まるで死霊が人形に取り憑く怪談噺のようだが、実際に私はこの世に未練を残して成仏できない死霊なのだ。他人の肉体を奪うことなく生き続けるための現実的な手法がこれである。
「洗脳された奴隷」と極秘の「魂の器」を並行して研究する私は、周囲からは熱心な研究者と受け取られていたようだ。ただし、研究棟に住みつきイオンと同居までする独り身の変人だとささやかれていたのも知っている。
それでも、同じ研究棟で働く早川は特に気にするふうもなく接してくれていた。
「教授、ご存知ですか? 最近BS社は過去の偉人だけでなく、昔のアイドルを再現してサイン会を開いたそうですよ。だったらこちらは、イオンを新人アイドルとして売り出せますね」
彼女はホールでくつろぐイオンたちを眺めながら屈託なく笑った。
Human Centered Design。人間中心設計、いわば人間の快適性、安全性を重視したものづくりの意味を冠した会社は、マツカワ電機が半官半民事業に参入して設立された。
松川会長は本当に後世に名を残したのだ。
二十一世紀初頭、AI搭載アンドロイドは社会に普及し始めていた。当時はまだ片言の会話が成立する機械人形という印象だったが、NH社はサービス業種の労働力として、より人間的なアンドロイドを開発すべく研究を続けている。
暗黙の了解としての主目的である軍事政治的利用については、当然ながら表に出ることはない。裏部門で行われている研究のごく一部を数年後に表部門を通して民生転用しているのが実態だ。
研究開発の最先端を担う裏部門は地方の過疎地に広大な研究施設と職員の居住区を有し、立ち入りは厳重管理されている。外部との接触を断つのにこれほど適した場所はない。
配属された職員は社会的にも隔離され、存在自体が隠されたような状態だった。
遠藤の刑が執行されてから四十五年、私は七十五歳になっていた。
いつの日かひたひたと迫り来るであろう死神を想像して長らく怯え続けた私は、遠藤の死後二十数年が経った頃に職員寮から研究棟内の一室に居を移した。イオンの居住区域は管理が最も厳重であり職員の把握もできるので、どこよりも安全であろうと考えたからだ。
以後ほとんど研究棟を出ないまま現在に至っている。
研究棟は正式な居住空間ではないため職員寮の契約は続いているが、元々部屋には何も置いていない。私的な痕跡を残さないのは昔からの癖だった。
死神とは未だ再会していない。
極力意識から死神を追い出し、死神から逃れるために没頭した「魂の器」の研究は、しかし、かえって私に死神を強烈に想起させた。
恋人でもあるまいに、会わない時間に死神を考えるのは馬鹿げている。わかっていながら恐怖の毒が私の心を刺激する。
その名を呼ばずとも、私は十分死神に囚われていた。
この間、イオンは劇的な進化を遂げている。
入院患者の点滴チューブのごとき配線ケーブルから解放され、自在に動けるようになった彼らは、もはや人間と見分けがつかないほどだった。歩行にややぎこちなさは残るものの、挨拶も表情も自然で違和感がない。
外見と動作が「人間にきわめて近い」ロボットから「人間とまったく同じ」ロボットへ進化移行する段階で人間が本能的に抱く嫌悪感、「不気味の谷」は越えたようだ。あくまでアンドロイドに相対した人間の感性による指標であるが、開発の目安ではあった。
自律型AI搭載アンドロイドは、いわば洗脳された奴隷である。私はイオンをどこまでも人間らしく、人間の理想どおりにふるまう機械人形に仕上げていった。
同時に、イオンを「魂の器」とする研究も密かに着実に進んでいた。
イオンに魂を宿らせて私自身がイオンとなり、AIに代わってボディを操る。まるで死霊が人形に取り憑く怪談噺のようだが、実際に私はこの世に未練を残して成仏できない死霊なのだ。他人の肉体を奪うことなく生き続けるための現実的な手法がこれである。
「洗脳された奴隷」と極秘の「魂の器」を並行して研究する私は、周囲からは熱心な研究者と受け取られていたようだ。ただし、研究棟に住みつきイオンと同居までする独り身の変人だとささやかれていたのも知っている。
それでも、同じ研究棟で働く早川は特に気にするふうもなく接してくれていた。
「教授、ご存知ですか? 最近BS社は過去の偉人だけでなく、昔のアイドルを再現してサイン会を開いたそうですよ。だったらこちらは、イオンを新人アイドルとして売り出せますね」
彼女はホールでくつろぐイオンたちを眺めながら屈託なく笑った。
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