182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

72-(2/3)

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「高瀬さん、私はあなたの身体を乗っ取るつもりはありません。やるなら既にあなたの魂を追い出している。しばらく居候させて下さい。イオンに移れるまでの間でいいのです。イオンは、私の『魂の器』なのです」
「魂の器……。不死を叶えるために相馬を犠牲にしたのか。大村教授は狂人であったか!」

 高瀬が肩を震わせている。
 狂人のつもりはないが、私は罪人だ。
 申し開きのできない罪を重ね、なおも生き続けようとしている。確かに狂人かもしれないな。高瀬、お前は私を断罪してくれるのか。

「大村修一に罪はありません。大村の名誉のために言っておきます。私は大村の肉体も奪って生きてきた。私はもっと古く昔から、他人の肉体を転々として生き続けた魂なのです」
「何を開き直っている? あなたがやったことに変わりはなかろう。呼び名が違うというなら、はっきり言ってやる。シキ、あなたは決してゆるされることのない罪人だ。亡霊に乗っ取られるなど誰も信じないだろうが、それでも私はあなたを赦さない」

 それでいい。赦す必要などどこにもないのだ。

「……あなたは、正しい人だ」

 私は許されない。生き続けようとする限り、謝ることは許されない。

「ねえ、高瀬さん。他人の肉体を奪えるその罪人は、今あなたの中にいるのですよ。おわかりですか? とにかく、しばらくの間でいいのです。居候を認めてくれませんか?」

 我ながら狡猾だ。恐怖につけ込み、断れない状況に追い込みながら、なおも言葉だけは自ら承諾したことにさせようとしているのだ。
 自嘲の笑顔に高瀬は不敵な笑みを返してきた。

「仕方ない。私に選択肢がない。だが、ルームシェアするならそれなりに身辺調査はさせてもらいますよ?」
「お好きにどうぞ。そうでなければ、私は不審者としてこのまま裸で緊縛放置されるのでしょう?」

 不快と軽蔑の交じった視線が私を刺す。そうだ、高瀬は紳士だったな。
 高瀬が近づいて私に手を伸ばしてきた。鎖を外そうというのか?

「触れるな!」

 思わず高瀬の手を止めた。
 私の叫びを怯えと捉えたのか、高瀬は自分の優位を誇示し始めた。

「身辺調査を許可したのはあなただ。何を怖れる? あなたは不審者ではない。ルームメイトだ。違うか? だから鎖を外して自由にする。それだけだ」

 嫌な笑い方だ。鎖を取ってその後どうするつもりだ?

「おい、私に触れるなよ?  どうしても裸にいて触りたいならば止めないが、魂が直接触れ合ったら、お前に私が混ざって二度と戻れなくなるぞ」

 ぶっきらぼうに忠告すると、高瀬がわずかに退いた。
 ククッ、信じたのか? 安心しろ、混ざりはしない。だが、互いの情報が筒抜けになるのは確かだ。不用意に触れれば相手の人生全てが流れ込んでくる。お前にいきなり百六十五年は耐えられないだろう?
 大村の死の直後、相馬は望んで私の全てを受け入れた。私の魂が相馬の身体に移り、相馬を追い出すまでのわずかな間に、私たちの魂は直接触れ合いひとつになった。
 肉体とは異なる時間の流れは永遠のようでもあり、互いの存在を充分に知り尽くすまで長く深く交歓した。存在の輪郭、互いの境界と果てを知った時、永遠はそこで終わった。
 わずかも混ざることのないまま互いの存在が離れても、魂の記憶は私の内に残り続けた。
 だからといって、相馬の考えがわかるようになったとは思わない。存在を知るのと考えがわかるのとは別だ。脳を解剖しても、たとえ魂が解剖できても、その中から他人の思いを掴み出すことなど到底できはしないのだ。
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