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第六話
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菫は自分の席に着くと、とりあえず本を開いた。そして視線を文字の上へとやる。しかし視線は文字の上を滑っていくように移動していくばかりで、本の内容はちっとも頭に入らなかった。
「ねえ、ちょっと無視?」
菫は嫌味を含んだその声を聞いて、顔を振り上げた。見ると、数人の男女が菫を取り囲んでいる。
「ごめん、何?」
「あのさあ、今日ニュースで見たんだけど、いかれた男がさ自分の妻殺して、子供を一人食い殺して、しかも子供もう一人襲おうとして死んだって。しかもこの学校のすぐ近くの夫婦川で」
「うん」
「その男が、菫ちゃんの父親だって本当?」
菫はこの質問に答えられないでいられたらどれほどいいだろうかと思った。しかし答えないわけには当然いかなかった。
「うん」
「だよね。おとといと昨日学校休んでたしね!あれ、葬式?」
「うん」
「へーえ」
「なあ、おまえの父親ってなんかおかしかったの?」
治という男子が訊いた。
「いや、全然」
「嘘つけよ。なんかあったんだろ、猫殺して楽しんでたとか」
「そんなのないよ」
「よしなよ。本当に知らないかもしれないじゃん。家族には隠してたってこともあるかもしれないし」
「そんなのどうしてお前にわかるんだよ。何か知ってるかもしれないだろ、実の娘なんだし」
「知ってたって私たちには話さないって。余計に自分のこと悪く思われるだけなんだし」
「何してんだ、お前ら?」
体のやたらに大きな少年がこちらに歩み寄ってきて言った。それは斎藤幹太だった。
「いや、こいつが殺人犯の娘なのかどうか確かめてたんだよ」
「へえ。で、どうだった?」
「やっぱそうだったてさ」
「じゃあ、あのイカレ野郎の娘なのか、本当にこいつ」
「そうさ」
「やっべえな下手したら殺されちまうかもしれねえ。喉にかみつかれたりしてな」
幹太はにやにや笑っている。
「確かに」
「人殺しの血を受け継いでるくらいだからな、俺が警察だったら、あいつの子供だって理由で牢屋に監禁してるな」
「その時は妹も一緒だな。こいつ、妹もいるから」
「おいおい、勘弁してくれよ。殺人鬼が二人もいちゃ、命がいくつあったって足りないぜ」
菫がこの時、尋常でない恐怖を感じた。自分が幹太に殺人鬼呼ばわりされてしまったことで、一挙に自分の人間としての信用を失ってしまったような気がした。周りの人間が菫を遠ざけるとともに、敵意を向けているように思えた。この時、菫対世間という、圧倒的な孤独の構図ができてしまっているような気がした。菫は自分がひどく小さく、弱くてみじめな生き物であるように思えた。
先生が教室に入ってきた。生徒たちは席に着き始める。幹太も、のろのろと自分の席へと戻っていった。
知っているクラスの人たちは、菫に笑いかけることなど、もうない。ましてや、こうして遊びに誘ってくれるなどと言うことは。
いずれこの二人も事実を知ることだろう。それは避けようのないことのはずである。それでも自分から知られるような真似をすることは恐ろしかった。今ここで露見してしまうということは避けたかった。
菫は必死で震えを抑え、あくまで平静を装った。
「すごく怖い目に遭ったんだね」
「まあね」
智樹は言った。
智樹の返事の後に、沈黙が広がった。
「もう、帰らないと。じゃあね」
菫はブランコから立ち上がり、歩き去った。それは逃げるのにも似たような動作だった。
「ねえ、ちょっと無視?」
菫は嫌味を含んだその声を聞いて、顔を振り上げた。見ると、数人の男女が菫を取り囲んでいる。
「ごめん、何?」
「あのさあ、今日ニュースで見たんだけど、いかれた男がさ自分の妻殺して、子供を一人食い殺して、しかも子供もう一人襲おうとして死んだって。しかもこの学校のすぐ近くの夫婦川で」
「うん」
「その男が、菫ちゃんの父親だって本当?」
菫はこの質問に答えられないでいられたらどれほどいいだろうかと思った。しかし答えないわけには当然いかなかった。
「うん」
「だよね。おとといと昨日学校休んでたしね!あれ、葬式?」
「うん」
「へーえ」
「なあ、おまえの父親ってなんかおかしかったの?」
治という男子が訊いた。
「いや、全然」
「嘘つけよ。なんかあったんだろ、猫殺して楽しんでたとか」
「そんなのないよ」
「よしなよ。本当に知らないかもしれないじゃん。家族には隠してたってこともあるかもしれないし」
「そんなのどうしてお前にわかるんだよ。何か知ってるかもしれないだろ、実の娘なんだし」
「知ってたって私たちには話さないって。余計に自分のこと悪く思われるだけなんだし」
「何してんだ、お前ら?」
体のやたらに大きな少年がこちらに歩み寄ってきて言った。それは斎藤幹太だった。
「いや、こいつが殺人犯の娘なのかどうか確かめてたんだよ」
「へえ。で、どうだった?」
「やっぱそうだったてさ」
「じゃあ、あのイカレ野郎の娘なのか、本当にこいつ」
「そうさ」
「やっべえな下手したら殺されちまうかもしれねえ。喉にかみつかれたりしてな」
幹太はにやにや笑っている。
「確かに」
「人殺しの血を受け継いでるくらいだからな、俺が警察だったら、あいつの子供だって理由で牢屋に監禁してるな」
「その時は妹も一緒だな。こいつ、妹もいるから」
「おいおい、勘弁してくれよ。殺人鬼が二人もいちゃ、命がいくつあったって足りないぜ」
菫がこの時、尋常でない恐怖を感じた。自分が幹太に殺人鬼呼ばわりされてしまったことで、一挙に自分の人間としての信用を失ってしまったような気がした。周りの人間が菫を遠ざけるとともに、敵意を向けているように思えた。この時、菫対世間という、圧倒的な孤独の構図ができてしまっているような気がした。菫は自分がひどく小さく、弱くてみじめな生き物であるように思えた。
先生が教室に入ってきた。生徒たちは席に着き始める。幹太も、のろのろと自分の席へと戻っていった。
知っているクラスの人たちは、菫に笑いかけることなど、もうない。ましてや、こうして遊びに誘ってくれるなどと言うことは。
いずれこの二人も事実を知ることだろう。それは避けようのないことのはずである。それでも自分から知られるような真似をすることは恐ろしかった。今ここで露見してしまうということは避けたかった。
菫は必死で震えを抑え、あくまで平静を装った。
「すごく怖い目に遭ったんだね」
「まあね」
智樹は言った。
智樹の返事の後に、沈黙が広がった。
「もう、帰らないと。じゃあね」
菫はブランコから立ち上がり、歩き去った。それは逃げるのにも似たような動作だった。
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