182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

78-(2/2)

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「それにしても、高瀬に行動制限はないのか? 研究施設の職員は敷地を出るのさえ面倒な手続きが多いぞ。裏部門に関わりが深くても、統括本部長は制約を受けないのか?」
「NH社は基本、普通の企業ですよ。半官半民で国が関与するからといって、極秘で特殊任務を担っているわけではありません。むしろ公共性、公益性を重視した事業が中心ですから。あなたが所属した裏部門の研究施設が例外なのです。BS社にしても同じでしょうが、特秘扱いは照陽グループが接触してくる限られた部署だけです」
「照陽? ……結局そこか。ならばお前こそ存在自体が社外秘扱いだろう?」
「私は常に居場所を把握されているので行動制限は不要です」
「位置情報測位システムでも持ち歩いているのか?」
「まあ、そんなところです」

 最近の位置情報測位は屋外衛星測位と室内ビーコン測位を併用したシステムが主流で、どこにいようと正確に把握可能だ。だが、そんなものは個人所有の通信端末に全て入っている。IDカードにしても、公表しないだけで要所要所に読み取りの機器が勝手に設置されているだろう。電源を切ったりどこかに置きっ放しにしたりすれば意味がないし、偽装も簡単だ。
 NH社が機密の塊である高瀬を自由にさせられるのは、個人的信用とは別に確実に行動を把握しているからだろう。

「……この音か」

 高瀬の中で響き続ける不快な機械音。

「高瀬、お前はマイクロチップでも埋め込んでいるのか? だが、それだけなら機械音などしない……」

 ふっと自虐的な笑顔を見せた高瀬は、私の顔を無理やり自分の右肩に押し当てた。

「ここに……ああ、これは意識の中か。私の肩にはGPS機能付マイクロチップが入っています。生体反応も感知発信するタイプだから、暗殺されればすぐにわかる。体熱を動力源とする、割と古い型ですよ。これがあるから放し飼いができる。要は、ペットと同じだ」

 ずいぶんと投げやりだな。

「……社畜。痛っ」

 言った途端に手首を強く握られた。これでも手加減しているつもりらしいのが厄介だ。
 そうだ。からかう私にもっと怒れ。自分を卑下するな。鬱陶しく哀れな顔など見せるな。
 私はお前の生い立ちやら背景に興味はない。居候の家主なら、不遜で暑苦しい暴力男の方が好みだ。
 お前は私をイオンのもとに運ぶ宿主だ。元気でいてもらわないと困るだろう?
 高瀬に酷くされるまま、意識の空間の天井を見上げた。まばゆい光の向こうは、やはり何も見えない。
 あの先にはまだ行きたくない。

 ……なぜ?

 なぜ私は、この世にこだわる?
 初めて気持ちが揺らいだ。
 はるか昔に覗き見た未来の光景と今の現実はだいぶ違っていた。もっと希望があるように見えたのは、ただ未来に憧れる傍観者だったからか。
 どんな世の中であろうと、私は生きる当事者として在り続けたい。
 その気持ちに変わりはないが、今の私は永遠を生きるために今を生きているだけではないか。
 自分の肉体を持たず他人に寄生して周囲を眺めているだけで、それこそ亡霊だ。
 高瀬の中に入ったままの監禁生活が長くなった弊害か。高瀬と感覚は共有できるが、外界の刺激に直接触れている気がしない。幽霊となってさまよっていた時に近い、薄い膜を通してこの世を見ているような状態。
 五感が鈍くなっているのか。
 自分の形が揺らいでいく。



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