マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos

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93.「じゃあ行ってくる。」

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自分が思っていたよりも、遊は多感だった。
自分で家を飛び出て、ずっと一人でもひょうひょうとやっていたし、器用に何でもできたし、一人で生きていく力があった。
でも、年相応に不安定だったのだ。
当然な事だ。

遊の迷いや不安や寂しさを、取り除いてやりたかった。
できるものなら、母親の代わりに遊を抱きしめて「大丈夫だよ」と言ってやりたかった。


でも・・・母親でも恋人でもない自分が、遊を背負ってしまうのは間違ってる。
それは、一番最初に、花矢倉から遊を預かるときに自分自身が言ったこと。
遊が自立しないと、遊自身が大きくならないとダメ。


遊も、そんなことぐらいわかってるのだ。賢い子だもの・・。


「ヒロト。遊におかゆ作ってあげてね。豚汁も作ってあるんだけど。」
「了解っすよ。」


梅干しとおひたしと、ありあわせの物をみつくろって遊の部屋に運べば、遊はもそもそと食べ始めた。
「あぁ。ヒロトはおかゆもつくれるのか~。うまいな~。・・風呂も入りたいな~。」
「・・・。」

「オレもう、イロイロと大丈夫だから、マキノは帰っていいからね。」

遊がそう言うので、マキノは黙ってうなずいた。
そして、食事をしている遊を置いて立ち上がった。

「じゃあ、帰るね。」
「うん。今日は・・ごめんな。」
「・・・。」

マキノは何も言わず、軽く笑ってふすまを閉めた。



私だって遊がいなくなるのは、寂しいのだ。

居心地良かった今までのメンバーへの名残惜しさもあって、積極的に見送ってやれなかった。
そんな自分の弱いところを、遊は感じ取ったのだと思う。


私も、もっとしっかりしなくちゃ。

もっと。もっと。もっと。

遊が選んだ道と、理想や希望そしてその決心を、それに向かって進んでいけるよう後押ししてやれる、大きな自分でありたい。

そんな理想の自分には、まだまだ届かない。






― ― ― ― ―




マキノの心配をよそに、遊は、翌朝になるとすっかり回復していた。
天気もいいので、遊は今日のうちに原付バイクで自分の新しい住処まで自力で走って行くつもりだと言う。

「こんなによく寝たの、久しぶりだよ。」
「病み上がりなのに大丈夫?もう一日ぐらいゆっくりすればいいのにさ。」
「これ以上寝たら、腰が痛くなる。」
「でも、原付で遠出なんて、ちょっと無理があるんじゃない?」
「大丈夫だよ。このお天気だよ?もったいないよ。」

朝早くに起きて、自分でモーニングを作って食べて、しばらくカフェを手伝ったあと、9時頃に下の部屋にすっこんだと思ったら、せっせと掃除をしていたようだった。

「出発は、お昼ご飯食べてからにすれば?」
「うん。もちろんそのつもりだった。」
「ちゃっかりしてるね。」
何事もなかったかのような遊の態度に、少しホッとする。


「・・マキノは明日から旅行だろ?」
「そうだよ。うふふふ。」
遊が鼻にしわを寄せて「お気楽でいいね。」と言った。

態度の悪い遊にも動じず、マキノは機嫌よくたずねた。
「お昼は何を食べたい?」
「なんでもいいよ。」
「じゃあ・・・日替わりランチにするね。」
今日の日替わりランチは、エビの春巻きと、ほうれんのそうのキッシュと、セロリとちりめんじゃこの炒め物。白菜とリンゴのコールスロー。遊の好きなアサリのチャウダー。そして雑穀米のごはん。

「あ、貝類は消化によくないかな。」
「消化はどうか知らないけど、オレはもう、平気だよ。」
「そう?」
「昨日だってヒロトが作ってくれたおかゆ食ったろ?んで、マキノが帰ってから腹が減ってさ。夜中にもう一度たまご焼いてみそ汁作って、飯食ったもん。」
「呆れた・・・。そうだったの。」


「しかしまったく、オレとしちゃ最後の最後に大失態だったな。」
「ホントだね。」
「いただきます。あーあ。マキノのおごりも、今日限りか。」
遊が春巻きにかぶりつくと、ぱりぱりと割れてかけらが飛び散った。
「・・今日からランチ代払ってくれてもいいからね。」
「いや。ごちになっとくよ。へへ。」
「じゃあ、食後のコーヒーは遊が淹れてよ。」
「うん。わかった。食べてからする。」
遊は機嫌よく、好物のアサリのチャウダーをスプーンですくってズズッとすすった。

1年前の遊は、もっと少年っぽかったように思う。
いつもの白のシャツと黒のパンツのカフェスタイルではなく、今日は遊の私服だから、少し大人に見えるのかもしれない。気のせいか肩幅も広くなった気がする。


遊がランチを食べ終える頃に、加奈子と綾乃がカウンターのそばに来た。
「遊先輩がコーヒー淹れてるところ、かっこいいですよね。」
と加奈子が言った。綾乃もうんうんとうなずいてる。
いつもなら、つけあがるから本人の前で誉めちゃダメと、すかさず言うところだ。


「遊。ここでやってる方法が正解とは限らないから、オレそれ知ってるって思っちゃダメだよ。遊に持論があっても、学校ではちゃんと習って、他の人のいろんなやり方をまずは受け入れるんだよ。」
「うん。わかってる。・・・そのために行くんだから。」


自分の食器を洗ってから、遊は丁寧にコーヒーを淹れた。
マキノと遊はコーヒーを、加奈子と綾乃にはカフェオレを。
それぞれ静かに飲んだ。


しばらくして、「さあて。」と気合をいれて、遊は立ち上がり下の部屋に荷物を取りに行った。

いつも学校にバイクで通っていた時のように、ブルゾンを着こんできた。
見慣れた格好だ。
ヘルメットを抱えて、玄関を出る。
マキノも遊の後をついて玄関の外に出た。


「お世話になりました。」
遊はルポのカフェの店に向かって、誰にともなく頭を下げた。

目頭が熱くなった。

バッグは斜め掛けのメッセンジャーバッグ。これもいつも学校に通う時にかけていたものだ。シートの下にもひとつ衣類を詰め込んだ袋を放り込んで、足元にもひとつバッグを置いた。
「荷物そんなにたくさんあって大丈夫なの?」
「これぐらい平気。」

安物で具合がよくないと嘆いていたグローブは、最近になって真新しいものに変えたようだ。
それをメーターの上に載せて、エンジンをキュルルンとかけ、右手を空中で、ふにふにと動かした。

「そういや。思ってたより、あった。」
と言っていたずらっ子のようにニヤリと笑った。

「!!!」
・・胸のこと!?と気がついて
「ゆうううーーーーっ!!」
ちょっと本気を出して、頭を小突いた。

「痛いよ。」
「自業自得じゃわ。」
「先にヘルメットかぶっときゃよかった。」
遊が、本当に愉快そうに笑った。


「マキノ、ありがとう。」
「うん・・。」

「また帰ってくるよ。」
「うん。」

遊はフルフェイスのヘルメットをかぶり、グローブをはめた。
ヘルメットのシールドがスモークだから表情がわからない。
グローブをはめたその指で遊がシールドを持ち上げると、人懐こい遊の瞳が自分を捉えていた。

心の中には、かけてあげたい言葉が山のように浮かんでくる。
体調に気をつけて。
毎日しっかり食べて。
学校は遅刻しちゃダメだよ。
バイクは気をつけて乗ってよ。
勉強、頑張って。
何かあったら連絡をちょうだい。
友達いっぱいつくるんだよ。
また帰ってきてね・・。

でも、もう、何も言わないでおこうと、マキノは一生懸命耐えていた。
ひゅうと風が吹いた。
「もう風邪ひかないでよ。」
「ひかない。」
思わず言葉が出た。返事は即座に返ってきた。

「じゃあ行ってくる。」
「げんきでね。」
遊はヘルメットをかぶったままコクリとうなずいた。
ぶうんぶうん。びいいいーん。と、遊の原付バイクが走り出した。
遊は、シールドをパタッと閉めて、左手を上げた。そして後ろは振り返らずに走って行った。


マキノは、遊が見えなくなるまで見送った。






店の中に戻ると、お客さんが何人かいたが、注文は落ち着いていた。加奈子と綾乃は、かたづけなどをしてくれていたようだ。
「遊先輩・・行っちゃいましたね・・。」
「・・うん。」
「マキノさん、姉弟みたいでしたね。」
「・・そうかもね。」


「君たちも、・・・私の可愛い妹になってくれるんでしょ?」
加奈子と綾乃は顔を見合わせて、うふっと笑った。

「ねーねー、有希ちゃんと同い年なら、私の旦那様の事は、知ってるの?」
「いえ、有希ちゃんとは小学校も中学校も違うから・・。担任の先生だったって聞いたけど。私たちは知りません。」
「そうなのか、学校でどんな風だったのか聞こうと思ってたんだ。残念。」

「ええと・・あの、マキノさんは明日から、二日間お休みですか?」
「そうなの。勝手してごめんね。うふふ。」
「なんだか嬉しそうですね・・。」
「うん。結婚以来、旅行なんて初めてなんだもん。」
「あら・・・そうなんだ。」
「悪いけど、お店のことよろしく。」
「私たちがですか~?」
「イズミさんや、他にも来てくれるよ。ヒロトもたぶん手伝ってくれる。」
「そっか。ここのスタッフさんみんな優しくていいですね。」
「えっへん。私の教育のたまもの・・・といいたいけど。スタッフには恵まれたなって思ってる。みんないい人いい子ばかりだもの。わたしはみんなに甘えてばかり・・・。」

マキノは感傷に浸るようにしばらく遠くを見た。

「あ。遊のカフェオレはおいしかった?次の休憩のときは、どっちか・・加奈子ちゃんが淹れよっか。」
「はい。」


カランカラン。
「いらっしゃいませー!」
3人の声がそろう。


スタッフの顔ぶれは変わったけれども、今までと変わらない日常がゆるやかに流れ始めた。

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