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55.お仕事が増えます
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都市部とは違って、クリスマスが近づいても田舎はあまり飾り立てているところはない。
子どものいる家でちょっとしたイルミネーションがちらちらする程度。
マキノは、クリスマス間近まで出せなかったツリーの飾りつけに、ようやく手をつけることができた。
平日の朝市工房では、お昼のカフェ弁当をヒロトが一手に引き受けるようになった。
11時ぐらいまでに完成させて、他のスタッフが配達に走る。
ヒロトは、12時までには片づけを終えて、カフェへと戻ってきて、そこからはいつも通りの仕事をこなす。
マキノの無茶ブリには、しょっちゅう顔をひきつらせてはいるけれども、ヒロトは本来はできる子だ。一人で何もかもするのは辛いだろうと思うが、今、誰にも頼らないですることには意味がある。
倒れそうになったらいつでも助けてあげられる。
今から増えるはずの仕事が、ヒロトの運命を左右するのだ。
「さて、ヒロト君。覚悟はいいかい?」
「何がですか?」
「お仕事ですよ。倍に増えますよ。」
「・・なんの仕事がですか?」
「あのね。スーパーでヒロトのお寿司売ってもらえないか、聞いて来ようと思ってるの。あそこで売ってる商品ってわりと入れ替わってるように思うから、入りこめると思うんだな。」
「う・・あ・・。」
「朝早くなるかもしんないけど、いける?いくでしょ?」
「い・・いくしかないというか・・。」
「それがうまくいけば、1月から朝市工房の分は、独立採算制にするよ。」
「う・・うう・・う、受けて立ちます。いまいちわかってないですけど。」
マキノは、うむ・・とひとつうなずいた。
「そのための試食を作って欲しいのね。・・・私たちの結婚式の二次会で作ってくれたようなお寿司がいい。少しぐらい増えても今あるガスコンロだけでも大丈夫そうでしょ?」
「そうですね・・でもあれ、あまり日持ちしませんけど・・。」
「うん。だよね。だからせめて1日ぐらい持つように工夫して。食中毒だけは避けたいから、生ものは全部やめて、ボイルのエビとか、お肉を炒めるとか、蒸し鶏でもいいけど火を通して。ツナやそぼろもあるでしょ。生野菜は水分に気をつければ半日ぐらいなら大丈夫じゃないかな。賞味期限ちゃんと設けて表示して。ヒロトならわかってると思うけど。ちゃんと温度管理して冷めてから詰めて・・できそうでしょ。」
「材料が高くなると、単価も上がりますよ・・。」
「それでもいいんじゃない?ヒロトは今日、早目に仕事おいて、ホームセンターで、パックや、お箸と、白紙のシール買ってきてね。あ、ついでに英字プリントのワックスペーパーもお願い。量産するようになったらまとめて業者発注するようにするけど、それまでは少量でいろいろ試そうよ。」
まくしたてるマキノにヒロトは圧倒されていたが、何とか態勢を立て直した。
「迷ってる時間がもったいないですもんね。早急に作ります。いつ?」
「ヒロトができ次第。それに合わせてアポとるよ。完成度はほどほどでも大丈夫。お口で説明するから。」
「了解。」
そうして、その週半ばに出来上がった試食をひっさげて、マキノはいつも買い物に行っているスーパーのオーナーにアポイントメントを取り、本店の事務所に押し掛けた。
いつも買い物に行くKマートというスーパーは、店舗は小さいが地元密着タイプのアットホームなお店で、他の町にも何店舗か支店がある。
その本店の駐車場を隔てて反対側に、事務所の建物があった。
マキノは、Cafe Le Repos の名刺を渡して、オーナーの及川に挨拶をした。
このオーナーが店内をウロウロしているのはよく見かけていたから、顔はわかる。
目に力のある、40代ぐらいのワンマンな感じの男性だ。
「カフェ・ル・ルポオーナーの佐藤と申します。よろしくお願いします。当店ブランドのお寿司をこちらのお店で扱っていただきたいなと思って、試食を持って来ました。試してくださいます?お客様にウケるかどうかご意見を伺いたいです。クリスマス向けにおしゃれだと思いませんか?」
「・・そうだねぇ。どれどれ。」
「うちのシェフは日本料理もやってたので,普通の巻ずしや、にぎりなんかもできないことはないんですが、他とかぶらないように指向を変えようと思いまして。」
及川さんは、持って行った中では一番シンプルなキュウリやハムを巻いたサラダ風の巻ずしをひときれ、手でつまんで食べた。
「うん・・・。まあ、・・おいしいね。 そっちは?」
「洋風の散らし寿司です。レタスやエビが入ってます。こちらは、変りいなりずしです。」
及川さんは、しばらくうんうんと言いながら少しずつ食べて、にこっと笑った。
「いいよ。入れて。置く場所考えるからこっちに来てくれる?」
及川が立ちあがった。
「えっ?いいんですか?」
少し驚いた。あっさりとOKが出たものだ。
「いいよ。お店もね、新陳代謝が必要なんだ。」
「あっ・・ありがとうございます!」
事務所の扉をバーンと開け、及川さんは駐車場を勢いよく横切って行く。マキノは、こっそりガッツポーズしながら、小走りで追いかけた。
「定番もあれば,新しいもの変ったものもいるの。売れない物は、替えていくだけ。うちってわりと来る者拒まずなんだよ。」
「そうなんですか・・・いろいろ勉強させてもらおうと思ってきたんです。」
「ふうん。」
「売れ筋はどういうものか、どうパッケージしたらいいかとか。これじゃだめって言われたら要望に応えて変更するつもりでした。」
「ははは。そんなに構えなくても・・。本当に怖いのはお客さんだけさ。」
「そうですね・・。」
「・・ああ、君の店はまだ始めたばかりなんだね。じゃあ作り方とか、工夫してる?慣れた方法が一番とかそんな風に思ってない。」
「・・まだ、作業の流れは安定しているとは言い難いですが・・。」
「やり方って、流れがあるでしょう?その動線を最初にきちんと考えて、一番効率のいいやり方を決めて、・・自分のやりやすい方法じゃなくてだよ。材料や道具や完成品を置く場所からきちんとよく考えてね、効率のいい方法を見つけて、それに慣れるようにしていけばいいんだよ。たくさんの商品を毎日一定量作ろうと思ったら、そのちょっとの効率やロスが、最後にはすごい差になってくるの。」
「ほぅ・・なるほど。」
こだわりがあるのか、マキノが素人に見えるのか、及川さんは次々と自分の知識と薀蓄を披露してくる。
マキノは、ほほうほほう・・と感心しながら、売り場の方へと案内されるままについていった。
このスーパーにはしょっちゅう買い物に来るので、レジのパートさんや仕入の担当さんたちも顔を見たことがある。
店内を歩いていると、顔見知りから声がかかった。
「マキノちゃん、こんにちは。」
「こんにちはー。」
顔は見たことがあるけど名前とはつながらない。自分の名前を呼んでくれるぐらいだからどこかで関わってるんだろうな。すみません記憶力弱くって・・・。と心で謝りながら笑顔を返す。
「商品を並べてると、店員と間違う人もいるから、愛想がいいのはいいね。」
と、及川さんが機嫌よく笑った。
お惣菜のコーナーは半分は店内製造のフライ物や焼き鳥や煮物などのおかずがならんでいて、半分はお弁当やお寿司が占めている。
及川さんは、その売り場の一角に並んでいた商品をいくつかひょいひょいとよけてスペースを作った。
「この辺かな。こんなふうに適当に場所を開けて、自分のとこの商品を並べるといい。あんまり他所のを端っこに追いやってると他の業者から嫌われるよ。ほら、他の業者の同じような商品もあるだろ?値段見といてね。」
「はいっ。」
マキノが返事をすると、及川さんはさっき空けた場所に元どおり並べ直した。
「最初は様子見だから、さっき持ってきた3種類を5個ずつ並べてみようか。佐藤さん、商品を卸すのってやったことあるの?」
「いいえ。」
やったことあるわけないよ・・と思いつつにっこり返事をする。
「教えてあげよう。こっちにおいで。」
ああ、わかった。及川さんは教えるのが好きなんだ・・。
バックヤードまでついて行くと、きれいな店内と違って、空き箱やコンテナが積み上げられていて雑然としていた。及川さんが指さした棚を見ると、そこには各業者の伝票をつづったファイルがずらっと並んでいた。
そのファイルのうちの1つを手に取って、マキノに見せた。
「伝票は、市販のでいいから、控えと納品書と請求書の3枚つづりのを買って来て。納品書をここに綴る。20日〆の10日支払ね。わかるかな?」
「締めと支払いの意味は、わかります。」
「うん。商品の並べ方はもうわかったでしょ?朝はね、うち8時からやってるから、7時から8時に搬入する業者が多いんだけどさ。佐藤さんの商品は・・ええと、マキノちゃんって呼んでもいいかな?さっき誰かが呼んでたよね。一番売れそうな時間帯がお昼だから、長い時間置くと野菜も傷むから、もう少し遅くてもいい。9時ぐらいに入れられる?んで、売値は決めてあるの? さっき並んでたお寿司と値段は同じじゃなくてもいいな。安くしなくても大丈夫だと思うよ。このサラダ巻は370円か。じゃあ、ちょっと見てて。」
及川さんは、伝票の棚のそばにある機械を操作し始めた。値段設定を370円に合わせて、白紙のロール紙をセットし、シールを印字した。ンガガガガ・・と一連になって伸びてくる370円の10枚つづりのシールを、止まったところでビッとカットして、マキノにそれを渡した。そしてまた話を続ける。
「この機械でね、バーコード付いたシールを出すの。それ貼ってからならべといて。基本的なこと言うけど商品名の上に貼っちゃダメだよ。まぁ貼ってもレジでは問題ないけど商品の顔だろ?」
マキノはうんうんとうなずいた。教え好きな及川さんは、事務的じゃなく、商売新人の私に基本を教えようとしてくれてるのだ。ありがたいです。
「やり方は一度で覚えられなかったら誰でも教えてくれるからね。先に適当に作っといて自分の店で貼ってくる業者もいるよ。そのほうが配達が楽かな。」
及川さんはもう一度、シールの印字の仕方を口頭で確認した。今は覚えているが、次に来た時に一人でするのは自信がないな。
「いつから、もってこれる?」
「今日、市販の伝票買ってきます。いつでもOKです。」
「お店の子に言っとくから、明日はさすがに無理でしょ?仕込みあるもんね。さて,うちも、るぽーのファイルを用意しないとな。」
及川さんが発するうちの店の名前は、ちょっと発音が変だなと思いつつ神妙に説明を聞く。
及川さんは、半分独り言のようにあれこれと決めていった。
思っていた通りワンマンだ。
「納品したら、誰でもいいからそばにいる店員に個数を確認してもらって伝票にサインをもらうこと。卸値は売値の50円引きで。伝票には両方書いといてね。売れ残っていた場合は、そちらの責任で引き取ってほしいんだ。」
「はい。」
「今回は5個ずつってボクが言ったけど、それは確実に売れると思う。今後いくつ置くかは自分で判断して。減らしても増やしても、種類も増やしてもいいよ。そうだ、クリスマスには少し多めに持って来れば?マキノちゃんとこのお寿司カラフルだからきっと売れるわ。クリスマス向けの飾りひとつで全然違うよ。星形のペーパースティック一本でいいから。」
「わかりました。あの、質問なんですけど、及川さんのスーパーはあと4店舗支店がありますでしょう?そちらにも置かせてもらうよう頼んでもいいですか?」
「ああうん。いいんだけどね。それぞれの店は、そこの店長が仕切るようにしてあるからさ。受け入れ態勢や他の業者との兼ね合いもそれぞれ違うんだよね。面倒だろうけど一軒ずつマキノちゃんが頼みに行って欲しいんだ。ここの本店の店舗に置くようになりましたって、まず言えばいいよ。」
「はい。・・じゃあとりあえずしばらくは、こちらの店だけに置かせていただきます。」
「店の連中は、ボクのワンマン慣れてるから大丈夫だからね。あ、他の店に行くなら、合計請求書はそれぞれの店に渡しといて。10日の支払は、4店舗ともここの事務所に来てくれればいいよ。」
及川さんは、はははと笑った。自分がワンマンって自覚もあったのか。ひとりで即決しているようだけど特に問題はなさそうだ。他の事務員さんも仕事をしながら笑っていた。明るい職場だ。
「じゃあ・・来週から、今後ともよろしくお願いします。」
マキノは一礼をしてから事務所を後にした。
ヒロト・・お仕事いっぱい作れそうだよ。
・・・やれるかな。
頑張れ。一緒にがんばろう。
子どものいる家でちょっとしたイルミネーションがちらちらする程度。
マキノは、クリスマス間近まで出せなかったツリーの飾りつけに、ようやく手をつけることができた。
平日の朝市工房では、お昼のカフェ弁当をヒロトが一手に引き受けるようになった。
11時ぐらいまでに完成させて、他のスタッフが配達に走る。
ヒロトは、12時までには片づけを終えて、カフェへと戻ってきて、そこからはいつも通りの仕事をこなす。
マキノの無茶ブリには、しょっちゅう顔をひきつらせてはいるけれども、ヒロトは本来はできる子だ。一人で何もかもするのは辛いだろうと思うが、今、誰にも頼らないですることには意味がある。
倒れそうになったらいつでも助けてあげられる。
今から増えるはずの仕事が、ヒロトの運命を左右するのだ。
「さて、ヒロト君。覚悟はいいかい?」
「何がですか?」
「お仕事ですよ。倍に増えますよ。」
「・・なんの仕事がですか?」
「あのね。スーパーでヒロトのお寿司売ってもらえないか、聞いて来ようと思ってるの。あそこで売ってる商品ってわりと入れ替わってるように思うから、入りこめると思うんだな。」
「う・・あ・・。」
「朝早くなるかもしんないけど、いける?いくでしょ?」
「い・・いくしかないというか・・。」
「それがうまくいけば、1月から朝市工房の分は、独立採算制にするよ。」
「う・・うう・・う、受けて立ちます。いまいちわかってないですけど。」
マキノは、うむ・・とひとつうなずいた。
「そのための試食を作って欲しいのね。・・・私たちの結婚式の二次会で作ってくれたようなお寿司がいい。少しぐらい増えても今あるガスコンロだけでも大丈夫そうでしょ?」
「そうですね・・でもあれ、あまり日持ちしませんけど・・。」
「うん。だよね。だからせめて1日ぐらい持つように工夫して。食中毒だけは避けたいから、生ものは全部やめて、ボイルのエビとか、お肉を炒めるとか、蒸し鶏でもいいけど火を通して。ツナやそぼろもあるでしょ。生野菜は水分に気をつければ半日ぐらいなら大丈夫じゃないかな。賞味期限ちゃんと設けて表示して。ヒロトならわかってると思うけど。ちゃんと温度管理して冷めてから詰めて・・できそうでしょ。」
「材料が高くなると、単価も上がりますよ・・。」
「それでもいいんじゃない?ヒロトは今日、早目に仕事おいて、ホームセンターで、パックや、お箸と、白紙のシール買ってきてね。あ、ついでに英字プリントのワックスペーパーもお願い。量産するようになったらまとめて業者発注するようにするけど、それまでは少量でいろいろ試そうよ。」
まくしたてるマキノにヒロトは圧倒されていたが、何とか態勢を立て直した。
「迷ってる時間がもったいないですもんね。早急に作ります。いつ?」
「ヒロトができ次第。それに合わせてアポとるよ。完成度はほどほどでも大丈夫。お口で説明するから。」
「了解。」
そうして、その週半ばに出来上がった試食をひっさげて、マキノはいつも買い物に行っているスーパーのオーナーにアポイントメントを取り、本店の事務所に押し掛けた。
いつも買い物に行くKマートというスーパーは、店舗は小さいが地元密着タイプのアットホームなお店で、他の町にも何店舗か支店がある。
その本店の駐車場を隔てて反対側に、事務所の建物があった。
マキノは、Cafe Le Repos の名刺を渡して、オーナーの及川に挨拶をした。
このオーナーが店内をウロウロしているのはよく見かけていたから、顔はわかる。
目に力のある、40代ぐらいのワンマンな感じの男性だ。
「カフェ・ル・ルポオーナーの佐藤と申します。よろしくお願いします。当店ブランドのお寿司をこちらのお店で扱っていただきたいなと思って、試食を持って来ました。試してくださいます?お客様にウケるかどうかご意見を伺いたいです。クリスマス向けにおしゃれだと思いませんか?」
「・・そうだねぇ。どれどれ。」
「うちのシェフは日本料理もやってたので,普通の巻ずしや、にぎりなんかもできないことはないんですが、他とかぶらないように指向を変えようと思いまして。」
及川さんは、持って行った中では一番シンプルなキュウリやハムを巻いたサラダ風の巻ずしをひときれ、手でつまんで食べた。
「うん・・・。まあ、・・おいしいね。 そっちは?」
「洋風の散らし寿司です。レタスやエビが入ってます。こちらは、変りいなりずしです。」
及川さんは、しばらくうんうんと言いながら少しずつ食べて、にこっと笑った。
「いいよ。入れて。置く場所考えるからこっちに来てくれる?」
及川が立ちあがった。
「えっ?いいんですか?」
少し驚いた。あっさりとOKが出たものだ。
「いいよ。お店もね、新陳代謝が必要なんだ。」
「あっ・・ありがとうございます!」
事務所の扉をバーンと開け、及川さんは駐車場を勢いよく横切って行く。マキノは、こっそりガッツポーズしながら、小走りで追いかけた。
「定番もあれば,新しいもの変ったものもいるの。売れない物は、替えていくだけ。うちってわりと来る者拒まずなんだよ。」
「そうなんですか・・・いろいろ勉強させてもらおうと思ってきたんです。」
「ふうん。」
「売れ筋はどういうものか、どうパッケージしたらいいかとか。これじゃだめって言われたら要望に応えて変更するつもりでした。」
「ははは。そんなに構えなくても・・。本当に怖いのはお客さんだけさ。」
「そうですね・・。」
「・・ああ、君の店はまだ始めたばかりなんだね。じゃあ作り方とか、工夫してる?慣れた方法が一番とかそんな風に思ってない。」
「・・まだ、作業の流れは安定しているとは言い難いですが・・。」
「やり方って、流れがあるでしょう?その動線を最初にきちんと考えて、一番効率のいいやり方を決めて、・・自分のやりやすい方法じゃなくてだよ。材料や道具や完成品を置く場所からきちんとよく考えてね、効率のいい方法を見つけて、それに慣れるようにしていけばいいんだよ。たくさんの商品を毎日一定量作ろうと思ったら、そのちょっとの効率やロスが、最後にはすごい差になってくるの。」
「ほぅ・・なるほど。」
こだわりがあるのか、マキノが素人に見えるのか、及川さんは次々と自分の知識と薀蓄を披露してくる。
マキノは、ほほうほほう・・と感心しながら、売り場の方へと案内されるままについていった。
このスーパーにはしょっちゅう買い物に来るので、レジのパートさんや仕入の担当さんたちも顔を見たことがある。
店内を歩いていると、顔見知りから声がかかった。
「マキノちゃん、こんにちは。」
「こんにちはー。」
顔は見たことがあるけど名前とはつながらない。自分の名前を呼んでくれるぐらいだからどこかで関わってるんだろうな。すみません記憶力弱くって・・・。と心で謝りながら笑顔を返す。
「商品を並べてると、店員と間違う人もいるから、愛想がいいのはいいね。」
と、及川さんが機嫌よく笑った。
お惣菜のコーナーは半分は店内製造のフライ物や焼き鳥や煮物などのおかずがならんでいて、半分はお弁当やお寿司が占めている。
及川さんは、その売り場の一角に並んでいた商品をいくつかひょいひょいとよけてスペースを作った。
「この辺かな。こんなふうに適当に場所を開けて、自分のとこの商品を並べるといい。あんまり他所のを端っこに追いやってると他の業者から嫌われるよ。ほら、他の業者の同じような商品もあるだろ?値段見といてね。」
「はいっ。」
マキノが返事をすると、及川さんはさっき空けた場所に元どおり並べ直した。
「最初は様子見だから、さっき持ってきた3種類を5個ずつ並べてみようか。佐藤さん、商品を卸すのってやったことあるの?」
「いいえ。」
やったことあるわけないよ・・と思いつつにっこり返事をする。
「教えてあげよう。こっちにおいで。」
ああ、わかった。及川さんは教えるのが好きなんだ・・。
バックヤードまでついて行くと、きれいな店内と違って、空き箱やコンテナが積み上げられていて雑然としていた。及川さんが指さした棚を見ると、そこには各業者の伝票をつづったファイルがずらっと並んでいた。
そのファイルのうちの1つを手に取って、マキノに見せた。
「伝票は、市販のでいいから、控えと納品書と請求書の3枚つづりのを買って来て。納品書をここに綴る。20日〆の10日支払ね。わかるかな?」
「締めと支払いの意味は、わかります。」
「うん。商品の並べ方はもうわかったでしょ?朝はね、うち8時からやってるから、7時から8時に搬入する業者が多いんだけどさ。佐藤さんの商品は・・ええと、マキノちゃんって呼んでもいいかな?さっき誰かが呼んでたよね。一番売れそうな時間帯がお昼だから、長い時間置くと野菜も傷むから、もう少し遅くてもいい。9時ぐらいに入れられる?んで、売値は決めてあるの? さっき並んでたお寿司と値段は同じじゃなくてもいいな。安くしなくても大丈夫だと思うよ。このサラダ巻は370円か。じゃあ、ちょっと見てて。」
及川さんは、伝票の棚のそばにある機械を操作し始めた。値段設定を370円に合わせて、白紙のロール紙をセットし、シールを印字した。ンガガガガ・・と一連になって伸びてくる370円の10枚つづりのシールを、止まったところでビッとカットして、マキノにそれを渡した。そしてまた話を続ける。
「この機械でね、バーコード付いたシールを出すの。それ貼ってからならべといて。基本的なこと言うけど商品名の上に貼っちゃダメだよ。まぁ貼ってもレジでは問題ないけど商品の顔だろ?」
マキノはうんうんとうなずいた。教え好きな及川さんは、事務的じゃなく、商売新人の私に基本を教えようとしてくれてるのだ。ありがたいです。
「やり方は一度で覚えられなかったら誰でも教えてくれるからね。先に適当に作っといて自分の店で貼ってくる業者もいるよ。そのほうが配達が楽かな。」
及川さんはもう一度、シールの印字の仕方を口頭で確認した。今は覚えているが、次に来た時に一人でするのは自信がないな。
「いつから、もってこれる?」
「今日、市販の伝票買ってきます。いつでもOKです。」
「お店の子に言っとくから、明日はさすがに無理でしょ?仕込みあるもんね。さて,うちも、るぽーのファイルを用意しないとな。」
及川さんが発するうちの店の名前は、ちょっと発音が変だなと思いつつ神妙に説明を聞く。
及川さんは、半分独り言のようにあれこれと決めていった。
思っていた通りワンマンだ。
「納品したら、誰でもいいからそばにいる店員に個数を確認してもらって伝票にサインをもらうこと。卸値は売値の50円引きで。伝票には両方書いといてね。売れ残っていた場合は、そちらの責任で引き取ってほしいんだ。」
「はい。」
「今回は5個ずつってボクが言ったけど、それは確実に売れると思う。今後いくつ置くかは自分で判断して。減らしても増やしても、種類も増やしてもいいよ。そうだ、クリスマスには少し多めに持って来れば?マキノちゃんとこのお寿司カラフルだからきっと売れるわ。クリスマス向けの飾りひとつで全然違うよ。星形のペーパースティック一本でいいから。」
「わかりました。あの、質問なんですけど、及川さんのスーパーはあと4店舗支店がありますでしょう?そちらにも置かせてもらうよう頼んでもいいですか?」
「ああうん。いいんだけどね。それぞれの店は、そこの店長が仕切るようにしてあるからさ。受け入れ態勢や他の業者との兼ね合いもそれぞれ違うんだよね。面倒だろうけど一軒ずつマキノちゃんが頼みに行って欲しいんだ。ここの本店の店舗に置くようになりましたって、まず言えばいいよ。」
「はい。・・じゃあとりあえずしばらくは、こちらの店だけに置かせていただきます。」
「店の連中は、ボクのワンマン慣れてるから大丈夫だからね。あ、他の店に行くなら、合計請求書はそれぞれの店に渡しといて。10日の支払は、4店舗ともここの事務所に来てくれればいいよ。」
及川さんは、はははと笑った。自分がワンマンって自覚もあったのか。ひとりで即決しているようだけど特に問題はなさそうだ。他の事務員さんも仕事をしながら笑っていた。明るい職場だ。
「じゃあ・・来週から、今後ともよろしくお願いします。」
マキノは一礼をしてから事務所を後にした。
ヒロト・・お仕事いっぱい作れそうだよ。
・・・やれるかな。
頑張れ。一緒にがんばろう。
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