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40.止まっていた・・
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結婚式のあれやこれやが終わって、生活は落ち着いてきた。
それ以後も穏やかに過ごしてきたが、今日は、少しおなかが張っているようで、それが少し気になる。
春樹さんといっしょに起きて来て、朝食は用意して一緒に食べたものの、マキノは,お店に遅刻の電話を入れて朝からお風呂にお湯を入れて温まることにした。
今日は遊もいる日だから、少しぐらい遅れても大丈夫。
シフトはイズミさんだから、お願いして9時に一緒につれて行ってもらおう。
立ち仕事はあまりよくないらしいので、最近は控えめにしている。重いものも持たないし、コーヒーもお酒も飲んでない。気分が悪いのは一時よりずいぶんマシになったから、栄養のバランスも考えてちゃんと食べている。具合悪くなりそうな理由は思い当たらない。
「朝湯だなんて優雅だわー。はああ・・。」
湯船に浸かって、声に出して大きく息をついた。
冷たかったお尻や、足先や指先なんかがほっこりと温まって少し気分が良くなった。
下腹のあたりをさわってみると、固い感じのものがあるのがわかる。
・・・この中に赤ちゃんがいる。
これが、もっと大きくなって、おなかがぼーんと出るのかな。
お腹の皮はどうなるのかしら。
次の検診は、まだ来週なんだよな・・。
気になることがあったら、予定していた検診の日じゃなくても来てもいいという医師の言葉を思い出した。
1週間早いけど、行ってみようかな・・。
・・でも気になるって言っても、何が・・って言えない。
まぁ・・ベビーの無事さえ確認できればそれでいいか。
イズミさんがわざわざ迎えに来てくれて、に乗せてもらってお店まで来た。
しかし、お店に来たものの、あまり動きたくない。ブランケットを持って来て、座敷に座ってひざに掛けた。
「おさぼりですみません。」
と謝って、ひざを抱えるような格好で、皆が仕事をしているのを眺める。
「家で寝てた方が良かったんじゃないの?」
イズミさんが言う。
「家にいるのも落ち着かないと言うか・・・ちゃんと仕事しなくてすみません・・。」
「そんなの・・大きな顔して休んでていいけどね。」
「はい。・・ありがとう。」
お昼前になってお客さんが増えてきたので、マキノも動き出した。
何も言わないが、イズミさんがちらちらと気にしてくれている。
担当のお医者さんじゃないけど、やっぱり明日検診に行こう。
おなかの張りが気になる。これは自分だけの事ではない。
ランチタイムも一段落して、今日はやっぱり帰ります・・。と言おうとした。
連れて来てもらって、送ってもらわなくちゃいけなくて、何度もお世話をかけて、なんだか申し訳ない。
「イズミさん、私、午後から・・・。」
そこで言葉が止まった。
う・・?
手が、本能的に下腹部を守るように動く。
いたい・・?
おなかが痛い。
・・・これはおかしい。
2~3日前から少しおなかが張るなとは思っていたけれど、こんなはっきりとした痛みの自覚は今までなかった。
マキノは顔をしかめた。
「び・・病院に・・・」
ふたたび言葉が止まる。
下半身に違和感。なにか・・これは出血?
マキノから声をかけてきたのに、そのまま怖い顔をしてただならぬ様子で足早にトイレへと向かうのを見て、イズミにも緊張が伝わったようだ。
「マキノちゃん、どうしたの?何か・・。」
「なんか・・おかしいんです。おなか痛い。」
「すぐ病院に電話して!外来はまだ開いてるわよね!」
わずかだけれど、不正出血だった。
イズミさんが、遊とヒロトに留守をお願いと告げて、すぐさま車を玄関に回しに走った。
病院に連絡すると、外来はの受け付けは終わっていたが、まだ診察は終わっていなかくて、待っているからすぐ来るようにと言われた。
ちらりと、春樹に連絡するべきかどうか迷った。まだ授業も終わっていない。
赤い色にドキッとしたけれど、なんともないかもしれないし・・と思いとどまった。
イズミさんの車に乗せてもらい、病院へと走る。
お腹が痛い。
・・しぼるように痛む。
痛い。痛い。いたい。
収縮している気がする。こんなにきゅうきゅうと痛むのは・・。
赤ちゃんはどうなるの?
大丈夫なの?
病院の玄関に着いた。
イズミさんはマキノを下ろして駐車場に車を置きに行った。
あせる気持ちを押さえて、一人でゆっくりと階段を上がって産科受付へと向かう。
連絡をしてあったからか、すぐに呼ばれて診察台に上がる。
そばにいた看護士に出血していることを告げると「それはいいの、大丈夫。」と看護師が安心させるように微笑んだ。
医師がおなかにエコーを当て同時に聴診器に神経を集めている。
「・・・。」
はやく。大丈夫って言ってほしい。
はやく。
なんで、なんで黙っているの?
なんで・・・
「佐藤さん。」
医師が言いにくそうに声を発した。
「赤ちゃんの心臓が・・・動いてないですね。」
「・・・・。」
耳がとらえた言葉を、マキノは理解することを拒んだ。
「うそ・・。」
ありえない。
「そんなこと・・・。」
結婚式の後の検診では、ちゃんと心音が聞こえていた。
それからは、圧迫や、転んだりもないし、激しい運動もしていない。
思い当たるようなことはなにもない。
「そんな・・。」
「胎児に問題があったり、母体の問題があったり、理由をあげられることもあるけれど、妊娠の初期には、原因のわからない流産ってよくあることなんですよ。」
・・・うそだ。
なんで、どうして。
・・わたしの・・せい?
・・わたしの、せいなの?
嬉しそうだった春樹さんの顔が脳裏をよぎった
あああ・・・ごめんなさい・・・。
マキノは首を横に振った。
ああ・・あああ・・・・。
「週数の割に小さいから、心臓が止ってから何日か経っていると思う。初期の場合子どもの側に何らかの理由があることが多いんだよ。」
医師が淡々と説明をする。
「体が妊娠継続不能だと認識して、子宮内のものを排出しようとしてるんだね。この出血はそのため。自然に全部排出してしまう場合もあるけど、子宮内に組織が残っていると感染症を起こしたり、いろいろ問題があるので、かきだす処置をするからね。」
まだ、マキノは事実を受け止めきれていないのに、話だけが進んでいく。
途中からカーテンの外の中待合にイズミさんが入っていた。医師の説明を聞いていて、察してくれたらしい。
産科の病棟へ移るようにと案内され、まだ人の多いざわざわした外来から移動した。
「春ちゃんにはさっき電話しておいたんだけど、来れる時間はわからないわ。」
春樹さんの顔を見るのが、こわい。
・・・なんて言えばいい・・・
ナースセンターの隣の部屋で処置を待つことになった。
仕方がないのだと頭で理解していても、自分の何かが抵抗している。
いやだ・・いやだ・・取り上げないで。
何かの間違いかもしれないのに。
まだ、待ってよ。待って欲しい・・。
イズミさんとふたり、言葉もないままにじっと待っていたのだが、急に強烈な吐き気が襲ってきた。
「ううぅっ・・」
すぐそばにあったナースセンターの窓にしがみついて、中にいる看護士に訴えた。
「吐き気がっ・・うあぁっ・・」
さっき注射した・・あれは、なんだったの?
マキノはうずくまりながら、叫んだ。
「なにをしたのっ?!」
看護士が慌てた様子で、ステンレスの膿盆を持って走って出てきた。
「まだ・・何も・・」
「うえっうえっ・・・はぁはぁ・・・」
お昼のごはんもまだ食べていなかったのに、げぼげぼと何かを吐きだした。
口の中がにがい。
「さっきの注射は・・。」
「あれは準備の・・先生は処置をすると言ったけど、まだ何もしてない。あなたの体が状況に反応してるだけ。その吐き気とは関係ないよ。」
「・・・。」
動けなくなっているマキノを、再び看護士が部屋までささえ、ベッドに寝かせた。
胃の中の物を全部出してしまったら吐き気は少しましになった。
「夕方までここで休んでてね。何かあったらこれでコールして。」
カーテンが閉められた。
イズミさんの声が聞こえてきた。
「私がここにいるからね。春ちゃんが来るまで。カーテンのすぐ外にいるから、何かあったら声をかけて。」
「・・すみません。」
かろうじて返事をした。
マキノは、さっきのナースの言葉に、まだ愕然としていた。
おなかの中の命は、まぎれもなく消えていた・・。
自分の体は、死んでしまった胎児を、異物と認識して体内から排出しようとしていた。
・・自分の意志とは関係なく。
もう、何も考えられなくなってしまった。
それ以後も穏やかに過ごしてきたが、今日は、少しおなかが張っているようで、それが少し気になる。
春樹さんといっしょに起きて来て、朝食は用意して一緒に食べたものの、マキノは,お店に遅刻の電話を入れて朝からお風呂にお湯を入れて温まることにした。
今日は遊もいる日だから、少しぐらい遅れても大丈夫。
シフトはイズミさんだから、お願いして9時に一緒につれて行ってもらおう。
立ち仕事はあまりよくないらしいので、最近は控えめにしている。重いものも持たないし、コーヒーもお酒も飲んでない。気分が悪いのは一時よりずいぶんマシになったから、栄養のバランスも考えてちゃんと食べている。具合悪くなりそうな理由は思い当たらない。
「朝湯だなんて優雅だわー。はああ・・。」
湯船に浸かって、声に出して大きく息をついた。
冷たかったお尻や、足先や指先なんかがほっこりと温まって少し気分が良くなった。
下腹のあたりをさわってみると、固い感じのものがあるのがわかる。
・・・この中に赤ちゃんがいる。
これが、もっと大きくなって、おなかがぼーんと出るのかな。
お腹の皮はどうなるのかしら。
次の検診は、まだ来週なんだよな・・。
気になることがあったら、予定していた検診の日じゃなくても来てもいいという医師の言葉を思い出した。
1週間早いけど、行ってみようかな・・。
・・でも気になるって言っても、何が・・って言えない。
まぁ・・ベビーの無事さえ確認できればそれでいいか。
イズミさんがわざわざ迎えに来てくれて、に乗せてもらってお店まで来た。
しかし、お店に来たものの、あまり動きたくない。ブランケットを持って来て、座敷に座ってひざに掛けた。
「おさぼりですみません。」
と謝って、ひざを抱えるような格好で、皆が仕事をしているのを眺める。
「家で寝てた方が良かったんじゃないの?」
イズミさんが言う。
「家にいるのも落ち着かないと言うか・・・ちゃんと仕事しなくてすみません・・。」
「そんなの・・大きな顔して休んでていいけどね。」
「はい。・・ありがとう。」
お昼前になってお客さんが増えてきたので、マキノも動き出した。
何も言わないが、イズミさんがちらちらと気にしてくれている。
担当のお医者さんじゃないけど、やっぱり明日検診に行こう。
おなかの張りが気になる。これは自分だけの事ではない。
ランチタイムも一段落して、今日はやっぱり帰ります・・。と言おうとした。
連れて来てもらって、送ってもらわなくちゃいけなくて、何度もお世話をかけて、なんだか申し訳ない。
「イズミさん、私、午後から・・・。」
そこで言葉が止まった。
う・・?
手が、本能的に下腹部を守るように動く。
いたい・・?
おなかが痛い。
・・・これはおかしい。
2~3日前から少しおなかが張るなとは思っていたけれど、こんなはっきりとした痛みの自覚は今までなかった。
マキノは顔をしかめた。
「び・・病院に・・・」
ふたたび言葉が止まる。
下半身に違和感。なにか・・これは出血?
マキノから声をかけてきたのに、そのまま怖い顔をしてただならぬ様子で足早にトイレへと向かうのを見て、イズミにも緊張が伝わったようだ。
「マキノちゃん、どうしたの?何か・・。」
「なんか・・おかしいんです。おなか痛い。」
「すぐ病院に電話して!外来はまだ開いてるわよね!」
わずかだけれど、不正出血だった。
イズミさんが、遊とヒロトに留守をお願いと告げて、すぐさま車を玄関に回しに走った。
病院に連絡すると、外来はの受け付けは終わっていたが、まだ診察は終わっていなかくて、待っているからすぐ来るようにと言われた。
ちらりと、春樹に連絡するべきかどうか迷った。まだ授業も終わっていない。
赤い色にドキッとしたけれど、なんともないかもしれないし・・と思いとどまった。
イズミさんの車に乗せてもらい、病院へと走る。
お腹が痛い。
・・しぼるように痛む。
痛い。痛い。いたい。
収縮している気がする。こんなにきゅうきゅうと痛むのは・・。
赤ちゃんはどうなるの?
大丈夫なの?
病院の玄関に着いた。
イズミさんはマキノを下ろして駐車場に車を置きに行った。
あせる気持ちを押さえて、一人でゆっくりと階段を上がって産科受付へと向かう。
連絡をしてあったからか、すぐに呼ばれて診察台に上がる。
そばにいた看護士に出血していることを告げると「それはいいの、大丈夫。」と看護師が安心させるように微笑んだ。
医師がおなかにエコーを当て同時に聴診器に神経を集めている。
「・・・。」
はやく。大丈夫って言ってほしい。
はやく。
なんで、なんで黙っているの?
なんで・・・
「佐藤さん。」
医師が言いにくそうに声を発した。
「赤ちゃんの心臓が・・・動いてないですね。」
「・・・・。」
耳がとらえた言葉を、マキノは理解することを拒んだ。
「うそ・・。」
ありえない。
「そんなこと・・・。」
結婚式の後の検診では、ちゃんと心音が聞こえていた。
それからは、圧迫や、転んだりもないし、激しい運動もしていない。
思い当たるようなことはなにもない。
「そんな・・。」
「胎児に問題があったり、母体の問題があったり、理由をあげられることもあるけれど、妊娠の初期には、原因のわからない流産ってよくあることなんですよ。」
・・・うそだ。
なんで、どうして。
・・わたしの・・せい?
・・わたしの、せいなの?
嬉しそうだった春樹さんの顔が脳裏をよぎった
あああ・・・ごめんなさい・・・。
マキノは首を横に振った。
ああ・・あああ・・・・。
「週数の割に小さいから、心臓が止ってから何日か経っていると思う。初期の場合子どもの側に何らかの理由があることが多いんだよ。」
医師が淡々と説明をする。
「体が妊娠継続不能だと認識して、子宮内のものを排出しようとしてるんだね。この出血はそのため。自然に全部排出してしまう場合もあるけど、子宮内に組織が残っていると感染症を起こしたり、いろいろ問題があるので、かきだす処置をするからね。」
まだ、マキノは事実を受け止めきれていないのに、話だけが進んでいく。
途中からカーテンの外の中待合にイズミさんが入っていた。医師の説明を聞いていて、察してくれたらしい。
産科の病棟へ移るようにと案内され、まだ人の多いざわざわした外来から移動した。
「春ちゃんにはさっき電話しておいたんだけど、来れる時間はわからないわ。」
春樹さんの顔を見るのが、こわい。
・・・なんて言えばいい・・・
ナースセンターの隣の部屋で処置を待つことになった。
仕方がないのだと頭で理解していても、自分の何かが抵抗している。
いやだ・・いやだ・・取り上げないで。
何かの間違いかもしれないのに。
まだ、待ってよ。待って欲しい・・。
イズミさんとふたり、言葉もないままにじっと待っていたのだが、急に強烈な吐き気が襲ってきた。
「ううぅっ・・」
すぐそばにあったナースセンターの窓にしがみついて、中にいる看護士に訴えた。
「吐き気がっ・・うあぁっ・・」
さっき注射した・・あれは、なんだったの?
マキノはうずくまりながら、叫んだ。
「なにをしたのっ?!」
看護士が慌てた様子で、ステンレスの膿盆を持って走って出てきた。
「まだ・・何も・・」
「うえっうえっ・・・はぁはぁ・・・」
お昼のごはんもまだ食べていなかったのに、げぼげぼと何かを吐きだした。
口の中がにがい。
「さっきの注射は・・。」
「あれは準備の・・先生は処置をすると言ったけど、まだ何もしてない。あなたの体が状況に反応してるだけ。その吐き気とは関係ないよ。」
「・・・。」
動けなくなっているマキノを、再び看護士が部屋までささえ、ベッドに寝かせた。
胃の中の物を全部出してしまったら吐き気は少しましになった。
「夕方までここで休んでてね。何かあったらこれでコールして。」
カーテンが閉められた。
イズミさんの声が聞こえてきた。
「私がここにいるからね。春ちゃんが来るまで。カーテンのすぐ外にいるから、何かあったら声をかけて。」
「・・すみません。」
かろうじて返事をした。
マキノは、さっきのナースの言葉に、まだ愕然としていた。
おなかの中の命は、まぎれもなく消えていた・・。
自分の体は、死んでしまった胎児を、異物と認識して体内から排出しようとしていた。
・・自分の意志とは関係なく。
もう、何も考えられなくなってしまった。
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