182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

70

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 ピッ、ピッ、ピッ……

 モニターの測定音だけが聞こえる。
 白壁や床の隅々まで届く照明、適温無風で内外の境界も時間も曖昧な空間。
 ここがどこなのかわからない。
 生きていることだけは確かだ。
 一つの身体に魂が混在しても、肉体の感覚は共有できるのか。腕が痛む。全身が重く熱っぽい。
 高瀬邦彦は病院の特別室で療養していた。
 最上階にある、ホテルのスイートルーム並の奥部屋に隔離され、対応する医療スタッフも限られている。この男がここまでVIP待遇になる理由がわからない。
 高瀬の身体に押し入ってから、私はまだ彼と直接対話をしたことはない。高瀬に意識がある時は黙って様子を伺い、たとえ今のように眠っている間でも勝手に身体を操ることはしない。
 高瀬に取り憑く悪霊にでもなった気分だが、いきなり話しかければ高瀬が混乱するだけだろう。
 相馬の死の瞬間、私は高瀬と目が合った。
 銃撃される相馬に駆け寄った高瀬を地面に押し倒そうとした勢いで、この身体に入ってしまった。
 不可抗力。だが、渡りに船か。
 私は他人の身体から魂を追い出し、肉体を奪ってその人生を乗っ取ることができるらしい。
 カイは、魂と肉体は固着していて簡単には剥がれないと言っていた。それを私は何度もやってきた。
 元の魂を追い出し本人とすり替わることは他の悪霊にもできる場合があるようだが、この世の例外的規則違反者として死神が私を排除しようとする最大の理由は、追い出した魂をこの世からも切り離し、あの世へ送ってしまえるからだという。
 魂があの世へ戻るのは、その肉体を失ったときに限る。それがこの世に生まれる時の契約らしい。私が肉体を奪った魂たちは、自分の肉体を置いて帰ったことになる。だから規則違反だ。私が違反を作り出しているのだ。
 では、他の悪霊に身体を乗っ取られた魂は、その肉体が朽ちるまで幽霊としてこの世をさまようことになるのか。私は幽霊を見たことがないから、実態はわからない。
 今、高瀬の魂はこの肉体に留まっている。私は高瀬を追い出さなかった。
 私は高瀬になる気はない。高瀬の魂を死なせることもしたくない。高瀬を生かしたまま当分居候させてもらい、いつかここから出て行くつもりだ。どうにかイオンのもとへ行き、「魂の器」であるイオンに入って今度こそ永遠を生きるのだ。
 イオンたちにはリツの中に在る相馬の魂が見えていた。魂だけの私が現れても気づくはずだ。
 だが、魂の私が見えるのはイオンだけではない。照陽グループの霊能者たちは私をこの世から完全に排除するつもりでいるだろう。総帥のヒミコには、私が高瀬の中にいることを既に知られている。さすがに高瀬ごと消されはしないだろうが、きっと監視はされている。
 高瀬が人質に取られたとヒミコは言った。つまり、高瀬の中にいる限り私には手が出せないということだ。
 相馬の肉体は、あの後どうなったのか。何かの事故死として処理されたに違いないが、せめて葬いだけでも隠されることなく取り行って欲しい。
 この世で相馬は完全に過去の人間となった。リツは相馬であることを証明できる存在ではない。
 一度に色々とあり過ぎた。
 魂だけになっているのに思わず溜息が出る。
 しかも。今の私は、あの高瀬邦彦だ。
 ベッドの頭上のプレートに四十四歳と書かれていた。この男は相馬より一つ年上なだけか。貫禄があり過ぎる高瀬と、子供じみていた相馬と。どう生きたらここまで差が出るのか。
 高瀬は大学卒業後すぐにNH社に入った生え抜きのエリートだ。メカニック出身らしいが、裏部門に移動した当初から本部所属だったはずだ。
 機械理工学、メカトロニクスを専攻しておいて、研究職ではなく表部門でアンドロイドの整備を担当するメカニックを希望したのちに、どうして裏の渉外担当として政治や軍と関わる道を選んだのか。
 こいつも天才の変人か。
 私は高瀬の仕事をいっさい知らない。
 照陽グループとの関係も不明瞭だ。あそこにはヒミコを筆頭に私のことが視える人間が何人もいそうだから、できれば関わりたくはない。
 当分は悪霊らしく静かにまとわりついているのが得策だろう。



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