182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 私がアンドロイドを開発する真の目的は「魂の器」を作ることだ。
 イオンを動かしている人工知能に代わり、魂がイオンを支配するための機関を私は密かに作っていた。
 人工知能がイオンの自動運転だとすれば、魂は手動運転だ。自動から手動への切り替えスイッチを私はイオン全六体に組み込んだ。
 魂が入る日まで作動はさせられない。今やれば、イオンの完全初期化である。ホストコンピュータとの送受信も全て切断し、五感センサーのみに頼った新生児にしてしまうのだ。自爆装置とも受け取られかねないだけに、ブラックボックス化して幾重にも隠してある。
 一方で、イオンたちに独自の動きがあるのではないかと疑い始めてから、私はイオンにいくつか手を加えた。
 外界からの刺激に反応して命令外の感情が出ないよう、あえてセンサーの感度を落としたのだ。人間で言えば、感覚を最低限まで鈍くするということだ。五感情報を遮断して感動の機会を与えず、プログラムどおりに学習した反応を優先するよう調節した。
 私はイオンに自我が芽生える可能性を封印し、これもブラックボックス化した。
 「魂の器」にせよ自我を持ったアンドロイドにせよ、洗脳された奴隷というイオン本来の開発目的からは外れることになる。表立って紹介しようものなら即座に失格者リストに載って研究所を追い出されるかもしれない。
 外界のあらゆる刺激に即応し学習するアンドロイド自体は否定されるものではないが、それを主軸に研究するとなればNH社を去るしかない。だが、「魂の器」となりうるアンドロイドを作れる企業は現在のところNH社の他にはないだろう。
 私にはどうしてもイオンが必要だ。よって、私がやっていることは誰にも知られてはならない。
 嘘を重ねて他人を欺き続ける私の唯一の真実は、私がこの世に存在し続けていることだ。
 これこそ嘘にしか聞こえないな。

 コンコン。

 研究棟内に作った自室のドアがノックされ、入り口に相馬が立っていた。
 私の部屋はいつも開け放してある。

「相馬君、帰ったのではなかったのか? こんな夜更けにどうした?」

 既に勤務時間は終わっている。時に深夜まで作業する者もいるので二十四時間出入りは可能だが、イオンたちは研究室とは別フロアの自室で就寝中だ。ベッドしかない倉庫のような狭い空間を部屋と呼べるのかはともかく、私の部屋はその並びの端にある元リビングルームだ。

「夜分失礼します。前からお訪ねしたいとは思っていたんですが、機会がなくて」

 相馬は静かに扉を閉めると、おもむろに服を脱ぎ始めた。

「おい、何をしている?」

 監視カメラがその位置をしっかり撮っているぞ。

「ああ、教授は脱がなくて結構ですよ」
「当たり前だ」
「僕が脱がせたいんで」

 全裸で恥じる様子もなく私に近づいた相馬は、言葉どおり私の服に手をかけ始めた。

「こら、やめなさいって」

 相馬のやることは、いつも理解を超えている。二人でもみ合いながら部屋をふらふらと移動するうちに、相馬は私のズボンから引き抜いたベルトを書斎スペースの上に投げ捨てた。

 カシッ。

 机に備え付けの照明に当り、カバーの位置がわずかにずれた。

「お前……」
「手加減するから大丈夫ですって。本気出したら壊れちゃうでしょう?」

 何の話だ。相馬は楽しそうに笑っている。

「ほら、ベッド」

 私は勢いよくベッドに投げ込まれ、相馬はわざとらしく机脇のコンセントに足を引っ掛けてから私めがけてダイブした。

「プロレスじゃないんだぞ。重いだろうが」
「プロレスなわけないでしょう」

 相馬は私の部屋の監視カメラと盗聴マイクを完全には壊していない。手加減してノイズだらけにしたはずだ。明日の日中にでも極秘で修理が入るだろう。

「僕、前からずっと教授のことが気になっていたんですよ。もう限界なんで来てしまいました」
「ひっつくな。離れなさいって」

 こいつは天才過ぎて頭のネジが飛んでいるのだろうか。私に覆い被さってほおずりする相馬の頭を掴んで動きを封じると、今度は耳元に唇を寄せてきた。

「教授、ブラックボックスはヤバイですよ」

 ささやく声は、なぜか甘い。子供がおもちゃを手に入れた時のような相馬の興奮が伝わってきた。
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