マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos

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78.工房独立に向けての準備をば。

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1月も中盤になり、美緒が営業した分が、徐々に稼働し配達の量がずんずんと増えてきていた。
ヒロトの工房入りは、5時だ。
前日最終にごはんの段取りをしておくことで、朝の仕事はスムーズになった。
実家で用があるときは、昼間に済ませて戻ってくるようになり、実家で寝ることは、ほとんどなくなった。

千尋は8時前に工房へと出向いた。
「ヒロト君、おはよう。もう出来てる?」
「おはようございます。もうちょいです。あと詰めたら終わりなんだけど。先に本店の分だけ仕上げようかな。ちょっと手伝ってもらえます?」
「いいよ~。」
「パック入れお願いします。」
「伝票は?」
「あ、お願いします。今日の分はそこのメモに書いてあります。」
「わかった。」

「本店は9時でいいんでしょう?」
「はい・・でも、やっぱもうちょっと早く仕上げないとダメだな。」
「まだ他の店舗が始まって一週間だからね。」
「配達は、どんな感じですか?」
「そうね・・届ける道順と、車を置く場所と、商品を置く場所もいろいろ試行錯誤。その店ごとに暗黙のルールがあるからねぇ。他の業者さんとの兼ね合いとか・・普段からもっとよく見とけばよかったな。」
「お世話かけますね。」
「大丈夫よ。今のところうちの商品はすべて完売だし、気持ちいいよ。」
「欲を出さず、ちょっとずつ行きます。」
「それがいいかもね。」
「・・パック詰めが、思ったより時間を食うんですよ。」
「うん・・焦らなくてもいいよ。今出発すれば、本店は8時15分でしょ、O支店は8時45分で、S支店には9時15分・・私さえモタモタしなれば、効率よくなるよ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「このあとすぐにお弁当にかかるんでしょ?」
「いやまあ、時間の余裕はありますよ。お弁当が結構プレッシャーですね。毎日違うものを考えないとだし。材料もあんまり重ねたくないし。」
「マキノちゃんが助けてくれるわよ。」
「そうなんです。マキノさんにはつい頼ってしまって・・。あと、明日からパートさんも来てくれるんですよ。」
「そう。それはいいわ。にぎやかになるね。」


入り口がガラリと音を立てた。
「ヒロト君おはよう。」
「あ、敏子さん。おはようございます。」
「おはよー。」
「先月までの精算についてと、今月からの方針、話し合いに来たの。まずは、お手伝いするね。」
「あざっす。」

敏ちゃんは、あまり調理をしたがらないが、こういう機械的な作業は得意らしく率先してやってくれる。

手を動かしながら敏ちゃんは千尋さんにたずねた。
「千尋さんちのおじいちゃん、具合どうなんですか?年末に肺炎起こしたと聞いたけど。」
「本当はね、・・あまりよくないと思うのよ。ほとんど食べなくて随分痩せたし、弱っていってる気がする。」
「千尋さんとこのおじいちゃんって、昔はしっかりした人だったって、うちのおばあちゃんは言ってたよ・・。」
「そう・・。最近、頭がしっかりしてるから助かってる。でも意識がまともに働くと、今度は自分の体が歯痒いみたいで、気の毒なのよね。」
「まったく動けないんですか?」
「右半身ダメなの。最初は座っていることもできたけど、年末に肺炎起こして入院して以来ずっと寝たまま。こっちの言う事は全部わかってくれて聞き分けはいいのよ。言語障害が少しあるから、言いたい事が通じるまで、できるだけ付き合うようにしてるんだけど。」
「大変ですね・・」

「すみません・・そんな大変な時に配達増やして・・。」
ヒロトがすまなさそうに口を挟んだ。
「あら、それは関係ないのよ。ずっと横についててもすることもないし。もしかのことがあるとしても、今日なのか、半年後なのか、10年後なのか、何もしないで待ってるわけにもいかないしね。」
「そうですか・・。」
主婦の二人は口を動かしながらも手の動きが素早い。さすが主婦。
「本店と・・・O支店OK。ここに残ってる分はS支店の箱に全部入れてもらえます?全部一度に出せそうですね。オレ、伝票書きます。」
「りょうか~い。」
「これにまだG支店も追加になるのよね。・・ヒロト君大変だね。」
「いやいや。あとまだ、点在してる小さい食料品屋さんとコンビニにも売り込んであって、スタート待ちなんですよ。これぐらいで音をあげてたらダメなんです。」

「なんかヒロト君・・・,頼もしくなったわね。ちょっと彼女が来てくれただけで。」
「なっ・・・・。」
「おほほ冗談よ!ほらできた!行ってくるわ。」
「あっはい。よろしくお願いします。気をつけて行ってらっしゃーい。」




― ― ― ― ―


8時15分にスーパーの分の荷物を乗せた千尋が出発すると、とりあえず一段落。
気分がひとつ楽になる。
厨房の隣りの座敷で、敏ちゃんが書類のようなものを広げだしたので、部屋のヒーターの他にファンヒーターをもう一つつけた。
「あ、大丈夫だよ。」
「こっちの部屋はまだ寒いですよ。オレも一息つきます。敏子さんコーヒーはブラックだっけ?」
「うん。何でも飲むけど。じゃあブラックで。」
「インスタントですみませんね。」
「いいよお。」

ヒロトはヤカンを火にかけ、昼の弁当のごはんの米をといでセットしてから、インスタントのコーヒーを淹れた。
そして、コーヒーカップを2つ敏ちゃんの座っている机に置いた。
「ありがと。んで、さっそくだけど・・・まず結論から言うんだけどね。マキノちゃんはちょっとヒロト君に甘いんです。」
「そうっすか。やっぱり?」
「マキノちゃんに任せておくと、ホント気前よく適当にしてしまうから私が来ました。」
「はい。」
「私は、採算をあわせるって言う意味で厳しいからね。気持ちを引き締めて聞いて欲しいんだけど、ここをヒロト君に全部任せるにあたって、ちょっとお高い借料を課したいなと思っているの。」
「・・覚悟しています。」
「マキノちゃんはね、12月の分はヒロト君に年末に給料を払ってあるのに、ここで余分に頑張ってくれた分、導入費用ってことで先月のここでの売り上げは全部工房の分としてヒロト君に渡してしまうって言ったのよ。」
「ええっ・・それはちょっと・・。」
「うん。わたしも、そういういかげんなことをしてはよくないよって言ったの。」
「・・・そりゃそうです。」
敏ちゃんはうんと一つうなずいて、続ける。
「だからね、マキノちゃんにもヒロト君にも分かるように具体的な数字をちゃんと出してみました。」

敏ちゃんは、コーヒーを一口ごくりと飲んから、広げてあった紙をヒロトの前に並べた。
「一枚目の一覧表は、ここの工房に持ち込んだ道具類の明細です。2枚目は、ここで使った分の材料費の合計。カフェとは分けて管理してたからね。カフェから持ち出した分もあるけど、それはいいって言ってたから載せてません。疑問があったら言ってね。」
「はい・・。」
「材料費については、12月分の支払いは今月20日にあるので、その分は一旦カフェで支払います。」
「えっと・・それはカフェのほうが随分損になりますよ・・年末までにいろいろ在庫を・・・・」
「そこはいいの。あとでまた捕捉します。」
「はぁ・・。」
「12月分の半分は在庫として考え、それと導入費用を足して、これをヒロト君が今後売り上げた分でマキノちゃんに返してもらいます。わかりますか?」
「わかります。」
「じゃあまず、それは横に置いておいて、これは、今後ヒロト君が支払っていかねばならない固定費を出してあります。パック代や、光熱費といった経費、おばちゃんたちを雇う時の人件費。そして、税金。お家賃。それと、これはマキノちゃん言ってなかったんだけど、カフェ・ル・ルポの名前を使うロイヤリティ的なものを支払うべきだと私は思っているの。いわゆる、マキノちゃんが手伝ってくれるお手伝い賃と考えてください。」
「はい。」
「あ・・千尋さんの配達の分は、千尋さんあんまりカフェの仕事できてないから、ここから給料出してもよさそうだけど、配達するの千尋さんだけじゃないかもしれないから、これもちょっと保留。」
「ふ・・複雑ですね・・・。なんか気が遠くなります。」

「次は、売り上げについてです。12月までの分はカフェに入れるべきだと思うので、そうなると、ヒロト君は工房を独立しようとしたとたん、超貧乏になっちゃいます。いわゆる運転資金がほとんどない。お弁当の売上は現金で保管してる?」
「はい。今手元には5万弱ですけど。現金で買い物もしてるから残高は違いますよ。」
「それ、レシートも置いてあるよね?」
「もちろんですよ。」
「OK。でもそれじゃ少なすぎるから、マキノさんから30万預けとくって。さっきの返済してもらうって言った分に上乗せの貸しってことです。」
「・・・は・・はい。」

「それを、できれば2年で返しちゃいましょう。分割にするとそんなに大きな額じゃないからね。今月の調子なら全然平気だと思います。ってことで、全部足してみるね。ヒロト君が、毎月カフェに入れなきゃいけない分は毎月これぐらいです。悪いけどその残った分から材料の仕入れをやりくりしてください。一か月の粗利益からそれらを全部引いた分がヒロト君の給料になります。いわゆる仕事をすればするほど給料が増える歩合制に近い感じになります。」
「はぁ・・。」

「マキノちゃんが、この通帳は工房専用に作ったからヒロト君に預けとくって。これで会計をするのよ。名前はヒロト君にしてもよかったんだけど、今はとりあえずマキノちゃん。」
そう言って、敏ちゃんは新しい通帳と印鑑とカードをヒロトに差し出した。

「スーパーさんは銀行渡りの小切手でくれるから、口座に入れないとダメなのよ。」
「せ・・責任をヒシヒシと感じます・・。重いですね。」

ヒロトは、少しためらいながら通帳を受け取った。

「何言ってるの。大丈夫だって。ほら残高確認して。」

「集金や支払は配達の時に頼んでもいいんですか?自分が行った方がいいのかな?」
「誰に頼んでもいいよ。でも集金する人の顔はあまり変わらないほうがいいかもしれないね。千尋さんがしてくれるでしょ。でも、伝票の管理は自分でしなさいよ。納品書は綴じて保管ね。在庫管理にもなるし傾向もわかるしね。製造や営業のための費用は無駄はいけませんが、変にケチらないように。しばらく様子見て、足りなかったらマキノちゃんが追加するって言ってたから、遠慮なく言って。」
「すみませんっ。」
「もちろん、がっつり返してもらうから心配しないでね。あと、カフェの日替わりランチのおかずをここで作ってる分は、おカネに換算して買い取ります。それは月末締めで即日支払。いい?」
「そんな細かい事を・・・。」
「いや、そこはきっちりと。だってあれも結構大きいんだから。こでれだいたいわかった?」
「はぁ、なんとなくです。」

「あのね、・・・今、支払う方ばかり強調したったからうんざりしてると思うけど、こないだ美緒ちゃんが営業した分・・全部稼動したら、月150万以上は売り上げがあがってくるよ?もっと増えるかも、どうする?」
「えええっ??そんなにもあります?」
「最低それぐらいはある。そうなってくれば支払うもの全部支払っても、ヒロト君の給料はだいぶ残るよ。1月はまだ中途半端だから、半分ぐらいしかないけどね。」
「・・・・・・・・・。」
「聞いてるの?」
「聞いてます。」
「くどいようだけど1月はまだそんなにないから厳しいよ?期待しないように。まだ欲出しちゃダメだよ。体制が整うまでは我慢して。ここの台所だって使い勝手もまだ快適とも言えないし。おばちゃん達がどれくらいできるかも見極めて。確実に堅実に。」
「はい・・。でもすこし、未来が明るい気がしました。ちらっと。」
「そう。ここまでの道筋考えてくれたマキノちゃんに感謝してね。」
「・・はい。」
「でもね、一人で頑張らないように。おばちゃん達やスタッフにもいっぱい手伝ってもらって、ちゃんと対価を支払ってください。人件費が惜しいと思っても、長い目で見るとそのほうが絶対効率がいい。疲れて続けられなくなったら意味がないから。」
「はい。心します。・・そして、そろそろ・・弁当にかかります。」

「将来的には、ヒロト君には独立してもらって、ルポから完全に切り離すつもりでいるけど、当分は・・ルポカフェの庇護下だからね。」
「はい。」
「今すぐ切り離さない理由は、ヒロト君をバックアップするためです。」
「・・・・。」
「あ、でも安穏とした道じゃないのは覚悟しといてね。本来なら営業もいばらの道だし、関わる人が増えればトラブルもあるかもしれないし、パートさんの管理も並大抵のことじゃないよ。でも、ヒロト君ならきっとできる。」
「・・・・。」
「じゃあ、私は一旦カフェに戻るね。あとでマキノちゃんも来るから。」
「はい・・・ありがとうございます。お世話おかけしました。」
敏ちゃんは立ち上がって、ヒロトの頭をふわっと触った。

「頑張っねて。応援するよ。美緒ちゃんも早く呼びたいのでしょ?」
「・・・はい。」

ヒロトは、マキノ名義の真新しい通帳と印鑑を、大事に自分のバッグにしまった。


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