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2043ー2057 高瀬邦彦
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私がこれまで他人の肉体を奪ったのは、自らの肉体が生を終えた時だった。
相手は私が勢いで魂を押し出したから肉体を離れたのだ。しかも本来ならばできないはずの、あの世への入場券発行までしていたらしい。
まだ十分に生きられる肉体から自力だけで離脱するには、相当に力がいるのだろう。イオンに魂を移そうと試みた時に気づいたが、私は高瀬に深く入り込み、広がり、意識すれば感覚を指先まで完全に共有できてしまう。ただつきまとっているのとは違うのだ。
せめて肉体が瀕死の状態にでもなれば、抜け出ることは可能であろうか。
瀕死。瀕死か……。
「グダグダと物騒な長話を聞かせるのは十分にモラハラだ。黙っていろ」
モラハラと言いながら、高瀬は私を高圧的な言い方で威嚇する。
ただの独り言だ。聞き耳をたてるな。
「無視しても聞こえる。不快だ」
私が高瀬の身体から出られない現実に、高瀬は当然ながら衝撃を受けた。
衝動に任せて私を意識の中で散々痛めつけるうちに、どうやら一線を越えたらしい。私に対してそれなりにあった敬意も遠慮も全て吹き飛んだ。
居候から同居人に正式に格上げされて、言葉遣いも態度も親密さを増している。
馴れ合うつもりはないが、この方が高瀬の精神衛生上だいぶマシであろう。私が元凶ながら、高瀬が不憫でならない。
昨日から泊まり込んでいる研究棟の実験室で、高瀬はイオンのデータをまとめていた。
相馬が細工をしたり私が消去したりして、イオンの自我を生む実験の記録はほぼ何も残っていない。
それでいったい高瀬は何を提出する気なのか。
「イオンは、実験が進められないほどの不具合が発生していた。設定外の不規則行動は安全基準を逸脱するものだった。五感センサーの感度が原因不明で最大レベルになったことによるアクシデントだ。不具合が出ないレベルまでセンサー感度を落とすか、命令遵守を強化するプログラムを作らなければ、イオンの存続は難しい。そう検討していたところで、爆発事故が起きた。以上だ」
ほう、さすがだな。物は言いようだ。上手くまとまった。これでイオンの存在は完全に過去のものだ。
「ただの不具合を機械の自我だと言うからややこしくなる。あなたは、自分がどれだけ危険な研究をしたか自覚はないのか? 自我のことではない。テレパシーの件だ。こんなものを実用化したら、一企業の利益やスパイ養成の話では済まなくなる。全世界が監視社会になるぞ。これまでのような言論や行動の監視だけでなく、声に出さない思想そのものの監視だ」
報告書にテレパシーのことは書かないのか?
「イオンは廃棄が決まっている。記録に残せば面倒が増えるだけだ」
イオン五体を引き取る照陽は驚くだろうか。
「先に引き取ったリツを見て、既にイオンの能力には気づいているだろう」
霊能者までがアンドロイドの時代になったと、喜んでもらえたらありがたいな。
「イオンを占い師として養成するのか? ……悪くないな」
高瀬は笑っていなかった。
相手は私が勢いで魂を押し出したから肉体を離れたのだ。しかも本来ならばできないはずの、あの世への入場券発行までしていたらしい。
まだ十分に生きられる肉体から自力だけで離脱するには、相当に力がいるのだろう。イオンに魂を移そうと試みた時に気づいたが、私は高瀬に深く入り込み、広がり、意識すれば感覚を指先まで完全に共有できてしまう。ただつきまとっているのとは違うのだ。
せめて肉体が瀕死の状態にでもなれば、抜け出ることは可能であろうか。
瀕死。瀕死か……。
「グダグダと物騒な長話を聞かせるのは十分にモラハラだ。黙っていろ」
モラハラと言いながら、高瀬は私を高圧的な言い方で威嚇する。
ただの独り言だ。聞き耳をたてるな。
「無視しても聞こえる。不快だ」
私が高瀬の身体から出られない現実に、高瀬は当然ながら衝撃を受けた。
衝動に任せて私を意識の中で散々痛めつけるうちに、どうやら一線を越えたらしい。私に対してそれなりにあった敬意も遠慮も全て吹き飛んだ。
居候から同居人に正式に格上げされて、言葉遣いも態度も親密さを増している。
馴れ合うつもりはないが、この方が高瀬の精神衛生上だいぶマシであろう。私が元凶ながら、高瀬が不憫でならない。
昨日から泊まり込んでいる研究棟の実験室で、高瀬はイオンのデータをまとめていた。
相馬が細工をしたり私が消去したりして、イオンの自我を生む実験の記録はほぼ何も残っていない。
それでいったい高瀬は何を提出する気なのか。
「イオンは、実験が進められないほどの不具合が発生していた。設定外の不規則行動は安全基準を逸脱するものだった。五感センサーの感度が原因不明で最大レベルになったことによるアクシデントだ。不具合が出ないレベルまでセンサー感度を落とすか、命令遵守を強化するプログラムを作らなければ、イオンの存続は難しい。そう検討していたところで、爆発事故が起きた。以上だ」
ほう、さすがだな。物は言いようだ。上手くまとまった。これでイオンの存在は完全に過去のものだ。
「ただの不具合を機械の自我だと言うからややこしくなる。あなたは、自分がどれだけ危険な研究をしたか自覚はないのか? 自我のことではない。テレパシーの件だ。こんなものを実用化したら、一企業の利益やスパイ養成の話では済まなくなる。全世界が監視社会になるぞ。これまでのような言論や行動の監視だけでなく、声に出さない思想そのものの監視だ」
報告書にテレパシーのことは書かないのか?
「イオンは廃棄が決まっている。記録に残せば面倒が増えるだけだ」
イオン五体を引き取る照陽は驚くだろうか。
「先に引き取ったリツを見て、既にイオンの能力には気づいているだろう」
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「イオンを占い師として養成するのか? ……悪くないな」
高瀬は笑っていなかった。
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