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35.自分を過保護
しおりを挟む町の保健センターへ母子手帳交付の手続きをしに行くと、付録として、マタニティと育児に関する副読本やリーフレットや、赤ちゃん用品のカタログを、山のようにいただいた。
知識が少ない自覚もあり、知りたいことがいっぱいあるので、・・はい、ゆっくり読んで勉強します。
身体の調子のほうは、引き続き、少しばかりよろしくなく、眠くてたまらない。
母さんが言うようにカラダが休憩を欲しているのだろうか。イズミさんの休んでもいいという言葉が頭の隅にちらつきながらも、しかし、しかし、と考えて、やはり店が気になるのでのぞきに行くことにした。
遊が厨房に入っていて、カウンターの中にはイズミさん。
お客さんは2人ずつ、2組座っていた。
「少し顔色が悪いね。無理しないほうがいいよ。」
イズミさんがマキノを気遣ってそう言った。
マキノは厨房の中のイスに腰掛けて、ふうと息をついた。
「お昼を、食べてないのですよ。」
「ダメねぇ、ちゃんと食べないと・・。」
「なんか気持ち悪くて。」
「小さいおにぎり作ってあげるね。一口なら食べる気になるかもしれないでしょ。」
「ありがとう。」
「あの~マキノさん。」
遊が話しかけてきた。
「具合の悪いところ申し訳ないんだけど、ご相談がありまして。」
「どうしたの?」
「車の免許取りたいんですけど・・。」
「あ~。そうだね。あったほうがいいよね。」
「その資金と時間を相談したくて・・・。」
「ふんふん。・・・それで?」
「ええと・・・。」
「はいはい。・・・それで?」
遊はなんどか口ごもって、次のセリフを見つけられずにいた。
「ええと・・・。」
そんな遊を、マキノは鼻で笑った。
「まだまだ詰めが甘いねキミは。私からどうしたらいいって言ってくれるのを待ってるようじゃダメなんだよ。でも、まぁ言ってあげるけどさ。・・まず時間は、敏ちゃんの担当ね。いざ行くようになれば何とかしてくれると思うよ。遊が休むとしわ寄せはみんなに行くわけだから、感謝の心を忘れないようにね。そもそも、うちもね、遊が免許を持っている方がありがたいから、賛成だけどね。」
「はぃ・・・」
「で、資金の件ね。それはさ、言いにくいだろうけど、まずご両親にアピールだね。ほら通学するのに片道30分の短縮だから、大きいじゃない。学校まで乗りつけてもいいんだっけ?そりゃいいね。それも言って相談してごらんよ。それでダメだったら貸してあげてもいいよ。もちろん返してもらうけどね。」
「・・やっぱそうですかね・・なんか言いづらいなぁ。」
「遊が電話すれば、喜ぶんじゃないの?」
「そんなことないよ、むすっとしてるし、つっけんどんだし・・。」
「それは遊がそうだからでしょ。んで9月は電話したの?10月になってからは?」
「9月入ってすぐには電話したよ。10月はまだだけど・・。」
「早くしなさい。今しなさい。ほらほら、今。すぐ。」
「うう・・。あとでするよ・・。」
遊の話が一段落して、今日のシフト明日のシフトと考えていると、あれ・・と気がついた。
「今日は午前中がイズミさんで、午後は千尋さんじゃなかったっけ?」
「そうなの。配達は行ってくれたんだけど、そのあと、家から電話がかかってきて帰ったの。」
「ふうん。イズミさん代役すみませんね。なにかあったのかな・・・。ふああ・・。」
じっとしていると、だんだん眠くなってきた。
「マキノさん、コーヒー淹れようか?」
と遊が言った。
「ううんいらないよ。当分コーヒーは飲まないと思う。」
「へええ・・あんなに飲んでたのに?願掛けでもするの~?」
「・・ミルクが飲みたいかな・・ああいや、やっぱりいい。帰って休むよ。」
「ホントに具合悪いんだね。下で休めば?」
遊が心配そうにした。
「心配いらないよ。具合は悪いけど、体は悪くないから。」
「・・?」
「ヒロト君、冷蔵庫の中はどう?」
「んーと、野菜は足りないのもあるけど、買っときます。エビがあと一箱しかないな。フルーツはどうしたらいいのかな?お米も減ってますね。」
「お米はいつものとこに頼んどいて。勝手にしてくれていいんだよ? フルーツは朝市で柿が出てると思うけど。なかったら、あればぶどうもいいね。買い物の時にリンゴでも買う?仕込みした方がいいものあればやっといてね。余裕があったら来月のメニューも遊と一緒に考えて。イズミさんは、遊とヒロトがいれば大丈夫だから、帰ってくださいね。」
「はいはい、わかってる。」
「了解っす。」
「申し訳ございませんが、帰らせていただきます。あとよろしく。」
「はーい。」
マキノは、少し早口でお店のことをお願いして、そそくさと帰ることにした。
どうしてもぼーっとするので、本当は、自分で運転せずに春樹さんに迎えに来てもらいたかったけれど。
こんなに近いし。春樹さんは仕事中だし。ゆっくり時間をかけて帰ろう。
イズミさんは、おにぎりと、だし巻だけの、小さいお弁当を作って持たせてくれた。
細かな気遣いが温かくてありがたくて、嬉しかった。
ふわふわと眠いのを我慢して自力で運転して自宅までたどりつくと、ひどくおなかも空いていたので、イズミさんが作ってくれたひとくちおにぎりをもぐもぐと食べた。
ああ・・これぐらいなら食べれそうだ。
夕食のためのお米をといで炊飯器にセットしたところで、今日のすべての気力を使い果たし、春樹さんが帰るまで・・とベッドにもぐりこんだ。
・・・。
夢うつつに車の音が聞こえた。春樹さんが帰宅したようだ。
夕方タイマーをかけておいた炊飯器のごはんが焚ける匂いがベッドの中までしてくる。
すごく気持ちが悪い・・。ついこの間まで大好きな匂いだったのに。
おえーっ・・・。
俗に言う,これがつわりというものか。昨日判明したばかりだというのに、わかった途端これ。自己暗示にでもかかったのか。
ああダメだ・・・起きなくちゃ。起きてごはんしなくちゃ・・・。
春樹さんが寝室まで入ってきた。
「どうだった? 具合悪いの?」
マキノは、さっき吐きそうになったのを我慢して涙目になっているまま答えた。
「2ヶ月だって。」
「そう。よかった。でもその顔、あまり爽快ではなさそうだね。」
「ごはんの匂いが気持ち悪い。」
「具合悪いならそのまま寝てるといいよ。何か食べたいものは?」
「ない・・」
「オレ、こういう時はどうしたらいいのかな?」
「今日、保健センターでリーフレットもらってきたから、春樹さんが勉強しといて。」
「・・・。」
春樹さんはマキノの寝ている横に腰かけて、昨夜と同じように、マキノの頭を撫でた。
「何か食べたほうがいいと思うけどなぁ・・・。」
「後ほど検討します。もうちょっとだけ休ませて。」
「休むのはいいんだけどさ・・・。」
ブツブツ言いながらマキノに布団をかぶせて、春樹さんは台所へ行ってしまった。
少しウトウトしてハッと気がつくと、さっきまでムカムカしていたのが少し収まっていた。
ごはんの匂いがマシになったからかしら。
のそのそと出て行くと、春樹さんがお味噌汁と肉野菜炒めを作ってくれていた。
「男の料理だよ。」
「ありがとう。今なら少し食べられそう。」
「そっか。よかった。」
春樹さんが、なんだかやる気になってくれてるみたい。
「任せちゃってもいい?」
「家事?オレそんなに苦にならないよ。料理のレパートリーは少ないけど。別にずっとでもいい。」
「もっと早く甘えたらよかったかな。」
「・・やるって言ってるのに、マキノが変にこだわってたんじゃないか。」
「そうかな。でも毎日野菜炒めはつらいな。」
「はは。やきそばだってできるぞ。」
「同じでしょ。」
「何言ってんだ、全然違うだろ?」
「そうかなぁ。」
「もっと褒めてもいいんだよ?いい旦那様だろ?」
「はいはい。いい旦那様ですよ。」
翌朝はそれほど具合は悪くなかったので、店に出ることにした。
「絶対無理しないでよ。走ったり跳んだり、転んだりも。」
「わかってますって。」
春樹さんは過保護な親になりそうだ。
店まで送ってもらって、慌てることなく開店準備をはじめる。
遊はもう学校へ行ったあとだった。まじめにやってるのかな。
コーヒー飲みたいな~と思ったが、我慢。熱いほうじ茶にしよう。
まだ仕事を始めて10分も立たっていなかったけれど、お湯を湧かしてお茶を入れた。
座敷の方に座ってほっこりとしたところで、ヒロトが出勤してきた。
「おはようございまーす。」
「おはよー。」
今日の朝のシフトは千尋さんか。昨日は途中で帰ったらしいけど、何があったのかしら。
遊は昨日、ご両親に電話したのかなぁ。
いろいろ気になることはあるが、マキノはまっすぐ厨房に向かったヒロトに話しかけた。
「ヒロトくんて、自分の事あまり話をしないけどさ。私が言うのもアレだけど、どうしてこの店に来る気になったの?」
「マキノさんに勧誘してもらったから・・・。」
「だから、それはわかってるって。こんなにあっさり来てくれるなんて思わなかったもん。何らかの下地があったと思うほうが自然でしょ?」
「まあ、そうですね・・。」
お店の下準備をして、しばらく間を開けてから、マキノが聞いた。
「答えたくなかったら答えなくてもいいけど・・,彼女はいるの?」
「いたけど別れました。」
「あらー・・。ごめん。やっぱり悪いこと聞いちゃったね。」
「いいんですよ・・」
「今度からはノーコメントですって返事すればいいよ。」
「いや、ほんとに、大丈夫ですから。」
ヒロトは笑って返した。
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