富山晴京

文字の大きさ
6 / 9

第六話

しおりを挟む
 菫は自分の席に着くと、とりあえず本を開いた。そして視線を文字の上へとやる。しかし視線は文字の上を滑っていくように移動していくばかりで、本の内容はちっとも頭に入らなかった。
「ねえ、ちょっと無視?」
 菫は嫌味を含んだその声を聞いて、顔を振り上げた。見ると、数人の男女が菫を取り囲んでいる。
「ごめん、何?」
「あのさあ、今日ニュースで見たんだけど、いかれた男がさ自分の妻殺して、子供を一人食い殺して、しかも子供もう一人襲おうとして死んだって。しかもこの学校のすぐ近くの夫婦川で」
「うん」
「その男が、菫ちゃんの父親だって本当?」
 菫はこの質問に答えられないでいられたらどれほどいいだろうかと思った。しかし答えないわけには当然いかなかった。
「うん」
「だよね。おとといと昨日学校休んでたしね!あれ、葬式?」
「うん」
「へーえ」
「なあ、おまえの父親ってなんかおかしかったの?」
 治という男子が訊いた。
「いや、全然」
「嘘つけよ。なんかあったんだろ、猫殺して楽しんでたとか」
「そんなのないよ」
「よしなよ。本当に知らないかもしれないじゃん。家族には隠してたってこともあるかもしれないし」
「そんなのどうしてお前にわかるんだよ。何か知ってるかもしれないだろ、実の娘なんだし」
「知ってたって私たちには話さないって。余計に自分のこと悪く思われるだけなんだし」
「何してんだ、お前ら?」
 体のやたらに大きな少年がこちらに歩み寄ってきて言った。それは斎藤幹太だった。
「いや、こいつが殺人犯の娘なのかどうか確かめてたんだよ」
「へえ。で、どうだった?」
「やっぱそうだったてさ」
「じゃあ、あのイカレ野郎の娘なのか、本当にこいつ」
「そうさ」
「やっべえな下手したら殺されちまうかもしれねえ。喉にかみつかれたりしてな」
 幹太はにやにや笑っている。
「確かに」
「人殺しの血を受け継いでるくらいだからな、俺が警察だったら、あいつの子供だって理由で牢屋に監禁してるな」
「その時は妹も一緒だな。こいつ、妹もいるから」
「おいおい、勘弁してくれよ。殺人鬼が二人もいちゃ、命がいくつあったって足りないぜ」
 菫がこの時、尋常でない恐怖を感じた。自分が幹太に殺人鬼呼ばわりされてしまったことで、一挙に自分の人間としての信用を失ってしまったような気がした。周りの人間が菫を遠ざけるとともに、敵意を向けているように思えた。この時、菫対世間という、圧倒的な孤独の構図ができてしまっているような気がした。菫は自分がひどく小さく、弱くてみじめな生き物であるように思えた。
 先生が教室に入ってきた。生徒たちは席に着き始める。幹太も、のろのろと自分の席へと戻っていった。

 知っているクラスの人たちは、菫に笑いかけることなど、もうない。ましてや、こうして遊びに誘ってくれるなどと言うことは。
 いずれこの二人も事実を知ることだろう。それは避けようのないことのはずである。それでも自分から知られるような真似をすることは恐ろしかった。今ここで露見してしまうということは避けたかった。
 菫は必死で震えを抑え、あくまで平静を装った。
「すごく怖い目に遭ったんだね」
「まあね」
 智樹は言った。
 智樹の返事の後に、沈黙が広がった。
「もう、帰らないと。じゃあね」
 菫はブランコから立ち上がり、歩き去った。それは逃げるのにも似たような動作だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

処理中です...