富山晴京

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第八話

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 中也はその後、通報によって呼ばれた警官に逮捕された。警察署についてから、中也はトイレに行きたいと言い出した。警官はトイレの個室のすぐ前までついてきて、昼夜を見張った。
 中也はトイレに入ってから一向に出てこなかった。あまりにもトイレが長いので、警官は中にいる中也に「大丈夫ですか?」と呼びかけた。しかし返事がなかった。もう一度呼び掛けても返事はやはりない。警官はその様子にただならぬものを感じ、トイレのドアを破った。
 中也は洋式トイレの前に膝をついて、げろをはくときの体勢になっていた。その状態のまま、頭をトイレの中に突っ込んでいた。警官は中也の体を調べた。そして中也の死んでいることを知った。



 七月十七日、駅周辺にいた四人の人間が二本の包丁を持った中学三年生男子によって負傷させられる事件が発生した。
 少年の名前は塚本浩二。塚本浩二は日ごろ、数人の友達と草野球をすることを楽しみとしていた。いつもポジションはファースト。そして四番打者だった。彼はほかの子供たちよりも、力持ちだった。
 塚本浩二はしかし、その日は草野球をすることなく、代わりにシューズケースに包丁を二本入れて、駅へと繰り出した。
 塚本浩二は御殿場駅富士山口の入り口階段周辺に立つと、包丁をシューズケースから取り出した。そしてまず、目の前にいた女性を刺した。それから無差別に塚本浩二は人を刺し続けた。
 幸か不幸か、あるいは塚本浩二の考えが足りなかっただけなのか、御殿場駅のすぐ近くには交番があった。そこから警官二名がすぐさま飛び出し、塚本浩二を確保した。
 確保された塚本浩二は犯行の動機について語ることができなかった。その前に死亡したからだ。トイレに顔を突っ込んで。

 七月十八日、竈幼稚園にて十二人の幼児と二人の保育士が死亡する事件があった。中学二年生の女子が幼稚園内にバールを持った状態で侵入し、次々と子供を殺害した。
 女子中学生は現場で死亡していた。川に飛び込んだ状態で。

 七月二十一日、御殿場小学校に斧を持った高校一年生男子が侵入し、十人もの子供を殺害した。男子は現場のトイレで死亡していた。

 七月二十四日、森の腰幼稚園にて六人の子供が殺害された。高校一年生男子による犯行である。男子はなたを持っており、それによって子供たちを殺害した。男子はトイレにて死亡していた。



 永原幼稚園のベンチには、正和、菫、智樹が座っていた。
「何だよ、智樹。話って」
 正和が訊いた。
「いや、まずは二人とも、これはとっても突拍子のない話だから、それだけは、まあ勘弁して」
「わかった」
「あのさ、最近このあたりって人が殺されること多いじゃんか」
「ああ」
「しかもみんな違う犯人だろ?これって僕、おかしいと思うんだ」
「おかしいって、何が?」
 菫はそう尋ねながらも、何がおかしいのかということがすでに分かっていた。そう、なぜこんなにも多くの人が殺人をしようとするのかということ。しかもこの短期間の間で。
「一人や二人だったら、まだおかしくもなかったろうさ。頭のおかしいやつがたまたま人殺しがしたくてしょうがなくて外に出てきた。それが二つ偶然同じ時期にあった。でも七月の間で八人。八人の頭がおかしくなって、人を殺し始めた。さすがに偶然で片づけるのは無理があるとは思わないか?」
「まあ、そうかもしれないけど。じゃあ智樹君はどう考えてるの?」
「僕はね、この街に誰か、人を操っているやつがいるんじゃないかと思うんだ」
「何言ってるの」
「待って。言いたいことはわかってる。そんなことありえない、っていうんでしょう。でもそれはとりあえず脇に置いておいてよ。まずは僕のばかげた話を聞くだけ聞いてほしいんだ。いいか、まず八人の人間の全員が偶然同じ時期に同じ地域で人殺しをするなんてことはないと思うんだ。そこで僕は思ったんだ。もしかして、誰かがこの八人を殺人に駆り立てたんじゃないか、ってね。ただ、問題は誰が、どうやって殺人に駆り立てたかってことなんだけど。
 この殺人ってさ、みんな共通点があるんだ。みんな、トイレか川で死んでる。つまり水のある場所で死んでるんだ。このことはニュースでもやってた」
「いや、一人例外がいる」
「知ってる。僕を襲った男だろ?でもあの人も例外じゃない。厳密にはすぐそばに水があった。人間だよ。人間の体内は七十パーセントが水でできている」
「いや、確かに水は多いかもしれないけどさ、トイレと川と人間に水があるからどうだっていうんだよ」
「人殺しが水を通じてつながっているんだ。いいかい、まずあの男は妻を殺したと言った。でもその前に家には水がたくさんある。水道水とか、トイレとか。僕が思うにね、そこから人を操る何かが男に乗り移ったんだと思う」
 菫はその時、父親の様子がおかしくなった時のことを思い返していた。父親はトイレから帰ってきた途端におかしくなった。鼻血が出ているのに、ぬぐおうともしないでボーっとしていた。あれが何かにとりつかれたせいで、ぼーっとして、鼻血が出てしまってもぬぐおうとも思わなくなっていたとしたら?
「男がトイレに行ったかどうかなんてわかんねえだろ。確証がない」
「うん。でも水なしで日常を送るって無理だと思うんだ。トイレばっかりじゃなくても手を洗うときに水を出す。うがいのために水を口に入れることだってある。その水の中に、たまたま取り付く何かがいたとしたら、決してばかげたことだとは思えないんだ」
「いや、そもそも非現実的な話じゃないか」
「そこは脇に置いておいて。で、次なんだけど、男の次はおじさんがおかしくなった。この時、おじさんが水だって言ったよね?」
「ああ」
「僕、思うんだけど、男はおじさんにキスしたんじゃないかと思うんだ」
「お前、そういうの考えるのやめてくれよな……うぇっぷ」
「僕だって気持ち悪いさ、うぇっぷ。でもねそう考えれば一応つながるんだ。この次は簡単さ、おじさんはいったん逮捕された。でも留置所にだってどこだってトイレがある。そこに顔を突っ込んで何かを水と一緒に吐き出せば、おじさんから逃げることは可能だ」
「あとは、水道やトイレから侵入して、トイレや川から逃げてを繰り返した、そう言いたいのか?」
「そう」
「信じられないな」
「それに疑問もいくつかある。どうしてそいつは化け物を殺すの?それにどうして操った人まで殺していかなくちゃいけないの?」
 菫は訊いた。
「それも、漠然と、っていうか推測だけはあるんだ。まずどうして殺すかだけど、これは奴にとってゲームなんだと思う。奴は楽しんでる。毎回たくさんの人を殺しているし、武器も、場所も毎回違う。それに子供をたくさん殺してるような気もするし。子供なんて、殺して意味のあることなんてないだろう?だから僕はゲームをしているんだと思う。それと、操った人を殺していかなくちゃっていうところだけど、たぶん、取り付いた時に殺してるんだと思う。体に入って操りたいだけなら、わざわざその人の意思を生かしておく必要はないからね。むしろ邪魔されたりしないように殺すと思う」
「むごいな」
 正和が言った。
「もちろん、僕の言ったことは皆あてずっぽうだよ。証拠もない。でも僕はあくまでこうだと信じてる。なぜだかわからないけど、自分の推測が当たっているような気がするんだ」
 菫にもなぜだかわからないが、智樹の言う一つ一つのことが信じられた。根拠はなかったが、どうも間違っていると一首できない何かが、智樹の説にはあるように思えた。
「俺も、トモの言うことは信じるよ。でもさ、そんなやつが仮にいるとして、どうしたらいいっていうんだ?」
「わからない。そもそも正体がわからない」
「正体、か。菫は何だと思う、そいつの正体?」
「え?そんなの……」
 菫は思案した。そのうち、様々な特徴や特性とが頭の中で組み合わさり、ある種の想念が漠然とながら頭の中に結晶化し始めた。
「魑魅魍魎、とか?幽霊っていうか、そういうのじゃない?」
「幽霊って、真面目に考えてくれよ」
「考えたよ。そういう正和は何だと思うのさ」
「地球外生命体、とか?」
 地球外生命体。正和の言い分のほうがまだしも説得力があると、菫は落胆した。幽霊や魑魅魍魎など、考えるだけ馬鹿らしい。
「正体はひとまず置いておいてさ。どうするんだ?」
「うん?」
「そいつを倒したりとかするつもりなのか、って聞いてるんだよ」
「殺すに決まってるじゃん」
 菫は言った。
「本気か?」
「本気」
「駄目だよ。相手は人殺しだよ。危険だ」
「危険なのはわかってる。でもあいつは父さんと母さんを殺した。絶対に許さない」
 そういう菫の手は握りこぶしが作られ、震えていた。
「わかった、協力するよ」
 智樹は言った。
「協力してくれるの?」
「うん。だって、このまま人殺しにのさばれてちゃ、いずれ俺だって殺されるかもしれないし」
「俺だって協力する。あんな化け物を放っておく気はない」
「危険だってこと、わかってるんでしょ?」
「知ってるさ。でも、水道水も飲めない、トイレもうかつに近づけない、そんな状態のほうがよっぽど危険さ」
 正和は言った。
「まあ、それもそうだね」
「それにしてもさ、どうやってその化け物見つけるんだよ?そもそも殺せるのか、そいつは?だって、宿主を殺してながら生きてるっていうんだろ、智樹の話じゃ。普通に取りつかれた人を殺したって駄目なんじゃないのか?」
「そもそも、取り付かれてるかどうか見分けなきゃいけない問題もあるし、それに本当にすでに死んでるかどうかもわからないしね。もしかしたら取りつかれていても生きているかも知れない。そうしたら、殺すわけにはいかないよ?」
「うーん」
「いやそもそも僕らに殺せるかどうかなんてわからないじゃん。どうやって殺す気さ?」
「そんなの、刺すとか何とかしてさ」
「でも、体が死んでも中のやつが死ぬとは限らないし」
「だったら燃やせば?」
 菫は言った。「悪霊は炎で清めるものだもの」
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