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104.春樹さんの授業を参観
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マキノと敏ちゃんと乃木阪さんの秘密会議により、朝市工房メンバーとルポカフェの連携のかたちが徐々に決まってきた。手伝いを申し出てくれているメンバーの顔触れが分かってきた。ルポカフェのスタッフのカフェエプロンは茶色に統一されているのだが、朝市メンバーのエプロンは赤に統一して、とりあえずは区別しておく。
カフェとヒロトのお店に、それぞれ〇日に△人ずつと言う要望を出しておくと、乃木阪さんがから都合を聞いて、その日のメンバーを振り分けてくれるようになった。
最初のうちは、一週間のうちに2日~3日、それも午前や午後からだけの限定だけれども、来て手伝ってくれる方たちはみんな楽しそうだ。
乃木坂さんは、長年世話係をしているだけあって。一人一人の性格、家族構成、生活パターンまでよく知っていて、その采配にもめごとひとつ起こることはなかった。おそらくは乃木坂さんのカリスマ性もあってのことだろう。
難しいかと思われた報酬も、仕事に就いた時間と、技術の習得具合を明文化することで、報酬の差があっても納得できるシステムになった。
ワークショップは、最初にアイディアが出たように、手を替え品を替え講師を変えて、結局のところ、カフェから提供するのはランチやドリンクだけで、朝市のメンバーさん達が自分の一芸を身内に披露する感じでいろんな試みがポツリポツリと行われるようになっている。
今のところ口コミだけなのでそれほど参加者は多くないが、参加した人たちは一様に満足して帰ってゆく。
「月ごとに開催日を決めて、内容やランチのメニューを周知して予約を取ればいいかもしれないね。」
マキノが言うと、イズミさんが話に乗ってくれる。
「そうねー。今はまだ内容が洗練されてないけど、いい試みかもしれないね。ネットに乗せれば簡単じゃない?私のお友達に、苔玉が趣味で山野草を育ててる人もいるの。きっと喜んで教えてくれるわ。」
「普通の・・季節の寄せ植えも楽しそうよね。イズミさんの得意技もあるじゃないですか。野菜作りとか家庭菜園。」
「それは言いっこなしだよ。みんな作ってるもの。あ、娘のママ友でトールペイントとか草木染やってる人もいるわ。当分ネタ切れの心配はなさそう。あ、そうだいいこと思い出した。」
「なあに?」
「ごめん、ママ友さんで思い出したの。全然関係のない話なんだけど、マキノちゃん今度一緒に授業参観に行こうよ。」
「ええっ?・・いいのかな。」
「寛菜と菜々の家族枠で行ってもいいと思うけど、今度の授業参観は、学校公開も兼ねてるから、地域の人なら誰でも入ってもいいのよ。」
「うひょお・・春樹さんの授業が・・・。」
「連休に1日だけ学校行く日。29日だよ。」
「もうすぐじゃないですか。」
「ちょっと興味ある?」
マキノに見られるのはいやだなーと言っていた春樹を思い出しつつも、マキノはコクコクと首を小さく縦に振った。
4月から、春樹さんは、5年生の担任を持っている。
学年は1クラスしかないし、去年の4年生だったクラスをそのまま同じ顔ぶれを持ちあがりだ。保護者達が何と思っているか知らないが、春樹さんが気にしているそぶりはなかった。
おそらくは、姪っ子が今年6年と4年にいるから、そこを避けているのかもしれない。
朝市メンバーが入ってきて、ルポカフェの平均年齢は上がったが、マキノは仕事をするのが随分楽になった。
勝手ながら、こんなふうに急に仕事を抜けることになっても、とりあえず頭数がそろっているのはありがたい事だ。
「連休中だから、忙しいかもしれない上に、イズミさん仁美さん敏ちゃん全員授業参観だからいないんだけど、お任せしてもいいかしら・・。」
「どうぞ~大丈夫ですよ!」
有希ちゃんが元気よく答えた。
「おばちゃん達おもしろいんですよ。乃木阪さんにしつけられてるのかしらないけど、私たちの言うことすごくしっかり聞いてくれるの。うちのおばあちゃんもあんなにかわいかったらいいのに。」
「有希ちゃんのおばあちゃんも、元気でかわいいじゃない。」
横にいた綾乃ちゃんがそう言った。
「だって、私の言う事なんてホントにいい加減にしか聞かないよ。」
「・・・じゃあ、お店のことお願いね。千尋さんにも来てもらおうか。」
「はあい。そのほうがお店が無事。」
「どうぞいってらっしゃい。」
有希ちゃんは、いつも度胸があるので、お店番でひとりになっても朝市で売り子をするのもまったく怖がらない。そういうところは体育会系なんだろうか。もともとの性格か。
参観は午後からだったので、午前中は仕事をして、学校まではイズミさんの車に便乗させてもらった。
昇降口を入った正面に受付がある。
イズミさんは、保護者用の子ども達の氏名を書いてある学年の名簿に○を付けた。
マキノは「一般」のところにあった用紙に、自分の名前を佐藤マキノと書いた。
受付の2人はPTAの役員さん達だろうか、マキノの名前を見てコソコソと耳打ちしあったあと「佐藤先生の奥さまですか?」と尋ねられた。
「はい・・。お世話になっております。」
マキノは小さく返事をして、ぺこりとお辞儀をした。
「ウフフフフ。よろしくお願いします。」
とてもうれしそうに笑ってくれるが、値踏みされているようで、恥ずかしい。
春樹さんスミマセン。もっとおしゃれすればよかったです。これは先が思いやられる。
私だけじゃなくて、春樹さんにも迷惑がかかりそうな気が・・。
マキノは、イズミさんに隠れてようと、斜め後ろにくっついて移動することにした。
校舎内に入ると、まだ授業は始まっておらず、廊下に子ども達が出入りしてざわざわとしていた。
4年生の教室から、菜々ちゃんが走ってきて「マキノちゃん!」とマキノの腕に飛びついた。
「春ちゃんの教室はこっちだよ。もう教室にいたよ。」
と引っ張って行こうとするのをイズミさんが止めた。
「学校では先生って言わないとだめでしょう。」
一昨年に、一緒にサツマイモ掘りをしたことがあるメンバーがマキノに気がついて、ニヤニヤとしているのもわかった。お店に来たことがある子もいる。
授業が始まり、イズミさんの後について菜々ちゃんのクラスと、寛菜ちゃんのクラスを教室の外から眺めて、そのあと5年生の教室へと向かった。少しドキドキする。
授業は1時限が45分だ。あと15分ぐらいで終わる。
春樹のクラスの教室の扉は開いていて、春樹の声が聞こえている。教室の外から参観している保護者がいるからだろう。姿は見えない位置で、気持ちを整えつつしばらく授業を聞いてみる。
詳しい内容はわからないけれど、ところどころ単語が聞き取れた。立方体、直方体、・・算数の授業だ。
今朝はスーツで出かけて行った。今日は総会があるとか?総会ってなんだっけ?
声だけ聞いて退散してもいいと思っていたが、どんな顔で教えているのか、だんだん見たくなってきて、春樹さんの姿が見える位置までそっと移動する。春樹さんに参観に来ることを黙っていたのは、ちょっとしたいたずら心が働いたからだけれど、今はそれを後悔していた。びっくりさせちゃったら、あとで怒られるかも。外にあふれている保護者の後ろから、中の様子をうかがう。なるべく目立たないように。
・・・見えた。黒板に向かって図を描いている。スーツの上着を脱いで,カッターシャツの袖を折っていた。
かっこいい先生だなぁ。と少しにやけた。
春樹さんは半分振り返って、子ども達に何か声をかけた。問題を考えさせてるのかな。
チョークを置いて、教壇の前に来て何か説明して、子ども達の顔を見渡して話しかけてる。子ども達も何か口々に答えている。なんだか楽しそうな授業。
「じゃあ、この三角形の・・・」まで言ったところで、春樹さんが自分に気がついてしまった。
・・そして固まった。・・・まずいよ春樹さん。
子ども達とその保護者達が、春樹さんが固まったことに気づいたのか、少しざわりとして何人かこちらを振り返った。ああっもう一度隠れたいっ!と思ったが、注目を集めた今となっては、今更どう隠れても挙動不審にしか見えないので、だるまさんがころんだよろしく、身動きせずに、みんなが元の姿勢に戻るのを待った。
春樹さんは、すぐに気を取り直し、マキノにだけわかるように、片眉をあげてにやりと笑った。
「こらこら、注目だぞー。今日はお客さんがたくさんいるけどこっちに集中ね。この三角形の角度、ここは?そう。直角。で、この角度がわかっている時は・・・」
自分が止まって気を散らせたくせに、子どものせいにしちゃって。
でも、ちゃんと算数の授業をリカバリー。ああよかった・・・
子ども達も保護者の皆さんも、自然と前を向いたので、マキノはこそっとその場を離れた。
本当はもう少し見たかったけど、またこちらを振り返る人がいると困るから。
充分邪魔をしたような気がするし、授業もあと5分ほどで終わりだ。
イズミさんが教室から出てくるのを待って、一緒に車でカフェに戻ってきた。
「ただいまー。」
「おかえりなさい。」
「有希ちゃん、お客さんはどうだった?」
「そこそこ忙しかったですよー。でも、ランチタイムがほぼ終わってたから、大変でもなかった。」
「そう、よかった。千尋さんもありがとう。」
マキノは深いため息をついた。
「ああ~辛かった・・あの保護者の皆さんの目が・・。」
「そうなるとは思ったけどね。」
イズミさんが笑った。
「私には声がかかったわよ。最近おばあちゃんが集まって楽しそうなワークショップしているのが気になるって。」
「そうなんですか?それなら声をかけてくれたらよかったのに。」
マキノは緊張でこわばっていた頬を自分の手で揉んだ。
カランカラン
「いらっしゃいませー。」
有希ちゃんがおしぼりとお水を出しに素早くお客さんについて行く。
「ブレンドコーヒーとカプチーノです~。」
「はあい。」
新兵器のエスプレッソマシンでエスプレッソを淹れて、シパーッと牛乳を水蒸気で温めて注ぐ。
まだアートと言えるほどの技術にまでは達していないので、フォームミルクで丸を作ってちょんちょんとピックで模様を描いて猫にする。
有希ちゃんがお客様にカプチーノを出すと「かわいー。」と声が上がった。
うん・・技術が足りなくて申し訳ないけど、喜んでもらえるだけで満足だ。
カランカラン
「いらっしゃいませー。」
今度は千尋さんがおしぼりを持って注文を聞きに行った。
お客様は、ほどほどにある。
「イズミさん、今日は誘っていただいてありがとうございました。おもしろかったです。」
「どういたしまして。なんか意識してあまり楽しめなかったかもしれないね。」
「いえいえ。全然。」
「私は・・今日のところは帰るけど。連休頑張らないとね。私のシフトは、2日と3日ね。」
「よろしくお願いしま~す。」
「はーい。じゃあね。」
春樹は夕方5時半に帰ってきた。
「ただいま。」
「おかえり。」
すでに片眉がまた上がっている。
この眉毛になるときは、怒ってないけど胸に一物あるというジェスチャーだ。
「言いたいことありますか?」
マキノが聞いた。
「別に。いいんだよ。でも前もって言っておいてくれるとありがたかったね。」
春樹さんは、笑顔でそう言いつつ上がっていた片眉を普通に戻した。
「んで校長が、なんで校長室に入ってもらわないんだって、また言ってたよ。」
「イヤだよそんなの。」
「だよね。わかってるよ。ああ、ところでクラスのママさんもワークショップのことは知ってたよ。」
「有名になっちゃったな。」
「いいんじゃない?」
今日のまかないごはんは、牛丼だ。それにサラダとお味噌汁。
珍しくもない献立だけど、春樹さんは丼物が好きなのだ。
「有希ちゃんはご飯食べたら上がってね。」
「はあい。」
店のかたづけをしていたら、イズミさんから電話が入った。
「ワークショップは水曜日以外でもいいの?」
「いいけど、何のワークショップですか?」
「ラテアートの。日曜日でもいい?」
「いいですよ~。」
「低学年の子ども連れでもいい?」
「子どもはココアでしましょうか?低学年でさすがにエスプレッソは無理でしょ?チョコペンで描くと楽しいかも。」
「費用は?」
「時間帯とランチはどうします?」
「ランチありとランチなしとで、設定して。」
「じゃあ・・ランチなしで1000円パウンドケーキ付き。ランチありで2000円。パウンドケーキはなしでいかがですか?」
「OK。みんなに聞いて時間も決めることにするわ。また予約するね。」
「はあい。ありがとうございまーす。」
電話を終えると、春樹さんが洗い物の続きをしてくれていた。
スーツの上着を脱いで、カフェエプロンをして。
「あ、ごめん。」
「いいよ。マキノはこれから引っ張りだこになりそうだね。」
「ならないよ。」
「なんでさ。」
「講師はいっぱいいるもの。」
「そうなの?」
「うん。みんなにできるようになってもらって、私は楽をするの。」
「楽ねぇ・・・」
「なによ?」
「なんか・・・楽をすると言うよりも、・・違う方向に行ってるだけじゃないの?」
「そうかもしれないねぇ・・。」
「他人は、自分が思うように動いてくれるとかぎらないから。」
「まあね。」
「教えるってのは、結構大変なんだからね。」
春樹は笑いながら、食器をすすいでいた水道の蛇口を、きゅっとひねって閉めた。
カフェとヒロトのお店に、それぞれ〇日に△人ずつと言う要望を出しておくと、乃木阪さんがから都合を聞いて、その日のメンバーを振り分けてくれるようになった。
最初のうちは、一週間のうちに2日~3日、それも午前や午後からだけの限定だけれども、来て手伝ってくれる方たちはみんな楽しそうだ。
乃木坂さんは、長年世話係をしているだけあって。一人一人の性格、家族構成、生活パターンまでよく知っていて、その采配にもめごとひとつ起こることはなかった。おそらくは乃木坂さんのカリスマ性もあってのことだろう。
難しいかと思われた報酬も、仕事に就いた時間と、技術の習得具合を明文化することで、報酬の差があっても納得できるシステムになった。
ワークショップは、最初にアイディアが出たように、手を替え品を替え講師を変えて、結局のところ、カフェから提供するのはランチやドリンクだけで、朝市のメンバーさん達が自分の一芸を身内に披露する感じでいろんな試みがポツリポツリと行われるようになっている。
今のところ口コミだけなのでそれほど参加者は多くないが、参加した人たちは一様に満足して帰ってゆく。
「月ごとに開催日を決めて、内容やランチのメニューを周知して予約を取ればいいかもしれないね。」
マキノが言うと、イズミさんが話に乗ってくれる。
「そうねー。今はまだ内容が洗練されてないけど、いい試みかもしれないね。ネットに乗せれば簡単じゃない?私のお友達に、苔玉が趣味で山野草を育ててる人もいるの。きっと喜んで教えてくれるわ。」
「普通の・・季節の寄せ植えも楽しそうよね。イズミさんの得意技もあるじゃないですか。野菜作りとか家庭菜園。」
「それは言いっこなしだよ。みんな作ってるもの。あ、娘のママ友でトールペイントとか草木染やってる人もいるわ。当分ネタ切れの心配はなさそう。あ、そうだいいこと思い出した。」
「なあに?」
「ごめん、ママ友さんで思い出したの。全然関係のない話なんだけど、マキノちゃん今度一緒に授業参観に行こうよ。」
「ええっ?・・いいのかな。」
「寛菜と菜々の家族枠で行ってもいいと思うけど、今度の授業参観は、学校公開も兼ねてるから、地域の人なら誰でも入ってもいいのよ。」
「うひょお・・春樹さんの授業が・・・。」
「連休に1日だけ学校行く日。29日だよ。」
「もうすぐじゃないですか。」
「ちょっと興味ある?」
マキノに見られるのはいやだなーと言っていた春樹を思い出しつつも、マキノはコクコクと首を小さく縦に振った。
4月から、春樹さんは、5年生の担任を持っている。
学年は1クラスしかないし、去年の4年生だったクラスをそのまま同じ顔ぶれを持ちあがりだ。保護者達が何と思っているか知らないが、春樹さんが気にしているそぶりはなかった。
おそらくは、姪っ子が今年6年と4年にいるから、そこを避けているのかもしれない。
朝市メンバーが入ってきて、ルポカフェの平均年齢は上がったが、マキノは仕事をするのが随分楽になった。
勝手ながら、こんなふうに急に仕事を抜けることになっても、とりあえず頭数がそろっているのはありがたい事だ。
「連休中だから、忙しいかもしれない上に、イズミさん仁美さん敏ちゃん全員授業参観だからいないんだけど、お任せしてもいいかしら・・。」
「どうぞ~大丈夫ですよ!」
有希ちゃんが元気よく答えた。
「おばちゃん達おもしろいんですよ。乃木阪さんにしつけられてるのかしらないけど、私たちの言うことすごくしっかり聞いてくれるの。うちのおばあちゃんもあんなにかわいかったらいいのに。」
「有希ちゃんのおばあちゃんも、元気でかわいいじゃない。」
横にいた綾乃ちゃんがそう言った。
「だって、私の言う事なんてホントにいい加減にしか聞かないよ。」
「・・・じゃあ、お店のことお願いね。千尋さんにも来てもらおうか。」
「はあい。そのほうがお店が無事。」
「どうぞいってらっしゃい。」
有希ちゃんは、いつも度胸があるので、お店番でひとりになっても朝市で売り子をするのもまったく怖がらない。そういうところは体育会系なんだろうか。もともとの性格か。
参観は午後からだったので、午前中は仕事をして、学校まではイズミさんの車に便乗させてもらった。
昇降口を入った正面に受付がある。
イズミさんは、保護者用の子ども達の氏名を書いてある学年の名簿に○を付けた。
マキノは「一般」のところにあった用紙に、自分の名前を佐藤マキノと書いた。
受付の2人はPTAの役員さん達だろうか、マキノの名前を見てコソコソと耳打ちしあったあと「佐藤先生の奥さまですか?」と尋ねられた。
「はい・・。お世話になっております。」
マキノは小さく返事をして、ぺこりとお辞儀をした。
「ウフフフフ。よろしくお願いします。」
とてもうれしそうに笑ってくれるが、値踏みされているようで、恥ずかしい。
春樹さんスミマセン。もっとおしゃれすればよかったです。これは先が思いやられる。
私だけじゃなくて、春樹さんにも迷惑がかかりそうな気が・・。
マキノは、イズミさんに隠れてようと、斜め後ろにくっついて移動することにした。
校舎内に入ると、まだ授業は始まっておらず、廊下に子ども達が出入りしてざわざわとしていた。
4年生の教室から、菜々ちゃんが走ってきて「マキノちゃん!」とマキノの腕に飛びついた。
「春ちゃんの教室はこっちだよ。もう教室にいたよ。」
と引っ張って行こうとするのをイズミさんが止めた。
「学校では先生って言わないとだめでしょう。」
一昨年に、一緒にサツマイモ掘りをしたことがあるメンバーがマキノに気がついて、ニヤニヤとしているのもわかった。お店に来たことがある子もいる。
授業が始まり、イズミさんの後について菜々ちゃんのクラスと、寛菜ちゃんのクラスを教室の外から眺めて、そのあと5年生の教室へと向かった。少しドキドキする。
授業は1時限が45分だ。あと15分ぐらいで終わる。
春樹のクラスの教室の扉は開いていて、春樹の声が聞こえている。教室の外から参観している保護者がいるからだろう。姿は見えない位置で、気持ちを整えつつしばらく授業を聞いてみる。
詳しい内容はわからないけれど、ところどころ単語が聞き取れた。立方体、直方体、・・算数の授業だ。
今朝はスーツで出かけて行った。今日は総会があるとか?総会ってなんだっけ?
声だけ聞いて退散してもいいと思っていたが、どんな顔で教えているのか、だんだん見たくなってきて、春樹さんの姿が見える位置までそっと移動する。春樹さんに参観に来ることを黙っていたのは、ちょっとしたいたずら心が働いたからだけれど、今はそれを後悔していた。びっくりさせちゃったら、あとで怒られるかも。外にあふれている保護者の後ろから、中の様子をうかがう。なるべく目立たないように。
・・・見えた。黒板に向かって図を描いている。スーツの上着を脱いで,カッターシャツの袖を折っていた。
かっこいい先生だなぁ。と少しにやけた。
春樹さんは半分振り返って、子ども達に何か声をかけた。問題を考えさせてるのかな。
チョークを置いて、教壇の前に来て何か説明して、子ども達の顔を見渡して話しかけてる。子ども達も何か口々に答えている。なんだか楽しそうな授業。
「じゃあ、この三角形の・・・」まで言ったところで、春樹さんが自分に気がついてしまった。
・・そして固まった。・・・まずいよ春樹さん。
子ども達とその保護者達が、春樹さんが固まったことに気づいたのか、少しざわりとして何人かこちらを振り返った。ああっもう一度隠れたいっ!と思ったが、注目を集めた今となっては、今更どう隠れても挙動不審にしか見えないので、だるまさんがころんだよろしく、身動きせずに、みんなが元の姿勢に戻るのを待った。
春樹さんは、すぐに気を取り直し、マキノにだけわかるように、片眉をあげてにやりと笑った。
「こらこら、注目だぞー。今日はお客さんがたくさんいるけどこっちに集中ね。この三角形の角度、ここは?そう。直角。で、この角度がわかっている時は・・・」
自分が止まって気を散らせたくせに、子どものせいにしちゃって。
でも、ちゃんと算数の授業をリカバリー。ああよかった・・・
子ども達も保護者の皆さんも、自然と前を向いたので、マキノはこそっとその場を離れた。
本当はもう少し見たかったけど、またこちらを振り返る人がいると困るから。
充分邪魔をしたような気がするし、授業もあと5分ほどで終わりだ。
イズミさんが教室から出てくるのを待って、一緒に車でカフェに戻ってきた。
「ただいまー。」
「おかえりなさい。」
「有希ちゃん、お客さんはどうだった?」
「そこそこ忙しかったですよー。でも、ランチタイムがほぼ終わってたから、大変でもなかった。」
「そう、よかった。千尋さんもありがとう。」
マキノは深いため息をついた。
「ああ~辛かった・・あの保護者の皆さんの目が・・。」
「そうなるとは思ったけどね。」
イズミさんが笑った。
「私には声がかかったわよ。最近おばあちゃんが集まって楽しそうなワークショップしているのが気になるって。」
「そうなんですか?それなら声をかけてくれたらよかったのに。」
マキノは緊張でこわばっていた頬を自分の手で揉んだ。
カランカラン
「いらっしゃいませー。」
有希ちゃんがおしぼりとお水を出しに素早くお客さんについて行く。
「ブレンドコーヒーとカプチーノです~。」
「はあい。」
新兵器のエスプレッソマシンでエスプレッソを淹れて、シパーッと牛乳を水蒸気で温めて注ぐ。
まだアートと言えるほどの技術にまでは達していないので、フォームミルクで丸を作ってちょんちょんとピックで模様を描いて猫にする。
有希ちゃんがお客様にカプチーノを出すと「かわいー。」と声が上がった。
うん・・技術が足りなくて申し訳ないけど、喜んでもらえるだけで満足だ。
カランカラン
「いらっしゃいませー。」
今度は千尋さんがおしぼりを持って注文を聞きに行った。
お客様は、ほどほどにある。
「イズミさん、今日は誘っていただいてありがとうございました。おもしろかったです。」
「どういたしまして。なんか意識してあまり楽しめなかったかもしれないね。」
「いえいえ。全然。」
「私は・・今日のところは帰るけど。連休頑張らないとね。私のシフトは、2日と3日ね。」
「よろしくお願いしま~す。」
「はーい。じゃあね。」
春樹は夕方5時半に帰ってきた。
「ただいま。」
「おかえり。」
すでに片眉がまた上がっている。
この眉毛になるときは、怒ってないけど胸に一物あるというジェスチャーだ。
「言いたいことありますか?」
マキノが聞いた。
「別に。いいんだよ。でも前もって言っておいてくれるとありがたかったね。」
春樹さんは、笑顔でそう言いつつ上がっていた片眉を普通に戻した。
「んで校長が、なんで校長室に入ってもらわないんだって、また言ってたよ。」
「イヤだよそんなの。」
「だよね。わかってるよ。ああ、ところでクラスのママさんもワークショップのことは知ってたよ。」
「有名になっちゃったな。」
「いいんじゃない?」
今日のまかないごはんは、牛丼だ。それにサラダとお味噌汁。
珍しくもない献立だけど、春樹さんは丼物が好きなのだ。
「有希ちゃんはご飯食べたら上がってね。」
「はあい。」
店のかたづけをしていたら、イズミさんから電話が入った。
「ワークショップは水曜日以外でもいいの?」
「いいけど、何のワークショップですか?」
「ラテアートの。日曜日でもいい?」
「いいですよ~。」
「低学年の子ども連れでもいい?」
「子どもはココアでしましょうか?低学年でさすがにエスプレッソは無理でしょ?チョコペンで描くと楽しいかも。」
「費用は?」
「時間帯とランチはどうします?」
「ランチありとランチなしとで、設定して。」
「じゃあ・・ランチなしで1000円パウンドケーキ付き。ランチありで2000円。パウンドケーキはなしでいかがですか?」
「OK。みんなに聞いて時間も決めることにするわ。また予約するね。」
「はあい。ありがとうございまーす。」
電話を終えると、春樹さんが洗い物の続きをしてくれていた。
スーツの上着を脱いで、カフェエプロンをして。
「あ、ごめん。」
「いいよ。マキノはこれから引っ張りだこになりそうだね。」
「ならないよ。」
「なんでさ。」
「講師はいっぱいいるもの。」
「そうなの?」
「うん。みんなにできるようになってもらって、私は楽をするの。」
「楽ねぇ・・・」
「なによ?」
「なんか・・・楽をすると言うよりも、・・違う方向に行ってるだけじゃないの?」
「そうかもしれないねぇ・・。」
「他人は、自分が思うように動いてくれるとかぎらないから。」
「まあね。」
「教えるってのは、結構大変なんだからね。」
春樹は笑いながら、食器をすすいでいた水道の蛇口を、きゅっとひねって閉めた。
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